第十五話 【王子と変態】
「……ん」
冷たい感触が肌を伝い、眩い明るさも相まって目覚めたディルモットは、激痛が走る肩を押さえた。
だが、その押さえた腕を見て、ディルモットの表情が強張る。
決して白いとは言えない肌だが、何故かその肌が露わとなっているのだ。
首を上げて身体を見てみれば、シルク生地な異国風の衣装を着せられていた。
周りに目を移したディルモットは、部屋の内装を見て納得した。
「……ヤンバル家か。久し振りだねぇ」
悪趣味な金色の壁と床。
価値の分からない絵画やら壺がそこかしこに飾られている。
ディルモットがフッと笑みを漏らした時、部屋の扉が開けられ恰幅の良い男が笑顔で入ってきた。
「これはディルモット様。お早いお目覚め、残念でございます」
天然パーマのハゲ掛けた茶髪を掻きあげ、恰幅の良さを隠す事が出来ないウェストコートに身を纏わせ、白いタイツが誇張されて見える。
腰に差されている刺突剣がまたおかしく見えるが、貴族とはこういうものだっただろうかと自分を疑ってしまう程、男は自信に満ち溢れていた。
そんな男は起き上がるディルモットの頭から足まで舐めるように見ていくと、空のワイングラスを持って彼女に近付く。
「お楽しみはこれからだと言うのに、ささっ! 上質なワインを飲まれましたら再び横になりましょう~」
「ヤンバル。悪いがアンタの情事に付き合ってる暇はなくてね」
「何を仰います。貴女の治療費、白馬の手入れ、あの少年の保護。これらのお支払が出来るほどの価値と言えば、ディルモット様のお身体しか有り得ません」
二重顎を撫で、ワイングラスをディルモットの手に無理矢理握らせると、ヤンバルと呼ばれた男は満面の笑みをして見せる。
だが、ディルモットの表情は固いままだ。
「アンタが勝手にしたお節介に身体で払えと? 笑わせるな……と、言いたいところだがねぇ」
ディルモットの言葉など興味ないといった様子で、ヤンバルはベッドに膝を乗せ這い寄ってくる。
厳めしい顔をするディルモットの頬を撫で、スリットから覗く生足に触れようとするヤンバル。
「知っているでしょう。わたくしは金や絵画、壺、魔法にも興味はないのです。欲しいのは、若い女くらいですからねえ」
「ああ、それよりも。アタシがここに来てから何時間経ってる?」
不敵な笑みを浮かべていたヤンバルは、ディルモットの問い掛けに二重顎を撫でて「ふむぅ」と、言葉を漏らした。
「そうですねえ。一時間ほどでしょうか」
「そうか。なら身体で払うついでに、一つ仕事を頼まれてくれないかな」
「ほお。構いませんよ。ディルモット様にはお世話になっておりますからねえ。ですが前報酬くらいは頂けませんと」
「そうかい……なら」
ヤンバルは微笑みながら両手を合わせ、ディルモットの言葉を待つ。
「こんなのはどうかねぇ、ヤンバルさん」
「んん~こんなのとは──!?」
ディルモットの言葉に鼻息を鳴らしたヤンバルは、後ろに指が差されたことにより振り返った。
そこには、金髪の少年が凄まじい形相で壺を両手に持ち、今まさに振り下ろそうとしていた瞬間だった。
「き、君! それは人を殴る物では──っ!?」
「うるさい! この変態親父……っ!!」
金髪の少年ことアールスタインは、容赦なくヤンバルの顔に向けて壺を振り下ろした。
顔面蒼白でそれを受け止めたヤンバルは、鈍い音と共にベッドへ倒れ込む。
血は出ていないが、子供といえど金の塊で出来た壺の威力は相当なものだったようで、ヤンバルは綺麗に伸びている。
「いやぁ、流石だねぇ。白馬の王子とはこのことか」
「茶化さないでよ! お前も何で抵抗しないんだよ!」
空笑いするディルモットに激怒するアールスタイン。
仄かに顔を赤らめているのは、怒りのせいか、はたまた身体のラインがくっきりと見えるディルモットの姿に対してか。
アールスタインはすぐに顔を背けて、ヤンバルを見下すように見つめる。
「抵抗すればアタシの作戦が台無しになるからねぇ。ここは王子様の働きに期待してた訳さ」
「なら大声出すとか、もっと色々あっただろ……」
「アタシがそんなことしたら引くだろう?」
ディルモットの疑問に、アールスタインはそれ以上何も言えずに黙り込んでしまった。
さて、とディルモットはベッドから降りると、軽く伸びをして肩口を押さえる。
「目覚める前に荷物の回収と食事くらいは取りたいところだがねぇ」
ディルモットの言葉がまるで実家のように聞こえるが、アールスタインはもう何も言わない。
いちいち突っ込んで聞くだけ疲れると学んだようで、ディルモットの向かう場所へとついて行くことにした……。