第十九話 【王国警備隊騎士隊長】
赤い胸当てにタートルネック型のケープマントを装備した女性は、膝丈ほどある大きな三つ編みを揺らして走って来ていた。
微かに見える腰鎧を隠すのは朱色のレース付きスカートで、膝から下は騎士らしい足甲が装備されている。
王国装備にしては今までに見ない作りだが、ケープマントにはしっかりと王国の紋章が施されていた。
「逃げる……?」
「相手は一人だしねぇ。問題ないだろうさ。それにしても」
全力で走ってくる女性を見守りながら、ディルモットは漁師の言葉を思い出していた。
「王国の人間は皆召集されたはずなのに、どうして一人残ってるのか……」
腕を組んで考えるディルモットの後ろに、アールスタインは念のために隠れて様子を窺っていた。
「はぁ、はぁ、重い!」
ようやく目の前まで辿り着いた女性は、背中に不釣り合いな大型ランスを一瞥してうなだれた。
だが、それもすぐのことで、女性は呼吸を整えると中腰でディルモットの後ろへ視線を向ける。
「そちらの方、見覚えがあるのですが、もしやアールスタイン第三王子ではありませんか?」
ディルモットに問い掛ける女性の眼は真っ直ぐだった。サルヴァンや他の王国関係者のような殺気や邪念は全く感じられない。
それでもディルモットは警戒してアールスタインをコートで隠すと肩を竦めた。
「まずアンタから名乗るのが筋ってもんだろう?」
「あっ、そうですよね。失礼しました。私は王国警備隊騎士隊長ミリア=セリュンです!」
ディルモットの問いに対して、赤髪の女性──ミリアは素直に名乗り純粋な笑みをして見せた。
胸に手を当て深々と頭を下げたミリアの姿は、騎士というよりはお人好しの雰囲気が見て取れる。
敵意もなく、アールスタインを捕まえることもなく、本当に王国関係者かと疑ってしまうほど普通であった。
「──アタシはディルモット。訳あって王子様の護衛をしていてねぇ」
「ディルさんですね。誘拐されたと聞いていたのですが、もしや貴女が王子を助けて下さったのですか?」
「あ、ああそうさ。ここで騒ぎを起こしているあの盗賊から助け出したって訳さ」
初対面にして愛称を付けられたディルモットは、逡巡した後に話を進めていく。
疑うこともなく真剣に頷くミリアは、ホッと胸を撫で下ろし柔らかく微笑む。
「警備隊なので話の内容は深く知らなかったのですが、そうだったのですね。本当にご無事で何よりです!」
まるで自分のことのように安堵するミリアに警戒心を解いたのか、アールスタインがようやく顔を出した。
さすがのディルモットも、これほど純粋に心配していた相手に警戒するのも馬鹿らしくなり、さしてアールスタインを止めることはなかった。
「では、ここからは私が護衛を引き継ぎます故、城への馬車を用意してきますね」
「そ、それは……っ!」
ミリアの言葉に、前へ出たアールスタインはすぐさま隠れた。
その反応に首を傾げるミリアは、何かを悟り手のひらを拳でポンッと叩いた。
「大丈夫ですよ。助けて頂いたディルさんもご一緒して貰いましょう! やっぱり、見知った方が一緒の方がいいですもんね」
「いや、そういうことじゃないんだけどねぇ」
「違うのですか?」
ミリアの天然さに呆れるディルモットは、大きな溜め息をついて港の方へ視線を向けた。
「その誘拐犯が、今この港の灯台に立て籠もってる。魔臓器を奪ってね、海を凍らせたのさ。王子としては見過ごせないだろう?」
「その誘拐犯の仕業だったのですね!? 兵士や騎士は殆ど城へ召集された時に魔物がやけに増えたりしたので、もう大変だったんですよ……」
半分は嘘で半分は真実だが、ディルモットの説明にミリアは大きく肩を落として灯台へ視線を向ける。
馬鹿正直にも全てを信じたミリアは深く考え込むと、アールスタインを一瞥して胸に手を当てた。
「確かに見過ごせません。この事件、微力ながら私も協力させて頂きます!」
「断る」
「即答ですか!?」
ミリアの決意が籠もった言葉を呆気なく蹴ったディルモットは、全力で首を左右に振った。
険しい表情のディルモットに対して、負けじとミリアは前に出る。
「私も騎士です! この町の警備隊隊長です! 人々の役に立つのが私の仕事です!」
「関係ない者を巻き込む訳には……」
「関係ないのは運び屋の貴女もそうでしょう。王子を運び屋一人に任せる訳にはいきません!」
関わってほしくないディルモットだが、真っ当な理由を持つミリア相手では分が悪すぎた。
どう足掻いても付いてくる気満々のミリアに圧され、ディルモットは深い溜め息をついて諦めた。
「……足手まといだけは勘弁してくれよ」
「大丈夫です! こう見えて治療魔法が使えますから。危ない時は頼って下さいね」
「魔法……?」
自慢気なミリアの言葉に疑問を持ったアールスタインは、ようやく前に歩み寄り眉をひそめた。
「まさか、魔臓器を埋め込んだのか!」
唐突に怒りを露わにしたディルモットに、ミリアは驚きながらも背中の大型ランスを指差して首を左右に振る。
「ま、魔力の欠片を武器に埋め込んでいるだけですよ? それほど大きな魔法は使えませんし」
焦りながらも説明したミリアに、アールスタインの首がどんどん横へ傾いていく。
「魔力の欠片って?」
「ああ、えっと……妖精の涙とも呼ばれている魔力を含んだ小さな結晶です。魔法使いみたいにとは言えませんが、これさえあれば誰でも魔法が使えるんです」
アールスタインの疑問に答えたミリアは、険しい表情を見せるディルモットに苦笑いをした。
確かに、ミリアが背負う大型ランスの中心には小さなダイヤモンドのような宝石が埋め込まれている。
魔法使いを殺し、精霊を乱獲していた成果はあっということだろうか。
それでも、結局は小さな結晶や魔臓器となるのなら、王国の研究は失敗と言えよう。
「ってことは、アンタの属性は〈治癒〉ってことか」
「そうですね。生まれ持った属性は変えられませんから」
ディルモットの解釈にミリアは頷き、何かを思い出して笑みを見せた。
「王国の隊長たちはこれが配布されるんです。良ければ、王子もお使いになられますか?」
「えっ、いいのか?」
「駄目だ」
魔力の欠片のスペアを取り出したミリアに喜びを見せるアールスタイン。
だが、その手はディルモットにより止められた。
「魔法は、人が使うもんじゃない」
「ディルモット……?」
苦しそうな、悲しそうな表情をして見せたディルモットの言葉に、アールスタインは驚きつつも小さく頷いた。
その重い空気に耐えきれず、ミリアは苦笑しながら魔力の欠片を袋にしまい込んだ。
「武器屋を見てくる。王子様を頼むよ」
「あ、はい! お任せ下さい」
早々と武器屋へ向かったディルモットに、ミリアは拳を作り力強く頷いた。
ただ一人。
アールスタインだけが、ディルモットの言葉の意味を悩ましく考えていた……。




