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4話 明日から入学

 赤い月が照らす世界の中。

 俺は、スズネさんに引っ張られる形で歩いていた。


「あ……あの……、スズネ……さん……」

「はい、何でしょうか?」


 スズネさんはニコニコとしながら、俺の手を取って歩いていた。

 そう……。よく考えたら俺は、目の前の可愛らしい女の子に、自分の手を握って貰っていた。


 ……俺は、32歳になるまで引きこもっていたような人間だ。

 なのでまあ当然の話だが、女性経験なんてものはこれまで生きてきて皆無だ。

 その上で目の前にいるスズネさんは、清楚な感じの容姿をした女の子で、しかもさっきのやりとりを見る限り心まで綺麗な人で、……だからその、何て言うか、俺にとっては神秘的なくらいの美少女に見える。

 だから少し冷静になって考えたら、今のこの状況は、俺にとって物凄く緊張するに値するようなシュチュエーションだった。

 だからとりあえず。気が弱い俺は、手を離して貰おうと考えた。


「あの……手……」

「手……?」

「あの……、もう……大丈夫ですから……」 

「えっと……、もう手を取って歩かなくても大丈夫、という意味でしょうか……?」

「はい……。後ろ……その……もう、付いて行きますから……」


 うう……。緊張し過ぎて、上手く喋る事が出来ない……。


「それでは、付いてきて下さいね」

「はい……」


 そうして手を離して貰った後。俺は一人で、軽く自己嫌悪に陥る。

 もう死ぬほど自覚している事だけれど、やっぱどうしようもないコミュ障だな、俺って……。

 

「……はぁ」 


 思わず、そんなため息が漏れてしまう。

 一応、俺も人間だし、半年くらい前から派遣社員というものもやってきた。

 だからそのおかげで、本当に一応だが、一応は、最低限のコミュニケーション能力くらいは備わっていると思う。

 でもやっぱり、苦手なものは苦手だ……。


「……ぅぅ」


 自分の無能さに、一人で落ち込む。

 目の前にいるスズネさんに対して、迷惑をかけて申し訳ない気持ちになってくる。

 メルルちゃんの体になっても、全く性格が変わっていない自分。そんなものに対しても、改めて自己嫌悪のようなものが沸いてくる……。

 俺が勝手に、そんな感覚に苛まれていると。


「……メルルさんって、何だか可愛いですね」


 唐突に、スズネさんがそんな事を呟いた。


「……ぅえ?」

 

 意味が分からなさ過ぎて、変な声が出る。


「可愛い……?」

「はい。失礼かもしれませんが……」


 皮肉……ではないよな……?

 まだ殆ど初対面だが、スズネさんがそんな事を言ってくるような人間には見えない。

 しかし、自分がそんな事を言われるような心当たりも、俺は全く思いつかない。


 ……確かに俺は、現在メルルちゃんの姿をしている。

 この外見は間違いなく、可愛いと言えるようなものだろう。だってメルルちゃんのものなのだから。

 けれどそれと同時に、今の俺は、自分の内面が映し出されたような鬱々とした雰囲気も纏ってしまっていると思う。

 それは、一目見ただけで何となく暗い奴だと分かるような、あの前世の俺みたいな人間が纏ってしまっているような鬱々とした感じのオーラだ。


 たぶん俺は、生まれつきずっとそんなオーラを発してる。

 それは俺が、生まれつき、何時も鬱々としているような性格の人間だからだ。

 ……俺は自分のそういう一面を考えると、本当に、メルルちゃんのような人間と俺のような人間は違う存在なのだろうなと強く思う。


 そんな俺なのにだ。

 目の前にいるスズネさんは、どうして、そんな俺を見て「可愛い」なんて感想を抱いたのだろうか……?

