占いとかみさま
「ワルカナ、荷物をまとめろ。
この村を出るぞ」
ラキアは珍しくテキパキと身支度を整えて、荷物を鞄に詰めていた。
いつもは寝間着姿でウロウロしてるから、外出する時に着る紫の上着を久しぶりに見た。
なにより朝早く起きている事に驚いた僕だけれど(いつもは僕が働きに出る時には寝ている)、久しぶりに見る真面目な顔。
「占いになにか出たの?」
とにかく僕も荷物を片付ける。
昨日までに調合した薬も丁寧に包装してリュックに詰めていく。
「ああ、恐らくもうこの村は駄目だ。
一体どこから情報を取ってるんだか分からないけど、最近早いな」
自称有能占術士、元宮廷気象予報士。
その肩書きを証明してくれるものはラキアの言葉だけなので、本当に宮廷に雇われていた程の腕前なのかは分からない。
普段の性格は飄々としているし、自堕落な生活ばかりなので嘘かもしれない。
とはいえ、今は緊急事態。
ラキアの言う通りにした方がいい。
黙ってリュックを背負い、靴を履く。
突然、ドンドン、と扉が激しく叩かれた。
宿屋のおばさんはそんな風に荒々しく扉を叩かない。
僕が働いている食事処のおばさんも、すごく優しいから違うはず。
「ん、早いな。よし、窓から逃げるぞ」
音を立てないようにラキアは窓を開ける。外はまだ夜明け前なので薄暗い。
「お前、まだその蔵書持ってくのかよ?
もういいだろ、錬金術師イリーユの本。
全部で何巻あるんだよ」
「五冊だけだよ。草書大全は僕の教本なんだから、全部持ってくよ」
調合師を目指す者としては、まだまだ読みたい本ばかりだけど、旅の身の上なのでこれでも最低限。
というか、ここ3階だよね。飛び降りるの?
そう言う前に扉が激しい音を立てて開けられた。
「行くぞ!」
ラキアに手を引かれ、窓から一緒に飛び降りる。思った以上に高い。
着地する先は—-砂利の道路、、怖い!
瞬間、ふわっという謎の感触とともに着地。固くつぶった目を開けると、目の前は麻に包まれた羊の毛だらけ。
どうやら『たまたま』通りかかった羊商人の荷台に『偶然』着地したみたいだ。
羊毛が敷き詰められた荷台を引く馬車に、僕らはいる。
「慌ててたから裏はとってないけど、なんとか『間に合った』な」
にやと笑うラキア。
これも『占い』の結果なんだ。
それにしても、ギリギリの選択ばっかりするんだから。こっちの身になってほしい。
いつもの調子の彼に、僕は軽くため息をつく。
のも、つかの間。
「—-ラキア様、やっと捕まえた」
ぞくりと背中に寒気が走った。
慌てて声の方向を見る。
馬車の中から顔をのぞかせたのは、今の今まで追っ手を出してラキアを捕まえようとしている、黒髪の女の子—-ティコ様が恍惚とした表情でラキアを見ていた。
「うふふ、もう二度と逃さない。
ずうっとずうっと、わたしと一緒、、」
笑顔なのに、雰囲気が怖い。
彼女はラキアの事を『閉じ込めておきたい』くらい好きらしく、僕らの旅路に現れては捕まえようとしていた。
ティコ様自体はちょっと病的な女の子だが、彼女のお願いを全て叶えようとする、『彼女の兄』が頭痛の種。
まだ会ったことはないのだけれど、国王の次に財産を持つと噂されている青年実業家。お金に物を言わせて、村を買収したり、面倒な盗賊を雇ったりとやりたい放題だった。
今までは彼らの追っ手をラキアの占いで避けながら旅をしてきたのだけれど、こんなに接近したのは初めて。
「ティコ嬢、、オメーの兄ちゃん、今度はずいぶんと優秀な参謀役雇ったじゃん。
俺の事だいぶ追い詰めてきちゃって。
どんなやつなの、そいつ」
「うふふ、嫌だ。ラキア様、嫉妬してるの?
