第十二話 【話し合い】
砦の宿場の一室。
すっかり夜は更けようとしていたが、昼過ぎに起きた事件により砦内は騒然としたままであった。
凍てついた一室。
その奥の部屋──箱や檻に監禁されていた子どもたちは解放されたようだ。
残してきた優男は捕まったらしく、犯罪集団の頭を捕らえようと、砦の検問は一層厳しさを増している。
だが、ティーチは既に砦を出た後であろう。骨董屋の主人として、商人の通行証を持っているはずだ。
「……お手上げってやつかねぇ」
ベッドの上で胡座を組み、膝に肘を置いて頬杖をついていたディルモットが、深い溜め息を漏らした。
その対面、床に正座をさせられていたのは、勿論アールスタインだ。
膝の上に拳を置き、俯いたまま黙り込むアールスタインと、その前で飛び回るトカゲ──もとい、子ドラゴン。
「クア! クキュウ!」
酒場の食事を少し分けただけで、元気さはアールスタインよりも断然上だ。
空気を読めないとも言えるだろうか。
「……ああ、無事で良かったよ。本当に」
心配などとは程遠く、刺々しい物言いでディルモットはアールスタインに呟いた。
「魔物に襲われた時に理解してくれたとばかり思っていたけど……」
「悪かった。本当に、悪かったと思ってる」
「口だけならいくらでも言えるねぇ」
アールスタインの謝罪を一蹴し、ディルモットは背筋を伸ばして腕を組んだ。
重苦しい空気の中で、アールスタインは何も返せない。
否。返さないのだろう。
今は何を言っても、彼女の怒りを買うだけだと。大人しく我慢をしているのだ。
それを易々と悟ってしまうディルモットは、眉間にしわを作り更に追い詰めていく。
「急いでギンムガムに行くんだろう?」
「…………」
ディルモットの問いに対して、アールスタインは答えない。
一向に話が進まない状況に、ディルモットは再び溜め息をついて瞼を閉じた。
子ドラゴンが不安気にアールスタインの顔を覗き込み、ディルモットに向けて威嚇をし始める。
「そう怒るな。アタシは危害を加えるつもりはないぞ?」
「グウゥゥッ!」
今にも飛び掛かって来そうな子ドラゴンに、ディルモットは肩を竦めて苦笑した。
アールスタインが子ドラゴンの頭を撫でて落ち着かせると、膝の上に乗せてしっかりと掴まえる。
「……色々なものを見て回りたいなら、アタシに直接言えばいい。アタシがその申し出に対してあーだーこーだーと言う権利はないさ。怒るなんてとんでもない」
ディルモットの言葉に、アールスタインはようやく顔を上げた。
驚きに満ちた表情で見上げるアールスタインに、ディルモットは言葉を続ける。
「アタシはあくまで運び屋。依頼人がこうしたいって言うなら、可能な限り口を挟むつもりはない。けれど」
ディルモットはそこで一度言葉を区切ると、頭を掻いてアールスタインを見据えた。
「勝手に動き回ることだけは止めてほしいってだけさ。現にこうして、魔臓器は奪われちまったし、無事に生きてるだけでも感謝して欲しいくらいって話」
「あ……」
彼女の言葉をようやく理解したのか、アールスタインは小さく声を漏らし再び俯いた。
話せば良かっただけのことなのだと。
信用や信頼の前に、疑心しかなかったアールスタインには無理な話だったのかも知れないが、「なんだ」と、呟いて表情を和らげた。
「僕が急いでって言ったから、絶対に拒否されるって思ってた」
「まあ、それが普通だろうねぇ。けれど、アンタが目に届く範囲で何をしようが、アタシが一回でも怒ったことはないと思うけどねぇ」
「言い方の問題だと思うよ」
「いいねぇ。言うようになってきたじゃないか」
まだか細い声だが、反論してこないことに違和感を覚えていたディルモットは、嬉しそうにベッドに寝転がった。
「とはいえ、魔臓器を奪われちまったら当初の目的どころじゃないねぇ」
「それならすぐに追い掛けよう──あっ」
ディルモットの言葉に対してすぐに反応したアールスタインは、昨日の出来事を思いだし口を閉じた。
「追い掛けるにしても、あれだけ検問が厳しいんじゃあ安易には通れない。別ルートからしか行けない」
「別ルートって?」
アールスタインの問いに、ディルモットは足を組んで息をついた。
「……考えはある。どうせ砦の向こうは港町だしねぇ、策はあるさ」
ディルモットは別段焦ることなく、後頭部に両手を置き天井を見据える。
何かしらの策があるならば、アールスタインがこれ以上言うことはない。
戻りつつある空気の中で、子ドラゴンも落ち着いたようで、喉を鳴らし小さな翼をはためかせていた。
「で、それは飼うつもりか……?」
「ドラゴンのこと?」
寝転がったまま子ドラゴンを指差したディルモットに、アールスタインは痺れる足を崩して微笑んだ。
「一人ぼっちで寂しいから、仲間に出会えるまで連れていこうと思って」
「仲間って、ドラゴンなんて伝説上のお伽噺の生き物だろう。この時代にそうそういるものじゃ……」
少しだけ身体を起こしアールスタインを見たディルモットだが、子ドラゴンはすっかり懐いている様子だ。
「魔力を糧に生きる古き竜……まさか、魔臓器に惹かれたのか」
再び寝転がり、ディルモットは瞼を閉じて思考を巡らせた。
魔臓器の魔力は、本来の持ち主の力量にもよるが、王族や貴族が取引していた代物だ。
魔力が枯渇している世界で、ドラゴンの魔力を補える魔臓器を所持していたアールスタインに、偶然にも遭遇したということかも知れない。
「ちゃんと世話はするし、迷惑は掛けない。だから──」
「だから言ってるけど、アタシは口出ししないって。アンタの好きにすればいいさ」
まるで親子のような会話の末、アールスタインは嬉しそうに子ドラゴンを持ち上げ抱き締めた。
「下手に捨てるわけにもいかないからねぇ」
ディルモットはそれだけ呟くと、ベッドの上で横向きに変えゆっくりと寝息を立て始める。
「野菜は食べないから、やっぱり肉か。あっ、名前が必要だよね。格好いい名前がいいよな! ……雄かな?」
長い独り言の末に疑問が生まれたアールスタインは、子ドラゴンの股を覗き見て渋い顔をしていた。
それを薄ら目で見ていたディルモットは、笑いを堪え切れずクツクツと漏らす。
「グアッ! クキュウ!」
アールスタインの悩ましげな表情をよそに、子ドラゴンは楽しそうに手足をバタつかせ、笑顔で鼻を鳴らしたのだった。