 俺はただ、そんな事にだけ疑問を抱く。本当にただ純粋に、心の底から、「?」という感じにだけなる。


「……くす」

 

 スズネさんはそんな俺を見て、少しだけ笑みをこぼした。

 それは、馬鹿にするような笑い方ではない。まるで、俺が普段メルルちゃんを見ている時みたいな、何かに癒されたような感じの暖かそうな笑い方だった。


「……?」


 ……分からない。

 俺がただ疑問だけを浮かべている中。スズネさんは何故か、少しだけ楽しそうな様子で話しかけてくる。


「ところで、メルルさん」

「えっと……、な……何でしょうか……?」

「先ほど、自分のことを俺と言っていましたが、あれは何なんですか?」

「うっ」

 

 や、やばい。

 やっぱり覚えられてたんだ。

 ど、どどど、どうしよう……。どうしよう……。どうしよう……。


「え、ええっと……。あの……、記憶がないので、それもよく分からないんです……」


 俺はとりあえず、さっき考えた設定を使って、それでまた何とかごまかしておく事にした。

 バレたくない……。絶対に、バレたくない……。本当は自分が男で、本当はゴミみたいな人間である事は……。

 

「そうですか……」


 スズネさんは少しだけ、がっかりとした様子を見せた。

 ……たぶん、疑っている様子はないと思う。

 嘘を重ねる事に対して、申し訳ない気持ちが湧いてくる。けれど、こればっかりはしょうがない。とりあえず、最低限の償いとして、そんな変な事を言ってしまった事だけでも謝っておこう……。


「すいません、変でしたよね……。これからはちゃんと、私って言いますから……」


 俺がそう話すと、スズネさんは何故か、かなりのショックを受けていた。


「えっ……、や、やめてしまわれるんですか……?」

 

 ……?


「はい……。だって、やめた方がいいですよね……? 女の子らしくないですし……」

 

 自分のことを俺だなんて、メルルちゃんはそんな事言わない。

 まず、そういうキャラとして設定されていない。だからメルルちゃんの容姿も、そういうのが似合うようなデザインとして設定されていない。

 メルルちゃんの容姿は、女の子らしさにだけ溢れた、あどけなさや可愛らしさしかないような感じのものだ。だから、今のこの容姿で俺とか言ってたら、それは確実に凄くおかしな感じになると思う。


「私は別に……やめなくてもいいと思いますけれど……」

 

 しかしスズネさんは、何故かそこに食い下がってくる。


「そ、そうですか……?」

「メルルさんが止めたいのなら、しょうがないとも思います……。ですけれど、メルルさんはその、そちらの方が良いと思いますよ……。私も何となく、そう思うだけですけれど……」

「は、はぁ……」


 分からん……、何で止めようとするんだろうか……?

 そんな事を思い、俺は心の中で戸惑う。……しかしよく考えてみたら、その提案は俺にとってもありがたいものである事に気が付く。


 俺はたぶん、嘘を付くのがあまり得意ではないと思う。

 現にこの短期間の間で、既に2回くらい、自分の事を俺と口走ってしまっている。

 だぶんこの調子でいけば、頑張って女の子らしいキャラを演じようとしても、ふとした事で直ぐにボロが出てしまうだろう。

 それならいっそ、自然体でいさせて貰った方がいいのではないだろうか……?

 自分の過去は、これからも隠していくつもりだ。けれど態度まで無理して取り繕っていくのは、よく考えたら、こんな俺には難し過ぎる事な気がする。


「…………」


 メルルちゃんは、もっとお淑やかだという気持ち。しかし、それを真似し続けていく事は現実的に考えて難しいだろうという気持ち。その2つを、俺は天秤にかけてみる。

 ……そうして、少しの間だけ悩んだあと。


「……じゃあ、俺って言う事にします」


 天秤が傾いたのは、後者の方だった。


「そうですか……。良かったです」


 スズネさんは、俺の結論に何故かほっと胸を撫で下ろす。


「えっと、良かったんですか……?」

「はい……。絶対にそちらの方が、チャーミングだと思いますから……」


 そしてスズネさんは、何故かとても嬉しそうにしながら、俺に対してニコニコと笑顔を見せていた。

 ……分からん。


 

