第三十九話 【運び屋協会の便り】
昼を過ぎても、グレアデル城下は活気に満ちていた。そんな中で、人混みに紛れながら、ディルモットとミリアは歩いていた。
「そんなに離れられると心配になるんだけどねぇ」
散歩がてらにミリアに慣れさせようということで、そこら辺を並んで歩いていたのだが。
気付けばミリアが少しずつ離れていき、その度にディルモットが腕を引いて歩道の方へと戻していく。
いちいち着替えるのも面倒なために、ディルモットは男装したままだが、ミリア曰わく無理らしい。
「いつまでそうやってるつもりかな?」
「わ、私だって慣れようとはしていますけど……」
いい加減怒りを露わにするディルモットに、ミリアは横目にまた少しずつ離れていく。
「あの王子様を助けるんだろう?」
「それも重々承知しています」
と、言いつつミリアは溜め息をついてとぼとぼ後ろから歩いてくる。
ディルモットは息をついて舌を打ち、額に手を当て困り果てた様子を見せた。
周りからの好奇な目もあり、早く帰りたいと思い始めたところで、背後から悲鳴にも似た甲高い声が近付いてきていた。
「せーんぱーいーー!!!」
聞き覚えのある黄色い声に、ディルモットは振り返ることなく大きく溜め息をついた。
ミリアが振り返ると同時に、ディルモットの背中にぶつかる勢いで抱き締めたのは、先程別れたばかりのリーシェだ。
「おいおい、走ると危ぇだろうが」
面倒臭そうに追い付いてきたのは、先輩であるダジエドだ。
駆け足で軽く「どうも」と、ミリアに会釈を交わし、リーシェの襟首を掴んで引き剥がしていく。
バタバタと暴れるリーシェの頭を叩き、ダジエドは顔を歪ませて説教を始めた。
端から見れば、父と娘のような関係に見えてしまう。
「たっくよぉ、というかお前、なんでそんな格好してんだよ?」
リーシェを横に置いて、ダジエドは眉間にしわを寄せて指を差した。
「あっ、これは色々と訳が……」
そこまでミリアが言ったところで、ディルモットはようやく振り返って親指で道端を差す。
移動しろという意味を汲んだダジエドは、怪訝そうに揃って道端へと歩み始めた。
「先輩が男装してるのって見慣れてますけど、誰か落とすんですか?」
店と店の間。邪魔にならない場所で固まり、リーシェが口を開いた。
「誤解を招くような言い方をしないでもらえるかねぇ」
ミリアからの疑いの眼差しが刺さるなか、ディルモットは気怠く後ろ首を撫でる。
「じゃあ他に理由があるんですかー?」
リーシェの追撃に、ダジエドが呆れながら肩を竦めた。
ディルモットの行動を逐一、全てを理解したいリーシェの愛は相当な面倒ものだ。
そこで、答えない彼女の代わりに口を開いたのは、ダジエドであった。
「オークションじゃねぇのか。今回は子供のオークション。男女の夫婦か恋人が絶対条件だろ?」
「どうしてそこまで……」
まさかの答えに驚くミリアは、酷く狼狽えてしまった。
その狼狽えは当然、ダジエドにとって図星を当てたという答えになり、リーシェが眉をひそめる。
「じゃあ先輩もオークションに潜入するんですね!」
「も、ってことは……アンタらも何かするつもりなのか」
感激した様子で喜ぶリーシェは、ディルモットの腕を取って笑顔を見せる。
そんな二人を見て、ミリアが悔しそうに唇を尖らせた後、ハッとした表情で何度か頷いていた。
「おいおい、お前にも届いてんだろ? 乗り合い馬車が襲われてる事件だよ」
「……知らないねぇ」
「マジかよ」
ディルモットの答えは当然といえば当然だが、事情を知らないダジエドは首を傾げながら一枚の手紙を取り出した。
「ここら一帯で乗り合い馬車が頻繁に狙われてるみてぇでなぁ。目撃証言からすりゃあ、白い仮面を被った奇妙な連中らしいぜ」
「白い仮面!?」
ダジエドの説明にいち早く反応したのは、ミリアだ。手紙を貸して貰い、中身にゆっくりと目を通していく。
乗り合い馬車は貧困層でも利用出来る比較的に安い移動手段だ。
