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5話 温もりを夢見て

 真夜中の寮の中。

 先生との話を終えた後、俺はぼーっとしていた。

 自分の身に起こっている事に、未だに少しだけ頭が付いていっていなかった。


「あの……スズネさん……」

「何でしょうか、メルルさん……?」


 だから、もう一度だけ確認してみる。


「俺は明日から、この学園に入学する事になるんですよね……?」

「はい、そうですよ」

「えっと……、嘘じゃ……ないんですよね……?」

「嘘ではないですけれど……」


 ……本当に、嘘ではないらしい。

 自分でもあまりにも脈絡のない、冗談みたいな話だと思う。

 ついさっきまで32歳で男で社会のゴミクズだった筈の俺は、女の子の体になって、明日から女の子しかいない学園に入学する事になっていた。


「メルルさん。ぼーっとしていますけれど、大丈夫ですか……?」

「……ああ、は、はい。……大丈夫です」


 とりあえず、目の前の状況に対処しなければならない。

 そんな思いで、俺はなんとか思考を現実へと繋ぎ止めようとする。そしてその間に、スズネさんは話を続ける。


「それでは、まずは私の部屋に案内しますね」

「はい……」


 これは、さっき先生が言っていた事だろう。

 俺はこれから、スズネさんの部屋に行って寝る事になっているらしい。だからスズネさんは俺を、自分の部屋へと連れて行こうとしている訳だ。

 ……うん、大丈夫だ。ちゃんと理解出来てる。目の前の状況に対してなんとか頭は回っている。


「その後寝る前に一度、一緒にお風呂入りましょう」

「はい……」


 ……?


「パジャマやパンツは、とりあえず私のもので大丈夫ですよね? 身長は同じくらいみたいですし。……他人の下着を付けるなんて少し嫌かもしれませんが、それはまあ、我慢しておいて下さい」

「……?」

 

 ……? …………????


「あの、スズネさん……?」

「はい。何でしょうか」

「お風呂……って……?」

「裸になって、体を洗う為の場所ですけれど……」


 いや、それは知ってる。そこは分かる。


「あの……、一緒に入る……とは……?」

「メルルさんがどこから来たのかは分かりませんが、ここまで来る途中に汗などを流していると思います。それに私も、しばらく外を歩いていて、少しだけ体が汚れてしまいました。ですのでメルルさんと一緒に、私もお風呂に入らせて貰おうかなと思いまして」


 スズネさんは、ただそんな事を話す。

 そして俺は、3テンポくらい遅れてから、スズネさんが言っている言葉の意味を理解していく。

  

 ……まず、俺がお風呂に入るというのは、何もおかしな事ではないだろう。

 むしろ当然と言ってもいいような流れだ。

 今の俺は、記憶はないがどこか遠くから来た、みたいな感じの設定になっている。だったら、ここに着く前に汗とかもかいていると思われるのが普通だろうし、寝る前にお風呂に入る事は何もおかしな事ではない。

 それから、スズネさんがお風呂に入る事も、何もおかしな事ではない。しばらく外を散歩していたらしいし、体の汚れとかが気になるのだろう。

 そして、俺とスズネさんは2人共女の子だ。だったら、2人で一緒にお風呂に入ろうという思考になる事も、何もおかしな事ではないのだろう。

 うん、何もおかしな事はない……。

 ああ、なるほど……。なるほど……。


「それが、どうかしましたか?」

「い、い、いえ。な、何も……」

 

 おかしな所など何もない。むしろ、それをおかしいと思っている方がおかしい。

 だって今の俺は、女の子であって、これからもずっと女の子として生きていく事になるのだから。

 

「メルルさんの気持ち、少しだけ分かります」

「……は、はい?」


 スズネさんは、少しだけ顔を赤らめながら話す。


「……同性相手でも、裸を見せ合うのってちょっと恥ずかしいですよね」


 そこには、純粋無垢な事を話す、普通の女の子がいた。


「そ、ソウデスネ……」

 

