第三十二話 【黒幕の名は】
「申し訳、ございません」
深々と頭を下げたのは、集まっていた町民ではなくミリアであった。
床に頭を付けて土下座の如く頭を下げ続けるミリアに、椅子に座って足を組んでいたディルモットは深い溜め息をつく。
「アンタが謝ったところで仕方ない。それよりだ」
額に手を当てて、呆れながら苛立ちをタバコで落ち着かせる。
ディルモットが一瞥したのは、食堂に集まった町の人々だ。
身体を震わせる町民に、ディルモットは睨みを利かせた。
「アンタらの目的は聞いておこうか」
ようやく頭を上げたミリアは、町民たちに振り返り眉をひそめる。
「子供を、差し出さないと……」
長い沈黙を経て破ったのは、宿の主人だ。
「お、おい、話しちまったら……」
「ですが、もう限界ですよ!」
隣にいた食堂の料理人が、宿の主人を止める。
しかし、宿の主人は金切り声を上げて頭を振って生唾を飲み込む。
「子供を差し出せば、代わりに大金と交換で送られてくるのです。しかし、子供を差し出さなければ、私らの中から殺されてしまうのです……」
宿の主人は顔面蒼白で周りを見回す。
町民の雰囲気はもはや葬式のようだ。
「……だからって、子供を誘拐するのに協力するだなんて。この国の警備状況はどうなっているのですか!」
元々、警備隊の騎士であった故か、ミリアは立ち上がり怒りをぶつけ始めた。
しかし、宿の主人は困惑した様子で首を左右に振り、額に尋常ではない汗を噴き出す。
「国になんて相談出来ない……。私らが殺されてしまう!」
全力で否定した宿の主人の反応に、ミリアは困ったようにディルモットと目を合わせた。
町民の様子を見れば、こちらも困惑してしまうのも当然だろう。
「察するに、アンタらの黒幕は権力者ってことかねぇ」
「……仰る通りです」
代わってディルモットが、タバコを灰皿に押し当て宿の主人を見据える。
「私らの命を握っているのは、グレアデル貴国の管理大臣──ヴェルザ=モルザという男です」
予想通り、宿の主人が口に出したのは例の男の名だった。
先の戦闘で聞いた名は、黒幕本人の名前だったらしい。
「裏でコソコソしているということですか? 何のために……」
強張っていくミリアの表情に、宿の主人を始め町民たちは揃って顔を俯かせた。
「どこの国もろくなもんじゃないねぇ」
ちらりとミリアを一瞥し、ディルモットは言葉は続ける。
「ガキを集めて何かをしているとすれば厄介だねぇ。下手すれば殺されて──」
「い、嫌なことを言わないで下さい!!」
悲鳴にも似た声音で否定したミリアに、ディルモットは特に反省することもなく考え込む。
子供ばかりを狙っている。
町民たちによれば、傷を付けてはいけないらしいが、最悪の結果は予想しなければいけない。
辛うじて、魔臓器はこちらの手にある。
だか、アールスタインは王子だ。
さらに、子ドラゴンであるアレクまでも誘拐されてしまっている。
「厄介だねぇ……」
何度目の呟きだろうか。
ディルモットは舌を打って溜め息をついた。
「すぐにグレアデルへ行きましょう!」
居ても立ってもいられない、といった様子で食堂から飛び出そうとしたミリアを、ディルモットは襟首を掴んで制止させる。
「待て待て。夜目が利くわけでもない。さらに武器も無い女が一人でどうするつもりだ」
後ろへ引かれたミリアは、ディルモットの言葉に表情を歪めた。
「……うう、では! 明日にでもすぐに出発しましょう!」
「分かってるさ。だから焦るな。それより」
ミリアを落ち着かせ、視線を町民たちに移す。
「話通りなら金はありそうじゃないか。武器、食糧、薬の類も用意してもらおう。出せる程度で構わない。悪党退治に協力してもらいたいだけさ」
悪い顔をするディルモットに、町民たちは分かりやすく怯え始めた。
これではどちらが悪党か分からないが、今はどうこう言っている場合ではない。
「わ、分かりました。出来る限り協力させて頂きます……」
宿の主人や、屋台の親父も頷き、周りもそれで納得したようだ。
「さて、かなりの寄り道だが──目的地は決まった」
椅子から立ち上がったディルモットは、新しいタバコに火を点けながら食堂から出て行く。
「本当に、難儀な王子様だことで……」




