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よろずの運び屋ディルモット  作者: ハマグリ士郎
chapter1 魔臓器奪還編
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第二十七話 【負け猿の遠吠え】



「ディルモット!」



 港から戻ってきたアールスタインは、二人の戦いを前に顔を青冷めさせた。


 先程より苛烈な攻撃となっているサルヴァンの重い連撃は、ディルモットの頬や腕、太股を掠らせている。


 捌き切れないためか、微かに血が宙を舞い、アールスタインは眉間に深いしわを刻む。


 しかし、サルヴァンの様子がおかしいことは、少年の目から見ても明らかなものであった。



「ぐっ、そが!」



 ダガーと拳銃をクロスさせ、ディルモットは正面から振り下ろされた大剣を易々と受け止めた。


 対して、サルヴァンの肩が微かに上下しているように見えたのだ。疲れが現れ始めているのか。


 猛獣の如きスタミナを持っていた男が、只の強い猿へと降格しているのだ。



「さっきまでの気迫はどこへやら」


「黙れ女ァ!!」



 余裕を見せるディルモットに、サルヴァンの怒りのボルテージが上がっていく。


 力強くディルモットを弾き飛ばし、さらに追撃しようとしたサルヴァンは、不意に目の端に映った影に眉をひそめた。



「もう好きにはさせません!」



 ミリアの大型ランスの先端が、振りかぶったサルヴァンの大剣を思い切り突いて軌道を変えたのだ。



「……裏切り者が……ッ!!」


「……っ!?」



 怒りを力に変えたサルヴァンの大剣が、軌道を変えられたままに、ミリアを大盾ごと横薙ぎにぶつけた。


 あれだけ頑強な大盾に大きなヒビが入り、同時に耐えきれずミリアは灯台の入り口へと吹っ飛ばされてしまった。


 

「ミリア!!」



 アールスタインの叫びが響き渡ると共に、ミリアは土煙を巻き上げて灯台の壁に背を打ち付け前のめりに倒れ込んでしまう。


 刹那、乾いた発砲音が響くと、サルヴァンは身体のバランスを崩して片膝を着いた。


 ディルモットが発砲した弾丸が、奴の左太股に撃ち込まれたのだ。貫通することなく肉を抉った弾丸は太股に穴を開け、黒い血が噴き出していく。



「ぐぁぁあッ……!?」


「終わりだよ」



 容赦なくサルヴァンの頭に目掛けて、ゆっくりと銃口を向けたディルモット。


 だが、サルヴァンも黙ってやられるような男ではない。銃口が向けられた瞬間、腰から引き抜いた小型ナイフをディルモットに向けて投擲した。


 カンッ、という音が弾いたことを意味したのだが、小型ナイフを弾いた者の正体を見たサルヴァンは再び額に青筋を浮かばせる。



「僕だって、守れるんだ!」


「王子──くそがぁぁあああ゛あ゛ッ!」



 ディルモットの前に立ち、アールスタインが魔法剣を構える。

 その姿に、サルヴァンは血管が切れるのではないかと疑う程の叫び声を上げた。



「下がってろ。あれはもう、躾のレベルじゃ収まらない」


「わ、分かった」



 アールスタインの襟首を持って後ろへ引いたディルモットは、躊躇いなく拳銃の引き金を引く。


 しかし、サルヴァンは頭を揺らし、代わりに弾丸は肩や頬を掠っただけで済んでしまった。



「ちっ、ケチるんじゃなかったよ」



 巨大ブルーウルフに使い過ぎてしまったか。


 決めて掛かろうとした残りの弾は終わり、ディルモットは拳銃を腰のホルダーにしまい込み地を蹴った。



「ふんっ!」



 フラフラと動くサルヴァンの首根に回し蹴りを入れ、ディルモットは一回転して吹っ飛ぶ姿を一瞥する。


 横へ軽く吹っ飛び、大剣を零したサルヴァンは、それでも蛆虫のようにグネグネと身体を動かしていた。


 だが、立つことは出来ない。

 首根を蹴った影響もあったか、目は虚ろだが、戦意は失っていなかった。



「気持ち悪いねぇ……」



 ここまで戦いという目的だけを持った奴は珍しく、ディルモットは背筋を震わせてすぐに踵を返した。


 

