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よろずの運び屋ディルモット  作者: ハマグリ士郎
chapter2 奴隷オークション編
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第三十話 【子供のいない町】



「子供だ」



 すっかり暗くなったメーデ港の宿屋付近。


 誰が言ったかも分からないが、人通りも少ない路地で、大の大人が五人も集まって何やら不穏な会話をしていた。



「今日は二人もいる」


「先にご報告を」


「いや、捕らえてからの方が褒美は多い」


「運び屋と騎士が混じっている。簡単にはいくまい」



 井戸端会議には怪しい雰囲気の会話。


 中年の女性から男性、初老の男が三人。

 明らかにアールスタインがいる部屋を見上げて作戦を組み立てている。


 しかし、あまり近寄れば聞き耳を立てられていることに気づかれてしまうかも知れない。


 あれから町の中を散策した結果、ディルモットはとある違和感に気付くことが出来た。



「子供がいない町、ねぇ」



 小さな公園があり、並んだ民家には子供が玩具にして遊んでいたような、スコップや人形が外に置かれている家庭も少なくない。


 そして、問題はここからだ。

 子供がいないといえば、語弊があるかも知れない。


 細かく言えば、未成年がこの町にはいないのだ。漁業が盛んの港町でありながら、若手が全く居らず、親世代の人間しか残っていない。



「何を企んでいる……」



 宿に入り、主人のいないカウンターを一瞥して二階へ上がり始める。


 ディルモットの部屋は最奥だが、その手前の部屋で軽い衝撃が身体を襲った。



「わっ!」



 ディルモットの身体にぶつかってきたのは、幼い少女だった。

 走ってきたのか、足にぶつかった反動でぺたんと、尻餅をついてしまう。



「うわぁぁぁん!」



 頭をぶつけた衝撃か、跳ね返されたことが衝撃だったのか、金髪ツインテールを揺らし少女は大泣きしてしまった。



「だから走っちゃダメって! すみません、お怪我ありませんか?」



 少女を急いで抱き締め頭を下げたのは、金の長髪が似合う若い女性であった。



「アタシは大丈夫さ。それより、当たったのがアタシで良かった。壁だったらこんなものじゃ済まない」


「本当にすみません……ほら、もう泣かないの」



 泣き止まない少女に、ディルモットはしゃがみ込んで頭を撫でてやる。


 二人掛かりでも泣き止まない少女に、ディルモットは困ったように肩を竦めると、胸ポケットを探った。


 取り出したのは、リボンのように包まれた飴玉だ。


 それを大口を開けて泣く少女に放り込んでやると、甘さと驚きでピタリと泣き止んだ。



「食べ終わる頃には、痛いことも忘れてるさ」


「ありがとうございます、何から何まで……」


「構わない。アンタの荷が減ったなら、アタシも嬉しいよ」



 ゆっくり立ち上がり、ディルモットは柔らかく微笑んで親子に軽く手を振った。


 踵を返そうとしたところで、ドタバタと階段を上がってくる音に、ディルモットの眉間にしわが寄る。



「もしや、お子様がお怪我を!?」



 突如として現れたのは、案の定宿屋の主人だ。額に玉のような汗を浮かばせ、声を荒げる主人は相当な焦りを見せている。



「頭をぶつけた? それは大変だ、すぐに手当てを致しましょう!」


「いえ、少しぶつかっただけですから……」


「いやいや! 頭ですよ! 何かあってからでは遅いのです。さあ、お母さんも一緒に──」



 必死に悪いことを連想させる主人に、女性は完全に押され気味だ。


 女性の腕を掴んだ主人に、ディルモットは黙ってそれを制止させる。



「お、お客様は……」


「可愛らしい娘さんのお名前を聞くのを忘れてねぇ。お名前、言えるかな?」



 驚く宿の主人をよそに、ディルモットは金髪ツインテールの少女ににっこり笑みを見せて問い掛けた。



「……メグ、五さい!」


「メグか。可愛い名前だ。飴は美味しいか?」


「うん!」



 メグの頭を撫でながら、宿の主人の手を離させるディルモット。


 女性は困惑しているが、ディルモットはそのままメグに視線を向けた。



「頭はもう大丈夫?」


「うん! 痛くない!」



