9話 ルリミピス聖女学園
聖女学園の食堂の中。
俺はミリアちゃんに質問されたりしながら、朝食を食べ進めていった。
対人能力のない俺は、朝食を食べ進めている間、正直それなりに緊張した。
……けれど、こうやって可愛い女の子達と食卓を囲める事は、それだけで暖かかったし嬉しかった。
そして、そんな時間がしばらく続いた後。俺達はその朝食を食べ終わって、食事の時間を終えていたのだった。
食堂にいた全員が、朝食を食べ終わった後。
食卓の隅でのんびりとしていた先生が、俺へと話しかけてきた。
「それではメルルさん。この後はまず、施設の案内をさせて貰いますね」
「あ、はいっ……」
この後のスケジュールは、さっき事前に教えて貰っている。
朝食の時間が終わった後。まずは先生が、俺へと学園の案内をしてくれる事になっているらしい。
……俺がこれから、自分の青春をやり直す為の場所。それは一体、どんな感じの場所なのだろうか。
そんな事に、ワクワクとした気持ちが膨らんでいるいる中。先生が俺へと、話の続きをしてくれる。
「まずその前に。メルルさんって、昨日もうお風呂には行きましたか?」
「えっと……。はい、行きましたけど……」
「そうですか。でしたら、お風呂はもう案内しなくてもいいですね」
先生はそう話した後。考え込むような仕草をしながら、一人で呟く。
「……寮の中は、昨日見て貰ったでしょうし。食堂も、ちょうど今居ますし。……あと案内するのは、教会と校舎だけですか」
それはたぶん、独り言みたいな感じだったんだと思う。
けれど俺は、その言葉の中に凄く気になる部分があったので、それを質問をさせて貰う事にする。
「えっと……。この学園、教会なんかあるんですか……?」
「……はい、ありますよ。小さな教会ですけれど」
「そうなんですか……」
学園の中に、教会がある。……なんというか、そこにもカルチャーギャップみたいなものを感じる。
やっぱりこの学園は、神学校みたいな感じの場所だったりするんだろうか?
「あの……、それともう一つ……。この後って、教会と校舎を案内して貰うだけなんですか……?」
「えっと……、それとあと、もう一つ。この後って、教会と校舎を案内して貰うだけなんですか?」
「はい、そうですけれど」
「え……、な、何でですか……」
俺は、この学園で青春をやり直したり出来る事を夢見ている。
萌え4コマの世界みたいな、あんな穏やかでありながらも楽しげな毎日を過ごしていく事に憧れている。
だからこそ。これからその舞台になる為の、図書館とかプールみたいな色んな場所を案内して貰えるのだろうなと思って、ワクワクしていたのだけれど……。
「他に、案内する場所がないんですよ。この学園にあるものは、風呂と、食堂と、寮と、教会と、教室。その5つで全部ですから」
「そ……そうなんですか……?」
「ああでも、職員室もありましたね。すいません、職員室も入れたら全部で6つでした」
先生の言葉の意味が、いまいち飲み込めない。
それだけしかないとは、どういう事だろうか……? 保健室とか、体育館とかは……?
