フィナ・ラケッシュ
これは現在よりも遠い昔の話です。
フィナという少女は、二万を越す人々が暮らす白い石造りの大都市で生まれ育ちました。
その大都市では特に芸術が極められ、芸術の都として広く知られていました。
躍りや音楽は本来、宗教儀礼に祝祭といった特別な催しで披露されるものでしたが、この都では娯楽として日常的に誰もが楽しんでいました。
また、多彩色土器や彫刻の制作も盛んで、都のあちこちには精巧な石彫や石碑が数えきれないほど多く見られました。
その素晴らしい彫刻技術は、神殿ピラミッドに王宮、それに貴族の邸宅まで豪華に飾り付けました。
フィナは父の彫刻作りを手伝いながら、近所の子供たちに自作の物語をよく聞かせていました。
彼女は子供から大人まで幅広い年代、そして身分も関係なく、たくさんの人に愛されていました。
フィナ「あら、セイバ」
その日も子供たちを集めて物語を聞かせていたフィナ。
冷めない興奮と余韻をかき分けて、彼女のもとへ身なりのよい少年が訪ねて来ました。
セイバと呼ばれたその少年は彼女の愛する人で、平民である彼女とは違い、彼は貴族の息子でした。
セイバ「やあ、フィナ。今日も愛されているな」
フィナ「私もみんなを愛している。お互い様よ」
セイバ「急ぎ君に話がある」
フィナ「何かしら?」
セイバ「とりあえず、うちに来い」
セイバは声を潜めてそう言うと、その場からフィナを半ば強引に連れ出して帰宅しました。
フィナ「こんにちは」ぺこ
フィナがセイバの両親にきちんと挨拶を済ませて、二人は彼の自室へ落ち着きました。
フィナ「あらためてお話って何?もしかして……」ときとき
ついに結婚の申し出かしら。
そう胸をトキメキさせて頬を染めるフィナに、セイバは辛い現実を告げました。
セイバ「隣国で争いが始まった。この国の幾つかの都市も危険な状況だ」
フィナ「まあ、そんな」
争いは珍しいものではありませんでした。
しかし、いつも風の噂として聞いていたので、どこか遠い世界の物語のように感じていました。
それが今、危機として身近に迫っていると彼は言うのです。
フィナはとても信じられませんでした。
セイバ「ここは人も多い。簡単には攻め入られることはないだろう。しかしいつか、いつの日か、そう考えると……」
フィナ「星の子たちはどうしてるの?」
星の子とは、特別な役割を与えられた子供たちのことです。
選ばれるのは、想像力の豊かな子供たち。
彼らの主な役目は、儀式においての躍りや音楽、何より願いを言葉で神様に届けることでした。
彼らの言葉は神様に届いて、理想が現実になると信じられているのです。
セイバ「その星の子を利用して、自分たちにとって都合の良い世界にしようと目論む者たちがいる。争いの原因はそれだ」
フィナ「それは酷い話ね。間違いないの?」
セイバ「間違いない。たとえ悪でも、理想は理想で、星の子が伝えれば現実になろう」
フィナ「じゃあ、この国の星の子たちを集めて争いを鎮めましょう」
セイバ「すでにそうしている。だから私は君を止めに来た」
フィナ「止めに来た?」
セイバ「いくつかの都市を巡って来たが、そこの星の子たちは言霊の神殿へ向かい、そこで全てを捧げて、二度と帰って来ることはなかったそうだ」
フィナ「全てを捧げて……」
セイバ「これだけは言わせてくれ。君がそうする必要はない」
フィナ「でも!」
セイバ「分かっている。君はいつだって慈愛に溢れている。たとえ私でも、その想いは止められないだろう」
セイバはそう言ってフィナを想いのままに強く抱き締めました。
セイバ「行かないでくれ。私は君を失いたくない」
フィナは何も答えられませんでした。
それからしばらくして、この都で病が流行りました。
食べ物も減りました。
人の優しさも薄れました。
それでも彼女の心は悲しみに暮れず、誰よりも明るく人の心を照らし続けました。
今までとは違って、都を一日中歩いて巡り、躍りや歌を交えて楽しく物語を聞かせました。
この頃に増えていた言い争いも、彼女の声を聞けば、しんしんと止むのでした。
セイバ「君は誰より偉い。そして今や、この都一番、すっかり有名な星の子だ」
ある日。
セイバは、フィナと広場のベンチに並んで腰かけて彼女を称えました。
フィナ「あのね。昨日、私は王宮に呼ばれたの」
セイバ「王様は君に言いつけたな」
フィナ「うん。私、やっぱり行くわ」
セイバ「そうか。正直言って残念だ」
フィナ「ごめんなさい」
セイバ「気にしないでくれ。私は君の優しさが好きだよ」
フィナ「ありがとう」
セイバ「ただし、言霊の神殿までは私もついていく」
フィナ「あら嬉しい。あなたなら誰よりも頼もしいわ」
セイバ「そしてもう一つ」
フィナ「何?」
セイバ「私と私と。私とだ」かちかち
フィナ「ふふ、私となに?」にやにや
セイバ「私と私とだよ。私とだな」こちこち
フィナ「け……」
セイバ「結婚しよう!!」
フィナ「よく言えました」ぱちぱち
セイバ「フィナ。先に言おうとしたろう」
フィナ「長くなりそうだっから」
セイバ「まあいい。伝えることは伝えた」すくっ
フィナ「どこへ行くの?」
セイバ「式の用意だ」
フィナ「私、まだ返事をしていないわ」
セイバ「いいだろう」てれ
フィナ「うん!」にこっ!
