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よろずの運び屋ディルモット  作者: ハマグリ士郎
chapter2 奴隷オークション編
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第三十五話 【ようこそ貴族の国へ】



 関所を出て、影のせいで枯れてしまった道を通って塔がある王国へと近付いていく。



「わあ、流石貴族が集まる国ですね!」



 ミリアは感嘆の息をつき、皮肉めいた言葉を漏らした。


 大手門の柱に作られた二つのガーゴイル像が迎えてくれると、中はある意味華やかであった。


 建て並ぶのは様々な店だ。

 宿とは程遠い豪奢な造りは、ホテルかと見間違うものだ。


 十数階という小さな塔がいくつも並び終えたかと思うと、今度は武具屋が列を成している。


 行き交う人々も様々で、派手な貴族服に身を包んだ者から、冒険者や旅行者も紛れていた。


 当然、町全体は例の塔城のせいで影に覆われているため、太陽の光は一部にしか当てられていない。



「全く、ここはいつ来ても人だらけだな」



 ゆっくりと荷馬車を操り、ダジエドは辺りを見まし頭を掻いた。


 人が多い分、ディルモットの軽装やミリアの騎士姿も、あまり目立つことはない。

 

 しかし、上流階級の人間が多いせいか、香水の臭い同士が混ざり合って異様な刺激臭が鼻腔を突いてくる。



「外にいると頭がおかしくなっちまうねぇ」


「うん。でも、ここの治安はいい方なんだよ」



 臭いのせいで顔を歪めたディルモットの横で、リーシェが微妙な面持ちで帽子を被り直す。


 流石に運び屋の集団が珍しいのか、周りの目が集中するが、気にすることなくディルモットは歩き続ける。


 目的地は特に決まっていない。

 しかし、リーシェとダジエドは荷物を運ぶ最中のはずだ。



「そっちは仕事中だろう。おかげで助かったよ。ここまで来れば大丈夫だ」



 店側の道端に寄り、ディルモットは踵を返して胸ポケットから金貨を一枚取り出した。



「金貨要らないので付いていきたい!」


「駄目だ。黙って受け取って、ダジエドのおっさんと美味いものでも食べてくれ」



 真っ直ぐの眼差しを向けるリーシェの手に金貨を握らせ、ディルモットは顎をしゃくる。


 早く行けと促しているのだろう。



「むー! 仕方ないなぁ、美味しいデザートでも食べよ!」


「おいおい! 仕事が先だぞ!?」



 パタパタ走っていくリーシェに、ダジエドは深い溜め息をついて軽く手を上げ、馬を歩かせていく。


 ディルモットは手を振って別れを告げると、ミリアは一瞥した。



「ようやく落ち着いたねぇ。早速だけど、入ろうか」


「えっ!? 入るって酒場にですか?!」



 ディルモットが親指で指したのは、すぐそばのオシャレな酒場であった。


 スーツやドレスに身を包んだ老若男女が、バーカウンターやテーブル席で談話している姿が、外から見て取れる。


 そんな場違いな所に入ろうと言うのだから、ミリアは焦って首を左右に振った。



「ちょっ!? 待って下さい!」



 人の話を聞かないディルモットは、早々に酒場への扉を開き中へ踏み入れた。


 それをすぐさま追い掛けるミリアだが、モダンな造りと酒の匂いに酔いそうになってしまう。



「情報収集さ。飯でも食べながら聞けることだけ聞ければいい。それくらいなら、アンタも出来るだろう?」


「……た、多分」


「重畳だねぇ。じゃあ、アタシはバーカウンターに行くとしようか」



 ミリアを置いて、ディルモットはバーカウンターへと向かう。朝から飲めることは良いが、調子に乗るとミリアに叱られてしまいそうだ。


 バーカウンターの席に腰を掛けたところで、少し離れたところに居た白いスーツの青年が立ち上がった。



「やあお姉さん。休憩中? 奢るからさ、一杯付き合ってくれないかな?」



 爽やかな笑顔で声を掛けてきた好青年に、ディルモットは柔らかく微笑んだ。


 そんな彼女の姿を見て、ミリアは仕方なく周りの女性客に話を聞き始める。



「お姉さん運び屋でしょう? 大変だね」



 黒に近い短髪。

 割と整った顔立ちにスラリとした高身長。白いスーツジャケットとパンツが無駄なく好青年を作り上げていた。


 甘い言葉で囁かれれば、男慣れしていないミリアなら一発で落ちるだろうか。



「ああ、付き合ってやれる時間は少なくてねぇ。それでも構わないなら」


「ありがとう。お姉さんの気が変わらないうちに頼もうかな」



 ディルモットの隣に好青年が座る。


 ミリアの視線が気になるが、今は置いておこう。



「お姉さん男慣れしてそうだね。オレ好みじゃない?」


「好みかどうかはアタシの質問に答えてくれれば、答えてあげる」



 好青年の柔らかい雰囲気に対して、ディルモットはマスターから渡されたグラスを手に口角をあげる。



「子供が誘拐されている港町があるのは、知っているかな?」


「誘拐? 物騒な話だ。聞いたことはないかな」


「じゃあ質問を変えよう」



 好青年は困ったように眉をひそませたが、次の瞬間、その表情は歪んだ。



「これに見覚えは?」



 ディルモットが取り出したのは、港町で襲い掛かってきた白い仮面のそれだ。


 港町で捕縛した黒外套の男に、大体の経緯は聞いているディルモットは、好青年の表情を見逃さなかった。



「知っていそうな顔だねぇ」



 ディルモットが笑みを見せたと同時に、好青年はナイフを取り出し彼女の首元に押し当てたのだ。



「これは、物騒だねぇ」


「黙れ。ここにはオレの仲間しかいない。暴れれば殺すだけだ」



 好青年の態度は笑えるほどに変わった。


 ナイフの切っ先が首の皮膚を破り、微かに血が滲み出る。


 それでも、ディルモットは焦りも恐怖も見せずにグラスの中の氷を揺らした。



「余裕じゃないか。仲間も呼んだ方が良さそうだな」



 好青年は鼻で笑い、左手を高く挙げた。

 その隙を、ディルモットは見逃さなかった。


 手首を捻り、グラスの中身を勢い良く好青年の顔面にぶっかける。



「ぐあっ!?」



 目に入ったのか大きく怯んだ好青年の腕を掴み、捻り上げようとしたディルモットは、目の前から突き出された鋭い刃に驚き背筋を反らした。


 同時に、体格の良い男たちがゾロゾロと立ち上がり、ディルモットを囲み始めたのだ。



「まさか、バーのマスターまでお仲間とはねぇ」



 スタイリッシュに細剣を構えるマスターを横目に、苛立ちを見せる好青年を一瞥して、ディルモットはダガーと拳銃を構えた──。





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