 俺はただ、そんな返事しか出来なかった。


「恥ずかしいのは分かりますけれど……。この学園では毎日、生徒全員が同時にお風呂に入る事になるんです。入浴時間が決められているんですよ。ですのでメルルさんも、早い内に慣れて置いた方がいいですよ。私も直ぐ慣れましたし、大丈夫です」

「ソ、ソウナンデスカ……」


 この学園では、入浴時間が決まっているから、毎日全員で同時にお風呂に入る事になるらしい。

 同性しかいない学園ならしいし、あるのかもしれないな、そういう事も……。


「それでは、まずは私の部屋に服を取りに行きましょう」

「ハイ」


 相変わらず思考が全然現実に追いついていないまま。俺はただ、その状況に流され続けていくのだった。



----



「ここが私の部屋です」

「はい」

「パジャマ、これで大丈夫ですか?」

「はい」

「下着は、これでいいですか?」

「ハイ」

「それでは、お風呂はこちらです」

「ハイ」

「着きました。ここが、この寮のお風呂場です」

「ハイ……」


 俺はスズネさんに、お風呂場へと連れてきて貰った。

 入口から見て、寮の左端の部分にある大きな部屋。そこにあるこの場所が、この寮でのお風呂場ならしい。

 まず、部屋に入って直ぐの所に、着替える為のスペースがある。そして壁で区切られた向こう側には、石畳で作られた体を洗う為のスペースがある。そしてその更に向こうには、銭湯とかでありそうな感じの、大人数で使う用の大きな浴槽がある。……そこは大体、そんな感じの場所だった。

 

「脱いだ服は、このかごの中に入れて貰えば大丈夫です」

「ハイ」

「このかごは洗濯しておいて欲しい服を入れておく場所なんです。ですから、朝に脱いだ服などもここに入れておいて下さいね」

「ハイ」

「タオルは、ここにあるものを自由に使って下さいね」

「ハイ」


 スズネさんは、それで全ての解説を終えた。

 だから、そのままその場で……。


「…………」


 無言でスラスラと服を脱ぎ出して、その少し白身がかった、女の子らしい綺麗な肌を晒した。


「……どうかしましたか?」


 ぶっちゃけ、やばい。

 興奮する。そりゃだって、本当は男だもん俺……。

 しかし、しかし……。それ以上に、何とも言い難い背徳感とか、本当の自分がバレてしまう事への強烈な恐怖感とか、こんな邪な気持ちを持っていて明日からどうするんだという不安とかか、目の前の純粋なスズネさんに対して何を考えているんだという罪悪感とか、そんな色々な方面から湧き上がる感情が津波のように押し寄せてくる。


「……何もないです」


 結果、俺は思考を放棄する事にした。


「そうですか」


 目の前を見れば、スッポンポンになったスズネさんがいる。そしてそれだけではなく、少し下を向けば、公共の電波では絶対に見れないけどファンアートとかではたまに見かけるような状態になったメルルちゃんの無修正な姿がある。