セイバ「ではまた」
フィナ「またね」
フィナはこうして結婚することになりました。
そのめでたく華やかな式から間もなく、二人は多くの人々に見送られて、言霊の神殿を目指してさっそく旅立ちました。
セイバ「フィナ!私の後ろへ!」
フィナ「はい!」
セイバは戦士としても立派でした。
道中に襲い来る猛獣を相手して、決して臆することなく果敢に立ち向かい、鮫の牙のように鋭く尖らせた黒曜石が刀身いっぱい取り付けられた木剣を巧みに振るって、何度でもフィナをしっかり守ってみせました。
セイバ「また墓を作ってやるのか」
フィナ「うん。私は生きとし生けるもの、みんなのことが大好きなの」せっせ
セイバ「君の愛にはまったく参るよ」
フィナ「どういうこと?」
セイバ「私は君のように公平に愛することが出来ない。人ならば、どうしても善と悪とで区別してしまう。獣や植物を相手に心を傾ける余裕もない」
フィナ「それでいいんじゃない」
セイバ「どうしてそう言い切る」
フィナ「そうして悩むことがあなたの優しさで、良いところだと私は思うわ」
セイバ「そうか……よし手伝おう」せっせ
フィナ「ありがとう!」にこっ
セイバ「これくらい当然のことだ」てれ
二人は長い時間をかけて、ようやく言霊の神殿へとやって来ました。
一際目立つ神殿は空の上に浮かんでいるのかと驚くほど、透き通った澄んだ湖の中央にありました。
そして、黄に桃に白、鮮やかなプルメリアの花でいっぱいに飾られていました。
それはまるで花の山のようでした。
フィナ「ここで暮らしたいね」
セイバ「賛成だ」
二人は神殿から伸びる道を歩いて正面に立ちました。
フィナ「立派ね」
セイバ「ああ、圧倒される」
そこへ、神殿の裏にある居住区から、ここを守るやや年老いた戦士が一人現れました。
戦士「何用だ」
セイバ「私はセイバ。王の命を受けて来た」
セイバはそう言って、王より直々に預かった樹皮紙を差し出しました。
フィナも、王より授かった翡翠で作られた豪華な首飾りを外して戦士に渡しました。
戦士「ふむ、この樹皮紙の方は紛い物ではないらしい。こちらの星の子の証である首飾りもそうだ。よしわかった、神官を連れてくる。そこで待て」
戦士は居住区へと戻って行きました。
それをほっと見送って、たまらなくなったフィナはセイバに抱きつきました。
フィナ「私、あなたともう会えないことが恐ろしい」
セイバ「そうとは決まっていない。儀式が終われば、一緒に都へ帰ろう」
フィナ「本当に帰れると思う?」
セイバ「二度と帰って来ることはなかった。そんなもの噂に過ぎない」
フィナ「本当に?」
セイバ「今まで儀式で言葉を捧げて、君が消えてしまったことが一度でもあったか」
フィナ「ううん。でも、ここは特別な場所よ」
セイバ「他と変わるものか」
フィナ「そうだと良いけれど」
そこへ、十三人の神官がやって来ました。
セイバ「多いな」
フィナ「言ったでしょう。ここは特別な場所なのよ」
神官の一人が催促します。
フィナはそれに応えて、スッと潔く彼から身を離しました。
フィナ「さようなら、はなしよ」
セイバ「ああ。私はここで君を待っている」
フィナは強い決心でセイバに背を向けて、いざ神殿の中へ入ります。
ここは超自然界への入り口といわれていて、星の子や神官といった特別な役割を与えられた人間しか入ることが許されません。
そこへ入ったフィナが最奥に注目すると、方形の祭壇には、たくさんの供物が綺麗に並べてありました。
それは貝や骨を加工したもの、宝石のついた装飾品にタバコ、蜂蜜のお酒にカカオドリンク、果物に肉、等さまざまです。
また、香炉からはコパルの甘い香りが部屋いっぱいに漂っていました。
神官「これより儀式を始める」
それを合図に、フィナが中央に置かれた丸い石舞台の上に立つと、神官たちは彼女を囲んで待機します。
そして彼女がおもむろに躍り始めると、神官たちはそれぞれ太鼓や笛といった楽器を持って彼女の舞いに合わせて演奏しました。
それが終わると、彼女はいよいよ神様へ言葉を贈ります。
フィナ「どうか再び、この世界が平穏と愛に満たされますように」
すると、ふっと体が軽くなりました。
フィナの命は息となって、想いを込めた言葉を乗せて神様のもとへ届いたのです。
それはあっという間の出来事でした。
フィナ「ここは……どこ?」
ぼやけていた意識が少しずつ覚めていきます。
