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第一話 【運び屋と盗人】

 


 人々の日常は巡り回る。


 日常の歯車を回すためには、危険を賭してでも彼らが必要なのだ。彼らが動かなければ、世界の歯車は動かない。


 【運び屋】とは世界の歯車を回す仕事なのである。



──

───

─────




「やあディルモット、今日もお疲れ様」



 レンガ造りで建てられた一角のレストラン前で、コック帽を被った中年の男性が、一人の女性──ディルモットに労いの言葉を掛けていた。


 中年の男性が受け取ったのは、大きな白い箱の荷物だった。その箱には大きな焼き印が付けられ、【運び屋協会】と記されている。



「仕事は終わりかい? 中で何か食べていくかい?」


「いや、まだ配達が残っているから、今度ご馳走してもらうよ。悪いねぇ」


「いやいや、こちらこそいつも無茶言って悪いねえ」



 軽く社交辞令を交えて、中年の男性に軽く手を上げて別れたディルモットは、背中の藁袋を背負い直して踵を返した。


 街路を歩いていく道中に、ディルモットは大きく見える城を一瞥して息をつく。



 商人の王国『リムドル』

 高壁に頑丈な鉄製の大門が特徴な円形の王国は、魔物の侵入を完全に防いだ作りとなっており、また王国の武勇を誇る騎士たちが安全性を高めている。


 レンガ造りの街並みから続く街路には大勢の人々が行き交い、時折に辻馬車や荷馬車が走り抜け、魔物に怯えることなく賑わいを見せていた。


 商店で働く店主と、そこで物資を補給する冒険者と呼ばれる戦士たち。

 賑やかなレストラン街を通り抜けると、今度は武器や防具を専門とした金属加工の店が並んでいる。



「相変わらず、ここは広いねぇ。迷子になっちまう」



 黒髪のポニーテールと、黒のシャツに覆われた豊かな胸を揺らし、ディルモットはロングコートの懐から煙草を取り出そうとして、止めた。


 今から向かう場所は、王国の貴族街だ。


 噴水広場から平たい階段を上がった先。

 一般の者は立ち入ることすら出来ず、階段の入り口には大層な青のプレストプレートを身に纏った騎士が二人、見張り兼検問をしている。


 ここから入れるのは、同じ貴族か王族、そして条件を満たした運び屋だけ。



「……運び屋か」



 ディルモットが近付くと、検問の騎士が槍で制止をし、冷たく彼女の腕輪を一瞥した。


 ヘラヘラした態度でディルモットは「どーも」と、挨拶して手を上げる。


 運び屋は腕輪の装着が義務付けられている。腕輪の造りでランクが分かるようになっており、貴族街へ入れるのは銀等級より上となるのだ。


 鉛、銅、銀、金。

 仕事の働きで等級と信頼度が上がる仕組みとなっている。


 ディルモットの等級は、銀。

 よって、この先の貴族街へ足を踏み入れられる。


 