「まあ、外に出てみれば分かりますよ」
「は、はぁ……」
先生はそんな事だけを話しつつ、お皿を持って一旦席を立ち上がる。
そうして会話が打ち切られた事で、俺もそれ以上の質問を行えなくなる。
……まあ、いちいち言葉で説明しなくても、この後直接見て貰うという事なのだろう。
俺は頭の中に疑問を浮かべつつ、一旦それを引っ込めて、先生との会話を終えていたのだった。
そうして、先生との会話を終えた後。
そこからは、食事に使ったものを片付けたりする時間になった。
「メルルさん。トレイを持って、こちらに来て下さい」
「えっと、はい……」
スズネさんに案内される形で、俺はまず食堂の奥へと進んでいって。
「こうやって魔法で水を出して、それでお皿を洗うんですよ」
「なるほど……」
この世界には水道がないので、変わりに魔法を使ってお皿を洗っていって。
「洗い終えたお皿は、この棚に片付けておいて下さいね」
「えっと、分かりました……」
お皿を洗い終えた後。そのお皿を片付ける場所とかも、しっかりと教えて貰っていて。
「それでは、食堂の外へと行きましょう」
「……はい」
無事に食器類を片付け終えた後。みんなの後に続いて、食堂から出て行ったのだった。
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食堂から、再び廊下へと戻ってきた後。
みんなが歩いていくのの後ろに、俺はひっそりと着いて行く。
そして、少しだけ廊下を歩いた後……。俺達はそのまま、寮の外へと続く限界へとたどり着いた。
「メルルさん。スリッパから靴に、履き替えておいて下さいね」
「あ、はい……」
昨日、ここで脱いでいた靴。
それをスズネさんに渡されて、俺は再びそれを履く。
「それでは、行きましょう」
「……はい」
そうして、しっかりと靴を履き替えた後。
俺はそのまま、みんなの後に続いていよいよ、寮の外へと出て行ったのだった……。
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外は、朝日が眩しかった。
昨日校庭にいた時は、真っ暗だったせいで、周囲に何があるのか殆ど分からなかった。しかし今日は、この朝日のおかげで、寮の外にどんな光景が広がっているのかがよく分かる。
だから、寮から出た直後。辺りをキョロキョロと見渡して、俺は周囲にあるものを確認していった。
まず、最初に目に付いた物。
それは、石で出来た大きな壁だった。
その石壁は、周囲一体をぐるりと覆っている。たぶんこの壁が、この学園の校門の役割を果たしているのだろう。
学園を包むそのその石壁は、周囲の4方向にそれぞれ張り巡らされている。そしてその全長は、だいたい普通の学校の校門の長さと同じくらいに見えた。
……つまり要するに、この学園の敷地の広さは、日本の普通の学校と同じくらいという感じだった。
それから、次に目に付いたもの。
それは、石壁の外に広がっている森だった。
……どうやらこの学園は、山の中の場所にあるらしい。
坂道の傾斜の具合によって、石壁の外に、原生林のような空間が広がっているのが見えた。
その原生林は、よく見てみるとかなり広大なようで、どこまで広がっているのか目で見るだけでは確認出来ない。
……もしかしたら、この学園は、かなり深い山の中にあるのかもしれない。
校門の外を眺めつつ。そこから見える景色に対して、俺はそんな事を思っていた。
その後。その2つから少しだけ遅れて目に付いたもの。
それは、この寮から見てちょうど対極の位置にある、小さな白い建物だった。
その建物は、小さくて、白くて、なんとなく神々しい感じがする。そして、建物の中央辺りだけが縦に大きく出っ張ったような、そんな独特な構造をしていた。
……たぶん、あれが教会なのだろうと思う。
だって、前世の世界で見た教会という建物と、そのまま殆ど同じような形をしているように見える。
それは見ただけで、これぞ教会! と分かるような、そんな感じの形をしている建物だった。
……校門と、森と、教会
ざっと目に付くものは、そのくらいだった。
その他にも、幾つか設置されてるものはある。それは、土で出来た校庭であったり、寮の近くにある花壇だったり、校庭の隅に少しだけ生えている木であったり、木造の管理小屋みたいな建物であったり、外に出る為に石壁が鉄の門にになっている部分だったり、そんな感じだ。
「あれ……?」
そんな景色を、一通り確認し終えた後。俺は真っ先に疑問が湧いてくる。
……校舎、どこだ?