うっすらと目を開けると色とりどりの花の山が見えました。
まだ、完全に目を開けることができません。
眠るように再び目を閉じると、誰かの言葉が心へ浮かびました。
フィナ「あなたは誰ですか?」
「わたしはあなた方が神様と呼ぶものです。あなたの言葉、その想いを確かに受けとりました。ここは天上界。ここにはあなたを苦しめるものはもう何もありません。永遠の安らぎをあなたに与えましょう」
フィナ「私は何もいりません。ただ、彼に会いたいです」
「それはなりません。愛する彼とはいずれまた再会できます。その時を待ちなさい」
フィナ「そうですか……仕方ないですね……」しゅん…
「悲しまないでください。その時は、ほんの一瞬の間に訪れます」
フィナ「はやく会いたいわ……セイバ」
愛する彼の名前を呟いてフィナは目を覚ましました。
そこは美しいばかりの温かい世界でした。
目の前には鮮やかに花が咲き溢れる山が並んでいます。
彼女は穏やかで甘い風の吹く丘の上にいました。
遠くにはどこまでも伸びる大きな一本の樹が見えました。
フィナ「私は本当に天上界へ来てしまったんだわ。もう帰れないのね」
寂しくて悲しいはずの想いは、不思議とあるところで収まりました。
ここにいると心がどうしても落ち着くようです。
フィナ「あら」
ふいに、フィナの傍らに分厚い一冊の大きな本が現れました。
初めて見るそれに戸惑いながらも手に取って膝の上で開いてみると、そこには彼との思い出が切り取って並べてありました。
フィナ「セイバ……」くすん
余計に悲しませてしまって申し訳なくなった神様。
フィナの心へ、また言葉を浮かべます。
フィナ「ごめんなさい?どうして神様が謝るのでしょうか」
「あなたを悲しませることになってしまったからです」
フィナ「こちらこそごめんなさい。私は決心してここへ来ました。悲しみは忘れます」
「想いは欠けることがあってはなりません。少しずつ癒してください」
フィナ「わかりました」
「わたしは、人間をとても愛しています。いつまでも幸福であることを望んでいます」
フィナ「それは、ありがとうございます」
「しかし、どうも人間のことがよく分かりません。どうしても彼らは、言葉や道具といったあらゆる手段を用いて傷つけ合うのです」
フィナ「人間は想いのままに生きているからです。生きている限り、つい、色々なものを求めてしまうのです。そしてそのために、間違えを犯してしまうこともあります」
「なるほど。私は今まで良いこととして人間の願いを叶え続けてきました。ところが、あまり良いことではなかったようです。特にあなた方、星の子と呼ばれる子供たちを犠牲にしてしまったことは大きな過ちです。それを繰り返しては滅びを迎え、もう三度めになります」
フィナ「まあ、もう三度めになるのですか」
「はい。あなたが言う通り、人間の願いに限りがないのなら、それが時に間違えを犯すことになるのなら、私はこれきりで関わらない方がよさそうです」
フィナ「神様……」
「それが人間の幸福に繋がるのなら何よりです。これからは、人間たち自らが想いを実現する世界に変えていかなければなりません」
フィナ「世界を変えるということは、現在の世界は無くなってしまうということですか」
「あなたは人間だけでなく、地上に生きとし生けるもの、全てを愛してくれていますね」
フィナ「はい」
「そんな慈悲深いあなたをより悲しませるわけにはいきません」
フィナ「では、どうやって世界を変えると言うのですか」
「それこそ人間たち自らが成し遂げるのです」
フィナ「人間たちは現在、争いの最中にあります。また、災厄に苦しんでもおります。そのようなことが出来ますでしょうか」
「はい。あなたの伴侶が愛を伝えてくれています」
フィナ「セイバが!」
「どうやらあなたに倣い、物語として星の子たちの慈愛を伝えているようです。わたしはそれで安心しました」
フィナ「私も安心しました。ありがとうセイバ」
「悲しい気持ちはなくなりましたか」
フィナ「はい。また会える日まで、ここで彼をいつまでも待ちます」
「わたしは、あなたのためになら何でも尽くしましょう」
フィナ「あら、人間に関わってもよろしいんですか」
「あと少しだけ関わってみようと思います。あなたも、かの世界も今が大切です」
フィナ「わかりました。では、神様にほんの少し甘えさせて頂きます」
「どうぞお構い無く」
フィナ「では石をください」
