第二十話 【魔法には魔法を】
金貨五枚を使い切り、手頃なダガーと似たようなロングコートを手に入れたディルモットは、その他諸々の道具を確認して藁袋を背負った。
ディルモットが買い物に行っている間、暇だったのか残した二人は仲良さげに武器や魔法の話で盛り上がっている。
一応、ミリアはこちらから見れば敵なのだが、あの雰囲気に負けてしまう。
アールスタインに危害を加えるような気配も無いため、特には気にしていないが、警戒は必要だろうか。
「漁師の親父を連れて来てくれ」
「あ、うん。分かった」
ディルモットの言葉に、アールスタインは頷き港の方へ走っていく。
その間に、ディルモットは一足先にティーチが立て籠もっているという港の灯台前へと移動した。
「……こりゃあ相当蝕まれているねぇ」
灯台前に着いたディルモットが見た光景は、想像を遥かに超えていた。
本来、石造りの灯台は鉄扉でしっかり施錠されているのだろう。
しかし、灯台の扉部分から上へと徐々に霜が広がっており、鍵で開ける開けないの問題ではなくなっていた。
「な、なんじゃあこりゃあっ!?」
後ろから驚く声が聞こえたと思えば、ディルモットが振り返る前に漁師が走り寄って固まった。
「うわぁ、扉まで凍ってますね」
「これが俗に言う『魔力の暴走』っていうやつ?」
感心するミリアの後ろから追い付いたアールスタインは、凍てついた扉に触れようとして、弾かれた。
「いたっ」
バチンッ、という静電気のようなものに弾かれた指を擦り、アールスタインは眉をひそめる。
「暴走を超えちまってるね。このままじゃ死ぬのは時間の問題ってとこか」
別段焦ることなく言ったディルモットに、ミリアは息を飲んで扉へと近付いていく。
「こりゃあ、溶かすには一苦労も二苦労もしそうだぁ」
「いや、魔法の氷は普通の炎じゃ溶けない。魔法には魔法をぶつけないとだねぇ」
肩を落とす漁師に追い討ちを掛けるディルモット。
魔法で作られたものに対して、魔法でしか打ち消すことは出来ない。
それが何故かは解明されていないが、魔法で創造された植物には魔法の炎で対抗する。といった具合らしい。
だが、ここに魔法の炎を扱える者はいない。いたとしても、それはミリアのような隊長クラスだろう。
「別の入り口があれば良いのですが……」
額に手を当て悩むミリアは、溜め息混じりに辺りを見回す。
その横で、ジッと凍てついた鉄扉を見据えていたアールスタインは、ふと何かに気が付き鞄を開けた。
取り出したのは、寝ぼけた表情をした子ドラゴン──アレクだ。
「ねえ。アレクの炎じゃ無理かな?」
抱き上げられたアレクは「クアァ」と、欠伸混じりに返答してみせる。
腰に手を当て、顎を撫でたディルモットは口元を緩ませた。
「確かに、ドラゴンは魔法の結晶体のようなものらしいし、溶かせるかも知れない」
アレクに触れようとするミリアを見守りながら、ディルモットは頷き子ドラゴンを促した。
「頼めるか?」
「フゥ? クフー!」
ディルモットは身を屈め、アレクに目線を合わせて問い掛ける。
と、言葉が分かるのかアレクは元気よく返事をし、凍てついた鉄扉までフヨフヨと飛んでいく。
皆が見守る中、アレクは頬を目一杯膨らませると、勢いよく一気に炎を吹き出した。
「ぬ、ぬおっ!?」
灯台ごと焼き払ってしまいかねない程の炎に驚く漁師は、額に汗を噴き出し声を漏らした。
同様に、口元に手を当てたミリアも、信じられないといった様子で炎のブレスを見つめている。
「これは凄まじいねぇ。仲間で良かったと言うべきか……」
思わず感嘆の息を漏らすディルモットは、徐々に弱くなる炎のブレスに肩を竦めた。
約五秒程だろうか。
炎のブレスの勢いが微かになると、アレクは緩やかに落下していく。
「おつかれさま」
それをしっかりと抱き止めたアールスタインは、アレクの頭を撫でながら鞄の中へと入らせた。
疲れているにも関わらず、アレクは満足気に手足をパタパタさせると、身体を丸くさせ静かに寝息を立て始める。
「すごい、まるでおとぎ話のドラゴンみてぇだぁ」
「そりゃあ、ドラゴンだもん。それより、早く開けてよ!」
驚愕する漁師に、アールスタインは鉄扉を指差し鍵を促す。
勢いがあった炎は見事に凍てついた鉄扉の氷を溶かしたようで、溶岩のように赤く染め上げていた。
逆にこれを開けるには一苦労だが、漁師は手袋を水に浸して対策すると、素早く鍵を開ける。
幸いにも鍵は熱で変形していなかったようで、漁師は胸を撫で下ろし鉄扉から離れていく。
「いやぁ熱かった! 鍵は開けましたんで、後はお願いします」
軽く火傷した手を振って笑顔を見せた漁師は、早々と逃げるように行ってしまった。
残されたディルモットは、熱された鉄扉と対面し腕を組んだ。
「ちょ、どうやって開けるんですか!?」
焦るミリアに対し、ディルモットは息をつくと軽く飛んで準備を整える。
何をするつもりか? と、いう問い掛けの前に、ディルモットは大きく下がると勢いよく地を蹴った。
「ふんっ……!」
全力疾走の後に、鉄扉へ飛び蹴りを繰り出したディルモット。
凄まじい轟音と共に開かれた鉄扉と、華麗に着地したディルモットへ、ミリアから拍手が贈られる。
「素晴らしい運動神経ですね!」
「うん、そう……だね」
ミリアの能天気な言葉に毒気を抜かれたのか、アールスタインは特に考えることを止めて歩き出した。
「これくらい、銀級の運び屋なら普通さ」
鼻で笑うディルモットは、ロングコートを翻し灯台の中へと入っていく。
ミリアは感心しつつも遅れぬようにと、小走りで灯台の中へ足を踏み入れた。