「どうかしましたか?」
スズネさんが声をかけてきてくれたので、俺はそのまま尋ねさせて貰う。
「あの……、校舎って、何処なんですか……?」
辺りを見渡しても、今確認した範囲のもの以外は何もない。
本当にただ、校門とか、教会とか、そんな感じのものがあるだけだ。
「右側の中央にある、あの建物ですよ」
スズネさんは、戸惑っている俺に対して、右側にある建物を指差す。
そこにあったもの……。それは、さっきも視界に少しだけ映った、木造の小さな管理小屋みたいな建物だった。
「え……? あれ、こ、校舎なんですか……?」
「はい、そうですけれど……」
「え、でも……」
殆ど気にも止めなかった、小さな建物。俺はそれを、改めてじっくりと見つめながら話す。
「あの建物、3つしか部屋が付いてないんですけど……」
……俺が、その建物を管理小屋だとしか思えなかった理由。
それはその建物が、入口を挟んで右側に2つと左側に1つしか、部屋が付いていないからだった。
しかしスズネさんは、当たり前の事のように話す。
「はい、3つしかないですよ。左側が職員室で、真ん中が空き教室で、右側が本教室なんです」
「え、ええ……」
その建物は、俺の中の校舎のイメージからは、あまりにもかけ離れていた。
俺の中の、学校の校舎のイメージ。それはこうもっと、最低でも2階建て以上の高さがあって、何十個も部屋が付いていて、なんというかこうもうちょっと、荘厳な感じのイメージだった。
「もしかすると、もっと大きいと思っていたんですか……?」
「えっと……、はい、まぁ……」
俺がただ、そんな事だけを答えると。
「ここは学園ですけれど、そういう普通の学園ではないんですよ。……ですから、この学園は素敵なんです」
スズネさんは、楽しそうにニコニコとしながら、俺へとそんな事を話す。
「はぁ……」
俺は改めて、スズネさんが校舎だと言った建物を見る。
敷地の周囲が、山に囲まれているのもあるのだろう。……その建物は、校舎というより、山の途中にある山荘みたいな感じにしか見えなかった。
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そうして、外の景色を一通り確認し終えた後。
先生がふと、この場にいる全員に向かって、言い聞かせるように話す。
「案内は先生一人で十分ですので、みなさんは先に、教室で待っていて下さいね」
そして他のみんなは、その言葉を受けて小さく頷く。
「それではメルルさん。校舎の方で、先にお待ちしていますね」
「あ、はい……」
スズネさんが、俺へとそんな言葉を告げた後。
そのままみんなは、俺と先生だけをその場に残して、一足先に校舎の方向へと歩いて行った。
だからそのまま、今いる寮の手前の場所には、俺と先生の2人だけが残る形となったのだった。
そうして、先生と2人だけになった後。
俺はとりあえず、改めて先生と話をする。
「この学園……、本当に、先生がさっき説明したものしかないんですね……」
寮と、食堂と、お風呂と、教会と、教室と、職員室。
本当に、それだけで全部だとは思わなかった……。
「変な学園ですよねぇ」
先生は俺に対して、少しだけおかしそうにそんな事を呟く。
……やっぱりこの世界の価値観から見ても、それは変な事ではあるらしい。
「それではまずは、その数少ない施設の一つである、教会を案内させて貰いますね。……付いてきて下さい」
「あ、はい……」
先生がそれだけを話してから、前へと向かって歩き始める。
なので俺も遅れないように、一旦気を取り直してから、先生の後へと付いていったのだった。
そうして、歩くこと3分くらい。
校庭の端から端まで移動する事で、俺達は寮から教会へとたどり着いた。
「分かると思いますけれど、これが教会です」
「はい……」
まあ、流石にこれは見ただけで何となく分かる。
これぞ教会、って感じの形をしてるし……。
「それでは、入りますね」
そう話した後。先生は、右手に持っていた杖を前に向けて、教会の扉をコツンと叩いた。
……たぶんそれによって、扉との性格な距離感を把握したのだと思う。
その後、先生はもう半歩くらい前に出た。そして目の前へと手を伸ばして、教会の扉を普通に開けていた。
「……器用ですね」
先生のそんな動作に、少しだけ関心する。
「普通の目が見えない人だったら、もっと大変なんでしょうけれど……。先生は魔法のおかげで、周囲の気配がそれなりに分かりますからね」
そういえば昨日、スズネさんもそんな事を言っていた気がする。
この先生を最初に見た時。俺は正直、目が見えなくて大丈夫なのか? みたいな事を思った。けれど確かにこれなら、日常生活で不便な思いをする事はあまりないのだろう。