 そうして、そんなよく分からないやりとりを終えた後。

 スズネさんが再び歩き始めたので、俺はその後に続く形で、引き続きどこかへと連れて行って貰うのだった。



---



 スズネさんと一緒に、少しの間歩いた後。


「着きましたよ」


 何かの建物の前で、スズネさんは立ち止まった。

 俺はとりあえず、目の前にある建物を見上げてみる。

 暗くてあまり見えないが……。その建物は、一階建てで、横にかなり長い構造をしていた。


「ここがさっき言っていた、先生がいる寮なんですか?」

「はい。この場所は、ルリミピス聖女学園の付属寮なんです。この学園は全寮制なので、先生はこの寮に住んでいますし、私もこの寮に住んでいます。そしてメルルさんも、転入したらここに住む事になるんですよ」

「そ、そうなんですか……」


 なにげに、初めての情報が出てきた。

 どうやらこの学園は、全寮制の制度を取ってるらしい。

 ……なんか改めて、夢が膨らんでくるような気がする。


「それでは、入りましょう」

「……はい」


 俺はこれから、この場所で一体どんな日々を過ごす事になるんだろうか……。

 そんな事に、ほんの少しだけ夢を馳せながら。俺はスズネさんに続いて、その寮の中へと入って行った。



「暗っ……」


 建物の中は、真っ暗だった。

 光源が無さ過ぎて、どこに何があるのかが全く何も把握出来ない。

 ……いやまあ、考えてみれば当たり前か。

 さっきまでは月の灯りとかがあったおかげで、周囲のものが見えていたのだ。けれどここは屋内だから、よく考えたらそれが届く事がない。


「蛍光灯のスイッチって、何処にあるんですか……?」


 建物の中を見渡したかったので、とりあえず俺はそう尋ねてみる。


「ケイコウトウ……とは何でしょう?」


 スズネさんは、ただ不思議そうな顔をしていた。

 ……これは、アレだ。

 さっき俺が、急に聖女がどうこうとか言われた時と同じタイプの反応だ。

 つまりスズネさんは、蛍光灯という概念に触れたことが、これまでの人生の中で一度もないのだ。


 もしかしたら……。この世界はまだ、電力というものが発明されてない世界なのかもしれない。

 そういえば、そこまで詳しくないけど、異世界の文明は中世レベルなのが定番! みたいな事がネット小説とかでも言われていたような気がする。


「……すいません、何でもないです」

「……? そうですか」

 

 自分の過去の事は、絶対に秘密にしておきたい。

 なので俺は、自分の前世の記憶が関わってしまうこの話題は、とりあえず何も触れずに終わらせおく事にした。

 ……しかし、照明装置などが全くない存在してないなら、この建物の中をどうやって歩いて行けばいいんだろうか?

 俺が一人で、そんな事を思い始めていると。


「道、照らしますね」


 スズさんが、そう呟く。

 そして次の瞬間。スズさんの目の前に、ふわっと、光の玉が現れた。

 その光の玉は、スズネさんの周りをふわふわ飛びながら、眩しくない程度に周囲の道を光で照らしていた。


「凄い……」


 ファンタジーだ……。

 そして、めっちゃ便利だ……。

 どうやらこれで、とりあえず、暗闇の中を手探りで歩いて行く必要はなくなったらしい。


「メルルさんも、やろうと思ったら出来る筈ですよ。この灯りの魔法は、難しい魔法ではないですから」

「そうなんですか……?」

「ええ。さっき火を出した要領でやれば大丈夫です」

「へー……」


 今更だけど、本当に違う世界に来ているんだな……。

 俺が改めてそんな事を思っている中。スズネさんは少しだけ横に移動してから、隣に置いてあった棚の中から何かを取り出してきた。


「来客用のスリッパです。屋内なので、とりあえずこれを履いておいて下さいね」

「あ、はい……」


 屋内に土足で上がってはいけない。そのルールは、この世界でも同じならしい……。

 俺はそのスリッパを受け取って、履いていた靴を変えてから、寮の中へと上がらせて貰うのだった。 



---



 魔法の灯りを頼りに、建物の中を歩いて行った後。


「着きました。ここが先生の部屋です」


 ズズネさんは立ち止まってから、目の前にある部屋を指してそう告げた。


「……あ、えっと」

「どうしましたか……?」


 この流れのまま放っておいたら、スズネさんはこのまま部屋を開けてしまうだろう。

 だからその前にと思い。俺は一つだけ、浮かんできた疑問をスズネさんに尋ねておく事にする。


「俺が今から会う人って……、その……、もしかして、校長先生だったりするんですか……?」

 

