第二十一話 【戦い方】
「わあ、すごい……」
灯台の中に入ってまずアールスタインが声を漏らした。
続いてミリアも灯台の景色に目を奪われ、感嘆と共に白い息を吐く。
二人が感心したのは、氷付けにされた荷物や壷の類ではなく、氷の結晶や霜が繋がった氷柱であった。
螺旋階段まで霜によって凍てつき、外との寒暖の差は凄まじいものだ。天井を仰げば少しくすんだ雪がチラホラと降り注いでいる。
「さ、寒いですね。アール様、大丈夫ですか?」
「アール様……!?」
不意に略称で呼ばれたアールスタインは、首を傾げるミリアの純粋な表情に眉をひそめた。
「アールか、いいじゃないか。そっちの方が呼びやすい」
「僕的にはスタインの方がいいけど」
「スタインはカッコつけすぎだろう?」
二の腕を掴み落ち込むアールスタインを笑いながら、ディルモットは少しずつ先へと進む。
「……スタイン様の方が良かったですね」
「今さら遅いよ……」
ようやく気付いたミリアは空笑いしてペコリと頭を下げた。
そんな和やかな雰囲気の中で、ディルモットの表情は厳しいものであった。
「暴走し過ぎだ。これじゃあ本人が生きてる可能性は低いねぇ」
ポケットから煙草を取り出し火を点けたディルモットは、大きく煙を吐き出して腰に手を当てる。
「もし死んだら、魔法は止まるのか?」
「いや、止まらない。魔臓器は魔力が枯渇したとしても、今度は血を吸い上げて暴走を続けるだろうさ」
ディルモットの説明に、アールスタインは顔を歪めた。
「血は色濃く魔力を持つ。魔臓器はそのまま成長して、下手をすれば化け物になるだろうねぇ」
苦み潰した表情で慎重に歩み出すディルモット。
煙草を口に咥え、新調したダガーを手の中でクルクルと弄ぶと、螺旋階段の近くを睨んだ。
「やけにお詳しいんですね」
「まあ、昔ちょっとだけ遭遇したことがあってね」
「私は、貴女に聞くまでそんなものがあることすら知りませんでしたけど」
「食って掛かるじゃないか。少なくても、アンタよりは年上だ。知らないことを知っているのは当たり前だろう?」
疑心を向けてくるミリアに対して、ディルモットは肩を竦めてあしらう。
疑いの眼差しを背中に受け、ディルモットは溜め息混じりに再び螺旋階段へと視線を戻した。
「それより、ここからはダンスの時間だ。警備隊長ならそれらしく、王子を守ってあげないとねぇ」
「ダンスの時間って、何を……!」
ディルモットがダガーを逆手に構えたと同時に、螺旋階段の裏から薄青い毛を逆立てた狼が顔を出した。
それも三匹。
のっそりと現れた狼は、ディルモットを睨みつけると低く呻き後ろ足を引いた。
「あれ、ブルーウルフ!?」
「前に見たウルフとは違うの?」
驚き大盾を展開するミリアの横で、アールスタインは首を傾げた。
「普段見るのは黒い奴さ。こいつは魔力を受けて変異した個体らしい。戦い方は変わらない」
余裕といった様子で鼻を鳴らすディルモット。
だが、ミリアは首を左右に振ってランスを構えた。
「わ、私も一緒に戦います!」
「アンタは守備型だろう。それにたった三匹だ、油断しなきゃ雑魚ってもんさ」
不安気に足を踏み出したミリアだが、ディルモットの言葉により足を引っ込めた。
代わりに、アールスタインに「離れないで下さい」と、呟き大盾を前にしっかりと膝を曲げて体制を整える。
「さあ、いこうか」
「グルァ!」
ダガーを顔の前で構え、ディルモットが大きく一歩踏み出したと同時に、ブルーウルフが地を蹴った。
クロスを描き駆け寄ってくるブルーウルフは、大口を開けてよだれを撒き散らしながら、ディルモットの腕に目掛けて飛び掛かる。
対してディルモットは、構えを解き軽くステップを踏んで右へ避ける。
「えっ!?」
まさか避けるとは思わず、ミリアは突っ込んでくるブルーウルフに驚愕し、腕に力を込めた。
「ギャンッ」
大盾に真っ直ぐ顔から突っ込んだブルーウルフは、鼻血を吹き出しながら床へ落ちると、ディルモットに顔面を踏みつけられ蹴り飛ばされてしまう。
