第二十四話 【説得】
「アール様!」
暴れる巨大ブルーウルフから守るため、ミリアが大盾と共に自らも滑っていく。アールスタインを大盾で庇い、大型ランスで牽制をする。
その横を、ディルモットが駆け抜けた。
「ウガァァァア!!」
「ぬが、あ゛あ゛ぁぁぁっ!!」
ティーチから得た血を巨大ブルーウルフに注がれ、絶叫と雄叫びが灯台に轟いていく。
巨大ブルーウルフの敵意がミリアに向けられている間に、ディルモットはダガーを拾い駆け抜ける。
「ぐっ……」
魔臓器から放たれる触手がディルモットの接近を許すはずもなく、透明の箱に向けて攻撃を仕掛けてくる。
魔臓器自体が知能を持ち、理解しているのだろうか。
ダガーで触手を切り落とし、癒やしの魔法がミリアから注がれる度にディルモットの足は早くなっていく。
「全く、世話を焼かせる」
ティーチの元に辿り着いたところで、ディルモットは小さく溜め息をついた。
もはや生きた屍と化しているティーチは、血色の悪い青白い顔をしており、筋肉どころか肉までやせ細っている。
「自業自得だ。だが……」
触手が邪魔をしようとする中で、ディルモットは慣れた手つきで魔臓器に触れる。
胸に張り付く魔臓器を皮膚ごとダガーで切り削ぎ、無理矢理に透明の箱を押し込んでいく。
「ディルモット! 後ろ!!」
不意に、アールスタインの叫び声が響き、ディルモットは後ろを一瞥した。
先端を鋭く尖らせた触手は、ディルモットの背中に突き刺さろうとして、動きを止める。
「止まった……?」
触手の動きが止まったことに、ミリアは首を傾げた。
ディルモットに集中したせいか、巨大ブルーウルフは完全に倒れ息絶えてしまう。
あれだけ降り注いでいた魔力も、雪のような白さも消え失せ、氷が徐々に溶けていく。
「今度はアタシを苗床にするか」
魔臓器を鷲掴み、ディルモットは触手を睨み付ける。
しかし、触手は恐れを抱くとはまた違ったようだ。何かを悟り、何かを感づき、シュルリと本体へ帰っていく。
そのまま透明の箱に魔臓器を押し入れたディルモットは、ティーチが手に握り締めていた白い管を奪い取る。
「え? お、終わった……の?」
呆気なく終わった魔臓器との戦闘に、アールスタインは目を丸くさせた。
酷く安堵したのか、ミリアはその場でへたり込み大きく息をつく。
魔力の暴走が収まったおかげか、灯台を凍てつかせていた氷は瞬く間に溶けている。直に海も元に戻るだろう。
「どうして、攻撃しなかったんだろう」
「ええ、不思議です。何か弱点でもあるのでしょうか」
怪訝げに見つめるアールスタインに、ミリアは首を傾げて大型ランスを地面に下ろした。
バタンと倒れたティーチを放り、軽い身のこなしで戻ってきたディルモット。
「ディルモットは、魔法使いなの?」
不意に問い掛けられたディルモットは、小脇に抱えた魔臓器に視線を落として柔らかく苦笑する。
「魔法使いだなんて恐れ多い。アタシは只の運び屋さ」
やはり、答えは予想通りのものだった。
疑心に満ちた目で暫くディルモットを見上げていたが、「そうだね」と、だけ呟きアールスタインは納得する。
「氷が溶けていくぞ!」
「やった! 無事に倒せたんだな!」
灯台の最上階まで聞こえてきたのは、港で歓喜する漁師たちよ声だろうか。
疲れた様子のミリアも、この声には嬉しそうに頬を緩めた。
アールスタインはハタと思い出し、借りていたロングコートをディルモットに手渡した。
所々破けてはいるが、着れないこともなく、ディルモットは頷いてそれを受け取る。
「この人は、どうする?」
アールスタインが指差す方向は、当然ティーチだ。
やせ細った身体で、尚も這おうとするティーチの生の執念は凄まじいもので、ディルモットは目を逸らした。
「こいつの処遇はアンタの仕事だろう?」
「ああ、私ですよね。はい」
自覚があったのか、大盾を支えに立ち上がったミリアは、恐々とティーチに視線を向ける。