「石ですね……石!?」
フィナ「ん?」
「どのような石でしょう。まさか彫刻に使うのですか」
フィナ「はい。うんと大きいのをください」
「わかりました。では彫刻セットをどうぞ」
スゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
「いかがですか」
フィナ「わあ、壁みたい!それに様々な種類の石器まで!こんなにたくさんの石を貰ってもよろしいのでしょうか!」うきうき
「もちろんです。石は彫りやすく、また、丁度よく硬い最適なものを用意しました。石器に関しては大胆な作業から細かな作業まで幅広く繊細で緻密に行えるものを揃えてみました」
フィナ「ありがとうございます!よーし!たくさん彫るよ!」
フィナはそれから彫って彫って彫りました。
時に他の星の子たちと贅沢な食事をしたり、踊ったり歌ったり楽器で音楽を奏でたり、のんびり添い寝したり、ひなたぼっこでゴロゴロもしてみました。
そしていつか、完成した彫刻は神様のお陰で立派な家に組み上がりました。
外壁には一面に独特な彫刻が掘られていて、室内は壁に床から天井まで色彩豊かなモザイク画で飾られました。
それはきっと、王宮なんかよりも豪華な出来となりました。
フィナ「さて、そろそろお庭のトウモロコシ畑の様子でも見ましょう」ととっ
セイバ「フィナ!」
フィナ「誰?」
振り向くと、見知らぬ老人が立っていました。
しかし、どこか見覚えがあります。
フィナ「もしかしてあなた……セイバなの?」
セイバの姿が老人からみるみる若返って昔と変わらぬ少年の姿になりました。
二人はようやく再会したのでした。
フィナ「会いたかった!ずっと、ずっとずっとあなたを待っていたのよ!」たたっ
セイバはフィナを強くも優しく抱き迎えました。
セイバ「私もこの時を信じて待っていた。叶って良かった」
セイバは亡くなるまで独り身でした。
フィナだけが最愛の人だったのです。
フィナ「あなたは、私たち星の子の物語をみんなに伝えてくれたのよね」
セイバ「ああ。すると不思議なことに、人々は愛を取り戻して、争いも災厄も嘘のように鎮まったよ」
フィナ「本当にありがとう。そして、お疲れ様でした」
セイバ「君たちの献身のおかげだ。きっと神様にも愛が届いたんだろう」
フィナ「うん、届いたわ。こうして会えたのは神様のお陰なのよ」
セイバ「なに?神様はここにおられるのか」
フィナ「もう話すこともなくなったけれどね」
セイバ「何かあったのか」
フィナ「疲れたからお休みになられただけよ」
セイバ「そうか。大事がなければ良かった」
フィナ「今までのこと、うちで話し合いましょう」
セイバ「うち、て、まさかあれは君の家?」
フィナ「うん。彫って彫って彫っていたらこうなりました」
セイバ「ごめん。ずいぶん待たせてしまったみたいだ」
フィナ「ううん。こちらこそ、長い時間あなたに寂しい思いをさせたわ」
セイバ「正直言って辛かったよ。話していいかな」
フィナ「中で聞かせて。タマルを食べたり、チョコラテを飲みながらゆっくり話しましょう」
セイバ「チョコラテ?」
フィナ「カカオのドリンクがあったでしょう。あれを美味しく飲む方法を神様が教えてくれたの」
セイバ「君は神様と仲良しなんだな」
フィナ「実は友達なの。これ、みんなには内緒よ」うぃんく
それから二人はゆっくり話し合いました。
セイバの深い悲しみと孤独の辛さにフィナはショックを受けましたが、再会した今、それは直ぐに風に飛ばされて消えました。
セイバ「待てよフィナ!」ははは
フィナ「ほら捕まえてごらん!」ふふふ
湖のほとりで追いかけっこ。
なんてことしたり幸せを重ねていたある時のことです。
フィナ「あ!神様!」
「お久しぶりです」
フィナ「突然どうされたのですか」
「最後に救いたい人間を見つけました」
フィナ「ついに最後ですか……」
「はい。間もなくわたしは自我を失いますので、これが本当に最後となります」
フィナ「まあ、どうして自我を失うことに?」
「世界の理の一部になるのです。それでもわたしは、ずっと人間を見守り続けます」
フィナ「消えちゃったりはしないのね。良かった」ほっ
「ところで、あなたにお願いがあるのです」
フィナ「何でも言いつけてください」
「わたしが救いたい少年の側に、あなたと縁のある少女がいます」
フィナ「それは、遠い未来の人のことですね。あ、今は現在かしら」
