第十一話 【ティーチの魔法】
部屋全体が揺れると共に、ティーチに集まる凄まじい魔力。
優男は悲鳴を上げてその場に尻餅をつき、逃げることも出来ずティーチを見上げていた。
「止めろ! 魔法の解放は──!」
焦りを見せるディルモットは、拳銃の引き金を引こうとして、驚き制止した。
ティーチの後頭部に当てていた銃口の先から次第に、拳銃が凍りついていたのだ。
ビキビキと音を立て、部屋の温度が一気に下がったと思えば、ティーチはゆっくり振り向くとニヤリと笑った。
「もう遅ぇ。俺の魔法は止まらねぇぜ」
「それは……最悪だねぇ」
ティーチの身体が凍てついていくと共に、彼に触れている床から徐々に部屋へと氷の脅威が広がりを見せていく。
ディルモットは拳銃とティーチの間に勢いよくダガーの柄を突き立てると、ヒビが入ったことを確認して素早く飛び退いた。
だが、飛び退いたのも一瞬のこと。
ディルモットはダガーを逆手に構え、ティーチに首に向かって刃先を一閃させた。
しかし、ダガーはティーチの首に辿り着く前に阻まれたのだ。分厚い氷の壁に……。
「無駄無駄ぁ」
氷の壁は阻むだけでなく、ダガーの先端を徐々に凍らせていく。
笑うティーチに苛立ちを覚えながらも、ディルモットは顔を歪ませて素早く離脱する。
「ははっ! こりゃあスゲェ! 俺の魔法は氷ってことかぁ。こいつは使えるぜぇ」
凍らない魔臓器を見据え、ティーチは頷くと両手を上げて歓喜した。
拳銃と左手が半ば凍りついて離れなくなったディルモットは、舌を打ってダガーを構える。
「おっと、俺ぁもう退散させてもらうぜ。言っただろぉ。予定が詰まってるってなぁ」
「正直逃がしたくはないけど……仕方ない」
「こりゃあ驚きだぜ。素直で嬉しいなぁ」
「ああ、諦める訳じゃない。対策を講じ、アンタを追い詰めてしっかりと殺させてもらう」
ディルモットの余裕な表情と言葉に、ティーチは額に血管を浮かび上がらせ、凍てつく氷の範囲を広がらせていく。
睨みつけるティーチに対して、ディルモットは肩を竦め出口へと顎で示す。
この行動に、ティーチは魔臓器にさらなる力を込めようとしたが、止めた。
「……いい女に追い掛けられるなんて、嬉しいこったぁ。楽しみにしてるぜぇ」
安い挑発に乗らず魔力を収めると、ティーチは腰の布袋に魔臓器を入れ早々と部屋から行ってしまった。
痺れる左手を振りながら、ディルモットは大きく息をつくと、無駄に入った緊張の力を抜いていく。
「テ、テメェらな、んなんだよ……!」
残された優男は、怯えながらも棍棒を手にディルモットへ向けていた。
だが、尻餅をついていたせいか下半身は凍りついており、身動きが取れる状態ではない。
「アタシのことを喋ったら、アンタもこうなるから。衛兵やら兵士が来たら、アンタの雇い主だけの話をすればいい」
「そ、んなも──」
「二度は言わないさ」
優男の持つ棍棒を蹴り飛ばし、目の前にしゃがみ込んで優しく微笑んだディルモット。
対して、優男はその微笑みさえ恐怖に感じ、何度も首を縦に振って息を飲み込む。
小悪党の必死さに、ディルモットは鼻で笑い奥の扉へと近付いた。
氷の力は未だに部屋を凍てつかせ、白い息さえ出るが、奥の扉は辛うじて凍りついてはいない。
捕まり監禁されているとするならば、この部屋しかないだろう。
「……開かない」
予想通りと言うべきか。
扉に手を掛けたディルモットは、肩を竦めて小さく息を吸うと、力を込めて蹴りを繰り出した。
土煙が巻き上がり、優男を包み込んで咳を誘発させただけで先の扉とは違いビクともしない。
「これは……厄介だねぇ。ここの鍵は?」
「ち、違う! アイツが持って──」
「分かった分かった。うるさい、もういい」
いちいち反応が大きい優男に呆れ一蹴したディルモットは、微かに後ろから聞こえてきた声に眉をひそめた。
「こっちだ!」
「おい、民衆を遠ざけろ」
先ほどの戦闘か、ティーチの魔法のせいか。
どちらにしろ、兵士たちが続々と集まって来ているらしい。
「見付かったらこっちまでパーだ」
未だに凍りついている拳銃に舌打ちをして、ディルモットは力の限り扉を蹴り続けた。
勝算はない。
だが、ここまで来て王子ごと城に強制送還となれば、それこそ全てが終わりだ。
「おい、音が……」
「無駄な抵抗は止めろ!」
兵士たちの声が近くなり、ディルモットは呼吸を荒げて扉から少し離れた。
ダガーをホルダーにしまい、舌で唇を濡らせると、扉に向かって飛び蹴りを繰り出したのだ。
瞬間、凄まじい音が骨董屋に響き渡り、土煙が一気に表まで流れ込んでいった。
驚く兵士たちを余所に、ディルモットはぶち抜いた扉を抜け、箱だらけの部屋を見渡す。
「おい! ガキ!」
うずくまって倒れているアールスタインに駆け寄り、ディルモットは顔を歪ませた。
同時に、箱の中からか、耳を塞ぎたくなるような叫び声があちらこちらから聞こえ、ディルモットは目だけを動かしていく。
「助けてぇ!」
「怖いよぉぉっ! 助けてよぉ!」
「出して!! 誰か!!!」
声は様々だが、くぐもった叫び声が箱の中から聞こえていると分かったディルモットは、息を飲んで振り返った。
酒場で聞いた噂話は本当のことだったのかと。しかも、箱だけ見れば数十はくだらない。
「あの男……相当の悪人か」
契約違反がどうたらと言っていたのだ。ここにいた下っ端共は雇われ小悪党といったところか。
ディルモットは子どもたちの叫び声を聞きながら、アールスタインをしっかりと抱えた。
「クウ!」
逃げ道を、と探すディルモットは、裾を何かに引っ張られ眉をひそめた。
下を見れば、何やら丸いトカゲのような赤い生き物が、必死にディルモットのコートの裾を噛んでいたのだ。
面倒臭いと悩んだディルモットは、アールスタインとトカゲを交互に見つめ、何か納得した様子で頷いた。
「……さぁて、逃げますかねぇ」
兵士の騒がしい声と、捕らわれた子どもたちの叫びを耳にしながら、箱の荷物に紛れた裏口から骨董屋を後にした。
──丸く赤い小さなトカゲと共に。




