第四十三話 【作戦変更】
新たな衣装を身に纏い、ディルモットは夜の城下に出ていた。
夜でもバーの輝きが城下を照らし、塔城からは煌々と光が降り注いでいる。
昼間は影で暑さを防ぎ、夜は光を与え活気で溢れさせているのだ。それがこの国の──グレアデルが潤っている理由だろう。
「綺麗だねぇ」
美しい街並みを眺めながら、ディルモットはバーの裏口で紫煙を揺らしていた。
行き交う貴族から漂う甘ったるい臭いが鼻につく。
「あの、お待たせしました」
バーの裏手から声が掛かり、ディルモットは振り返って目を見開いた。
赤い三つ編みは解かされ後頭部で纏められ、肩を出したドレスは飾り気はないのに、白をベースとした色と、ふんわりとしたレースと裾のおかげか、女性らしさが増している。
若さよりも気品ある女性をコンセプトにしているのか、ミリアがまた違った良さが引き出されていた。
「ど、どうでしょうか? こういう格好には慣れていなくて……」
ドレスの裾や首のネックレスを触り落ち着きは無いが、女性としては満点に近いだろう。
「良いじゃないか。よく似合ってる」
「変ではありませんか?」
「なんだ、馬子にも衣装とか言って欲しかったのかい?」
「いえ、そうではありませんけど……」
素直に誉められたことが恥ずかしいのか、頬を赤らめて眉を八の字にしているミリア。
可愛らしく焦りを見せている彼女を横目に、煙を吹かせてディルモットは塔城へ視線を戻す。
まさにその瞬間であった。
ディルモットの目に爆発と炎上が映し出されたのは……。
「何事ですか!?」
悲鳴と共に塔城から凄まじい轟音が鳴り響き、一部から燃え盛る炎と煙が一瞬にして舞い上がったのだ。
ミリアは急いで裏口から顔を出し、炎を上げる塔城に小さな悲鳴をあげた。
「先程の爆発は!?」
今度はベルガルまで現れ、炎上する塔城を見て言葉を詰まらせた。
同時に「アール様!」と、叫びと共に駆け出そうとする彼女を、ディルモットが力強く押し返した。
「どうして止めるんです!? あそこにはアール様が捕らわれて……っ!」
「悪いがアタシはアンタが丸焦げになった姿を拝むのはごめんでね。それに、そんな格好で武器も持たずどこに行くってんだか」
「あ……」
怒りを露わにしたミリアも、ディルモットの言葉で我に返りドレスの裾を握り締めた。
騎士の格好ならいざ知らず、ドレス姿で突っ込むのは自殺行為に等しい。
今一度、ミリアは自分の姿を確認して、すぐさま酒場の方へと戻って行った。
「全く、誰があんなことを。爆破はフィナーレにするものでしょう」
「どうでもいいけど、このままだと厄介だねぇ」
ディルモットはコートを脱ぎながら、ベルガルに鼻を鳴らした。
サラシを外し、眼鏡と蝶ネクタイをベルガルに押し付ける。
同時に、少し乱れた姿で戻ってきたミリアが、ロングコートと藁袋を手に戻って来た。
「これで行けますよね!」
「ああ、行こうか」
必死なミリアに対し、ディルモットはロングコートを羽織って口角を上げた。
腰と太股にベルトホルダーがあることを確認し、藁袋を背負った時、目の前に一本のダガーが差し出される。
差し出してきたのは、ベルガルだ。
「私も後で向かいます故、先にこちらを」
中途半端な長さである刃。
逆手用に作られた持ち手は、堅気の人間には到底扱えない代物で、刃は所々に牙のような出っ張りが付いている。
「ご所望の品ですよ。お代は結構」
「……助かるよ。大事に使わせてもらうさ」
ベルガルからダガーを受け取ったディルモットは、持ち手を回転させ定位置を確認した。
「約束通り、例の物は頼んだよ」
「そちらもお忘れなく」
互いに不穏な空気をぶつけ合いながらも踵を返し、ディルモットは裏手から顔を出す。
続いてミリアが出た瞬間、再び塔城から爆音が響き渡った。
「派手にやってるみたいだが……」
「早く行きましょう! 今なら正門からでも入れそうです!」
煙草を吸い終えたディルモットを急かし、ミリアは先頭を走り出す。
逆方向からは貴族や観光客が逃げ惑う中、噴水広場では冒険者たちが避難を呼び掛けていた。