 さっきの話を聞く限り、俺はこの学園に転入する事になっているらしい。

 だったら、その事をまず報告しに行く相手というのは、それなりに上の立場の人ということになるのではないだろうか……?

 その俺の質問は、そんな感じの事を思っての言葉だった。

 ……そしてスズネさんの返答は、俺の斜め上のものだった。


「いえ……。この学園に、校長先生なんていませんよ」

「え……?」

「この学園は、生徒の数が凄く少ないので、先生も一人しかいないんです。ですから、先生に先生という事以外の役職も無いんですよ」

「は、はぁ……」


 自分の常識と外れた事を言われて、少しだけびっくりする。

 ……けれどまあ、よく考えてみれば、それはそんなにおかしな事ではないのかもしれない。

 さっきスズネさんは、この学園の生徒は全部で5人しかいないと言っていた。なら確かに、生徒が5人しかいないような学園だったら、先生が何人もいてもしょうがないのだろう。


「……先生を呼び出しても、大丈夫ですか?」

「ああ……。はい、どうぞ……」


 今から会う人は、この学園の唯一の教師。

 そんな事を改めて頭の中に入れておいた後。俺はスズネさんに導かれるままに、まずはその人と会ってみる事になる。


「先生、すいません」


 スズネさんは、コンコンと扉をノックする。

 ……そしてそのまま、少しの間反応を待つ。


「…………。先生ー、すいません」


 しばらく待ったけれど、反応が帰ってくる気配は全くない。

 なのでスズネさんは、さっきより少し大きめに声を張り上げながら、強めに部屋をノックした。

 ……そしてそこから、更に30秒くらい待った後。


「うう……。今何時だと思ってるんですか……」


 女の人が、物凄く眠そうに目をこすりながら、やっと部屋から出てきてくれた。

 その人は、先生と言う割には、まだかなり若そうな感じに見える。20代前半か、あるいはもうちょっとだけ上か、そんなくらいの年齢だろうか?

 ……どうやらこの人が、この学園の唯一の先生ならしい。


「夜分遅くに申し訳ありません、ソラール先生」

「スズネさんと……、えっと、そちらの方は……?」


 ソラール先生と呼ばれたその人は、少し遅れて、俺の存在に気が付く。

 俺は頑張って、なるべくちゃんと相手の顔を見るように意識する。……出来れば、まともなコミュニケーションを図りたい。


「えっと……、は……、初めまして、メルルって言います……」

「はぁ……」


 先生はまだ眠そうに、どことなくぼんやりとしている。


「……?」


 そこで俺は、ふと、ある違和感を持った。

 その先生は、なんというか、目の焦点がどこにも合っていなかったのだ。

 俺達と話している筈なのに、スズネさんの方を見ている訳でも、俺の方を見てる訳でもない。かと言って、目を逸らしているという訳でもない。目を開けているのに何も見ていないような、なんかそんな感じだった。

 俺は、それを奇妙に思う。

 すると、俺がそんな疑問を抱いている事に気付いたらしく、スズネさんが隣からその事について解説してくれる。


「そういえば、まだ言っていませんでしたね……。ソラール先生は目が見えないんですよ」

「えっ……、そ、そうなんですか……?」

「すいません、言い忘れていて……」


 ……どうやら焦点が合っていなかったのは、目が見えていなかったからならしい。


「え……、えっと、それで大丈夫なんですか……? その、仕事とか、色々と……」


 目が見えないのに、教師の仕事なんて出来るのだろうか……?