「ややこしいですが現在です。そして彼女は彼を救うのに必要な存在であり、また、わたしは彼女も救いたいのです」
神様は続けて説明しました。
クレイドという少年が亡くなり、思い半ばで亡くなった彼は今、世界の狭間をさ迷い続けているということ。
アレッタという少女が、二人で語った空想を物語にしようと頑張っているということ。
その物語を基準に、かつて滅んでしまった世界に新たに心象世界を創って、二人に想いを巡る旅をさせること。
その終わりにまずクレイドを救うこと。
その次にアレッタも救うこと。
ただし、自身で試練を乗り越えることが大事で、その支援をフィナに頼みたいということ。
簡単にまとめるとこのような相談でした。
後日談になりますが、ルディアは後になって救うことを決めました。
彼女は歳を重ねることで、二人に遅れて想いがどんどん絡まってしまったからです。
セイバ「それで、君は喜んで引き受けたわけだ」
フィナ「うん!」
セイバ「危険はないのか」
フィナ「あるよ。もし二人が乗り越えられなければ、私は地下界へ落ちちゃうかもしれない」
セイバ「あそこは恐怖の場所といわれている。生きる命に災厄や死を与える悪魔がいるともいわれている」
フィナ「心配しなくても平気よ」
セイバ「君がもしそんなところへ落ちて苦しんだり、悪魔にでもなったら私は嫌だ。また独りになって辛い思いを繰り返すのも嫌だ。そのこともわかってほしい。二度は耐えられそうにない。この心が安らぐ地でもだ」
フィナ「もし悪魔になっても、あなたに悪戯をしにここへ帰ってくるよ」がおー
セイバ「フィナ、ふざけないでくれ」
フィナ「絶対に大丈夫!」
セイバ「その自信はどこからくる」
フィナ「二人の今までの人生を映画で見たの。二人は強い心を持っているはずよ、私には分かるの」
セイバ「その、映画とは、あの恐ろしいものだな」ぷるぷる
フィナ「あなたあの時、映画館から飛び出して逃げちゃうほど恐い思いをしたものね」
セイバ「よく平気でいられるな」びくびく
フィナ「いまは4Dになってもっと楽しいよ」にこにこ
セイバ「よく分からないがどうでもいい。テレビで足りる」
フィナ「ふふ、それも恐がるくせに」
セイバ「恐くはない。私は勇敢な戦士だ。もう慣れた」
フィナ「ふーん」じとー
セイバ「君の新しいもの好きにはまったく困る」
フィナ「そんなこと言わないでよ」むすー
セイバ「こほん、話が逸れた。戻そう」
フィナ「とにかく大丈夫。それに止めたって無駄よ」
セイバ「だろうな。それも困る」
フィナ「今度は自分の身も大切にします。約束します」にこっ
セイバ「参った。もう降参だ」
フィナ「やった!」
セイバ「喜ぶことか。まあ、とにかく応援するよ」
フィナ「あなたの応援なら心強いわ」
セイバ「ふん!」てれ
そしてフィナの第二の旅立ちの日。
フィナ「では、行ってきます。留守をお願いしますね」
セイバ「気を付けて」
フィナは神様よりスタリオンになる力を与えられました。
彼女の心を表す太陽のスタリオンです。
そして彼女は、瞬く間にあの世界にいました。
アレッタ「わ!びっくりした!」
フィナ「わ!びっくりした!」
二人は揃って驚きました。
忽然と目の前に人が現れたのです。
驚くのも無理はありません。
フィナ「ここは私の故郷じゃない!まあ懐かしいわ!」
アレッタ「あの……」
フィナ「あ、ごめんなさい。あなたはアレッタね」
アレッタ「うん。他はよく思いだせないけれど」
フィナ「私はあなたに伝えることがあってここへ来たの」
アレッタ「それは何?」
フィナ「あなたの大切な人、クレイドさんがもうすぐここへやって来ます」
アレッタ「クレイドが……ん?」
フィナ「何か思い出すことはないかしら」
アレッタ「うーん、そうね」
フィナ「何も思い出せない?」
アレッタ「私は、命を失った世界を救うために星を集めなきゃならないの」
フィナ(ほとんど物語の設定ね。もしかしたらこの世界では、その方が都合が良いのかも)
アレッタ「待って。あれ、クレイドはもう亡くなっているじゃない」
フィナ(現実とこの世界の狭間で混乱しているのかしら。どうしましょう……)
アレッタ「ねえ、どういうこと?ここはどこなの?そしてあなたは何者なの?」
フィナ「私はあなたを助けるためにここへ来たのよ」
アレッタ「ここはどこ?」
フィナ「あなたたちの物語を基準にして創られた心象世界よ」