大丈夫、わたしはラキア様一筋だから。
新しくわたしの力になってくれてるのは—-この鏡」
馬車を止め、小さなドアからゆらりと降りてくる。
血のように赤い布地のドレスに、手にしたのは漆黒の手鏡。施されている薔薇の彫刻が見事だった。
「この術のかかった鏡を、兄様からもらったの。
ラキア様の姿がこの黒鏡に映るから、毎日毎日毎日毎日眺めてたのよ。
だからどこにいるか、誰と浮気してるか、ぜーんぶ分かるわ」
にこっと可愛らしく微笑むティコ様。
美しい黒髪は綺麗に揃えられていて、爪の先まで手がかけられている。
全ては愛しいラキアのため。
「—-黒い鏡、ね。なるほど、アイツか。
随分古風な『嫌がらせ』をしやがるもんだ」
独り言のようにラキアは呟く。
傍にいる僕にやっと届くかというくらいの言葉。
何か見当がついたみたい。
ラキアの占いの腕に誤魔化されがちだけど、彼の武器はその知識量でもある。
止まった僕らの荷台を目指して、奥から黒い車がぞろぞろと向かってきている。
たぶん扉を破った追っ手だ。
でもこんな草原からどうやって逃げるんだろう。走って逃げれる村もない。
それに車と馬に対抗する足など、さすがの僕もラキアも持ってない。
「まったくティコ嬢ったら、我慢のできない奴だなぁ。
一途すぎるのも良くないぞ」
軽口を言うラキア。
対して、車の数に僕は焦っていた。
「ラキア、後ろから車が来てるよ!
すごい数!」
「うるさいわね」
僕が話し終わらないうちに、ティコ様に怒鳴りつけられた。
「わたしとラキア様の間に入ってこないでよ。
ラキア様と一緒にいるなんて、本当だったら許さないんだから。
私が優しいから、生かしているだけなのよ。
うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさい」
怖い。なんかぶつぶつ呟いてる。
対するラキアは、なんだかだるそうに髪をかきあげた。
そして納得したように、一言。
「ここはひとつ、一回捕まってみるか」
「は?」
「一途なティコ嬢の為にもお茶くらいしてあげないとね。俺も男だし。
そんなわけでお子ちゃまのオメーは俺のこときちんと迎えに来ること!
ヨロシク!」
そう言うとラキアは僕のことをなんて事のないように、荷台から蹴り落とした。
あまりにも突然の出来事で、危うく顔から着地するところだったけど、なんとか腕を擦りむくだけで済んだ。
「痛いな!
ってゆか、迎えにってどうやって!?」
車の音が。背中にたくさん音が重なる。
「ま、とりあえずこの鏡の主、、
メーヴェのこと殴っといて。
—-あとは、よろしく!」
ラキアが叫ぶのと、車の轟音が重なるのと、、、風を切る音が聞こえるのが同時だった。
景色が変わる。
目を開けたらいつのまにか霧の中だった。
いや、地面の感覚はある。そして寒い。
これは雲の中だ。雲より上の山か何かにいるのかも—-
「まったく、貴方も物好きですね」
ばさりと重い風の音と共に、人影が僕の前に着地する。
青い髪に金のツノ。龍族のアルジュラだ。
「あんな台風の目みたいな人間を『選ぶ』なんて。おかげで私が苦労するんですけど」
アルジュラは文句ばかり言うし、僕にもラキアにも優しい言葉はあまりかけてくれないけれど、ここぞという時いつも頼りになる。
ここぞという時行動が読めないラキアより、安心できる存在だ。
「ありがとう、アルジュラ」
「礼など結構。仕事ですから。
とりあえず協定に従って、貴方を人間から守りましたけど、これからどうするんですか?
ラキアにやっと興味がなくなりました?」
相変わらずラキアの事は嫌いらしい。
僕と関わった事で、龍族からラキアに監視命令が出て、次期王子のアルジュラが来た。
本当はとっても偉い立場なのに、監視するのがあの調子じゃあ、嫌いになるのも仕方ないかも。
「これから人探しに行かなきゃ。
アルジュラはメーヴェって人、知ってる?」
「すみません、こちら側の規則により直接の協力は控えさせて頂きます。
、、まぁ、普通に考えて、人探しなら田舎じゃなくて王都に行った方がいいんじゃないですか?」
それもそうだ。
彼は優しいけど、あんまり僕らの旅に干渉しちゃいけない規則らしい。
まぁそもそも興味もないんだろうけど。
というか、ここはどこなんだろう。
僕の知ってる地上は、緑深い平原だったりなんだけど、赤茶色の険しい崖や谷が景色いっぱい広がってる。
困っている僕の考えを見透かしたように、アルジュラは応えてくれた。
「とりあえず貴方の身の安全を守る為、勝手に我々の領地に連れて来てしまいましたが、戻るのであれば連れてきた私が手を貸すのは当然です。
私の風でお返ししますよ、王都でよろしいのですね?」
「うん!助かる!」
「礼など結構。規則ですから」
風が止んで目を開けると、どこかの店の裏にいた。
商店が連なっていて、店の間から大通りに入るとたくさんの人が歩いていた。
これが王都か。
ラキアと一緒に人間の国を旅しながら、色々話は聞いていたけど、ラキアの事情もあって王都には近寄らなかったから、来たのははじめて。
煌びやかでアルジュラみたいに着飾った人もいれば、商人の証である白い帽子を被った人達もいる。
さぞや僕は田舎の旅人に見えるんだろうなぁ。お金もないから装備も貧弱だし。
それにしてもメーヴェって人、有名なのかな。
こんなに人が多い中から、たった人を探すのって、年単位の話なんじゃないんだろうか。
途方に暮れそうになる気持ちをもう一度持ち直して、とりあえず行列を作っている人のところに声をかける。
とにかく、やるしかない。
「あのー、すいません。誰かメーヴェって人知ってますか?」
僕の声に反応したおばちゃんは、怪訝そうに僕の姿を下から上までじっと見てきた。
「メーヴェ様?