「これでいいかい?」


「確認完了……いつもお疲れ様です。どうぞお通り下さい」



 顔も見えない騎士は、少しだけ頭を下げると道を開けた。心など籠もっていない労いを言ってのける騎士。


 ディルモットは彼らに「お疲れ様です」と、労いの言葉を返し、階段を上がって地図を広げた。



「いつもながら、ここは慣れないねぇ。アタシには合わない世界だ」



 悪態をつきながら、香水臭い貴族街に足を踏み入れるディルモット。


 貴族街は一番区から八番区まで分けられており、数字が若い方から伯爵や侯爵といったお偉いさんが住む区となっている。


 今回ディルモットが荷を渡す人物は、三番区の子爵家だ。


 ブツブツと言いながらも手すり付きの階段を上がり、煌びやかな屋敷や無駄の無い街路を見渡していく。


 地図を頼りに向かいながら、ディルモットは藁袋を前に持ってくると、中から少しばかり重い四角い荷を取り出した。


 正方形で直径は十センチほどか。

 茶包装され、焼き印の横には“薬”と表記されているが、大方、普通の薬ではないことは一目瞭然だ。


 薬ならこれほど大きな箱に入れる必要はない。丸薬でもここまで必要ではないし、粉ならもってのほかだ。


 だが、それをディルモットが確認する術はないし、確認する必要もない。

 貴族たちのやり取りは汚いが、それだけ金払いが良いのだ。正義感だけで仕事をするならば、騎士にでもなればいいだけのこと。



「ここの奥か」



 気怠げに、だが軽やかに進んでいくディルモットは、三番区の子爵家の屋敷前に辿り着いた。


 奥まった場所に建てられた屋敷は木々に囲まれており、日当たりが悪いせいか、貴族にしては暗いイメージが漂っている。



「あれ、本当に銀等級の運び屋なのかしら」


「やあねぇ、盗人かと思いましたわ」



 同じく三番区を歩く貴族の女たちが、遠くから小言を囁いているのを耳にしてしまい、ディルモットは顔をしかめた。


 貴族すらも利用している運び屋だが、ディルモットの格好があまりにも不釣り合いだからだろう。


 仕事の格好までとやかく言われたくないものだが、煙草を咥えていないだけ有り難いと思ってもらいたいところだ。



「……さっさと終わらせて酒でも飲みたいねぇ」



 良い気分になることなどないと知ってはいるが、それでも小言を言われるのは未だに慣れない。


 さっさと済ませておさらばすることが、お互いに最善の方法だろう。


 子爵家の屋敷の扉に近付き、ノッカーを三回ほど叩いて、ディルモットは暫く反応を待った。


 だが、一向に返事が返ってこない。



「──留守か? 使用人も誰もいないのか?」



 民家では、荷を頼んだ主が不在ということはよくあることだ。


 しかし、子爵となれば使用人の一人や二人、必ず滞在しているはず。それが、大事な荷物が来ると分かっているならば尚更だ。



「引っ越ししたか、本当に不在なだけか。何にしても厄介だねぇこりゃあ」



 取り引き相手も知らない内に引っ越しなど、有り得ない話でもない。


 不祥事で辺境の地にでも飛ばされたのなら、知らなくて当たり前だ。それでも、使用人まで引き払っているというのもおかしな話だが……。


 

「くそ、面倒臭い。最悪」



 大きな溜め息をついて首を撫でたディルモットは、仕方なく荷物を小脇に抱えて踵を返した。


 運び屋協会に戻って出直すか、城下町に戻って食事をしてから再配達するか。


 気怠げに屋敷から離れ、階段まで戻ろうとしたディルモットは、黒い何かとぶつかり舌を打った。


 謝りもしない黒い何かを一瞥し、ディルモットは腰に手を当てて、微妙な違和感を覚えた。


 小脇に抱えたはずの荷物がいつの間にか無いのだ。落としたのかと思う前に、子爵の屋敷へと走っていく黒い何かを見据えて、ディルモットは再び舌を打った。



「くそ、やられた」



 盗まれたのだ。


 ぶつかってきたのは盗むためだったのか。そうなると、完全に油断していたディルモットが悪い。


 しかし、ここは貴族街だ。

 これが貧民の仕業ならば、ここの検問もザルになったもんだと叱責してやりたい。



「おいおい、簡単に逃がすほどアタシも甘くはないぞ」



 やけに背の低い逃げる黒ローブの背中を追い掛けるディルモット。


 子爵の屋敷の奥は、行き止まりとなっている。そこへわざわざ入り込んだのは、何かの策か、ここの土地勘がないのか。


 何にしてもディルモットにとっては有り難いことで、一瞬の焦りも束の間、黒ローブの盗人を追い詰めることが出来た。



「残念、相手が悪かったなガキ。さあ、返してもらおうか」



 暗い路字の壁に背をつける黒ローブの盗人に、ディルモットは刺激しないように手を差し出す。


 万が一暴れて荷物を壊されると難儀だ。

 

 ゆっくり、ゆっくりと近付いていくディルモットに、黒ローブの盗人は素早く腰から何かを取り出した。


 ナイフだ。


 大の大人相手に、どうやら応戦する気でいるらしい。



「ああ、面倒臭い。ほら、金貨一枚やる。その荷物を置いてさっさと消えろ」



 ディルモットはパンツのポケットから金貨を掴むと、それを黒ローブの盗人に投げつけた。


 だが、それはナイフに弾かれると壁にぶつかり、虚しく地面に落ちてカランカランと音を立てる。



「運び屋ディルモット。僕を【ギンムガム】まで運べ。報酬は払う」


「……は?」



 黒ローブの盗人から出た言葉は、ディルモットにとって意外過ぎる内容だった。


 こんな子供が、どうして名前を知っているのか? そんなことより、何故こんな子供がわざわざギンムガムを指定している?