「立てるかい?」



 駆け寄ったのは、倒れているミリアの下だ。


 ミリアは微かに頭を上げ、鼻血を流しながら情けなく笑みを見せた。



「ちょっと、厳しい……です、ね」


「それでも騎士かい?」


「それ、関係……ないで、すよ」



 今にも死んでしまいそうなか細い声音で返答するミリアに、ディルモットは片膝を着いて手を差し伸べた。



「来るんだろう? あの王子をお守りしてやれ。そこまで命を張ったんだ、答えは──出てるんじゃないのかねぇ?」


「……そう、ですね」



 ディルモットの真剣な眼差しと合わせられず、ミリアは顔を伏せて隣に落ちている大盾を見据える。


 先程の攻撃によって大破に近い状態の大盾。王子を守るための唯一の手段だった物。


 すぐそばには、魔力の欠片が地面に転がっており、ミリアはそれを手に握り締めた。



「私に、守れる、でしょうか?」


「守れるか守れないかは自分で決めるもんさ。守れなきゃ、強くなればいい」


「簡単に言います、ね……」



 茶化すでもなく、あくまでも真剣に言ってのけたディルモット。


 それに笑うことしか出来ないミリアだが、覚悟は決まったようであった。



「私、重い……ですよ」


「レディにそんな失礼なことは言わないさ」



 差し伸べられた手を、すり傷だらけのミリアの手が掴み、同時に大型漁船の汽笛が町の全体に響き渡った。



「ディルモット! 早く! 王国兵が来るよ!!」



 一足先に走り始めていたアールスタインは、町の出口に指を差して顔を青冷めた。


 

「いたぞ!」


「王子を保護するのだ!」


「サルヴァン様!!!」



 王国兵や騎士、さらには魔物討伐が終わった警備隊まで集まり、ディルモットの表情があからさまに歪んだ。



「おら! 早く乗れ!!」



 汽笛を何度も鳴らし、捻り鉢巻きの漁師がディルモットたちを急かす。


 ディルモットはミリアを持ち上げようとして、全く微動だにしないことに思わず鼻を鳴らして笑みを漏らしてしまった。



「こりゃあ、鎧が悪いのかねぇ」



 大盾と大型ランスを蹴り飛ばし、ディルモットは最後の力を振り絞ってミリアをお姫様抱っこする。



「くっそ、気絶したのか。暢気なもんだ、ねぇ!」



 意識を失ってしまったのか、ぐったりとするミリアに軽く苛立ちを覚えながら、ディルモットは王国兵を一瞥して走り始めた。



「おのれ、王子だけでも保護するのだ。船を止めろ!!」


「かしこまりました!」



 兵長らしき男が指示を出し、王国兵共は散り始める。


 しかし、アールスタインは早々と漁船に乗り込み、漁師たちの背に隠れていく。



「邪魔だねぇ」



 目の前に立ちはだかる王国兵を、鼻を鳴らしてディルモットは足を緩めず走り続ける。


 

「ぬおっ!?」


「なんだ!?」



 攻撃を仕掛ける前に突っ込み、目の前ですり抜けていくディルモットに、王国兵は戸惑いを見せて後ろを振り返った。


 数名で取り囲んだはずの相手が容易く抜けたことに驚きを隠せないが、その実彼女に見惚れていたかも知れない。


 

「おいおい! こりゃあ間に合わねぇぜ!?」



 出航を始めている大型漁船から足場の板が外され、漁師たちはヘリを上げようか迷いを見せる。


 海に出て行く大型漁船に、ディルモットはギリギリで踏み込み、ミリアをそのままの勢いで投げた。



「ぬおおっ!?」



 投げられたミリアを受け止めようと漁師が二人で並ぶが、鎧の重さも相まって三人まとめて甲板の床に転がっていく。


 

「ちょ、ディルモット!?」



 同時に、ばしゃん! という派手な水飛沫を上げて、ディルモットは海面より底へ沈んだ。


 驚いてアールスタインがヘリに手を付き身を乗り出すと、小さな気泡と共に浮いてきた黒い影に深く安堵した。



「ぶはっ! げほっ、おえ……」



 水の重みで髪が顔に張り付き、半分化け物と化している見た目で、ディルモットは必死に追い付こうと泳いでいる。



「ふ、船を出せ!」


「悪いがまともな漁船はあれ一隻だあ」


「なんてことだ……っ!!」



 胸ぐらを掴み掛からんとした王国騎士は、漁師の言葉に深く肩を落とした。


 弓を放つ王国兵もいるが、鉄で仕上げた大型漁船相手に勝てる訳もなく。

 王国兵共は遠ざかっていく大型漁船をただただ見守ることとなった。



「……覚えてろ。俺は、必ず殺す。裏切り者も、運び屋も、王子も──ッ!!!」



 警備隊の二人に肩を貸してもらいながら、サルヴァンは大型漁船を睨み付けた。


 そんなことは露知らず、ディルモットは垂らされた縄に掴まり、漁師たちに引き上げられたのだった──。





こちらでchapter1クリアでございます。

ここまでありがとうございます!

閑話を挟み、chapter2も宜しくお願い致します!

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