第二十八話 【航海というには短い船旅】
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難を逃れたディルモットたちは、諦めた様子の王国兵を遠目に息をついていた。
「いやぁ、包帯やら薬やら常備しておいて良かった!」
一人の若い女性が救急箱を手に、ミリアをせっせと治療していた。
甲板で寝かせたまま、胸などの治療や足の打撲に塗り薬を施していく。
しかし、ミリアの呼吸は浅い。すぐにでも根本的な治療が必要だろう。
「ミリア、危ないのか?」
心配そうに顔を覗かせたアールスタイン。
「……魔法でも使えば、助かるかも知れないねぇ」
ミリアのそばでしゃがみ込み、ディルモットは溜め息混じりに呟いた。
だが、魔法はミリアが持つ力と欠片の賜物だ。
どうやら持っているだけでは魔法は使えず、さらに言えば人によって属性が違うとなれば、治療は絶望的だった。
しかし、ディルモットには一つの可能性があった。
「その短剣、これがはめ込めそうになっていると思うんだがねぇ」
「え? 短剣?」
ディルモットが指差したのは、アールスタインが持つ魔法剣だ。
驚き魔法剣を見つめていると、柄の中央に小さなくぼみが一つ空いており、それは丁度魔法の欠片が押し込めそうな穴であった。
「でもこれ、古代魔法文明の遺産って」
「タダでそんな代物が貰えると?」
「それは、そうだけどさ」
何故か渋るアールスタインから魔法剣を奪い、ディルモットは二つの魔力の欠片を取り出す。
ルビーのような赤い宝石と、ダイヤモンドのような小さな欠片。
ミリアが使用していたのは、後者だ。
どちらも六角形に象られており、魔法剣のくぼみも六角形。偶然と言えば聞こえは良いが、このために試作されたものかも知れない。
「物は試しだ」
そう言って、ディルモットはくぼみにダイヤモンドのような魔力の欠片を押し込んだ。
気になった漁師たちが集まってくる中、カチッという音と共に欠片はしっかりとはめ込まれる。
「あっ、入った」
誰が言ったのかも分からないが、魔法剣は淡い光に包まれ、すぐ元へもどってしまった。
「これは大丈夫そうじゃないか。試しに使ってみるかねぇ」
「どうやって?」
「それは、お決まりのアレよ」
首を傾げるアールスタインをよそに、ディルモットは目を閉じて何かを思い出す。
と、眼を閉じて静かにディルモットは唇を動かし始めた。
「【清き心を持つ者に、今一度女神の祝福と癒しをあらんことを──ハイリング】」
詠唱が紡がれ、ミリアの身体全体に暖かい光が包み込んでいく。
「覚えてたんだ……」
驚きを見せるアールスタインに、ディルモットは自慢気に鼻を鳴らした。
漁師たちから歓声が上がると、ミリアの重い瞼が開かれる。
「んっ、う……」
まだ痛みがあるようで、ミリアは胸を押さえながら起き上がった。
「ミリア! 大丈夫?」
素早くミリアの背中を支え、アールスタインが不安気に声を掛ける。
他の漁師たちも心配する中、ミリアは不思議そうに顔を上げた。
「傷が、癒えて……?」
誰が魔法を使ったのかと首を傾げるミリア。
皆が一斉にディルモットを見たところで、ミリアの表情が驚愕に変わる。
「魔法は嫌いだったんだが……これは一つ貸しだねぇ。騎士様」
「むしろこれで帳消しじゃ──」
眉をひそめたミリアだが、ディルモットの不適な笑みにより発言は却下されてしまう。
「もう折角いい感じだったのに」
呆れるアールスタインは肩を落とし、深い溜め息をついた。
「動けそう?」
「は、はい。王子にこのような心配をお掛けしてしまい、申し訳ございません……」
優しい王子の対応に、涙を溢れさせてしまうミリア。
これにはギョッとしてしまうアールスタインは、にやつくディルモットを見て顔を歪めてしまう。
「あらら、泣かせちゃったねぇ」
「う、うるさい! ミリアも泣くな!」
「ひゃ!? ひゃい……」
アンバランスな三人の関係な光景だが、いつもながらに戻ったということだろう。
前よりも一段と面倒になった気がしないでもないが、ディルモット的には悪くない。
「あ、見えてきましたぜぇ!」
捻り鉢巻きの漁師が舵を切りながら大きく手を上げた。
その言葉により皆が一斉に船頭へ歩み寄る中、アールスタインは困ったように眉を寄せ頬を掻いた。
「ありがとう。僕を信じてくれて」
恥じらいながらも微笑み、急いで船頭へ走って行ってしまう。
「……私などで良ければ、いつでも御守り致します」
胸に手を当て、今一度ミリア忠誠を誓う。
胸が痛む理由は、不安か希望か、はたまた怪我の痛みか。
「アンタが決めたことだ。後悔だけはしてくれるなよ」
「後悔なんて、今更してどうするんですか」
「そりゃあそうだねぇ」
船柱にもたれ腕を組んだディルモットに対して、ミリアは冷たい視線を向ける。
「……貴女の目的も、魔臓器なのですか」
「そうだねぇ。イエスかノーかで言えば、イエス」
「アール様に協力するということは、悪用するってことじゃないんですね」
「ああ、そうだ。それは約束出来る」
ミリアの言葉に、ディルモットは力強く頷いた。
「では──」
「二人とも!」
続けて確認しようとしたミリアは言葉を遮られる。
遮ったのは、嬉々として駆け寄ってアールスタインだ。
「見えたよ! 大きい塔が見える!」
嬉しそうに話したアールスタインは、再び船頭へ走って行ってしまった。
「ガキは元気で良いねぇ」
柱から離れ、ディルモットは肩を竦めながらも船頭へ歩んでいく。
ここまで来てしまったということは、ギンムガムへの別ルートを考えなければいけない。チケットを手に入れることも考えれば気が遠くなるが、どうにかしなければいけない。
悩みは尽きないが、今は船旅を楽しむことにしよう。
「……グレアデル貴国」
座ったまま遠目に見えた巨大な影を見据え、ミリアは息を飲んだ。
巨大な一つの大陸。
港町からさらに奥へ進んだ先であろうか、城壁ならぬ塔壁に囲まれた雲を突き抜けんとする巨大な塔城。
はしゃぐアールスタインの横で、ディルモットは嫌な予感を膨らませつつも、今はゆっくりと漁船が進む海を眺めることにした──。