あんた、あの人に何か用があるのかい?」
「うん、ラキアが探してこいって、、あ、ラキアってのは僕の連れなんですけど」
「何?!ラキア様の連れだと!」
たまたま僕の後ろを通りかかった甲冑を着た男が声を荒げた。
やばい、ラキアって国でお尋ね者だったのかな。そもそも素行悪いし、否定出来ない。
だいたいさっきまでいた村でも、村長相手に詐欺まがいの商売を持ちかけてたし。
そっか、嘘ってこういう時につくんだ。
僕はようやく嘘をつく正当性を、男たちに引きずられながらじんわり感じていた。
どうやら甲冑の人達は国の軍人だったらしく、立派な城の門を何度もくぐった。
誰かに会えればいいんだけど、もし牢に閉じ込められたらどうやって逃げたらいいんだろう。
例えばラキアがこの国にとって大罪人だとして、その連れだなんて言った僕も大罪?
だから今まで王都に近づかなかったとしたら、合点がつく。
あーあ、ラキアに鍵の開け方をちゃんと習っておけばよかった。
不安でいっぱいの僕をよそに、男たちはずんずんと部屋を進んで行く。
部屋を通るごとに、僕の腕に縄をかけたり、その部屋にいた別の男たちに僕を引き渡しながら。
そして急に広い部屋に通された。
天井も高い、部屋は静か。目の前には立派な椅子が台座にあった。
その台座の前に座らされて、じっと待っていると、女の人が入ってきた。
服装は質素なドレス、、いや、よく見ると細部に金の刺繍があったりと高価そうな布地だ。
それに確か金の刺繍が許されているのは、国の中でも特別な『王族』という人達だけだったはず。
椅子に座ると、彼女の金の髪が音を立てるように揺れた。
「んん?貴方がラキアの連れ、 なの?
、、失礼かもしれないけれど、貴方は『神族』でしょう」
驚いた。
僕は確かに『神族』で、人間とは違う種族。
でも見た目は、色々あって人間と変わらない。
一見して、僕のことを神族と確信できる術は『僕の爪の色』しかない。
神族は様々な姿をしているが、爪部分は必ず青色なのだ。
その知識もある一定の知識人しか知らない、、とラキアは言ってた。
「どうして貴女は神族の事に詳しいんですか?」
質問するなと僕の肩を引く軍人の男を、女の人は静かに止めた。
「私は人間の代表という役割を持つ、『王族』という血統なの。
名前はガーミェ。ガーミェ・オルランドよ。
だから神族や龍族に会ったりしてお話ししてる。
あなた、まだ『覚醒』してないようだけどラキアとどうして一緒にいるの?」
「えーと、ごめんなさい。
なんか色々『理』とかで、あんまり僕達のこと話しちゃダメって、アルジュラから言われてるんです。
でも、あの、ラキアが捕まっちゃって、なんかメーヴェって人を探してこいって言われたんです。
それで街で探してたらこんなところに、、」
ほうほう、と身を乗り出して相槌を入れるガーミェ。
「ふぅん、次期王子が関わってる『あの事件』はラキアが関係してたのね。
だからここから出てったわけか。
うんうん、なるほどね」
わかったわ、と微笑む。
年相応の可愛らしい笑顔だった。
「なーんだ、嫌われたかと思ってた!