そんな事を考えたりしつつ。俺は先生の後に続いて、目の前にある教会の中へと入って行ったのだった。
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そうして、教会の中へと入った後。
「はい。ここが教会の内部です」
先生のそんな言葉を聞きながら。とりあえず俺は、建物の中を見渡してみた。
まず、その教会の内部はあまり広くはなかった。
外から見ていた時に既に分かっていたが、その教会の広さは、部屋一つ分くらいの大きさしかなかった。
……しかし、その教会は決してみすぼらしい感じでもなくて、神秘的な雰囲気みたいなものは十分にあるようにも感じられた。
部屋の奥に、精巧に作れた女神様の石像みたいなものが飾ってある。そしてその左右には、日光の光を取り入れる為の、綺麗な窓が取り付けてある。……それが何か、幻想的というか、ここが特別な場所であるという雰囲気を感じさせる。
そしてその女神像の正面には、綺麗な赤いカーペットが敷かれている。
そのカーペットは、女神像の手前から俺の今いる入口の場所まで、ちょうど真っ直ぐに伸びている。
それから、そのカーペットの左右には、木で作られた長椅子がそれぞれ4列づつ綺麗に設置されてある。
……教会の善し悪しなんてものは、正直俺にはよく分からない。
けれどそんな俺でも、ここが何となく、凄く特別な感じの場所だとだけは分かる。
そこは、そんな感じの空間だった。
「なんか、綺麗な場所ですね……」
俺はただ、そんな事を呟く。
すると先生は、俺のそんな言葉を、同意するでも否定するでもなく。
「そうなんですか……」
ただ、そんな事だけを呟いていた。
「……ぁ」
俺は、直ぐに自分の失敗を理解する。
そうだ……。先生は目が見えないから、気配は分かっても、景色自体は分からないのだ……。
……それなのに、まるで同意を求めるような話しかけ方をしてしまった。
うう……気まずい……。
「……ああ、別に気にしなくても大丈夫ですよ」
先生は、俺へとそんな事だけを言った後。
「ここは、別に見たままの場所で、説明するような事は特にないです。……それでは次は、校舎に向かいますね」
そんな事を話しつつ。杖で距離を測ってから、再び教会の扉を開く。
「あ、はい……」
とりあえず、気にされてないみたいでよかった……。
そんな事に、俺は少しだけ胸を撫で下ろす。
……そして改めて、さっきの失言を心の中で反省する。
例え魔法が使えても、目が見えないのはやっぱり大変なのだろうな。
そんな事を頭の中で考えつつ。俺はまた、杖を使って歩いていく先生の後を、遅れないように着いて行くのだった。
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そうして、教会を後にした後。
俺は先生と一緒に、校庭の中を再び歩き続けていった。
そして、さっきと比べてちょうど半分くらいの距離を歩いた後……。
俺達はそのまま、スズネさんが校舎だと説明してくれた、小さな建物の前へとたどり着いていたのだった。
俺は改めて、目の前にある建物を眺める。
その建物は、間近で見たら、さっきよりかは少しだけ大きく見える。
……けれどそれでもやっぱり、ここが学園の校舎だと言われても、感覚としてあまりピンと来ない。
「あの……。もっと、大きい建物じゃ駄目なんですか……?」
隣にいる先生に向かって、そんな事を尋ねてみたら。
「確かに小さいですけれど、これで十分なんですよ。この学園は、生徒数が2桁に達する事がまずないような学園ですからね。……使わない部屋があっても、掃除などが大変になるだけなんです」
先生は俺へと、そんな事を答えてくれた。
……どうやらこの学園は、生徒の数が物凄く少ないから、校舎もこの大きさで大丈夫という事ならしい。
まあ確かに、それは一理あるのかもしれない。
この学園は、俺を含めても生徒が6人しかいない。だからその時点で既に、普通の学園とは色々とかけ離れているのだろう……。
「はぁ……」
頭では理解出来るが、まだ少しだけ納得がそれに追いつかない。
そんな気持ちでいる中。俺は目の前にあるその建物を、ぼんやりと、改めて色々と眺めてみる。
……そうしていると、またもう一つだけ、俺は気になるものを見つけた。
入口の上に付いてある、雨よけになっている部分。そこに何か、火柱のような形をした、奇妙な紋章が取り付けられてあった。
……そういえば、俺が今来ている制服にも、何故か火柱の模様のようなものが書かれている。
これは一体、どういう意味のマークなのだろうか……?