 そんな事を思いながら尋ねると、スズネさんはそれも解説してくれる。


「その辺りは大丈夫なんです。ソラール先生も聖女で、そして魔法の力には、物の気配を感じ取る力がありますから」

「ああ、そうなんですか……」


 幾つか情報が出てきた。

 まず、この先生も魔法が使えるらしい。200万人に1人の、特別な存在な訳だ。

 そしてその上で、魔法というものには物の気配を感じ取る力があるらしい。だからそれを使えば、目が見えなくても日常生活で困る事はあまりないのだろう。

 ……たぶん、そんな感じだと思う。

 スズネさんにそんな事を教えて貰った後。黙って俺達のやりとりを聞いていた先生が、スズネさんへと話をする。


「私の事を知らない……。という事は、監査委員会の方でもないんですよね……? スズネさん、そのメルルさんという方は、どちら様なんですか?」

「メルルさんは、私達と同じ聖女ならしいんです。ですのでとりあえず、先生の所に連れてきました」

「……本当、なんですか?」

「はい、そうみたいです」


 その話を聞いた瞬間。びっくりしたような様子を見せてから、先生は俺へと話す。


「メルルさん……でしたよね? すいませんが、一度魔法を使ってみせて貰っていいですか? どんなものでも構いませんから」

「えっと……、は、はい……」


 俺はとりあえず、さっきやった火を発生させる魔法を使う事にする。

 さっきと同じ要領で、イメージをしてから、手の平に小さな火を起こす。

 するとそれで、先生はさっきの言葉が嘘ではないと分かったらしい。かなりびっくりした様子を見せながら、俺へと更に質問をしてくる。


「……あなた、一体どこから来たんですか?」

 

 どこから来たか、か……。

 それは、正直には答えられない部分だ。


「すいません……。俺、記憶がないみたいなんです……。だから、自分がどこから来たかとか、そういう事が何も分からなくて……」


 とりあえず、さっきの記憶喪失の設定を出しておけばいいだろう。

 というかもうスズネさんにはこの嘘を付いてしまっているし、俺はもう誰にでもこう話すしかない。


「記憶喪失、ですか……」


 先生はそう呟いた後、少しの間押し黙ってしまう。

 うう……、絶対怪しいと思われてるのだろうな……。まあ、実際嘘なんだからしょうがないが……。


「メルルさんは、どうして記憶喪失になったのかは分かりますか?」

「いえ……。そういう事も全然、何も分からないんです……。本当に、ただ気がついたらここにいただけで……、だから、自分でもなんでこんな事になっているのかも分からなくて……」


 うおおお……。頼むから、どうか疑わないでいてくれ……。一瞬で考えた凄い適当な嘘だけど、どうかこれ以上追求しないでくれ……。

 心の中でそんな事を祈り続けている中。ソラール先生は、何か納得したような様子で俺へと話す。


「考えられる理由としましては……。メルルさんはおそらく、自分自身の記憶を魔法で消去したのでしょうね」

「……え、そ、そうなんですか?」

 

 魔法で記憶を消すなんて、そんな事出来るものなのか……?


「あくまでおそらくは、ですけれど……」

 

 先生は俺へと、今の状況への推論を語って聞かせてくれる。


「記憶を消す魔法というのは、私も聞いた事がないですけれど……。魔法というのは、未だに解明されていない部分も多く、何が出来てもおかしくないものなんですよ。ですのでメルルさんは、おそらく何かよほど消したい記憶があったんだと思います。それでこの学園に入学する前に、それを消しておく事にしたんだと思いますよ」

「……は、はぁ」


 俺がただ、あっけにとられていると……。


「私も、そう思いました。メルルさんには何か、よほど、悲しい事があったんでしょね……」


 隣でスズネさんも、同じような事を話していた。

 ……どうやらスズネさんも、先生も、そんな理由があって俺の事を全く疑っていないらしい。

 いや、実際は一瞬で考えた凄い適当な嘘なんだけど……。ひょっとしてこれで、そのまま押し切れてしまったりしてしまうのか……?