じゃあラキアから然るべき時に話してもらうわね。
ラキアの連れとなればこちらも相応の対応をしないと。
なんせここは彼の元職場なのだから」
「えっ、じゃあラキアって本当に宮廷で働いてたんですか?」
あんなの口から出まかせだと思ってた。
このオルランド国は三つの領土を束ねている。ガーミェが王族の代表ということであれば、この人間の国の代表者に仕えていることになる。
そんな偉い人に、あのラキアが?
「癖はあるけどね。
彼は優秀な占術士兼気象予報士よ。
彼に会ったら伝えてくれる?
こちらはいつでも席を空けて待ってるわよって。
メーヴェもこの宮廷で働く画家なの。
そこの庭で絵を描いているはずよ」
指さされた方向を見ると、見事な中庭があった。
あんな広い中庭がある宮殿に住んでるなんて、やっぱり偉い人なんだ。
「縄を解いてやれ。
この者はたった今から私の客人だ。庭へ案内を」
感心していると、ガーミェの指示で僕の腕に巻かれていた縄は解かれ、軍人の男たちは僕に謝ってきた。
そのまま彼らの案内で中庭に行く事になったので、ガーミェとはお別れ。
「君とはまたどこかで会うことになると思うよ、たぶんね。
その時、君の『味方』である事を祈るよ」
それじゃあ、と彼女は部屋を去って行ってしまった。
『味方』というのは、どういう意味なんだろう。
中庭へは部屋のすぐ脇にある、細い螺旋階段を下りる。
建物の中なのに、空に続く吹き抜けがあって、風が穏やかに吹いていた。
まるで静かな森のひと区画を切り取ったよう。
中庭に着くと、後ろからついてきていた男たちが『私達はこれで』と言って足早に帰ってしまった。
いや、メーヴェって人のところまで引き合わせてほしいんですけど。
「へぇ、君がラキアと『同化』した神族か」
奥の緑から声がした。
澄んだ、優しい青年の声。
緑を抜けると、一際大きな大木の下に誰かが座っていた。
「貴方が、メーヴェさん?」
青に近い銀髪が美しい。ラキアも綺麗な顔をしているけど、こっちの人は美しい顔。一瞬見惚れてしまう。
確か銀髪は、ファルファレ領の貴族の証、、とラキアが言ってたような。
僕が恐る恐る話しかけると、優しそうな顔が穏やかに笑う。
「君が来るとはね。
ラキアの言う通り、あの『黒い鏡』は私が造って、取引をしたんだ。
そうすれば私の所に、彼がやってくると思ったからね。
ラキアは私に会いたくなくて、君を使いによこしたんだろう。素直じゃないな」
穏やかな口調、優しい物腰。
でもなんだろう、この会話のちぐはぐな感じ。
それにこの人、—-なんだか『怖い』。
「おかげでラキアは捕まったんですよ?」
「ラキアが来ないから悪いんだよ。
僕だって忙しいんだから、さっさと顔くらい見せたらいいのに。
—-ねぇ、ワルカナ。
君を殺したら——ラキアはまた僕に会いにきてくれるだろうか。
どう思う?」
笑顔のまま、冗談を言うかのように問いかけてくる。
僕の名前をどこで知ったんだろう。
僕が神族だってどこで分かったのか。
全然見当もつかないけど、この人は僕の何かを試している。
答え次第では、本当に手を出してくるかもしれない。
僕は少し考えて、慎重に応えた。
正直な気持ちを。
「、、会いたいなら、自分から動けばいいじゃないですか。
外堀埋めたり、関係ない人を巻き込んだり、ネチネチ面倒くさいです」
「あはっ、なんか今ラキアっぽかったよ。
かわいいね、君。弟にしようかな」
うんうん、とうなづいて、彼の足元にあった筆を手に取る。
紙はどこにもないみたいだけど、何かを描いていたのかな。
「ねぇ、君からも言っといてくれないかな?
別に戻って来いってわけじゃなくて、たまには顔くらい見せなよって。
それから、『黒い鏡』の力は期限付きだから、もうすぐただの鏡になるよってラキアに伝えといて」
ついでのように鏡のことを話すけれど、僕が聞きたかったのはその事だ。
思わず聞き逃しそうになる。
「え、期限付き?」
「そうだよ。ティコ嬢にラキアの事ずーっと見せてやるなんて優しさ、僕にあるわけないでしょう。
気まぐれでお試しの付与しただけだよ。
それじゃ、今からティコ嬢の屋敷に飛ばしてあげるね」
こっちにおいで、とにこにこ手招きをする。
「、、飛ばすって?」
その笑顔が信用できない。
「駄目だなぁ、ラキアったら。
僕のこと何も紹介してないんだね。
僕は古代識術士なんだよ。俗っぽく言えば、昔話に出てくる『魔法使い』ってやつだよ。
ラキアは僕の力を見越して、ここに来させたんだと思うよ。ずる賢いね」
魔法使い?