 コロコロと口の中で飴玉を転がしながら、メグは歯抜けの無邪気な笑顔を返してくれる。



「そっか。強いね、偉い。じゃあお姉さんからもう一つあげよう」



 続けて、ディルモットはメグに飴玉を手渡す。喜ぶ少女に微笑みつつ、鋭い視線が宿の主人に向けられる。


 怒りや恐怖、驚愕やらで顔を引きつらせた宿の主人は、苦笑いをして脂汗を拭い小さく頷いた。



「な、なら良かった。でで、では、食事の準備が出来ましたので、隣の食堂までお願い致します」



 軽く会釈を済ませ、宿の主人はそそくさと階段を下りて行ってしまう。


 親子揃って何処かへ連れて行こうと算段していたのか。もしそうなら、何とか食い止めたことになるが……このままでは必ず危険が迫るだろう。


 背中を見届けた後、再び女性が礼を告げようとしたのを、ディルモットは人差し指を唇に当て階段を一瞥した。



「アンタ、旦那は?」


「その、実家に帰る途中で……」



 ディルモットの小声に合わせ、女性も不安気に小声で返す。



「今日は鍵を掛けておいた方がいい。何なら、後で同室にしても構わない。子供から目を離さず、一人で行動させるな」


「は、はい」



 何故? という問い掛けは女性の口から出ることはなかった。


 先程のやり取りと宿の主人の対応。

 ディルモットの真剣さが伝わったのも大きかったのだろう。


 子供に狭い部屋の中で一日を過ごさせるのは、なかなか難しいことだ。暇だと騒ぐなら、アールスタインやミリアに構わせておくのも良いだろうか。



「この町はおかしい。十分に気を付けて」


「はい。ありがとうございます」



 女性の緊張を溶かすように、ディルモットは彼女に出来るだけ柔らかく微笑み掛けて踵を返した。



「ディルモット」



 ふと、廊下で声を掛けられディルモットは左へ視線をズラした。


 先の騒ぎが気になったのか、部屋から出て来たアールスタインとミリアが、いつもと変わらぬ様子で歩み寄ってくる。



「それでは、先に食堂へ行ってきます。ありがとうございました」



 連れを見て気を遣ったのか、メグを抱っこしたまま女性は苦しい笑みを見せて階段を下りて行った。


 その様子を見て、ミリアは首を傾げる。



「知り合いでしょうか?」


「いや、たまたま話してただけさ。それより」



 二人を一度部屋へと促し、ディルモットは中に入ったところで扉を背にして腕を組んだ。



「二人には悪いが、この町は早く出た方が良さそうだ」


「え!? やっぱり、何かおかしいの?」



 ディルモットの衝撃的な言葉に、アールスタインは表情を歪めた。


 当然、ミリアも怪訝げな表情だが、黙って理由を待っている。



「この町には子供がいない。幼子だけじゃない、未成年までの者まで全員──下手をすれば二十歳前半も範囲内かも知れない」


「まさか、そんな……」



 ディルモットの理由に、ミリアは思い当たる節があるのか、それ以上何も口に出すことはなかった。



「裏があるってこと? それって、誘拐とか?」


「誰かに報告とか、褒美だとか言っていたからねぇ。それに、さっき宿の主人が凄まじい慌てようだった。間違い無く無傷で誘拐することが目的だろう」



 溜め息混じりに肩を落とすディルモット。


 ようやく身体を休めると喜んでいた矢先のことだ。アールスタインが落ち込むのは仕方ない。



「クフ……グゥ?」



 鞄から、心配そうにアレクが顔を出し、座っていたアールスタインの膝をよじよじ登っていく。



「……な、悩んでいても仕方ないですし、とりあえず食堂へ行きませんか? 腹が減ってはなんとやら、ですし」



 重い空気をぶち破ろうと、ミリアは人差し指を立てて提案した。


 不意に、腹の音が大きく響くと、アールスタインは恥ずかしそうにお腹を押さえ大きく頷く。



「危機感が薄いねぇ。まあ、全員で行くなら問題ないか……」



 ディルモットは背を離すと、扉を開けてアールスタインへ促した。


 アレクを抱っこして鞄へ入れたアールスタインは、嬉しそうに部屋から出て二人を待つ。



「何かあれば、私が必ず」


「何か無いのが一番だけどねぇ」



 胸に手を当てるミリアに、ディルモットは息をついて部屋の扉を閉めた。





 

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