小話3 【王子と少女】
目が覚めた時には、既にベッドの中であった。
あの港町ではないことは、潮の香りがしなかったことですぐに分かったが、ここがどこなのかは、今のアールスタインには分からなかった。
部屋自体は明るいシャンデリアのおかげで綺麗に見れる。食事をするための小さなテーブルやタンスが並んでおり、広さ自体もそこそこだ。
しかし、窓は板を釘打ちされているため、外の景色は全く見えない。
「はあ。なんで僕が……」
ベッドの上で自らの姿を一瞥したアールスタインは、深い溜め息をついてディルモットを思い出した。
あれだけ警戒していて、食事に睡眠薬が盛られているなどと微塵も思わなかったことは、やはり甘いことだと理解してしまう。
おかげで誘拐され、今やアールスタイン王子ならぬ、姫になりつつあった。
「……あいつら、僕の性別間違えてるのか?」
シルク生地で仕上がったドレス。
桃色と白のレースがふんだんにあしらわれた物に、アールスタインは包まれていた。
金髪に飾られた髪飾り。
頬に塗られたチーク。
靴は辛うじて革靴だが、顔にまで化粧を施されるとは思わなかった。
鏡で姿を見た時には、失神してしまいそうな程だ。
「ふえぇぇぇんっ!!」
突如、部屋の外から少女の泣き声が聞こえ、アールスタインはビクッと肩を震わせた。
「あー! うるさい! 大人しくしろ!!」
続いて男の怒鳴り声が響くと、部屋の扉が乱暴に開け放たれる。
同時に、白い仮面の男が一人の少女を部屋の中に放り投げたのだ。
「危ないっ!?」
咄嗟にアールスタインは前のめりに腕を伸ばし、間一髪で少女を抱き止めた。
「おうおうカッコいいじゃねぇか。んじゃ、そのままお守りも頼むわ」
「おい! 待て──っ!?」
白の仮面は愉快に笑い、怒るアールスタインを嘲笑うかのように部屋の扉を閉めた。
奥歯を噛みしめ、アールスタインは泣きじゃくる金髪の少女を宥めながら、閉められた扉を睨み付けた。
「うう……ふぇ」
「……泣くなよ。僕だって泣きたいんだ」
あやし方など知らないために、ワンワン泣いている少女をゆっくりと抱き締めた。
泣き声が伝染したのか、アールスタインも不安で涙を滲ませてしまう。
「──大丈夫。絶対、助けに来るよ。だから泣かないで」
涙をグッと堪え、少女の背中を優しく一定のリズムで叩いていく。
魔臓器はディルモットが持っている。
自分の価値などどうでもいいと思うなら、ディルモットは来ないかも知れない。
それでも、ミリアは来てくれるかも知れない。連れられてディルモットも来てくれるか。
「ふえ──ふぅ」
ゆっくりと揺らすアールスタインのあやし方が良かったのか、単に泣き疲れたのか、少女は寝息を立て始めた。
「良かった」
小さく呟き安堵したアールスタインは、自分もその場に倒れ、少女を抱いたまま意識を闇の中に溶かせていった。
きっと、助けに来てくれると願って──。