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第二話 【脱出劇】



 アールスタインを抱えて壁を飛び越え、ディルモットは走り抜けていた。


 三番区から四、五と下りていくディルモットに対し、騎士の二人は年老いているのか、どうも足が遅い。


 脱出劇というが、これでは劇にすらならない遅さだ。



「王国騎士ってのはこんなもんか。これじゃあ運び屋の方がよっぽど早いねぇ」



 肩を竦め、しばらく上から下りてくる年老いた騎士を眺めていたディルモット。


 だが、アールスタインが顔を青ざめたことにより、ディルモットは前を向いて「あらら」と、声を漏らしてしまった。


 貴族街の入り口にいた検問騎士と、警備隊の騎士まで集まり、その数は数十名を超えていたのだ。


 ディルモットに向かって走ってきた騎士たちは、各々の武器を構えて睨みを利かせている。


 騒然とする貴族たちに見守られ、実質挟み打ちを食らったディルモットは、首を突っ込んだことに軽く後悔してしまった。



「止まれ! 王子を誘拐など、誰の差し金だ!!」



 警備隊の青い鎧を身に纏う騎士が、槍を持ってディルモットを追い詰めてる。



「お、おい、大丈夫なのか?」



 不安げなアールスタインは、黒フードを被り直してディルモットに小声で問い掛ける。


 誰に紹介してもらったのかは未だに分からないが、この王子もとんだ間抜けらしい。

 

 ディルモットは深い溜め息をつくと、抱えたアールスタインの頭を無理やり下げた。



「大丈夫じゃなかったら、笑い話ってわけかな」


「笑い話じゃ済まないぞ!? 捕まったら──」


「悪いが、捕まったりはしないさ」



 アールスタインの言葉を制したディルモットは、勢いよく地を蹴ると、警備隊の騎士たちに向かって走り出したのだ。


 正面から来たディルモットに身構えた騎士たちだが、目の前で彼女が忽然と姿を消したことに驚き、目を丸くして何度も瞬きをする。



「な、なにっ!? ぬおぅっ!」



 ディルモットは驚く警備隊の頭上を飛んでいた。


 馬鹿みたいに綺麗に並んだ警備隊の頭を踏みつけ、橋代わりにして渡って行く。


 その身のこなしは、只の運び屋の運動神経とはかけ離れており、騎士たちは呆気にとられた様子で、ディルモットの姿を目で追い掛ける。


 ロングコートの裾が風に靡き、検問の階段を越えて軽やかに地面に着地した姿は、さながら怪盗のようで。



「ざっとこんなものよ」



 横目で騎士たちを一瞥すると、ディルモットはニッと笑って城下町へと再び走り出した。


 その優雅さと夢魔的な魅力に惚けていた騎士たちは、はたと我に返りみるみるうちに焦りを見せ始める。



「な、何をしておるか!? 追えぇぇい!!」



 階段をようやく降り切った年老いた騎士が、玉のような汗を垂らしながら大きく叫んだ。


 同時に、弾かれたように数十名にも及ぶ騎士が、一斉にディルモットを追い掛け始める。

 