「あの……先生……」
「何でしょう、メルルさん」
「制服の腕の所にも書かれてますけど……。この火柱みたいなマークって、何なんですか……?」
先生はその質問に対して、何故か少しだけ苦笑いをする。
そして、そんな微妙な表情のまま、俺の質問へと答えてくれる。
「……この火柱はですね、この学園の校章なんですよ」
「……そうなんですか」
どうやらこのマークは、この学園のシンボル的なものだったらしい。
この世界の事はまだあんまり詳しくないけれど、火柱が校章なんて、なんか珍しいと思う……。
俺がそんな事を思っている中。先生が少しだけ、その説明に補足を加えてくれる。
「このマークには、色々な意味があるんです。……それは、一言では説明出来ないようなものです。ですからそれも後で、ちゃんと歴史の授業の中で教えますね」
「……分かりました」
この学園と、この紋章の関連性。
そんな事も、この後でゆっくりと順を追って教えて貰えるらしい。
「それじゃ、入りますね」
「あ、はい……」
そんなやりとりを終えた後。先生はそのまま、目の前の建物へと入っていく。
なので俺も、先生の後に続いて、聖女学園の校舎の中へと初めて足を踏み入れていたのだった。
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校舎の入口部分。
まずそこは、普通に玄関みたいな作りになっていた。
寮の入口部分と同じで、隣に下駄箱が付いていて、あとは特に目立つようなものは何もなかった。
「靴脱いで、来客用のスリッパを使って下さいね」
「えっと、はい……」
寮の時と同じように、棚に置いてあったスリッパを拝借して、代わりにそこに靴を入れておく。
……どうでもいいけれど、この世界には上履きという概念はないらしい。
先生は俺と同じように、普通に棚からスリッパを出して、それを履いて校舎の中へと上がっていた。
「それでは、こちらです」
先生はそのまま、右方向に向かって歩いていく。
……確かスズネさんの話では、左が職員室で、右が空き教室と本教室なんだっけか。
そんな事を頭の中で思い出しつつ。俺はただ、先生の後ろへと黙って着いて行く。
そして、ほんの少しだけ道を歩いた後。
「はい、ここが空き教室です」
先生が、隣にある部屋を指してそう話す。
その部屋の内装は、机と椅子が幾つか置いてあり、後ろの方に物置があり、あとは窓から朝日が差し込んでいるだけ、というそんな感じだった。
部屋自体が、そこまで広くないのもあるのだろう。……その景色はなんというか、どことなく殺風景な感じのものに思えた。
「本教室でやったら邪魔になる事は、ここに移動してやるんですよ。だいたい、その為だけの部屋です」
「はぁ……」
校舎の中に入ってみても、まだ感覚が追いつかない。
やっぱり正直、この建物を見ても、あんまり学園って感じはしてこないと思う……。
「机と椅子、取ってくるので待ってて下さいね」
「机と椅子、ですか……?」
「はい。本教室には、まだメルルさんの席が用意されていませんから」
「ああ、なるほど……」
先生はそのまま、その空き教室の中に入っていく。
なので俺は、言われた通りに、その場でただ待機する。
そして少し待った後。先生が普通に、部屋の中にある適当な机と椅子を選んでから、それを重ねて持ってきてくれた。
「それでは、本校舎に向かいますね」
そして先生は、隣の部屋へと歩いていく。
なので俺も、そんな先生の後ろへと着いて行く。
そうして、またほんの少しだけ廊下を歩いた後……。突き当たりにある、もう一つの部屋の前へと差し掛かった。
「はい、ここが本教室です」
「はぁ……」
たった部屋2つ分進むだけで、突き当たりについてしまうの。
そんな事を体験してみると、改めて、この建物の狭さを実感する。
やっぱ、狭いよなぁ……。
そんな事を思いつつ。俺は先生の後に続いて、その教室の中へと入っていった。
すると……。
「あ、来ました」
その部屋の中には、5人の女の子がいた。
その5人の女の子は、それぞれが机の前に座り、教室に入ってきた俺達へと注目を寄せていた。
……その5人とは、言うまでもなく、スズネさんと、ユラちゃんと、ミリアちゃんと、エビラ先輩と、テレザ先輩だった。
