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よろずの運び屋ディルモット  作者: ハマグリ士郎
chapter1 魔臓器奪還編
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第二十二話 【肥大化】



 灯台を登り始めて十分程。


 ブルーウルフも階段にはいないようで、ディルモットたちはすんなりと進めていた。



「魔物も賊も見えませんね……」



 辺りを警戒しながら胸の前で拳を作るミリアは、上空を見上げ眉をひそめる。



「それに、何だか空気が……気持ち悪い」



 ロングコートの裾を握り締め、アールスタインは目を細めた。



「首が重いというか、詰まってる感覚がして……吐きそう」



 顔色を青くさせ、口元に手を当てるアールスタインの背中を、ミリアが優しく撫でてやる。


 

「寒さのせいでしょうか。暖を取れれば良いのでしょうけど」


「寒さもあるだろうが、魔力に当てられてるのかも知れないねぇ」


「魔力にですか?」



 立ち止まりアールスタインの様子を見たディルモットは、上を見上げて舌を打つ。


 同じくミリアも再び上を見上げ、降ってくる白い雪のようなものに目を奪われる。


 下にいた時よりも大きく見えるそれは、光の粒子にも、大粒な雪にも見えるほど膨らんでいた。

 その粒を手の平で掴んだミリアは、吸い込まれていく粒に目を見開いてしまう。



「まさか、これ全部魔力ですか!?」


「そうらしい。これだけ降ってるんだ、嫌でも魔力酔いするだろうさ」



 驚愕するミリアは手を震わせている。


 だが、平然とした様子でディルモットは息をつき、アールスタインの額に手を当てた。


 思ったよりも魔力に当てられているようで、額の熱は高く、身体全体が火照っているようにも感じられる。



「魔力は人によって蓄えられる量が違う。こいつはまだガキだ。これだけ吸収して意識があるだけ凄い」



 立ち上がり手すりにもたれて腕を組んだディルモットは、一度考えて顔を俯かせた。



「戻るなら今のうちだ。アタシは一人でもアレを回収出来る」



 白い息を吐き、パンツのポケットから煙草を取り出したディルモット。対してミリアは帰りましょう! と、強く言える訳もなく、王子の言葉を待つばかりだ。



「いや、僕も……行く」


「アール様、無理をされては……」



 心配するミリアから離れ、アールスタインはゆっくりと登り始めた。


 それを確認した上で肩を竦めて呆れたディルモットは、煙草を吹かせて再び螺旋階段を登っていく。



「どうしてそこまで頑張るのですか?」



 急いで追い掛けながら素朴な疑問をぶつけるミリアに対して、アールスタインは足を止めずに顔を俯かせた。



「ずっとお荷物にされるのは、嫌なんだ」


「お荷物って……それってどういう」



 アールスタインの言葉からは切実な思いが滲み出ていた。


 知らないところで、どのような思いをしたのかなどミリアには知る由がない。

 彼女が運び屋なために、そのような皮肉を言われたのだろうか?


