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よろずの運び屋ディルモット  作者: ハマグリ士郎
chapter2 奴隷オークション編
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第三十一話 【予想通りの展開】



 宿を出て隣の食堂へ向かっていた三人は、中に入り辺りを見回した。


 

「わあ、いい匂い」



 一番最初に迎えてくれたのは、暖かい湯気と共に鼻腔をくすぐるシチューのような香り。


 仄かなランプの明かりに照らされたモダンな広い食堂には、宿泊客だけでなく、地元の町民も集まっていた。


 四角いテーブルが四つ用意されており、各々席を陣取って食事を楽しんでいる。



「良い食堂ですね」



 自然と笑みがこぼれるミリアは、空いていたテーブルに手を付き、アールスタインが座ったのを見て木の椅子に腰掛けた。


 遅れてディルモットも席に付き、タバコを取り出そうとして止めた。

 アールスタインの鋭い視線が突き刺さったためだ。



「お食事をお持ちしますね。少々お待ち下さい」



 食堂のカウンター奥から現れた小太りの女性が、にこやかに笑い再び奥へと引っ込む。


 客は数十を越えているのだ。

 忙しいのは仕方ない。



「あ……」



 ふと横を見ると、先程の親子と目が合いディルモットは小さく微笑む。


 女性が軽く会釈し、それに会釈で返す頃に、先程の小太りの女性が手に盆を持って戻ってきた。



「お待たせしました。おかわりは自由ですから、たくさん食べてね」


「うん! ありがとう!」



 小太りの女性は、テーブルに次々とお皿を置いていく。


 シチューの大皿を始め、小さな皿にはサラダが入っており、良い焼き目がついたパンが二つ。


 これが一人分ならば、宿泊代はかなり安いと思われる。


 コップには水が注がれ、アールスタインは真っ先に水を飲んでスプーンを手に取った。



「あの、今後はどのように動くのでしょう?」



 シチューを何度か口に含んだミリアは、ちらりとディルモットの方へ視線を送った。



「ギンムガムへの順路は、確か王国からの列車を乗り継げば行けると聞いていたのですが……」


「大丈夫だ。当初の予定とは違うが、ここからでも列車には乗れる」



 ミリアの心配をよそに、ディルモットはようやくシチューにスプーンを沈ませる。



「列車、ということはエルクの村を経由すればすぐですね」



 表情を柔らかくさせ、ミリアは食事に集中し始める。


 アールスタインは黙々とシチューを口に運び、パンを千切っては食べていく。



「おかわりしても……」


「はいはい、ちょっと待ってね」



 空の皿を差し出したアールスタインに、小太りの女性は忙しいながらも笑顔を返してくれる。


 食事中は特に会話をすることもなく、食堂の賑やかさを耳にしながらあっと言う間に三人の皿は空となった。


 腹が減っていたのか、アールスタインは三度のおかわりを済ませ、水を飲み干して大きく息を付いた。


 欠伸を噛み殺そうするが、アールスタインは大きく口を開けて眠たげな目を擦る。



「眠い……」


「結構食べましたもんね」



 同じく欠伸を噛み殺すミリアは、微睡みしつつテーブルに頬をつく。



「寝るなら宿に戻ってからに──」



 そこまでディルモットが言いかけたところで、突然後方から皿が派手に割れる音が食堂に響き渡る。


 振り返ると同時に、男が滑るように椅子から転げ落ちた。



「おい……どうして!?」



 酔った様子もなく、微睡む男に手を伸ばした途端、ドタバタと音を立てて次々と他の客も床へ倒れていく。



「まさか、ミリア!」



 焦りに満ちた声音で、ディルモットはミリアの方へ視線を向ける。


 だが、ミリアとアールスタインは既に夢の中へ誘われたようで。


 眠っていないのは、今し方来たばかりの宿泊客とディルモットだけ。

 当然ながら、配膳の女性や料理人らしき男が、物騒な物を手に持って歩いてきていた。



「あの女、どうして……」


「水を飲んでいないのか!?」


「女一人だ! どど、どうにかなる!」



 町民たちが虚ろな目でディルモットを睨み付ける。


 殺る気だ。

 一般人ながらも殺意は立派で、ディルモットの肌を痺れさせるには十分の人数が揃っていた。


 立ち上がっているのは、全員で六人。