乗れる人数は詰め込めば数十人。
その代わり移動は遅く、護衛もいない。
馬車の送迎者は、運び屋の中でも下っ端の銅以下だ。腕も立たない一般人と変わらない。
そこを狙って、例の白い仮面共が狙っているということだろう。
「運び屋本人も誘拐されてるんだよね。当然、乗り合い馬車も馬も。だから、協会本部も頭を悩ませてて、銀以上の運び屋には通達が来ているんですよ」
「へえ、そうかい。知らなかったねぇ」
リーシェの分かり易い説明に、ディルモットは他人事のように頷いた。
王都での騒ぎで、暫く運び屋協会には帰っていない。顔を出したところで、下手をすれば除名されている可能性の方が高いため、帰るだけ無駄だろうか。
しかし、リーシェたちがその噂を聞き及んでいないところを見れば、除名などはされていないようだ。
「それなら、お二人も潜入を?」
「ん、あぁ。こういうのは柄じゃねぇんだが、まあ高い報酬が手に入るしな」
ミリアはずいっと前に出たことに、ダジエドは不思議に思いつつも笑みを浮かべた。
すると、ミリアはホッと胸を撫で下ろし、リーシェと目を合わせて真剣な顔つきで姿勢を正す。
「ディルさんとリーシェさんがペアで潜入して頂ければ、何事もなく進むと思うんです」
「え!? わ、え! 一緒に!?」
「断る」
ミリアの提案に歓喜するリーシェ。
だが、ディルモットは即答で拒否を示した。
「見ての通りこいつはアタシに懐き過ぎなんだ。面倒事が必ず起きる」
「え~! 大人しくしますから~!」
「駄目だ。それに、アタシが疲れる」
抱き付くと共にさり気なくキスをしようと唇を突き出すリーシェに、ディルモットは全力で額を押さえ込み、怒りを露わにする。
落ち込むミリアを見て、ダジエドは頭を掻き欠伸をすると、ゆっくり彼女に手を伸ばし始めた。
瞬間、ミリアは秒速で背中の槍に手を掛け、左足を下げて構えを取ったのだ。
一瞬のことで、ディルモットでさえも唖然とする中、ダジエドは伸ばした手を震えながら自らの胸に当てた。
「あ、わっ、すみません!!」
痺れるような鬼の圧力がふわりと消え去り、いつもの雰囲気に戻ったミリアは、手に掛けた槍を急いでしまった。
「あの、えっと……も、申し訳ございません。これくらいの距離なら大丈夫なんです。リーシェさんぐらいには、流石に無理なんですけど……」
横目にディルモットを見つめ、ミリアは空笑いをして誤魔化す。
「なので、ダジエドさんなら大丈夫かな、っと思ったのですけれど、無理そうですね」
「お、おう。俺も、無理だ。まだ死にたくねぇ」
笑顔のミリアに悪気という文字は一切無いのだが、ダジエドは顔面蒼白で素早く首を左右に振った。
「男が嫌いなのか? いや、触られるのが嫌なのかい?」
「袖が当たるくらいなら、全然大丈夫のはずなんですけど……ディルさんは無理そうです」
「そいつはなかなかに厄介だねぇ」
ダジエドよりも距離を離されるディルモットは、悔しいような悲しいような表情をして、大きく肩を落とした。
先ほどの様子を見れば、武器さえ持たさなければ殺されはしないだろうが、夫婦役などもってのほかだろう。
「おう、んじゃあ俺らは行くぞ!」
「嫌ですよー! 先輩と夫婦になりたいー!!」
ダジエドに無理矢理引き摺られ、リーシェは意味不明な言葉を残して人混みの中へ消えていった。
まるで嵐が過ぎ去ったかのような静けさが訪れ、城下の街を行き交う人々の声が鮮明に聞こえ始める。
「……むしろ逆になるか」
「い、いえ。それは無理そうなので、頑張ります」
ディルモットの無茶な提案に、ミリアは想像して小さく笑みを漏らした後、力強く頷く。
「うわあぁぁあっ!!?」
「!?」
その時、噴水広場から大勢の悲鳴が響き渡り、ミリアは素早く振り返った。
「何事でしょうか!?」
「暴動か」
同時に疑問を口にした二人は、逃げてくる町民とは逆方向に走り出した。
そこには、城下の街中とは思えないような地獄絵図が待っていた──。