 俺はそれらを、全て認識しない事にした。



 思考を放棄したまま、脱衣所から洗い場へと移動した後。

 体を洗う為に周囲を見渡してみると、そこには何故か、シャワーや蛇口が一つも設置されていなかった。

 俺は何も考えないまま、その事を疑問に思ってスズネさんへと尋ねてみる。


「あの、スズネさん……。このお風呂、蛇口が見当たらないんですけど……」


 するとスズネさんは、不思議そうに首を傾げながら答えた。


「ジャグチ、とは何でしょうか……?」


 蛍光灯の時と同じ反応をされたと、直ぐ気が付く。

 ……どうやらこの世界には、蛇口という概念が存在していないらしい。

 まあ、よく考えればそうだろう。蛍光灯が発明されていないような世界なんだったら、同じように、蛇口とかも発明されていなくてもおかしくない。


「すいません、何でもないです……」

「……? そうですか」


 幸いな事に、スズネさんは特に何も考えずスルーしてくれた。

 ……こんな事を繰り返していたら、たぶん何時か致命的なボロが出てしまう。

 次からはもうちょっと、この世界の文明レベルとかを自力で考慮してから、その上で発言する事にしよう……。


「えっと……あのですね……。周りに水が見当たらないんですけど、ここでどうやって、体を洗うんでしょうか……?」


 突っ込まれないように質問の仕方を考えた後。俺は改めて、自分が感じた疑問を口に出す。

 スズネさんは、今度は何も不信に思ったりはせずに、ただ俺の問いに対しての答えだけを話してくれる。


「私達は聖女なので、井戸水などを貯めておく必要がないんですよ」

「聖女だから……?」

「はい」


 俺へとそう話した後。

 スズネさんは目を閉じて、少しだけ何かに集中した。

 そしてその次の瞬間。スズネさんの手の平から、水が溢れ出して、スズネさんの目の前にあった桶の中を水で満たした。


「こういう事です」

「ああ……、なるほど……」


 魔法を使えれば、蛇口がなくても問題ないらしい。

 どこまで出来るのかは知らないが、文明の利器がだいたい代用出来そうだな、これ……。


「それでは、体を洗いましょう。……体の洗い方は、覚えていますか?」

「えっと……、はい、たぶん……」


 たぶん、大丈夫だと思う。

 男の時の洗い方のままでも、何とかなると思う。

 女の子がどんな風に体を洗うのかはよく知らないが……、メルルちゃんでも社会のゴミクズ元ニート男でも、一応同じ人間な訳だし、そこまで違う事はたぶんないだろう。

 ……というか、分からなくてもこれは自力で何とかするしかない。

 今でさえかなりギリギリなのに、この状況でもしスズネさんに直接体を触られたりしたら、確実に頭がショートしてしまう……。

 俺は、隣で体を洗うスズネさんの姿も、自分が触れている柔らかいメルルちゃんの素肌も、胸になかったものがある事も、股にあったものがない事も、何も認識しないようにしなながら、ただ流れのままに体を洗っていったのだった。



 何時か慣れるのかな、これ……。

 早く慣れないと、やばすぎる……。



---



 気が付けば、俺はお風呂から上がっていた。

 そしてスズネさんの服を着ていて、脱衣所からも移動していた。

 ああ……。終わった……。とりあえず、1回目は終わったぞ……。


「それでは、部屋に戻りましょう」

「はい……」

「……お風呂は、ゆっくり慣れていきましょうね」

「あ、あはは……」


 スズネさんにそんな言葉をかけて貰いつつ。少しだけ冷静さを取り戻しながら、俺は再びスズネさんの後へと付いて行ったのだった。



 そして、寮の廊下をまた少しだけ移動した後。

 俺達は、さっきも少しだけ来た場所である、スズネさんの部屋の前へと戻ってきていた。


「えっと……、お……おじゃまします……」


 そんな事を呟きつつ。スズネさんの後に続く形で、俺は部屋へと入る。

 ……よく考えれば、女の子の部屋にお邪魔するという事も、今日で生まれて初めて体験する事の一つだ。

 緊張するし、どうしても意識してしまうし、挙動不審にならないようにしなければいけないとも思うし、関係ないけど我ながら今まで寂しい人生だったな……みたいな事もぼんやりと思う。