「くそ、面倒な……」



 床に転がる大人共が邪魔だ。


 ただの一般人とはいえ、これだけの人数に囲まれれば安易に殺されてしまうかも知れない。


 だが、一般人相手にナイフや拳銃を抜くというのはどうだろうか。躊躇えば殺され、本気を出せば殺してしまう。



「……やるか」



 ディルモットの一言を合図に、町民たちが鉄棒や槍を手に襲い掛かってくる。


 槍を掴んで引き寄せ、後ろの奴に頭をぶつけさせる。


 テーブルを蹴り上げ、椅子を盾に立ち回り、真っ直ぐ攻めてくる男の股間に蹴りを繰り出す。


 悶絶する男を踏み、小太りの女性を後ろへ回り込んだディルモットは、そのまま首根に手刀を叩き込む。


 バタンと倒れる小太りの女性。

 これで無力化したのは二人。

 残り四人だ。案外暴れればどうにかなるかも知れない。



「つ、強いじゃないか!?」


「このままでは、ヴェルザ様に示しがつかない……!」



 慌てる女性と初老の男は、蛇のように鋭い睨みに怯え、武器を手に身を縮めた。


 攻めて来ないならばと、ディルモットは前へ進み出ようとした。



「うぐっ……!!?」



 そう思った矢先、ディルモットは後頭部に鈍い痛みが走った。


 重い激痛と視界が一気に暗転していく感覚。吐き気と痺れが全身を襲い掛かり、ディルモットは頭を押さえてバランスを崩した。



「狩人様!!」



 町民たちが一斉に意味深な言葉を発し、ディルモットはナイフを引き抜き勢いよく振り返った。



「ぬうっ!?」



 という驚きの言葉と共に、背後から奇襲してきた白い仮面で顔を隠した者にナイフの切っ先が掠れる。


 

「行け! 連れて行け!」



 ふと横を見れば、白い仮面で顔を隠した黒外套の奴らが三人、アールスタインとメグ、見慣れない黒髪の少年を抱きかかえ、食堂を出ようとしていた。



「逃がすか!」



 未だ目眩がする状態で、目の前にいる白い仮面を捨てて踵を返す。


 食堂の扉を開け放ち逃げようとする白い仮面に向けて、ディルモットは拳銃を抜き躊躇いなく発砲した。



「こいつ……!」



 白い仮面は黒い外套を靡かせて、ディルモットの銃弾を避けていく。



「待てって言っても聞かないだろうねぇ」



 拳銃に弾を込め直し、ディルモットは勢いよく食堂を出て辺りを見回す。


 三人の黒外套が夜の町に溶けようとしている。


 それを、ディルモットは最後尾にいる黒外套の白い仮面にだけ集中して、二度の引き金を引いた。



「がっ……!」



 屋根伝いに走っていた最後尾の黒外套の白い仮面は、つんのめるようにして倒れ、屋根から転がり落ちてくる。


 抱きかかえていた子供も同じく屋根から落ちそうになるのを、ディルモットは全力で駆けギリギリのところで受け止めた。



「はあ、はあっ、大丈夫か……」



 受け止めた子供に声を掛ける。


 だが、子供は黒髪の少年であった。

 眠っているせいか、ディルモットの呼び掛けに反応はないが、肩がゆっくり上下していることから、怪我はないらしい。



「う、うう……っ」



 黒外套の白い仮面は、痛みに身を縮め苦しそうに足を押さえている。


 つまり、残りの逃げた二人がアールスタインとメグを抱えていたことになる。


 失敗した。



「……油断したねぇ」



 ディルモットは民家の壁にもたれながら、子供を地面に下ろして額の汗を拭う。


 ゾロゾロと食堂から町民たちが集まり、ディルモットは鋭く睨み付けた。


 その中に、先程残してきた白い仮面はおらず、町民たちも武器を持ってはいなかった。


 ディルモットは黙って、町民たちに銃口を向けて怒りを露わにする。



「こ、殺さないでくれ!」


「仕方が、ないんだ……」


「こうしないと、あたしらが殺されちまう……!」



 ディルモットの殺気に満ちた表情に、町民たちは後退りしながら首を左右に振る。


 口々に悲鳴にも似た言い訳を始めるが、元より訳ありだとは分かっていたことだ。


 ここまでされて言い訳など聞きたくはない。



「黒幕は……」



 ディルモットの一言に、町民たちの顔色が青白くなっていく。



「アンタらの黒幕を、潰す」



 さらなる衝撃の言葉に、町民たちは互いに顔を見合わせ、観念したように顔を俯かせたのだった……。






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