「それと、もう一つ疑問があるんですけれど……。スズネさんはどうして、そのメルルさんと一緒にいるんですか?」

「私、今夜は何となく眠れなかったので、校庭で夜風に当たっていたんですよ。すると突然、このメルルさんに話しかけられたんです。それで話を聞いてみると、メルルさんが聖女な事や、記憶がない事などが、色々な事が分ってきまして……。ですのでとりあえず、先生の所まで連れて来くる事にしたんです」

「そうなんですか……」


 ……これは比較的どうでもいい事だが、スズさんは夜風に当たっていたから、あんな所にいたらしい。

 スズネさんから事情を聞き終えた後。先生はまた、俺へと向かって話しかけてくる。


「メルルさん」

「は、はい……」

「何か、大変な状況みたいですけれど……。頑張って下さいね」

「えっと……、は、はい……」


 そして先生は、それ以上何も突っ込んでこなかった。

 だから、その話はそれで終わりで、俺が記憶喪失というでたらめは本当に何も疑われる事はなかった。

 ……心の中で、深く安堵する。

 俺がとっさに考えた、記憶喪失だから何も分からないという設定。あれは実は、とんでもないくらいのファインプレーだったらしい……。


「……それと、メルルさん」

「えっと……、な、何でしょうか……?」

「聖女は必ず学園に通わなければならないというのは、もう聞いていますか?」

「えっと……、はい……」

 

 その話は、さっきスズネさんから聞いてある。

 俺が先生の言葉に頷くと、先生はそのまま俺へと話す。


「では、話は早いですね。メルルさん、あなたは明日の朝から、この学園に転入するという事にさせて貰いますが、よろしいですか?」

「……え? あ、明日からなんですか……?」

「はい、そうさせて貰いたいですけれど」


 学園に通う事になるのは、もう事前に知っていた。

 けれどまさか、それがいきなり明日からなのだとは予想していなかった……。


「えっと……、でも、入学の手続きとか、大丈夫なんですか……?」

「別に、手続きなんて後ですればいいですよ。というかむしろ、そういう法律的な事を考えると、子供の聖女が聖女学園に通っていないという今の事態の方が遥かに不味いですから……」

「はぁ……」


 そういえばさっき外にいた時。スズネさんは俺へと、法律として聖女は必ず学園に通わないといけない、みたいな事を言ってた気がする

 詳しい理屈はよく分からないが……。俺が明日からいきなり聖女学園に通う事になっても、先生としては全く問題はなく、むしろそうならない事の方が不味い感じですらあるらしい。、

 ……だったら、断る理由はないだろうな。


「えっと……。じゃあはい、分かりました。お願いします」


 びっくりはしたが、早く入学する事になっても困るという事はない。

 ……むしろ、俺にとっては喜ばしい事だと思う。

 だから俺は、とりあえず、そんな流れのままに話を進めて貰う事にしておいた。


「承知しました。それとですね、転入して貰うために、まずは年齢の確認をしておきたいんですけれど……。メルルさんは、自分の年齢は分かりますか?」

「俺の年、ですか……」


 32歳です、なんて言ったら終わるだろうな。色々と。

 ほんの少しだけ悩んだ後。ふと俺は、この体の本来の持ち主である、メルルちゃんの年齢設定に思い至る。

 メルルちゃんの年齢設定は、原作の最新状態でも中学2年生で、14歳だった。

 だったら、それと同じ体である俺も、たぶん14歳でいいんだよな……?。


「えっと……、たぶん、14歳だと思います」

 

 俺がそう話したら、隣にいるスズネさんがふと声を上げる。


「あ、私と同じだったんですね」


 私と同じ……。つまり、スズさんも14歳だったらしい。

 その割にはなんか大人びてる気もするが……、まあ、しっかりとした性格の人なのだろうな。

 というか言われてみれば確かに、スズネさんの身長とか体格とかも、メルルちゃんになっている今の俺とちょうど同じくらいだと思う。


「それでは、誕生日は分かりますか?」

「えっと、誕生日……」


 メルルちゃんの誕生日は7月10日だ。

 でも、これをそのまま言ってしまって通じるのだろうか……?