「何もないですが、くつろいでいって下さいね」

「はい……」


 受け答えをしつつ、俺は部屋の中を見渡す。

 スズネさんの部屋の内装。それは、割とシンプルな感じだった。

 ベットとか、窓とか、たんすとか、小さなテーブルとか、本棚と鏡とか、ぱっと見る限りではそういう普通なものが置いてあるだけだ。

 生活に必要なものは、全部たんすの中とかにしまってあるのだろう。物は少ないけれど、その代わり部屋が綺麗に整っていいる。そんな感じの部屋だった。

 ……大きなぬいぐるみとか、何かモコモコとしたものとか、そういう女の子の部屋って感じのアイテムはないらしい。

 たぶんそれは、ただ単に、この世界が前世の世界とは違うような場所だからなのだろうな。


「ふう……」


 スズネさんは、ベットの上へと腰を降ろす。


「メルルさんも、どうぞ」


 そしてパフっと、自分の隣の場所を叩く。……ここに座って欲しいという事なのだろう。


「あ、はい……」


 女性経験が全くない俺は、女の子の隣に座るという事だけで何だか気恥ずかしくなる。

 対人恐怖症である俺は、人の隣に座るというだけで何となく恐怖を感じてしまう。

 ……しかし幸いな事に、相手が優しい人だと分かっているお陰で、後者の気持ちだけは大分和らいでいる。

 だから俺は、その言葉を無下にせず、スズネさんの隣への場所へと座らせて貰う事にする。


「……はぁ」


 ベットに腰を降ろしたら、少しだけ気持ちが落ちいてくる。

 そうして落ち着くいてきた気持ちの中。改めて、自分が体験している状況の異常さが自覚出来てくる……。

 ……なんというか本当に、凄い状況になってるとしか言えないと思う。


「メルルさんはまだここに来たばかりですから、分からない事だらけだと思いますけれど……。何か、質問などはありますか?」


 俺が少しだけリラックスしている中。スズネさんは改めて、俺へとそんな事を尋ねてくれる。

 ……自然に気を使ってくれてるのが伝わってきて、スズネさんの優しい人柄に、改めて嬉しい気持ちになる。


「えっと……、ちょっと待ってくださいね……」

「はい。慌てなくても大丈夫ですよ」


 スズネさんは俺へと、ニコニコとした笑顔を向けてくれている。

 その穏やかで楽しげな表情は、他人を安心せせるようなもので、俺の気分を落ち着かせてくれる効果がある気がする。

 だから俺は、緊張していた気持ちを少しだけ癒されながら、時間をかけて自分のペースでゆっくりと思考を整理させて貰うのだった。

 


 ……とりあえず、まず俺が考えるべき事

 それは、俺はここで一体どんな事をスズネさんに尋ねるべきか、という事だろう。

 質問の候補は、少し考えるだけで沢山浮かんでくる。

 この世界の地理や文化。魔法というものの扱い方。200万人に1人しかいないらしい聖女というものの、この世界での立ち位置。

 その中で俺は、一体どんな事を優先して尋ねるべきなのだろうか……?


 そもそも、俺がこの世界に来た理由。

 それは、萌え4コマみたいな世界に生まれ変わりたいと願ったからだ。

 俺のそんな願いによって、今のこの不思議な状況はある。だから俺はこれから、萌え4コマの世界みたいに、温かで幸せな日常を送りたいと夢見ている。……そして、こんな状況になったのなら、そこを目指してみるべきでもあると思う。

 だから究極的には、俺にとって最も大切なものとは、その事となるのだと思う。

 じゃあとりあえず、その観点から、今の自分にとって一番重要な情報を考えてみよう。

 ……萌え4コマとして、一番重要な事。メルルちゃんみたいな幸せな日常を送る為に、一番大切そうなもの。


「えっと、スズネさん……」

「はい、何でしょうか?」

 

