表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よろずの運び屋ディルモット  作者: ハマグリ士郎
chapter1 魔臓器奪還編
15/63

第十三話 【雨の森道】



 日射しなど無縁の早朝。

 

 曇天からしとしと降りだす雨に、ディルモットとアールスタインは暗い面持ちで宿の前から空を見上げていた。


 まだ観光客や冒険者も起床していない砦内は静かだが、やはり検問場は厳重に兵士たちが守っている。


 

「……やっぱり無理そう?」



 子ドラゴンを抱きしめ、雨を防ぐローブを着たアールスタインは、渋い表情をするディルモットを見上げた。


 

「まあ、無理だろうねぇ」



 運び屋といえど、大層な荷物を持っている訳でもないディルモットでは、アールスタインを隠すことは出来ないだろう。


 只の兵士が第三王子の存在を知らないという賭けに出ても良いが、知っていた場合のリスクが大き過ぎる。



「……寒いね。アレク、大丈夫?」


「アレク?」



 アールスタインの呟きに対して、ディルモットは怪訝そうに子ドラゴンを一瞥した。



「そう。アレキサンダーの愛称、知ってる?」


「覇道を生き抜いたっていう伝説の王様だったか。こいつは名前負けだねぇ」


「クフゥ!」



 ディルモットの言葉に、アレクと名付けられた子ドラゴンは翼をはためかせ、勢いよく鼻息を鳴らした。


 どうやら怒っているらしいが、見た目が丸いせいか全くそうは見えない。



「とにかく、予定通り例の奴に頼るとしますかねぇ」



 ディルモットはローブのフードを被ると、兵士たちの視線を背中に受けながら馬小屋まで歩いていく。


 見つからないように、怪しまれないように、アールスタインもフードを目深めに被り彼女を追い掛ける。



「よしよし、悪かったな。ちょっと待ってろ」



 白馬の背中を撫で、荷物入れから馬用の雨受け布を取り出したディルモットは、手際よく着させていく。


 馬番はまだ眠っているらしく、ディルモットは手綱と番綱を取り外すと、ゆっくり引いて外へと誘導する。



「今から行く場所はちょっとばかし厄介でねぇ。薬と食料だけは欲しいところだが……」


「じゃあ、僕が買ってくるよ」



 悩ましげに腕を組むディルモットに、アールスタインは率先して手を上げた。


 目に届く範囲のためか、ディルモットは少し悩んだあと黙って金貨袋をアールスタインに手渡す。



「食料は日持ちする物だけ。薬は薬草と小瓶の物でいい。分かったか?」



 ディルモットの言葉に、アールスタインは嬉しそうに頷くと、早々に開いている雑貨屋へと走っていった。


 遠くからアールスタインと店主の姿を見守りながら、ディルモットは小さく息をついて砦の入り口へと進んでいく。




「出来れば二度と会いたくない奴だが、背に腹は変えられない……か」



 独りごちるディルモットの隣で、白馬が首を左右に降って水溜まりを見据える。


 そうこうしていると、アールスタインが走って戻ってきた。



「買えたよ! 薬と、干し芋」


「上出来だ王子様。それじゃあ、出発するかねぇ」



 アールスタインから紙袋に入った荷物を受け取ると、ディルモットは白馬の背中に置かれた布袋に詰め替え、二人は砦を出発する。



「西の方角に行けば目的の場所さ」


「西って、森しかないような気がするんだけど……」


「ご名答。つまりその森に用があるってこと」



 兵士たちの鋭い視線に見送られ、ディルモットはアールスタインに笑みを見せた。


 雨で視界が悪い中、滑りやすい草花を踏み鳴らし、二人は西へと進んでいく。



「結局、どこに行くの?」



 何も知らないアールスタインは、顔を出そうとするアレクを押し込みながら問い掛ける。



「“世界を統べる男ヤンバル”。聞いたことくらいはあるんじゃないかねぇ」



 ディルモットの言葉に、アールスタインは顔をしかめて首を傾げた。



「冒険者たちを助け、魔物を飼い慣らし、王族ですら権力じゃ敵わない」


「そ、そんな人がいるのか? 王族より偉いって」



 信じられないといった様子で驚くアールスタインだが、ディルモットの表情は微妙なものだ。


 煮え切らないような、どこか歯切れの悪い感覚。



「あー、まあ凄い奴に変わりはない。向こうの要求さえ飲めれば、どんなことだって実現してくれるしねぇ」



 頬を掻いて肩を竦めるディルモット。


 首を傾げ続けるアールスタインは、森の近くまで来て顔を上げた。



「もしかして、ここって言わないよね」


「今日は勘がいいじゃないか。大正解だよ」



 苦虫を噛み潰したような顔で森を見据えるアールスタインに、ディルモットは白馬を先頭に森へと入り込んだ。


 雨のせいか霧深く、泥濘んだ地面も相まって、転けてでもすればすぐに迷子になりそうな場所。


 魔物らしき鳴き声が響き渡り、伸びきった何もない草花が揺れ、時折に異様な視線を感じる。


 なんとも気持ち悪い森だ。



「どろどろしてる……ここしかないのか?」


「さっき言った男が、ここに住んでる訳さ。他に入り口は無くてねぇ。文句ならそいつに言ってくれ」



 顔を歪ませるアールスタインだが、ディルモットも人に言えるほど余裕はないらしい。


 手にダガーを握り締め、丈の高い雑草を刈り取りながら進むディルモット。


 手綱に引かれ、嫌がる白馬と共に進み、その後ろからアールスタインとアレクが付いていく。



「本当に、お前に付いていけばギンムガムに辿り着けるのか、不安になってきた」


「それなら城に帰ればいい、さ。アタシもお守りから解放される」



 一つ愚痴を言えばさらに返ってくるディルモットの言葉。


 言ってから後悔しても遅いが、アールスタインは溜め息をついて黙って付いていく。


 それを分かっているから、ディルモットも黙々と雑草を刈り取って進む。



「途中に休憩を取る、それまでは頑張って──っ!」



 珍しくアールスタインを気遣ったディルモットは、突如頬を掠った何かに身を構えた。


 突然止まったディルモットに驚く一同だが、草花を掻き分け現れた奇妙なものに眉をひそめる。



「食人植物か……」



 頬から顎に向かって一線の血が流れ、ディルモットは舌を打って拳銃に手を掛けた。


 アールスタインはアレクを強く抱き締めながら、魔法剣を構え身を縮ませる。



「クシャァァアッ」



 食人植物──。

 人間の背丈ほどある真っ赤な花が特徴で、しゃがみ込んで魔除け花に扮する魔物であり、中堅の冒険者でも苦労すると聞く厄介な魔物。


 長い蔦を利用した攻撃で相手を追い詰めるのだが、ディルモットが警戒するのは別の問題だ。



「こ、こっちにも……!? 囲まれてるよ!」



 森に入ったばかりだというのに、ディルモットたちを丸く囲み、次々と姿を現す食人植物に、アールスタインが叫び声を上げた。



「気を抜いて食べられるなよ……死ぬぞ」


「わ、分かった」



 戦く白馬を庇い、ディルモットとアールスタインは背中を向け合い武器を構える。


 シュルシュルと不気味に笑う食人植物に、ディルモットは顔を歪ませ腰を屈めた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