アレッタ「うーん……よく分からない」
フィナ(駄目ね、完全に混乱しているわ。ここはこちらの世界に合わせた方がいいみたい)
フィナ「とにかく。えと、あなたはスタリオンになれるでしょう」
アレッタ「うん。私は地球のスタリオンだから」
フィナ「実は私もスタリオンになれるの。それで、今からあなたと一心同体になります」
アレッタ「そんなことをして大丈夫なの?星はぶつかり合えば大変なことになるのよ」
フィナ「平気。私は太陽のスタリオンだから側にいるだけ」
アレッタ「そう。なら、お願いしようかな」
ということで一体化を試みたのですが、現実のアレッタが助けを無意識に拒否したため、強い衝撃と共に二人は半端に交じって分かれました。
フィナ「これはアレッタの記憶……?彼女の一部が私に移っちゃったのね」
アレッタの記憶から、自ら乗り越えようという強い決意と努力が見えました。
フィナ「そう、ごめんなさい。あなたは私が直接助けなくても頑張れる人なのね。私ってば早とちりしちゃったみたい」
アレッタ「ここはどこ……?」
フィナはスタリオンになって、さっと隠れました。
陰から支援しようと決めたのです。
空のてっぺんから見守る太陽みたいに。
フィナ「これは!」
ところが一瞬のことでした。
彼女は地面から伸びたダークマターという影に捕らえられてしまったのです。
プルートの力で少しは弱ってはいるものの、この時はまだまだ勢力があったのです。
彼女は一気に死の底へ引きずり込まれました。
フィナ「苦しい……。ダークマターに捕らえられたということは、ここは死の底かしら」
奥にアレッタのスタリオンを見つけました。
冥王星のスタリオン、プルートです。
フィナ「あなたは死を引き留めているのね。でも可哀想に、どんどん弱ってる」
フィナはさっそく想いを分け与えました。
これをきっかけに一つだったダークマターは分裂し、騎士であるクレイドとアレッタたち一行は、彼らと個々に戦うことになりました。
フィナ「私は部外者だからあまり影響を受けないみたい。これなら、何とか支援出来そう」
フィナはさらに想いを強めて、太陽が決して沈まないように努めました。
その陽の光は各遺跡に降り注いだ星の結晶を輝かせてアレッタの想いを強くしました。
そしてまた、クレイドの心を明るく照らしました。
フィナ「あら、今なら少し利用出来そうかも」
その折、フィナはダークマターを通じて、辺りをよく見渡せる言霊の神殿の頂上で改めてアレッタを待ちました。
フィナ「ちょっと罰当たりな気もするけれど、神様どうか許してくださいね」
長く留まればダークマターに飲まれて支配される危険があるために時間が限られます。
フィナは早々に切り上げるつもりでした。
そこへアレッタがやって来ます。
アレッタ「あなたは誰?」
フィナ「私はフィナ。あなたと縁のある遠い昔の人よ」
アレッタ「私、どこかであなたと出会った気がする」
フィナ「うん。初めの町で私たちは一度出会っているわ」
アレッタはやはり思い出せない様子です。
フィナ「私はあなたを助けようとしたの。でも、あなたがそれを拒否して、私とあなたは交じりあって分かれてしまった」
フィナは続けて言います。
フィナ「この遺跡はうんと昔、人が神様に言葉を、命を捧げた場所。神様は祈りに応えて人の想いを現実にした」
アレッタ「じゃあ、この世界は」
フィナ「アレッタ。希望と救いはいつだってあるよ」
それはフィナ自身が経験したことから学んだことでした。
滅びゆく世界が愛の紡ぎに救われ、別れた人とまた出会えたことです。
彼女はふわっと飛び降りて、アレッタの頬に手を添えました。
フィナ「それを伝えに私はあなたに会いに来たの」にこっ
アレッタ「フィナ?」
フィナ「よく聞いて、これはあなたの心からの言葉。この先どんな絶望が訪れても今度こそ諦めないで」
絶望、という言葉にアレッタはピクッと怯えました。
そんな彼女の両手をフィナはぎゅっと握りしめて言います。
フィナ「友達になりましょう。あなたが辛いときには私が側にいるって約束する」
フィナの姿が少しずつ曖昧になってゆきます。
そろそろ限界でした。
フィナ「急でごめんなさい。もっとお話が出来たら良かったのだけれど」
アレッタ「あのね。私、分からないことがあるの」
フィナ「焦らないで。少しずつ思い出して、少しずつ受け入れるの」