 十分に思考を整理させて貰った後。俺は、今一番自分が聞くべきだと思った事を尋ねた。


「この学園には、俺達の他に、あと4人の生徒がいるって言ってましたよね……? その人たちって、どんな感じの人達なんですか?」


 普通のファンタジー小説とかだったら、設定とかが大切なのだろう。

 ネットで流行っていたような小説だったら、あまり詳しくは知らないが、主人公が今後どんな風に異世界で活躍していけそうかとかが大事なのかもしれない。

 けれど、萌え4コマにとって最も大切なもの。それは、可愛らしいキャラクターだ。

 ……これに異論を唱える人は、たぶんあんまりいないと思う。


 勿論、萌え4コマと一言で言っても色んな作品がある。

 けれど、それでも基本的には、萌え4コマとはそういうものなのだ。

 少なくとも俺は、そんなものだと思っていた。

 ……そしてだからこそ、そんな萌え4コマというものが俺は好きだった。

 だから、俺がこの場で真っ先に優先すべきだと思う事も、必然的にそれだという事になっていた。


「他の生徒の方ですか。えっと、そうですね……」


 その質問を受けて、スズネさんはどんな風に話すかを考え始めてくれる。

 ……これから聞く事が、たぶん俺にとって、他のどんなものよりも大切な情報になると思う。

 この世界がどんな場所が。そこにはどんなルールなどがあるのか。そこで俺は、一体どんな事をしていく事になるのか。そんなもの達よりも、これから聞く事の方が大事だ。

 少なくとも、俺にとって萌え4コマとはそういうものなのだ。

 だから俺は、改めて気を入れ直してから、出来る限りしっかりとスズネさんの話を聞いていく事にするのだった。



---



 少しだけ間が空いた後。

 スズネさんは思考の整理を終えて、そのまま俺へと、どんなものよりも大事な情報を話し始めてくれる。


「……まず、みなさんの学年の事を話しておきますね。この学園の生徒は、1年生が1人、2年生が1人、3年生が0人、4年生が私とメルルさんで2人、5年生が1人、6年生が1人。それで全部で6人となっています」


 えっと……。分かりやすくする為に、とりあえず日本の学校で例えてみよう。

 日本の学校で例えるなら。小学5年生の子が1人、小学6年生の子が1人、中学2年生の子が俺とスズネさんで2人、中学3年生の子が1人、高校1年生の子が1人、という感じになっているらしい。

 という事は、つまりだ。

 ……俺はこの学園に入学したら、後輩が2人と、先輩が2人出来るらしい。

 ああ……。やっぱり聞くだけで、夢が膨らんでくると思う……。魔法がどうとかそんな話よりも遥かに、俺にとっては凄く重要な情報だ。

 俺はこれからこの学園で、そんな人達と一緒に、一体どんな日常を過ごす事になるんだろうか……。

 その人達とどんな関係性を築く事になって、そしてそうなる事で、一体どんな青春をやり直す事が出来るんだろうか……。


「下の学年の人から順番に、その人のイメージなどを話していきますね」

「……よろしくお願いします」


 俺はスズネさんの話を、凄く真剣に、そしてワクワクとしながら聞かせて貰う。


「まず、1年生の方の名前はユラさんと言います。ユラさんは、そうですね……。とりあえず、クールな方でしょうか」

「クール、なんですか……?」


 小5なのにか……?


「はい。落ち着いているというか、物事に対して淡々としているのに思慮深いというか、そのような感じの方なんです。決して情緒が薄い訳ではないのですけれど……、なんというか、私達の中では一番、ストレートな物言いをしたりする人でもあると思いますよ」

「はぁ……」


 話を聞くだけではよく分からないが……。とりあえず、なんかクールな感じな子ならしい。

 ……どんな子なんだろうか。楽しみだと思う。可愛い子だったらいいなぁ。


「次に、2年生の方の名前は、ミリアさんと言います。ミリアさんは、元気で素直な感じの方です」

「元気な子なんですか」

「そうですね。そしてミリアさんは、邪気みたいなものが薄い子でもあると思います。私達の中では、一番一般的な価値観を持っている方だと思いますし、一番純粋な性格をしている方だとも思います」

「へー」


 元気で素直な感じの子……。

 その2年生の子は、1年生の子と比べれば、普通だと言えるような性格をしているらしい。

 1年生の子がちょっと独特で、2年生の子はそれに対して普通な感じで、それでバランスが取れていたりするのかもしれない。いやまあ、100パーセント勝手な妄想だが……。


「次に、5年生の方の名前は、エビラ先輩と言います。エビラ先輩は、……そうですね、能天気な感じの方だと思います」

「能天気、ですか……?」

「はい。……もちろん悪い意味ではなく、いい意味でですよ? 奔放……、とはまた少しだけ違うかもしれませんが……。とにかく、のんびりしているというか、自分に素直というか、まあ、そのような性格の方なんです」

「はぁ……」

 

 5年生の人は、自由な感じな人らしい。

 のんびりしていていて、それでいて自由な先輩……。何か、話を聞くだけで楽しそうな人に思える。


「そして、これが最後ですね。6年生の方の名前は、テレザ先輩と言います。テレザ先輩は、気が弱い所もありますけれど、私達の中では一番聖女らしい方だと思います」

「聖女らしいって、どんな感じなんですか……?」

「そうですね……。礼儀正しくて、それでいて何時もきちんとしている、という感じでしょうか。行動一つにも気品みたいなものがあって、エビラ先輩とは正反対、と言った感じの性格なんです。とは言っても、そんな振る舞いに対して根の部分では気が弱い所もあって、その溝には当人も大変そうにしていたりものですが……」