席の並びは、結構自由な感じだ。
特に規則正しく並んでいる様子などもなく、みんながそれぞれ適当な場所に位置取っている。
みんなの位置は、教卓と向かい合っている側から見て、エビラ先輩が左前で、テレザ先輩が真ん中前で、スズネさんが右前で、ユラちゃんが左後ろで、ミリアちゃんが真ん中後ろ、という感じ。
そして、等間隔に座ってるのではなく、エビラ先輩とテレザ先輩とお互いに席をひっつけ合っていて、ユラちゃんとミリアちゃんもお互いに席をひっつけ合っている、という感じだった。
「…………」
そんな光景に、俺はただ、圧倒される。
部屋の作り自体は、さっきの空き教室と同じような感じだ。けれど、そこに学園のみんながいるというそれだけで、一気に、そこが本当に学園であるのだという実感が湧いてくる。
白いヒラヒラとした、可愛らしい制服。そんなものを付けた、可愛らしい女の子達。そんな女の子達だけが、そこにいる光景。
……そんなものを見ていると、本当に改めて、ここが女の子しかいない学園なのだという、そんな夢のような現実への実感が湧いてくる。
だから、色んな思いが押し寄せてくる。
今の状況の異常さ。こんな場所に自分がいる事の場違いさ。それでも尚、青春を取り戻したいという強い願い。ずっと心の奥底で抱き続けていた、萌え4コマみたいな日常への憧れ。そして、これから素敵な何かが始まる予感。
そんなものが渦巻いている、目の前のその光景。
それは俺にとって、圧倒的なくらいの、とてつもない存在感を放っていた。
「メルルさん。それでは教卓の前に立って、自己紹介をどうぞ」
「……え?」
ぼんやりとしている俺に対して。スズネさんが唐突に、そんな話を振ってくる。
「よく考えたら私達。メルルさんがここに来る事になった経緯は教えて貰いましたけれど、メルルさん自身の事はまだあまり話して貰っていません。ですので、せっかく初めて教室にきた事ですし、新入生として何か一言をどうぞ。……と、思いまして」
急にそんな事を言われて、びっくりする。
けれど周りを見てみたら、他のみんなは既に、黙って俺へと注目を寄せている。
……どうやらもう、ここで俺が自己紹介をする事は、みんなの中で決定済みな事ならしい。
「え、えっと……」
俺はとりあえず、教室の中央部分にあった、教卓の前へと移動する。
そして、少しだけ自分の事について考えた後……。今頭の中にぐるぐると渦巻いている思いを、俺は言葉にするのだった。
「え、えっと……。とりあえず、メルルって言います……
俺はその……、みなさんと仲良くなりたいって、思ってます……。そう思う理由は、えっと……。
……人と仲良く出来る事とか、一緒にいるだけで安心出来るような関係になる事とか、そういう事に、……憧れて……いるから……です……。
だから……、その……、どうか……、よろしくお願いします……。俺もそうなれるように、頑張ります……から……」
少なくとも、俺は前世の世界でずっと孤独だった。
そしてだからこそ。俺は他のどんなものよりも、ただ幸せな日常を送るものにだけ憧れた。
そんな、自分の思い。ずっと抱き続けていた、遠い憧れ。
……そんなものを、俺はみんなへと、打ち明けていたのだった。
「メルルさん」
「は……はい……」
そんな自己紹介が終わった後。
スズネさんが、ただニコニコとした笑顔で、俺へと向かって話してくれる。
「入学、おめでとうございます」
スズネさんは、俺に対して、パチパチと優しい拍手を贈ってくれる。
そして、それに続く形で……。
パチパチパチ。
先生が、穏やかな拍手を贈ってくれる。
パチパチパチ。
ユラちゃんが、控えめな拍手を贈ってくれる。
パチパチパチ。
ミリアちゃんが、元気な拍手を贈ってくれる。
パチパチパチ。
エビラ先輩が、楽しそうな拍手を贈ってくれる。
パチパチパチ。
テレザ先輩が、上品な感じの拍手を贈ってくれる。
そうして。この場にいる6人の全員が、俺が今ここにいる事を、祝福してくれていた。
「……あ……りがとう……ございます……」
ただどこまでも、夢のような気持ちの中。
俺はただ、みんながくれる暖かさだけを、この身から溢れそうな程に受け取っていたのだった。