「とりあえず人手が欲しいので、先に下りませんか?」
「そうだねぇ。アタシも休みたい」
ミリアの提案に、ディルモットは頷いてポケットから煙草を取り出した。
アールスタインはその場に座り、ミリアはひとまず治療へと向かっていく。
煙草に火を点け大きく吸い込んだディルモットは、そのまま煙を吹き出した瞬間、灯台に馬鹿でかい音が鳴り響いた。
「ここに王子誘拐の犯人がいるはずだ! 捜せ!」
大声と共に雪崩れ込んで来たのは、王国兵や騎士共であった。
数十を超える兵を動員し、大剣を肩に担ぐ男──サルヴァンが指揮を取り、ディルモットたちを捜していたのだ。
「サルヴァン……!? どうしてこんなところに」
治癒を終えたミリアは、柵から身を乗り出し顔を歪めた。
「厄介だねぇ。ここだと分が悪い」
舌を打つディルモット。
煙草を吸いながら策を練るが、思い付くのは一つしかない。
「ミリアも騎士隊長なら、説得出来ないかな?」
「説得って、第一誘拐犯はティーチでしょう? 何を説得するんです?」
「あー……そっか」
必死なアールスタインに対して、ミリアは不思議そうに二人を交互に見た。
確かそういう設定だったなと、今さら後悔するディルモットだが、遅かれ早かれ嘘はバレる。
ならば仕方がない。
「誘拐犯はアタシだ」
「ディルモット!?」
直球過ぎる答えに、アールスタインが分かり易く焦りを見せた。
「違う! 僕が頼んだんだ! ギンムガムまで運んでくれって」
「ギンムガムって、正体不明の敵国ではないですか!? 何故そのような場所に……」
全力で頭を振ったアールスタインの言葉に、ミリアは口元に手を当てる。
「その理由は、これさ」
ディルモットが続けて見せた物は、大人しくなった魔臓器だ。
「父上は魔臓器を使って、ギンムガムに戦争を仕掛けようとしてる。だから僕は、ギンムガムの王に伝えるんだ」
「王が、魔臓器を? 戦争?」
アールスタインの口から次々と出される情報に、ミリアは額を押さえた。
人を媒体とし、生気や血を魔力として一個体に生まれ変わろうとする化け物。
その化け物を、国王が戦争のために作り出したと?
失われ掛けている魔法を復活させ、文明の開花をしようと尽力している国王が?
ならば国王に忠誠を誓う私たちは、戦争の道具でしかないのか?
「もし、もしそれが本当だとして、ギンムガムの王が取り合ってくれるとは思いません」
「僕はこれでも第三王子だ。証明出来る物もある。だから、僕が行かないと駄目なんだ」
アールスタインの強い言葉は、ミリアの表情を大きく変えた。
嘘か真か。
いや、信じるか信じないか。
「アタシを突き出すつもりなら、アンタを倒して逃げるだけさ。どうする?」
ディルモットは血塗れの姿でダガーを逆手に構えた。
それでも尚、アールスタインはミリアを真剣に見つめ続けている。
「貴女は、信じたんですよね?」
「ああ、これは本物だ。だからアタシは運ぶ」
「そう、ですか」
魔臓器を一瞥し、ミリアは大きく深呼吸をする。
王国兵共は螺旋階段の半分まで来ていた。ここまで来るのは時間の問題だろう。
「王国は裏切れません。ですが、王子の勇敢さを応援したくもあります」
どっち付かずの答えを出すミリアに、ディルモットは息をついてダガーを下ろした。
「……分かりました。このミリア=セリュン、アールスタイン様を手助けするべく、尽力させて頂きます!」
唇をキュッと締め、ミリアは胸に手を当て深々と頭を下げた。
ホッと胸を撫で下ろすアールスタインだが、改めて挨拶をする暇も無さそうだ。
「それなら騎士様。悪いが即興で一芝居してもらおうかねぇ」
「私、演技は下手なんですけど……」
煙を吹かして笑みを浮かべるディルモットは、柵から王国兵共を見下ろし鼻を鳴らした。
嫌な予感がするアールスタインを横目に、不安気なミリアは頬を掻いて肩を竦ませたのだった。