第三十八話 【男装の麗人】
「つまり、今回のオークションは男女ペアでないと駄目ということですか?」
作戦を一通り聞いたミリアは、困ったように小首を傾げた。
ベルガンの説明を簡潔に纏めると、子供を欲しがるのは夫婦と決めているため、会場入り出来るのは男女ペアとなるらしい。
「そう。だから、お前らのどっちかとオレがペアで潜入するんだ」
好青年が白スーツを正して、さも面倒臭そうに腰に手を当てて二人を交互に見つめる。
満更でもない様子だが、あからさまに嫌そうな態度を見せるディルモットは、肩を竦めて壁にもたれてしまう。
こうなれば、必然的に選ばれるのは決まってくる。
「……え? わ、私ですか?」
全員の視線がミリアに集まり、困ったように今度は眉をひそめた。
どうやら好青年の相手をするのは、ミリアも嫌らしい。
「……オレ、そんなに駄目か?」
落ち込む好青年に対してミリアは慌てているが、否定の言葉が出てこないということは、そういうことだろう。
「男用のスーツはあるか?」
「在庫はあるでしょうが、まさか男装でもするおつもりで?」
ディルモットの問い掛けに、ベルガンは顎髭を撫でて踵を返した。
「身長は?」
と、衣装部屋へと足を向けながらベルガンは問うた。
「180もないくらいだろうかねぇ」
「ふむ、胸はどうするのかね?」
「どうにかするさ」
二人は似合うスーツやシャツを探して奥へと進んでいく。
途中、ミリアら好青年に何度も頭を下げ、さらなる追い討ちを掛けていた。
「……遅いな」
打ちのめされた好青年は、腕を組んで指を叩き苛立ちを表していた。
ディルモットが着替えに取り掛かってから、既に半刻が過ぎようとしていたのだ。
ベルガンも途中で出て来たために、今の状況は分からない。
黒服たちは潜入の準備を始め、残っているのはミリアを含めた三人だけだ。
「やっぱりあの胸はどうにもならないだろ。いくらサラシでも巨乳だからな」
「た、確かに巨乳ですが……って、どこを見ているんですか!」
「いや、見てるというより見せられてるってのが正解でしょうよ」
ミリアに咎められ、好青年は頬を掻いた。
しかし言いたいことは理解出来る。
背も高く、声音もどちらかと言えば低い。挙動や仕草、言動などを総合すると男性に近い。
なのにも関わらず、胸だけが異様に女性らしさを出しているため、あれさえ潰すことが出来れば完璧だろう。潰せるのならば。
「様子を見て来ます──っ!?」
三度のノックから部屋の扉を開けたミリアは、何かにぶつかって後退してしまった。
「いっ──大丈夫か?」
声を掛けてきたのはディルモットであった。
額と顎がぶつかったようで、ミリアは慌てて顔を上げ、硬直した。
「え? あ、ディル……さん?」
「ん? ああ、そうだが。そんなに変かねぇ」
ミリアの反応に、ディルモットは後ろ首を撫でて眉をひそめる。
奥を見れば、驚愕している好青年と、何度も頷くベルガンが拍手を送ってきていた。
ポニーテールはそのままに、軽く化粧を施し縁無しメガネを掛けたディルモットの格好は、まごうことなき男装であった。
紺の紳士服に白のシャツ、赤の蝶ネクタイで決め、巨乳は見事に潰されている。
紺のパンツと、金で装飾された黒のロングブーツがアクセントとなり、旦那というよりは執事のような見た目だ。
「ここまで完成度が高いとは、お見事ですな」
ベルガンの感心した様子を見て、ディルモットは鼻を鳴らす。
「これなら、潜入も出来そうですね!」
喜ぶミリアは、少し頬を赤くさせ手を合わせた。
だが、そんな彼女の横でディルモットは微妙な面持ちで、柔らかく喉に指を触れる。
「流石にここは真似出来ないねぇ」
「そこまで真似されちゃあ男のメンツ丸潰れだって」
若干引き気味で吐き捨てた好青年に、ベルガンも同感しながら髭を撫でた。
「ふうん。なら、こうすればどうかな?」
と、ディルモットはミリアを軽く抱き寄せた。
突然のことに驚き口をパクパクさせるミリアを余所に、ディルモットは優しく微笑んだ。
「頭が丁度喉に来る。それに時刻は深夜だろう? こうしていれば夫婦にも見えないことはないだろうしねぇ」
「まあ、端から見ても違和感はありませんが。中に入る前にお嬢さんが倒れてしまいそうですな」
「……?」
ベルガンの言葉により、ディルモットは首を傾げて手を離した。
瞬間、髪色程に顔を染めたミリアは、その顔を両手で覆いしゃがみ込んでしまった。
「だ、駄目です。その格好でこういうことは駄目です!」
「アタシは女なんだがねぇ。何をそんなに照れることがある?」
「だから、その格好じゃ説得力ありません!」
頭を振って顔を上げようとしないミリアに、ディルモットもしゃがみ込んで無理矢理顔を合わせようとする。
好青年が悔しそうに舌を打ち、頭を掻いて黒服たちの方へと歩いていってしまった。
「まあまあ良いでしょう。中に入ればこちらの勝ちです。一瞬の我慢ですよ」
一度大きく頷き、ベルガンは踵を返して客室の方へと戻っていった。
どうやらミリアの件は強行するらしい。
慣らせろ、ということでもあるだろうか。
「これならあの男に頼んだ方が良かったかねぇ」
今更ながら好青年に任せればと後悔したディルモットは、深い溜め息をついて立ち上がった。




