閑話 騎士団長と王
リムドル王城内の王室にて、二人の影がろうそくの灯りによって揺らめいていた。
気難しそうで豪奢な赤外套に身を包んだ者が、髪色と同じ茶の髭を撫で、目の前にいる男を見据える。
「よもやここまで逃がすとはな。これは騎士団長の判断ミスではないか、ジークフリード君」
ジークフリードと呼ばれた男は、厳めしい表情で深々と頭を下げた。
シンプルな白を基調としたプレストアーマーに、毛皮の外套を靡かせ、青黒い短髪を後ろに撫でつけた男。
その背には、身の丈ほどの長身な剣を携えている。
「申し訳ございません。サルヴァンで事足りると判断した私の失態であります」
下げた頭を上げることなく、ジークフリードは胸に手を当てた。
「まさかあの狂犬の妹が裏切るとは──」
「過ぎたことなど構わん」
言い訳に聞こえたのか、ジークフリードの言葉を遮り王は鼻を鳴らす。
「あの魔臓器は必ず取り戻さねばいかん」
天窓付きのキングベッドに腰掛け、本棚やアンティークの装飾、絵画を見回し、王は小さな丸テーブルに置かれた一枚の紙を手に取った。
「四つ王国にそれぞれ託された代物だ。我が国だけが奪われたと知られれば……どうなることか」
震えた手で紙を置き、王は何度も首を左右に振る。
少しだけ頭を上げ、ジークフリードは小さく溜め息をついた。
「このジークフリード。必ずや王子と共に魔臓器を奪還致します」
「頼むぞ。最悪、魔臓器だけは必ずだ」
王の言葉に、ジークフリードの眉間に深いしわが刻まれる。
「必ずや」
ジークフリードは含みのある言い方をしたが、気にする素振りなど全くない。
やはり、王は継承権など無いアールスタインなど、どうでも良い存在と考えているのだろう。
だからこそ、王子の判断は正しい。
だが、ジークフリードに手や策はない。
せめて連れ帰る姿だけ見せ、別の王国に保護を求めるべきだろうか。
「して、クレンスの灯台にいた盗人頭は捕まえたか?」
王の問い掛けに、内心安堵をしつつジークフリードは頭を振った。
「いえ、血の痕は残されていましたが、姿は既にありませんでした」
「逃げたというのか!?」
報告の内容に肩を落とし、王は額に手を当てる。
「そばには銀の長い毛髪が落ちておりましたので、第三者が連れ去ったのやも知れません」
淡々と話すジークフリード。
対して王は深い溜め息をつきながら、何度も首を左右に振る。
「貴重なサンプルデータが取れると予定していたのだが、つくづく運がない……」
嘆く王の呟き、ジークフリードの眼が冷たく変わっていく。
「……では、追ってそちらも調査致します」
「う、うむ。頼んだ。このような事案、騎士団長の君にしか頼めん」
再び頭を下げたジークフリードに、ほんの少し余裕が出来たのか、王はベッドに潜り込む。
掛け布団を正し、小さく息をついた王の姿に、ジークフリードは何をするわけではなく、ゆっくりと後ろへ下がった。
揺らめく蝋燭の炎を吹き消し、静かに王の寝室から退場していく。
「……朝一で騎士会議を開く。各隊長に伝令を」
「承知致しました」
待機していた伝令兵は、素早く頭を下げ長い廊下を早歩きしていった。
「……私も準備せねばな」
ジークフリードは胸に手を当て、王子の安否を願う。叶うならば、この醜い争いから少しでも早く抜けられるようにと……。