その言葉を最後に、フィナは死の底へ戻りました。
プルートはまだ眠っていました。
フィナ「二人は頑張ってるよ。もう少しの辛抱だからね」
それからも二人は本当に頑張って、何とか死の根付く小島へと辿り着きました。
フィナ「力が強まってる……!」
この時、死は力をますます強めてフィナを取り込もうとしました。
その影響で、外ではもう日が暮れようとしています。
さらに、山に沿ってなだらかに続く町の上にある丘で、アレッタを含めて彼女の想いたちが次々と死に飲まれてしまいました。
彼女たちは気を失い、プルートもまだ目を覚ましません。
フィナ「アレッタ!しっかりして!」
アレッタは虚ろなまま今にも深い死へ沈もうとしています。
フィナ「だめー!」ぐいー
その間、騎士がウラノスと共に死が仕向けた絶望に打ち勝ちました。
そこへついに死が牙を剥きました。
まず不意討ちにウラノスを食らい、それからクレイドに死を再び味わわせました。
フィナ「あんまりだわ。死を思い出させて完全に沈めるつもりね。でも、私がそうはさせない」
フィナは最大限に想いを込めました。
二人を救うという強い願いが現実となります。
彼女はアレッタを連れて、一時的に死から脱出したのです。
外は星のない夜でした。
フィナ「アレッタ!」
アレッタ「フィナ……!」
フィナ「良かった。目を覚まして」
アレッタ「彼は!?」
フィナ「真っ暗で何も見えないね」
ということでフィナの目が発光。
アレッタ「ええ!?」びっくり
フィナ「気にしないで。それよりも」
彼は眠るように気を失っています。
フィナ「一安心。落ち着いたみたい」
アレッタ「ねえ、何があったの?」
フィナ「それよりまずは、二人で彼を家に運びましょう」
鎧を着たクレイドを運ぶのは二人がかりでも相当に苦労しました。
それでも、やっと彼の自室のベッドへ寝かせることが出来ました。
アレッタは彼の頭を自身の膝の上に乗せました。
アレッタ「何があったの?」
アレッタはもう一度聞きました。
フィナ「あなたは死に飲まれて、彼は死に負けそうになったの」
アレッタ「死……」
フィナ「いい?あなた達は死と決着をつけるの」
アレッタ「どうして?」
フィナはアレッタと額を合わせます。
フィナ「これで思い出したかしら」
アレッタ「……うん。思い出した」
アレッタに少女の頃の記憶が甦ります。
アレッタ「クレイドはまた死んじゃうの?」
フィナ「とにかく負けないことよ」
アレッタ「きっと勝てないよ」
フィナ「諦めないで!」
アレッタ「諦めない……」
フィナ「そうよ。諦めちゃだめ」
アレッタ「分かった」
フィナ「私はあなたたちを助けるためにここにいるの。だから大丈夫」
アレッタ「どこへ行くの?」
フィナ「あなたの想いを助けなきゃ」
そう言ってフィナは外へ飛び出し、自ら待ち受ける死へ飛び込みました。
そこですかさず、眩しいほどの強い輝きを放ってやりました。
フィナ「ふう……少し休憩」くたー
外では夜が明けて陽が昇りはじめ、スタリオンたちは目を覚ましました。
フィナ「がんばれ!負けないで!」
フィナは二人を明るく応援しました。
二人は心を照らされて果敢に立ち向かいました。
フィナ「今よ、星に願いを」
そして二人の希望に応えスタリオン達が結集したことで、その光に貫かれて死は消え去ったのでした。
クレイド「これで、終わったのかな」
フィナ「おめでとう。世界は無事に救われたよ」
フィナは朝日を背にして二人の前へ現れました。
少し寂しそうな顔で微笑んで。
アレッタ「どうして、そんなに寂しそうな顔をしているの」
フィナはクレイドと向き直って世界の真実を話しはじめました。
フィナ「この世界は過去に命と想いを失った世界。消えゆく時を待つだけのこの世界で、あなた達の夢描いた空想は実現したの」
アレッタ「私たちの空想が実現した?」
アレッタはよく分からないといった表情でフィナを見ます。
フィナは優しい目でいちべつして話を進めます。
フィナ「クレイドさん。この世界はアレッタが想いをつづるため、そしてあなたを死から救い出すために創られたの」
クレイド「でも……」
そうは言っても、自身が死んだことに変わりなく、また死と向き合うことになるのではと、全てを思い出したクレイドは心配しました。
フィナ「今はこれでいいの。そして、そこにいる惑星たちはアレッタ、あなたの想いそのものよ」
アレッタ「彼女たちが私の想い?」