 思わず声を漏らしてしまうディルモットだが、黒ローブの盗人は微動だにせずナイフを向けたまま真っ直ぐ捉えている。


 呆けていたディルモットは肩を竦めて鼻で笑った。



「何の用かは知らないが止めときな。ギンムガムはこの国と対立する敵国だ。人間は入っただけで殺されるのがオチってやつさ」


「そんなことわかってる! だけど僕は行かなきゃいけないんだ!」



 ディルモットの言葉に、黒ローブの盗人は強く言い切った。


 声からして少年だろう。

 声変わりの途中といったところだが、その言葉から覚悟は相当なものだ。


 だが、その詳しい理由を聞くことは出来そうになかった。



「王子! アールスタイン王子!」


「どこへ行かれたのですかー!!」


「お城へ帰りましょうぞ! お父上が心配されておりますぞー!」



 お付きらしき騎士二人と、身なりの良い爺さんが、喚き散らしながら上から降りてきていたのだ。


 すると、その声を聞いた黒ローブの盗人は「もう来たのか」と、意味深な言葉を呟くと同時に、ナイフを振った。



「あ! おま、え……荷物に傷つけるなって……」



 突然、茶包装をナイフで切り裂き破き始めた黒ローブの盗人に、ディルモットは額に当てて盛大に溜め息を漏らしてしまった。


 めちゃくちゃに破り捨て、透明な箱を取り出した黒ローブの盗人は、その中身をディルモットに突きだしたのだ。



「これを見てもまだ拒否するか」


「……!」



 黒ローブの盗人が見せた中身を面倒臭さそうに覗いたディルモットは、驚愕しその表情を変えた。


 透明な箱に入れられていたのは、赤黒く変色した臓器。“心臓”だった。


 全ての部位に繋がるはずの管に蓋をされ、動くはずのない心臓がゆっくりと脈打っている。


 薬と偽って届けさせようとしていた荷物は、麻薬でも賄賂でもなく臓器だった。

 そしてその臓器は、只の臓器ではないと、ディルモットは知っている。



「僕はこれをギンムガムへ持って行く。でもこれは僕が渡さなきゃ駄目なんだ。だから、運び屋ディルモット。お前に僕を運んでほしい!」



 黒ローブの盗人は力強く懇願した。


 王子を呼ぶ声が徐々に近付いてきている。時間はない。


 何故、自分を頼ったのか。

 誰にそんなことを聞いたのか。

 どうして敵国ギンムガムなのか。


 聞きたいことは山ほどあったが、それよりも先にディルモットは訊ねていた。



「……長い旅になる。ガキ、名前を聞いておこうか」


「ガキじゃない……リムドル王国第三王子、アールスタイン・フォン・スター」



 ディルモットの問いに答えた黒ローブの盗人──アールスタインは、フードを脱いでその素顔を晒した。


 金髪に整った目鼻、まだ大人になりきれていない童顔さだが、美少年といえる。


 微かに見える腹から白のチュニックが見え、ショートパンツに黒のタイツと、赤のロングブーツが貴族や王族だと分かる格好だった。



「あ、あれは王子では!?」


「むむ! あの者は!?」


「ま、まさか誘拐!!? なりません、なりませんぞ!!」



 騒がしい騎士と爺さんが三番区まで降りてきたところで、ディルモットはアールスタインを抱きかかえた。



「お、おい! 降ろせ! 僕は一人で走れるぞ!?」


「いやいや王子様。足を挫いたり転けてしまうと面倒なので」


「おまえ、僕を馬鹿にしているだろ! これじゃあ本当に誘拐──っ」



 暴れるアールスタインを抱えて、階段を使わず壁を乗り越えて下へ降りたディルモット。


 突然の下降に思い切り舌を噛んだアールスタインは、口を押さえて悶絶している。


 当然ながら、その一部始終を見ていた騎士二人と爺さんは、完全に誘拐だと確信したようで、凄まじい形相で騒いでいた。



「ま、待て! 待たんか!」


「爺はすぐにご報告を! 我々は奴めを捕らえます!!」


「ま、任せたぞ!」



 作戦かどうかは分からないが、役割分担は決まったようで、騎士二人が剣を抜きながら階段をせっせと降りてきている。



「それじゃあ王子様、ちょっとした脱出劇をするんで、舌を噛まないように」


「も、もう噛んだ後だ馬鹿──っ!!」



 ヘラヘラ笑うディルモットに対して反論しようとしたアールスタインは、再び急降下したことにより舌を噛んでしまい、悶絶してとうとう黙り込んだのだった──。




 

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