「はぁ……」


 俺はこの世界にきたばかりだから、まず聖女らしい性格というものがよく分からない。

 しかしその話を聞く限り、この世界の聖女らしい姿というのは、いわゆるお嬢様的な感じの存在に思える。

 表面的にはお嬢様然として立派に見えるけれど、根っこでは気が弱かったり傷つきやすかったりする。そのテレザ先輩という人は、そんな感じの人だったりするんだろうか……?

 いやまあ、これも全部想像なのだけど……。


「ああ、あとですね、テレザ先輩は貴族の家の出身なんです。ですから私達の中でテレザ先輩だけは、フルネームを持っているんです。上の名前はリベリオで、テレザ先輩のフルネームは、テレザ=リベリオという名前なんですよ」

「……えっと、他の人達には、苗字はないんですか?」

「はい。テレザ先輩以外は、全員平民の出身ですので」


 ……文脈から、そこに含まれている情報を考える。

 どうやらこの世界には、日本とかとは違って、貴族だけが苗字を持つという文化があるらしい。

 つまり俺も、平民の出身だという設定にするのなら、名前はメルルの3文字だけとなる訳だ。


「……みなさんの大まかな特徴は、大体このような感じなんです」


 スズネさんはそうして、学園の人達の簡単な紹介を終えていた。


「一応説明はさせて貰いましたけれど……。私の主観も混ざっていますし、口で話すより実際に会ってみた方が分かり易いでしょうね」

「……まあ、そりゃそうですよね」


 正直、言葉だけでは漠然としたイメージしか沸いて来ない。

 他人の印象というものは、結局の所、やっぱり実際に会ってみないと分からないものなのだろう。


「……他の人がどんな人なのか、今から楽しみにしておきます」

「はい、それがいいと思いますよ」


 だからもう、俺は明日を心待ちにする事にだけしておく。

 スズネさんはそんな俺に対して、微笑ましそうに、ニコニコと穏やかな笑みを向けてくれていた。

 そうしてそんな結論を持って、俺達はとりあえず一旦、そのやりとりを終えていたのだった。



---



 話が一段落して、一旦また間が空いた後。


「……ふわぁ」


 スズネさんがふと、口を抑えながら小さなあくびを漏らした。


「ああ、すいません……」


 あくびが収まった後、スズネさんは俺へと謝ってくる。


「いや、いいですけど……。それよりスズネさん、もう眠いんですか……?」

「はい……。正直、もう夜も遅いですから……」


 そういえば、さっき先生に会いに行った時も、今何時だと思ってるんだみたいな事を言われていた。

 どうやらスズネさんは、自分が眠たいのを我慢して、その上で俺に付き合ってくれていたらしい。

 ……なんか、申し訳ない気持ちが湧いてくる。


「ああ、でも大丈夫ですよ。メルルさんも、まだまだ質問したい事が沢山あるでしょうし……」


 スズネさんはそう言って、俺にニコニコと笑いかけてくれる。

 ……正直俺も、まだまだ質問したい事は沢山あるある。

 さっき聞いた事ほど大事な事だとは思わないが、聖女とはどんな存在なのかとか、そもそもここは一体どんな場所にあるのかとか、そんな情報も大事だろう。

 だから、スズネさんのその気遣いは凄くありがたい。……しかし、普通に考えて、それに甘え過ぎる訳にはいかないだろう。


「いや……。眠いなら、無理して貰わなくても大丈夫ですよ……」

「そうですか……?」

「はい……。それに今日はもう、十分過ぎるくらい、スズネさんに助けて貰いましたし……」


 思い返せば、今日は本当にスズネさんにお世話になりっぱなしだった。

 まず、校庭でこの場所の説明を聞かせて貰った。それから、唐突に泣き出してしまった俺を、……優しく抱きしめてくれた。その後、寮に案内してくれて、先生と話をしてくれて、お風呂も案内してくれて、着替えも用意してくれて、おまけにこうして学園の人の話も聞かせて貰った。

