第四十一話 【ヴェルザ=モルザ】
「派手にやってくれおって」
塔城の方角からやってきた数十名の鉄鎧たちが真ん中を開けると、現れたのは肩章が乗せられた紫のシルクローブを纏った、中年男であった。
片手には分厚い本を携え、いかにもお偉いさんといった風貌の中年男はローブの袖を引きずって前へと出る。
「何をしている。捕らえてくるのだ」
「かしこまりましたヴェルザ様」
鋭い目つきで逃げていく白い仮面共を睨むと、ヴェルザと呼ばれた男は少し後ろへ下がると、一斉に鉄鎧たちがそろって前へと駆け出していく。
「あれが……ヴェルザ=モルザ」
痛みを堪え槍を握り締めたミリアに対し、ヴェルザは先程とは打って変わって柔らかく微笑んだ。
「貴女方が守ってくれたのですな。国民に代わって、心から感謝致しますぞ」
深々と頭を下げたヴェルザに、ミリアは戸惑いながらも頭を下げる。
「口だけの感謝より目に見えるもので欲しいもんだ」
「これは失礼いたしました。心ばかりですが、こちらをどうぞ」
にっこりと笑い、ヴェルザは懐に手を入れ、少し膨らんだ金貨袋を取り出して差し出した。
これには予想外だったディルモットは、一瞬躊躇って金貨袋を受け取る。
「受け取っちゃうんですね」
「人からのご厚意は素直に受け取るもんさ」
空笑いしながら微妙な眼差しを向けるミリアと違って、ディルモットは微笑んで踵を返す。
「お待ち下さい」
帰ろうとする二人を制止させ、ヴェルザは心配そうに近付いていく。
「お怪我をされているではありませんか」
「いや、あの……」
ミリアの肩に手を当てようとしたヴェルザは、怯える彼女を守るようにしてディルモットが前に出た。
「悪いね。怪我をしてるから早く帰りたいんだ。いいかな?」
「ならばワシの治癒で治してやろう。傷を放置すれば、酷くなってしまう」
「だからこそ早く帰って治療するのさ」
食い下がるヴェルザに、ディルモットはミリアの左手を引いて下がらせる。
これにはヴェルザも異変を感じ、息をついて一歩後ろへ下がった。
「ふむ、では手短に済ませますので、一つ頼みを聞いて頂けませんかな?」
「頼み?」
ヴェルザの言葉に、ディルモットの眉間に深いしわが刻まれた。
「先の連中が、城で開催している催しをぶち壊そうとしているのですよ。それを、止めて頂けませんかな?」
後ろ手に組み、ヴェルザはさも困ったような口調で何度も何度も頷いた。
だが、城で行われる催しとやらは、ヴェルザが諸悪の根元だと分かっているのだ。
つまりヴェルザは、自分の部下たちから催しを壊されないように守ってくれと言っているようなもの。
矛盾だらけだ。
「悪いがそんな暇はない」
「いくら出せば宜しいですかな?」
「金より優先すべきことがあるってことさ」
ディルモットは茶化すことなく真面目に答え、断固拒否を示すように腕を組む。
彼女の態度に、ヴェルザも仕方なく納得して、柔らかく微笑んだ。
「それは残念です」
断りに棘を刺すこともなく、ヴェルザは優しく眉をひそめて踵を返した。
「貴女方の仕事が無事終わることを、願っておりますぞ」
「そりゃあどうも」
去り際にヴェルザが不敵な笑みを零した姿を、ディルモットは見逃すことなく鼻を鳴らした。
黙って手を振り見送ったミリアは、疼く肩口を押さえてゆっくりと呼吸を繰り返す。
「全く、面倒臭い」
「……ヴェルザの言葉、全部嘘ですよね?」
「そんなことはガキでも分かることだねぇ。とはいえ、アイツの考えていることが分からない」
ミリアの疑問には頷いたものの、奴の考えが全く理解出来ないでいた。
こちらに引き込んでから牢屋にでも放り込むつもりだったのか。
もしくは本当に仲間に引き込むつもりだったのか。可能性は前者の方が高いだろう。
ディルモットは頂いた金貨袋を覗いて、苦笑いを漏らした。
「それは?」
金貨袋から取り出した一枚の紙切れに、ミリアが小首を傾げた。
三枚の金貨に紛れていたのは、四つ折りにされた綺麗な紙切れだ。
開いて内容を読んだディルモットは、肩を竦めてミリアに押しつけると、血で汚れた煙草を取り出す。
仕方なく目を通したミリアの表情は、読み終える頃には眉間に深いシワが刻まれていた。
「もうすぐここに、リムドル王国の騎士団長が来る……っ!?」
痛みも忘れて驚愕したミリアは、煙草を吹かすディルモットの背中を見て息を飲んだ。
騎士とだけあって、どうやら騎士団長とやらはご存知らしい。
そして、リムドルの騎士団長が来るということは、ヴェルザはアールスタインが王子ということを知っているということになる。
「向こうから馬と船を使ったとして、早くても今日の夜に到着すると、思います」
「そうかい」
深刻そうに呟いたミリアを横目に、興味がないといった様子でディルモットは煙を吸う。
紙切れを持ったままワナワナと震えるミリアの表情は青い。それほど強い者なのだろうか。
「騎士団長ジークフリード……まさかあの人が出てくるなんて……」
「アタシでも無理そうかい?」
「無理というより、対人戦においては誰も勝てないかも知れません。魔法があれば、別でしょうけど」
気になったディルモットの問い掛けに、ミリアは頭を振って答えた。
ふうん、とディルモットは大きく煙を吹き出し、血に塗れた自らの掌をジッと見据えていた──。