塔城が爆発しただけで、城下まで火の手が回りつつあったのだ。しかし、ディルモットは眉をひそめて辺りを見回した。
「どうなってる? 何でここまで火の手が回る?」
塔城からここまで距離があった。
さらに、爆発し炎上しているのは塔城の上部であり、入り口付近ではない。
一部燃え尽きた破片が落ち、そこから火の手が回ったにしては、城下の有り様はおかしいものだった。
まるで、意図的に民家に火を放たれたように燃え、それが次々と燃え移っている。
事態は想像よりも酷い状況のようだ。
「おいお前ら、運び屋か? 早く逃げろ! ここからは火の海になりかけてる!」
「城の中に知り合いがいる。通してくれ」
「駄目だ! 死ぬ気か?! それに、今城の中は──っ!?」
道を塞ぐ冒険者たちを押し退けようとしたディルモットは、彼らの言葉よりも先に奥で揺らめく影を見てしまった。
二メートルは軽く越える、赤黒い巨体を持つ真紅の鬼人──ゴーガの姿を。
「ここまで来たのか!?」
「構えろ! ここからは居住区だ、絶対に通すな!」
迎撃部隊である冒険者たちが、大盾を構えて道を完全に塞いだ。
しかし、身体の一部を鉄のようにドロリと溶かしながら歩いてくるゴーガの姿に、冒険者たちの足は震えている。
「何故魔物が……魔除け花や城壁は……」
驚愕するミリアは槍を構え左足を引いたが、ディルモットは厳しい表情で右の方向へと駆け出した。
「他に道を探す」
「え、ディルさん!?」
目の前の敵から背を向けて走り出すディルモットに、ミリアは冒険者と彼女を交互に見て右へと走り出す。
城下に広がる火の手。
右へと走り続ける道中、住民の一部が消化活動を行っている姿を見掛けたが、炎は消えることなく広がり続けていた。
黒煙が城下を包み始め、重苦しい悲鳴と唸り、呻きがディルモットの耳を襲う。
「こいつは反乱でも内紛でもない」
確信したディルモットは、腕を前に熱風を防ぎながら前へと進んだ。
眉間に深いしわを刻むミリアも、城へ近付くにつれ降り注いでくる雪のような白い結晶に息を飲んだ。
「これは──あの灯台で見た魔力の光!?」
「ああ、しかも既に暴走しているらしいねぇ。魔物が集まって来ている」
逃げ惑う住民たちを避けながら、ディルモットは額の汗を拭った。
港町クレンスで起きた魔臓器の暴走。
魔法は魔法でしか打ち消すことは出来ない。
それが今の状況と類似しているのだ。
魔力が城下にまで降り注ぎ、魔物は次々と変化、進化を遂げている。先のゴーガも、本来は只のゴブリンであったはずなのだ。
巨大に成長したブルーウルブと全く同じ。しかし、違うのは暴走の規模だろうか。
「ティーチの時は、元々持つ魔力が低いからあの程度で終わった。それが、魔力を持つ人間に寄生したらどうなる。被害はもっと広がるぞ」
「そんな! ですが、アール様は魔臓器を持っていません。なら魔臓器はどこから!?」
ミリアの疑問は最もだ。
魔臓器はそこら中に転がっている物ではない。ましてや一般人の手に渡ることなど有り得ない。
ならば、答えは簡単だ。
「この国も、魔臓器を持って何かをしようとしていた。或いは、この国があっちと繋がっていると考えれば道理だろうねぇ」
走り続けながら、ディルモットは舌を打った。
リムドルとグレアデルが魔臓器を持って何をしようとしているのか。そんなこと、元より聞いていたではないか。
ギンムガムを戦争で奪うため。
魔臓器を持って魔法を復活させるためか。どちらにしろ、ディルモットには不都合極まりないことだった。
「ウゴア゛ア゛ア゛……ッ」
「!」
不意に、前方からのっしりとした足で走ってくるゴーガの姿が見え、ディルモットとミリアは足を止めた。
「避けられないか」
街灯をへし折り、即興で武器を持つゴーガは、溶けては形成を繰り返しながらディルモットを真っ直ぐと見据えている。
逃げることは叶わない。
「微力ながら、援護します!」
ダガーと拳銃を構えたディルモットの横に立ち、怯えることなくミリアは槍を構えた──。