 ……スズネさんはたぶん、優しい性格の人なのだと思う。

 凄く優しい人だから、当たり前のように、俺に対してニコニコと笑顔で尽くしてくれる。

 そしてだからこそ、こんなに優しい人に、あまり無理をさせてしまうのはよくないと思う。


「そうですか……」


 俺の言葉を受けた後。スズネさんは少しだけ、安心したような表情を見せてくれた。


「それでは、私はこのまま寝させて貰う事にしますね……」


 そしてスズネさんは、そのまま寝る体勢へと移行し始める。

 まずはベットの上から一旦降りて、俺も邪魔にならないように降りる。それから上布団を持ち上げて、それからベットに寝転がる。そうしてベットと上布団に挟まる事で、あとは寝るだけな体勢になった。


「あの……スズネさん……」

「何でしょうか?」

「そういえば俺って……どこで寝ればいいんでしょうか……?」

「普通に、私と同じベットで寝ればいいと思いますけれど……」


 ベットの中で寝転がりつつ。スズネさんは俺へと、ただそんな事を言ってくる。


「えっと……、め……迷惑とかじゃ……ないでしょうか……?」

「大丈夫ですよ」


 ただニコニコと、優しい笑顔を見せながら。スズネさんは上布団を捲り上げ、俺が寝るためのスペースを作ってくれる。


「どうぞ、メルルさん」


 女の子と同じベット……。

 当然だが、それも生まれて初めての体験になる。


「……あの……嫌でしょうか?」


 俺が戸惑っていたら、スズネさんんは少しだけ不安そうになってしまった。


「い、いえいえいえ」

「それでは、どうぞ」


 ……俺が元の姿だったら、こんな態度を取られる事はまずありえないだろうと思う。

 スズさんは今、俺の事を、本当にただのメルルちゃんだと思ってくれている。だからこんなにも自然に、隣で寝かせてくれるのだろう。

 だったら俺も、この優しい人の為にも、あまり変な事を考えてはいけないのだろう……。


「えっと……。それじゃ、お邪魔します……」


 その邪気のない好意に答える為に。そして、俺がこれからもこの世界で女の子でいる為に。

 俺は、出来る限り変な事は考えないようにしながら、その布団の中へと入らせて貰う事にした。


「狭くないですか?」

「は、はい……」


 スズネさんの隣に寝転がった後。俺はふと、ある事に気が付く。

 ……こんなに他人が近くにいるのに、他人が怖い気持ちが、殆ど胸の中から湧き上がって来なかった。


 たぶん、安心感があるんだと思う。

 まず今の俺は、スズネさんに対して、『俺』という存在であると正確には認識されていない。だから、劣等感や拒絶される恐怖に苛まれる事が少ない。

 それから今の俺は、スズネさんが凄く優しい人間である事が、もう既に十分に感じ取れている。だから、自分が傷つけられるのではないだろうかという、そんな恐怖心に苛まれる事も少ない。


 ……だから、怖くない。

 ……むしろ、温かい。

 他人が傍にいてくれる事に対して、本当に全然怖さが沸いて来ない。

 そんな事実に、俺は驚愕と、そしてたまらないくらいの暖かさを覚えていた。



 そんな不思議な気持ちの中で、少しの間寝転がっていた後。

 スズネさんが直ぐ隣から、暖かそうな声色で俺に対して話しけてきた。


「私……、明日からが楽しみです」

「楽しみ……ですか……?」

「はい……。だって、メルルさんって可愛いですから、こんな人とこれから学園生活を過ごせると思うと、楽しみですよ」

「そ、そうなんですか……?」

「はい……」


 こんな俺の事を、スズネさんが可愛いと話す理由。

 それは、まあ100%、このメルルちゃんの外見が理由なのだろう。

 確かに、メルルちゃんの姿は可愛い。なにせあの『はっぴー☆らいふメルルちゃん』の主人公の少女なのだから、この姿はもはや、可愛さという概念そのものを体現していると言っても過言ではないだろうとすら思う。