 ここは、地球の世界ではない。だったら、約30日で1ヶ月という暦を採用しているか分からない。それにもっと考えたら、この世界は1年が365日ではない可能性とかも考えられるだろう。

 それを加味した上で、この場合、俺の誕生日をどんな風に話せばいいのか……。

 えーっと……。えーっと……。


「……確か、夏になり始めた辺りだったと思います」

 

 とりあえず、1年という概念があるなら四季くらいはあると思う。

 なので俺は、色々と頭の中で考えた末に、結論としてそんな事を話していた。


「そうですか」


 先生は特に何も疑問に思わず、その言葉を受け入れてくれた。……どうやらセーフだったらしい。


「それでは、メルルさんはスズネさんと同じ、4年生という事ですね」

「……えっと、4年生になるんですか、俺?」

「はい。このルリミピス聖女学院は、10歳からの6年制度の学園で、そして今は冬ですから」

「はぁ……」


 なんか、重要な情報が一気に沢山入ってきた。

 俺は頑張って、それらを頭の中で整理していく事にする。


 まず、この学園は6年制度の学園ならしい。

 10歳から6年間だったら、日本で言えばえっと……、小学校5年生から高校1年生までの学校、という事になるらしい。

 んで次に、14歳である俺は4年生という事になるらしい。……とりあえず、途中からの転入でも1年生からという事にはならないらしい。

 それから次に、今の季節は冬だったらしい。言われてみれば確かに、さっきからなんか夜風とかが、そこそこ肌寒いような感じだった気もする。

 そして最後に、スズネさんは俺と同じ学年であるらしい。


 ……全部まとめると。

 ここは6年制度の学園で、俺は4年生で、スズネさんも4年生で、ついでに今は冬。という感じなのだろう。

 とりあえず、既に知り合っているスズネさんが同じ学年でいてくれるというのは、なんか心強い気がするな。


「……続けても大丈夫ですか、メルルさん?」

「あ、はい……」


 俺の情報の整理が終わるのを待ってくれた後。先生はまた、俺へと話を続けてくれる。


「メルルさんの部屋の準備は、明日からさせて貰う事にします。今夜はもう、正直先生も眠いですから……。ですので、とりあえず今夜のメルルさんは、スズネさんの部屋で寝泊りしておいて下さい。……スズネさんも、それで大丈夫ですよね?」

「はい、構いませんよ」

「ありがとうございます」


 そんなやりとりを交わした後。先生は手で口を押さえつつ、ふわーっと大きなあくびをした


「では、今は本当にもう夜遅くなので、他の色々な事をするのも明日にしておきましょう……。他に何か分からない事があったら、とりえず今は、スズネさんに聞いておいて下さい……」

「えっと、はい……」


 とりあえず、今はもう夜遅くだから、他の事は全部明日に回される事になるらしい……。

  

「あの……、あ……ありがとうございました……」


 会話が終わるっぽい空気になった中。俺はとりあえず、最後に先生へとお礼を言っておいた。

 ……とりあえず本当に、ここにいる人達とは、これから仲良くしていかなければならないと思う。


「はい。それでは、おやすみなさい……」


 ソーラル先生は、最後に俺へと軽く微笑んでくれる。

 そして眠そうにしながら、その部屋の扉をぱたんと閉めていたのだった。


 

 部屋の前で、再びスズネさんと2人きりになる。

 

「……明日から同じ学園ですね、メルルさん」


 スズネさんが俺へと、ニコニコとした微笑みを向けてくれる。

 ……関係ない事だけれど、この人はさっきから、なんかデフォルトでニコニコとしているような気がする。

 このどことなく楽しそうな感じのテンションが、この人の素というか、普段から周りに浮かべているような態度なのかもしれない。


「そう……ですね……」


 まだ少しだけ、頭の理解が現実に追いていないのを感じる。

 本当に気が付けば、何時の間にか何もかもがトントン拍子で……。

 俺は明日から、女の子が数人いるだけならしい、そんな学園へと入学する事になっていたのだった。

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