「こ、怖い……」
彼女の戦い方に震えるミリアは、口元をヒクつかせて眉間にしわを寄せる。
倒れるブルーウルフが不憫に思うほどだった。
只々突っ込んでくるだけのブルーウルフにダガーを振るい、白い世界を血で染め上げていく。
倒れたブルーウルフは血を流し倒れ、その血も次第に凍てつき灯台の一部となる。
「あの人、本当に運び屋ですか? そこら辺の冒険者より強いじゃないですか……」
感心やら疑心やらを膨らませていくミリアの横で、アールスタインは真っ直ぐ彼女の戦い方を見つめていた。
「僕も、あんな風に強くなれるのかな」
ディルモットの動きを観察する中で、アールスタインの中には不安しか生まれなかった。
身体能力の問題が大きいが、その前に判断力が良すぎる。逃げる時は逃げ、攻める時は攻め続け、使えるものは何でも利用する。
騎士でも冒険者でも、あの戦い方はなかなか出来ないものだろう。城の中で騎士たちの演武を見たことはあるが、もっと真っ直ぐな戦い方だった。
「もう、足引っ張りには……」
「大丈夫ですよ!」
俯きがちなアールスタインに、ミリアは笑顔を向けて左手で拳を作り出した。
「アール様は戦わずとも、私がしっかりお守り致します。安心して下さい!」
「あ、ああ……うん」
人の悩みも知らない中で、ミリアは力強く言い切った。
苦笑いを見せて一応頷いたアールスタインだが、心の中では大きく溜め息をつき肩を落とす。
同時に、ミリアの持つ大盾に強い衝撃が走り、二人は驚いて身構える。
「戦闘中にお喋りとはいい度胸じゃないか」
大盾の前に立っていたのは、ディルモットであった。
大盾に足蹴りをかまし、眉間にしわを刻む彼女に、ミリアは冷や汗を浮かばせ頭を下げる。
「もう、終わったんです?」
「終わったよ。けど、上に登ればもっと強い奴がいるかも知れない。そうなれば、こうはいかない」
ひょっこり顔を出したミリアに、ディルモットはダガーに付着した血を振り払って、煙草を口から離す。
離れるアールスタインを一瞥して、ミリアは大盾を恐る恐る見て小さく悲鳴をあげた。
毛や血が付着した大盾を綺麗な布で磨き、涙目で息をつく。
「ほら、行くぞ。先頭に立て」
「わ、私がですか!?」
「当たり前だろ。騎士様が先頭ならこんなに心強いことはない」
驚き焦るミリアは、いかにも滑りそうな階段を一瞥したあと、再びディルモットを見た。
「……もし転んだら、支えてくれますか?」
大盾を背中に背負い直し、不安気に見つめてくるミリアの言葉に、冷たい沈黙が流れる。
そして、ディルモットは小さく鼻で笑い「悪かった」と、一言謝罪した。
結局、ディルモットが先頭に立ち、アールスタイン、危険なミリアを最後尾に置き、先を急ぐこととなる。
不満はあるが、ミリアが転倒して全滅など笑えない冗談を実行するよりはマシだろう。
「うう、寒い」
慎重に登り始めてすぐに、アールスタインは自らの身体を抱いて大きく震わせた。
「そんな薄着だから寒いんだ。ほら」
ロングコートをアールスタインの頭から被せ、ディルモットは肩を竦めて再び階段を上がり始める。
「ちょ、寒くないの!?」
驚くアールスタインは、急いで彼女を追いかけようとして足を滑らせた。
「うわっ!」
「わわ! 大丈夫ですか?!」
幸いにもミリアに抱き止められ事なきを得たが、ディルモットは早々と上の方まで進んでおり、こちらを気にも留めていない様子だ。
それが悔しくて、アールスタインはロングコートの裾を握り締めて頭を振った。
「もう、見ているこっちが寒くなりますね。アール様、慎重に行きましょう!」
ミリアの微笑みに少しだけ元気付けられたアールスタインは、小さく頷き再び階段を上がり始める。
同じく慎重に階段を上がりながら、ミリアの表情は曇っていた。
尋常ではないディルモットの動き。
この寒さの中でシャツ一枚、それでも寒さを見せない彼女を、人ではないと思うことは普通だろう。
「……王子は必ず私が守ります。絶対に」