 ……けれどだからこそ、なんか段々と、申し訳ない気持ちが沸いて来る。

 この完璧な器に対して、その中身は俺という醜悪な汚物でしかない。この外見の可愛さを、俺は一体、どのくらい台無しにしてしまっているのだろうか……


「……なんか、すいません」

「……? どうしたんですか……?」

「確かに俺、外面はいいのかもしれませんけれど……、肝心の中身がこんなんですから……」


 女の子になっても、俺の醜さは前世の頃から変わらない。

 そんな事を一人で思って、そしてそんな思いにしていて自己嫌悪が抱いてくる。


「いえ……。メルルさんは内面も、十分に可愛らしいと思いますけれど……」


 スズネさんはそんな俺へと、当たり前の事ように、そんな事を呟いていた。


「……はい?」


 ただ、ぽかんとする。

 俺の内面が可愛いって、この人は何を言っているんだろうか……。

 全く意味が分からない事を言われて、俺はただ、「?」という感じの気持ちを浮かべる。 


「……やっぱり、可愛いです」


 スズネさんはそんな俺を見て、何故か暖かそうに笑う。

 その感性は、正直全然分からない。意味不明だとしか思わない。

 けれどそれでも、誰から好意を寄せられているのを感じるのは、悪い気持ちにはならないような事だとも思う。

 ……というか、凄く、凄く嬉しい事だと思う。

 だって、こんな事はずっと憧れでしかなかった。

 可愛い女の子が隣にいて、その子優しく接して貰える。……そんな日が来る事なんて、俺の人生ではもう生涯ない筈だった。

 少なくとも昨日までは、それだけが俺の世界の全てだった。


「えっと……、あ……ありがとう……ございます……」

 

 優しくされると、嬉しい。

 だから俺は、スズネさんへとお礼を告げておく。


「いえいえ」


 スズネさんはただ、ニコニコと優しく微笑み続ける。

 ……そんな笑顔を見ていると、ただ暖かさだけが、俺の心の中に染み渡っていく。


「……俺も、明日からが楽しみです」

「そうですか」


 そしてスズネさんは、ニコニコとした笑顔のまま話してくれる。


「……明日はメルルさんも、楽しく過ごせるといいですね」


 スズネさんが自然と俺に向けてくれる、人としての優しさ。

 とくに何か具体的な見返りを求めている訳でもない、慈愛から来ているだけの無償の好意。

 ……そんなものを受け取ると、胸の中が一杯になる。


「はい……。楽しく……過ごしたいです……」


 心の中で、予感のような期待が膨らむ。

 もしかしたら、届くのかもしれないと……。

 一生手が届く筈の無かった、あの温もりのようなものを、俺は手に入れられるのかもしれないと……。


「それでは、おやすみなさい。メルルさん……」


 ズズネさんはそう呟いて、そのまま眠たそうに瞼を下ろした。


「おやすみなさい、スズネさん……」


 俺はおやすみの挨拶を返した後。ぼんやりと、目の前にいる女の子を眺め続けていた。



---



 俺は、寂しい人間だと思う。

 傷つきやすく、臆病で、人の温もりや笑顔に触れた事が殆どない。

 ……だから俺は、暖かな時間を過ごしてみたい。

 萌え4コマの世界みたいな、穏やかな、優しげな、暖かな青春を過ごしてみたい。


 その為には、どんな事でも頑張りたいと思う。

 人の目だって頑張って見るし、人と会話だって頑張ってする。

 だから、どうか……。

 あんな温もりが……俺も……欲しい……。


 そんな事を考えていたら、俺にも段々と眠気がやってきた。

 ……さっきまでは興奮していて分からなかったが、どうやら今の俺の体も、この時間帯には眠くなるようになっていたらしい。

 明日が来る事への期待と、隣にスズネさんがいてくれるという事の暖かさ。そんなものに包まれながら、俺はそのまま、暖かなまどろみの中へと落ちていくのだった。

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