 城下町に凄まじい足音が鳴り響き、何事かと騒ぎ出す観光客や一般市民たち。


 鬼の形相で追ってくる騎士を見てしまったアールスタインは、顔を青くして眉をひそめた。



「おい! 煽ってどうするんだよ!?」


「いやいや、間抜けな騎士様を見ているとつい、ねぇ」



 アールスタインの心配をよそに、ディルモットは余裕綽々といった様子で城下の街路を突き進んで行く。


 時に通行人をスレスレで躱し、時に荷馬車との衝突を間一髪で回避し、野次馬に混ざって騎士を煽る。


 当然、ディルモットを追う騎士たちは、数の多さで避けることも躱すことも出来ず、盛大に荷馬車とぶつかると、街路へ散らばり地べたに倒れていった。


 残った半数の騎士たちは辛うじてディルモットを追い掛けているが、全く追いつかれる気配がない。



「おまえ、本当は運び屋じゃないだろ。曲芸師か、殺し屋の類だろ」


「おっと……褒め言葉として受け取っておこうか」



 呆れるアールスタインの嫌味な言葉に、ディルモットは一瞬驚いた顔をして見せたがすぐに微笑んだ。


 街路を緩やかに曲がり、冒険者の一行を避けたディルモットは、微かに見えてきた城下の出入り口に安堵した。


 だが、その表情はすぐに曇りを見せた。



「来たぞっ!」



 出入り口の門前。

 元から行商人や運び屋の通行手形を確認している兵士たちが、門前を封鎖していたのだ。



「追いついたぞ!」



 後ろからは、追っ手の警備隊や年老いた騎士が、声を荒げ肩で息をしながらもディルモットを追いついたようで。


 前を突破しなければ逃げることも出来ない。


 後ろを構う暇はないが、どうやらそういう訳にはいかないらしい。



「ガキ……ギンムガムに行く前にちょっくら覚悟しな」


「覚悟は、ずっと前からしてるさ」


「はは、そうかい。じゃあアタシも覚悟を決めてやるさ」



 アールスタインを地面に下ろすと、ディルモットはほくそ笑んで前と後ろを交互に見る。



「門を出れば馬小屋がある。そこで白い馬に乗って走りな」


「おまえはどうするんだよ」



 ディルモットの囁きに、アールスタインが怪訝そうに小声で返す。


 騎士たちはいつ飛び出して来てもおかしくない態勢だ。


 悠長な時間はないが、ディルモットは余裕の表情で騎士からは見えない位置で親指を立てた。



「アールスタイン様! 隙を見てお逃げくださいませ!」



 年老いた騎士は剣を構え、ディルモットと対峙しながらアールスタインに訴える。


 だが、そんな考えなど微塵も持ち合わせていないアールスタインは、何も答えることなく、門の出入り口へと走り始めた。



「ア、アールスタイン様!?」



 王子の進む方向が違うことに驚く年老いた騎士が、追い掛けようとしてすぐに剣を構え直した。


 ディルモットがゆっくりと門の出入り口へ摺り足で向かいながら、牽制していたのだ。


 来るならこい。

 来ないなら逃げるぞ、と。


 ディルモットは端から戦うつもりなど無いのだ。それを制するとなれば、それは騎士たちしかいない。



「小癪な……っ!」



 年老いた騎士は地を蹴り、一気にディルモットへ接近した。

 

 しかし、簡単に接近を許すほどディルモットも甘くはない。


 ロングコートを翻し、年老いた騎士の斬撃をステップで躱すと、腰を屈め相手の脇腹に肘打ちを繰り出した。


 鎧と鎧の隙間。不意打ちを食らわせるに一番手早く済み、後隙が少ない攻撃。



「ぐ、ぬぅ……ふんっ」



 年老いた騎士は一瞬怯んだが、素早く剣を横薙ぎに振るいディルモットを退かせる。


 大きく後ろへ下がったディルモットは「あらら」と、呟いて顔を歪めた。


 後ろにはいつの間にか回り込んだ警備隊の騎士たちが、今か今と待ち構えていたのだ。


 年老いた騎士が微かに笑みを見せ、ディルモットは思わず舌を打った。


 このまま反転しても、腹から串刺しにされるだけ。ならばと、ディルモットはそのまま騎士に背中を向けたまま、倒れていった。



「なっ!?」



 騎士たちに動揺が走り、あれだけ自信満々に構えていた武器を、何故か引っ込めてしまった。


 捕らえるために構えた武器で、殺しをしてしまうのではないかという恐怖が、騎士たちの心を襲ったのだ。


 異変に気が付いた年老いた騎士だが、間に合わない。


 ディルモットは完全に倒れこむ前に身体を反転させると、地面に片手を付いて右へと飛んだ。


 アールスタインが言っていた、さながら曲芸師のような動きに、年老いた騎士は眉間にしわを刻んで剣を構え直す。



「爺さん、腰悪くする前に見逃してくれないかい?」


「爺さんではない! わしは王子直属の守護騎士スモーグ! 貴様を必ず捕らえ、王子を返してもらう!!」


「これは失礼スモーグさん。王子様はどうやら使命がおありのようで、その守護騎士とやら、アタシが代理として務めましょう」


「ほざけぃ!」



 胸に手を当て頭を下げたディルモットに対し、スモーグは怒りを身に任せ剣を振るおうとして──止めた。



「うおわぁぁっ!? 止まれ! 止まれって!」



 門の外から聞こえてきたアールスタインの叫びに反応したらしい。


 スモーグの視線がディルモットから外れた瞬間、騎士や兵士をすり抜け彼女は全力で走りだす。



「おお……こりゃあまさしく、じゃじゃ馬王子ってやつだねぇ」



 門を抜け、外に出たディルモットは肩を竦めて苦笑してしまった。


 ひっくり返った荷馬車や逃げ惑う行商人。


 野次馬でさえ避難し、兵士たちも遠巻きに見ているようで、ディルモットはその原因であるアールスタインに視線を向けた。

 

 毛並みが美しい白馬に乗るアールスタインは、暴れる白馬にしがみ付いて必至に耐えていたのだ。


 呆れながらもディルモットはゆっくりと近づくと同時に、真っ直ぐ向かってくる白馬にタイミングよく手綱を取ると、すんなりと跨って見せた。


 そのまま手綱を引き、少しずつ白馬を落ち着かせると、アールスタインの襟首を掴んでしっかりと前に乗せ直す。



「さて、お待たせ致しました王子様。少々飛ばしますからお気を付け下さいませ」


「ちょ、ちょっと待て……!? まだ準備が──っ!」



 すっかり落ち着いた白馬を操り、アールスタインの制止を無視して、ディルモットは全力疾走を促した。


 アールスタインの「あああぁぁぁっ!」と、いう叫び声が響き渡り、その場にいた者たちは呆気に取られた様子で二人を見送る形となった。


 遅れたスモーグは、呼吸を荒げた状態で肩を落とし、拳を震わせて剣を腰の鞘に収めた。

 

 他の騎士や兵士たちは、怪我人の手当てや被害箇所の確認に追われている。

 

 そんな中で、スモーグは遠退いていくアールスタインの姿を見て、少しだけ微笑んだ。



「アールスタイン様。どうか無茶だけはなされませんように……」



 忙しなく動く騎士たちを尻目に、スモーグは深く、深く頭を下げたのだった。





ここまで読んで頂きありがとうございます。

次話から始まる凸凹コンビの冒険を宜しくお願い致します。

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