 それでも、アールスタインの思いはある種強さに変わっている。悩みではなく、強さに。



「どうしてそんなに強くいられるのですか。私には……分かりません」


「ミリア……?」



 独り言を呟くミリアは、慌てて首を左右に振って笑みを見せた。


 上を目指すために一歩踏み出したその時、凄まじい閃光が辺りを包み込み、皆が腕で顔を隠す。



「うおあ゛あ゛あ゛ぁぁぁっ!!?」



 同時に、雄叫びに似た悲鳴が灯台全体に響き渡り、ディルモットは舌を打って素早く駆け上がった。


 それを追い掛けようと、アールスタインとミリアもなるべく早く階段を駆け上がる。 



「ど、どうなってるの!?」



 階段を登り切った先。

 広めの空間に出たアールスタインは、目の前に広がる光景を見て唖然としてしまった。



「あ゛がっ……ががぁぁああっ──!」



 最上階と思しき場所で、凍てついた大黒柱に自らの身体を固定させ、一人の男が絶叫していたのだ。


 男の周りには禍々しい深紅の触手が何本も蠢き、それは男の身体に突き刺さって見える。


 辺りに血溜まりを作り上げ、男を守るように立つ巨大なブルーウルフが足を赤く染めて睨みを利かせていた。



「あれはティーチ!?」


「見て、魔臓器も!」



 変わり果てた指名手配犯の男に驚くミリアだが、それよりも気になったのは、ティーチの胸に張り付いた臓器だ。


 アールスタインが指差すそれは、人間の心臓と同じくゆっくりと脈打ち、まるでティーチを媒体として生きているようであった。


 皮膚に守られることもなく剥き出された魔臓器は、あの四角い箱には収まり切れないほどに肥大しているようにも見えた。



「こいつはもう手遅れかも知れないねぇ」


「そんな、ですが……まだ声が出せるならば、生きているってことですよね!?」


「自分で出してる声なら可能性はあるが、アレに操られてるなら可能性はない」



 大盾を構えるミリアの言葉を、ディルモットは容赦なく切り捨てた。


 それよりも、と呟きダガーと拳銃を構えたディルモットは、巨大なブルーウルフの足元を見据え顎をしゃくった。



「あれがあれば、まだ可能性はある」



 そう言った彼女の言葉により、二人はブルーウルフの足元に視線を集中させる。


 足に隠れて見えたのは四角い透明の箱だ。

 元々、魔臓器が入れられていた箱は、凍てついた世界の中でも綺麗な形のまま転がっていたのだ。



「あれが手元に戻れば、魔臓器をどうにか出来るかも知れない」



 短くなった煙草を吸い、ディルモットは口から煙を吐き出した。



「あんな箱一つで、どうにかなるって言うんですか!?」



 大盾を前にして覗き込むミリアは、信じられないといった表情で頭を振る。



「でも、元々あれに入ってたんだし、元に戻せばどうにかなるんじゃない?」



 背中を押すアールスタインの言葉に、ミリアは不安気に眉をひそめて頷いた。どうやら決心は付いたらしい。



「な、ならどうやって回収するんですか?」



 鼻息が荒い巨大なブルーウルフを一瞥して、ミリアは背中に冷や汗を流した。


 

「まあ、答えは分かり切ってるじゃないか。こいつを倒して回収するしかないだろうねぇ」



 煙草を床に落とし踏み消したディルモットは、銃口を真っ直ぐ巨大なブルーウルフに向ける。


 だが彼女よりも前に出たのは、アールスタインであった。



「僕が、隙を見て取りに行く」


「正気か? 病人は大人しく隠れていた方がいいと思うけど?」


「僕のせいだから、僕も戦う」



 アールスタインの声は震えている。

 しかし、少年の決心は何を言っても変わる気は無さそうだった。


 魔法剣を片手に握りしめるアールスタインは、ディルモットを一瞥して答えを待っている。


 箱を回収して戻るだけ。

 それだけのことだが、相手は何をしてくるか分からない。一つのミスが死を招くのだ。最悪の事態は想定しておくべきだろう。



「……アンタの治癒は何回使える?」


「へ? えっと、この魔力の中ですから、連続でなければ何度でも使えると思いますけど」


「なるほど、状況は良いらしい」



 魔臓器が馬鹿みたく魔力を降り注がせているこの状況は、こちらにも有利に働くらしい。


 ならばと、ディルモットは余裕を見せて巨大なブルーウルフを睨み付けた。



「アタシが指示した時だけ魔法を頼みたい。連続で使えないなら、使える時に声を出すのも忘れずに頼むよ」


「は、はい。了解しました」



 ディルモットが右足を引いたと共に、ミリアは覚悟を決めて強く頷いた。



「走れ!」


「……っ!」



 力強く叫んだディルモットの言葉を合図に、アールスタインは息を飲んで地面を蹴り上げる。


 

「グルアァッ!!」



 同時に、巨大ブルーウルフも動き始め、一痺れるような圧力が灯台全体に広がっていった──。




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