そんな伝説みたいな話、まだ存在しているのか?
そりゃ太古の昔は魔法が息づく時代だったらしいけど、そんなの今は絶えた学問だと、、と考えた瞬間に、無理やり僕の手を取られた。
そして持っている筆で、僕の手のひらに何か書き込む。
どこにも画材はないはずなのに、手のひらには緑色の文字が書かれていた。
なんだ、これ、、。
「じゃあ宜しくね、僕の弟分。
——イル・ディーチェ・ルーヴェウス!」
「...おかえりー。
おお、転移式術か。
ちゃんとメーヴェの事殴っといたか?」
よく分からない。
よく分からないけれど、景色が変わっていた。
どこか、暗い部屋にいた。
そして目の前には、床に寝そべるラキアがいた。
「あ、ラキア!!」
「デケェ声出すな馬鹿。
で、鏡の事はなんか言ってたか?」
はるばるやって来たって言うのに、馬鹿とはなんだ。
床で寝そべってると思ったけど、近寄ってみるとラキアの腕には重りのついた手錠がついていた。
重いから床で寝てたみたい。
「会えたけどさ、ちゃんと関係性を教えといてよ。
会うまで色々大変だったんだから。
メーヴェさんは、鏡の効力は期限付きだとか言ってた」
「んだよ、永続付与してねぇのか。
ただ俺に会いたかっただけだなアイツ。
行かなくて良かったわ、ったく。
んじゃ、ずらかるぞ」
そんな手錠付いててどうやって?と聞こうとしたら、嘘みたいに手から外れて手錠が転がっていた。
「鍵の開け方、今度ちゃんと知りたくなっただろ?」
意地悪そうな顔で笑うラキア。
なんだか僕の思ってた事、お見通しみたいだ。
その後も部屋を出るための扉に沢山かかってた鍵を特殊な針を使ってサクサクと開けていき、いつのまにか地上に出た。
どうやら今まで地下にいたみたい。
当然追っ手の声がするけど、『偶然』霧が濃くてあっという間に近くの森に入った。
「悪いな、ユーリ兄ちゃんによろしく伝えといてよ。
またなー」
『誰かに手を振って』、ラキアは森の湖へ。近くに『たまたま』つけてあった小舟に乗って、どこかへ漕いでいる。
「ねぇ、ラキアは宮廷戻んないの?
王女様、席を空けて待ってるって言ってたよ」
きい、きい、と舟を漕ぐ音が響く。
まぁ戻るって事は、僕との旅から離れることになるから、まだ無理な話なんだけど。
いつかの話ということで。
「あー、あの人は俺が死ぬまで空けてそうだから、気にすんな」
ラキアはあんまり自分の事を話さない。
必要に応じて話していくから、隠してるわけじゃないのかもしれないけど。
宮廷で働いてたなんて話、本当だと思わなかったくらい。
でも、そんな大切な所で働いてたのに、どうして僕と一緒にいてくれるんだろう。
「ねぇ、どうして宮廷の事、ちゃんと話してくれなかったの?
メーヴェさんの事とか。
待ってる人がいるなら、戻った方が、、」
僕の言葉を遮るように、いいんだよ、とラキアは言った。
「メーヴェはめんどくせぇ兄弟みたいな腐れ縁でな。話したくもないくらい俺の事溺愛してんだよ、、。
それにアイツはアイツで俺の事ずっと見てると思うぜ。無駄に力を使って。
ティコ嬢の方がよっぽど可愛く思えるくらいな。
ま、俺が遠くにいる事で世界が平和になるんだから、しばらくはこれでいいさ」
腑に落ちない。
でも、ラキアの言葉に少し安心する僕。
アルジュラは嫌そうに言ってたけど、ラキアは僕を『目覚めさせて』くれる人間。
だから、というだけでもないけど、
一緒に、まだいたい。
そんな風には本人に言えないけど。
「ふぅん?
まぁ僕が一人前の調合士になったら、いつでも宮廷に戻ってもいいんだよ」
言葉の裏が透けて見えるような僕の態度に、ラキアは当然お見通しで。
「その前に一人前の神様にならねーとだろ。さっさと自立しろ、ガキ。
ほら、船から降りるぞ」
まだまだ、僕らの旅は続く。
そう、しばらくは。
おしまい。