フィナ「そう。もう一人のあなた」
スタリオン達は最後に、二人に言葉を残して一つになりました。
アレッタはクレイドの腕の中で光となって現実の世界へと帰りました。
フィナ「さて、せっかくだし一度、故郷へ帰ろうかな」
フィナは故郷で少しばかり休眠することにしました。
懐かしい故郷はとても心地よく、ぐっすりと眠ることが出来ました。
フィナ「ふふっ。クレイドさんてば、とても楽しそう」
フィナは起きてすぐ、クレイドへの説明用の石碑をコツコツ掘りながら、太陽を通じて彼の旅を見ていました。
そして彼が暦のピラミッドへ戻った時、会いに行き、彼に特訓を施しました。
それが終わって間もなく、アレッタがこの世界へと再び訪れました。
いよいよ時が満ちたのです。
フィナ「あなたは今、現実とこの世界の狭間にいるの。さあ、目を閉じて」
どこからともなく現れたフィナに従って、アレッタは目を閉じました。
彼女は二つの世界の記憶が少しずつ溶けて混ざり合うのを感じました。
そして心も重ねて、想いが溢れた時、彼女の意識はハッキリと確かなものとなったのです。
見た目は少女のままですが、彼女は間違いなく大人になった現実のアレッタでした。
アレッタ「クレイド!あなた本当にクレイドなの!」
アレッタが声を上げて迫ると、騎士はただ一度頷きました。
その隣でフィナが説明します。
フィナ「この世界は神様から人間への最後の贈り物。あなた達は選ばれたの」
アレッタ「どういうこと?」
フィナ「思い半ばで亡くなってしまった彼を救い、そしてあなたと、もう一人の彼女を救うためにこの世界は創られたのよ」
もう一人の彼女。
それは二人に遅れて苦悩するルディアのことでした。
フィナ「アレッタ。あなたは今から絶望と向き合うことになるわ」
絶望、それは彼の死という事実。
悶えるほど辛い現実のことです。
アレッタ「嫌よ私。そんなのってあんまりよ」
アレッタは悲痛な叫びで嘆きました。
フィナは複雑な面持ちで口をつぐみます。
クレイド「この先、辛いことが待ち受けているだろう」
クレイドが、アレッタの手を握って優しく言葉を伝えます。
クレイド「でも、二人ならきっと苦しくないよ」
それはアレッタが彼に何度も伝えた言葉でした。
アレッタは俯いて、自身の心と向き直りました。
アレッタ「ありがとう。私はもう平気」
アレッタは立ち上がって、とびっきりの笑顔を見せました。
クレイドも嬉しそうに笑いました。
フィナは二人のやり取りを見守って、もう大丈夫、そう確かに安心しました。
フィナ「アレッタ、クレイドさん。これから先、また二人で頑張ってね」
アレッタ「フィナ。あなたは一緒に来てくれないの?」
フィナ「私の役目は二人を導いて、支えて、背中を押すこと。それだけ」
フィナは言って、さんさんと輝くスタリオンとなりました。
フィナ「でもこれだけは忘れないでほしい。私たちは友達」
アレッタ「だから、辛い時は側にいてくれるのよね」
フィナ「うん。いいかしら」
アレッタ「もちろんよ。本当にありがとう」
フィナは空の頂点にある太陽へと昇りました。
そこで二人の勝利を信じて待ちました。
アレッタ「どんなに辛くたって、私は負けないもの」
クレイドが絶命しても、どんなに残酷に叩きのめされても、アレッタは生きることを諦めませんでした。
フィナ「がんばれ!もう少しだよ!」
フィナは、彼女の心へ残した想いに愛を贈りました。
みんなの想いに支えられて覚醒したアレッタはクレイドと愛を輝かせ。
フィナ「……勝った。やったやった!」
ついに救われたのでした。
これでフィナの役目も終わり、最後にクレイドを天上界へと導いて、彼女は愛する人の待つ家へ飛んで帰りました。
フィナ「ただいま!」
セイバ「お帰りフィナ」
セイバはいつもと変わりなく迎えてくれました。
そして、頭を撫でて労ってくれました。
セイバ「お疲れ様」なでなで
フィナ「んー恥ずかしい……けど嬉しい」てれてれ
フィナは二人の頑張りを楽しく語りました。
セイバはそれを聞いて、彼らといつか会ってみたいと言いました。
フィナ「いつか会えるよ」
セイバ「その日が楽しみだ」
出会う者は必ず別れる定めにあります。
それは耐え難いほど苦しく辛いものです。
しかし、希望と救いはいつだってあるのです。
だからどんな時も諦めないでください。
あなたが幸せになってくれることを、彼女はいつまでも願っています。




