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12話 道徳と自由

 聖女学園の教室の中。

 俺は歴史の授業として、魔女狩り戦争というものの話を聞いていた。

 それは、萌え4コマみたいな話ではなく、冒険小説みたいな話でもない、ただ暗く凄惨な話だった。

 淡々と続いていく授業の中。この世界にはそういう一面もあるのだという事を、俺はただ教えられていたのだった。



 静まり返った教室の中。


「テレザさんとエビラさんが教室に戻ってきたら、あともう少しだけ、授業の続きをしますね」


 先生が俺達へと、そんな事を告げる。


「えー。まだ話す事があるんですか……」


 ミリアちゃんがその言葉に対して、ぐでーっとしながら不満を漏らす。

 ……まあ、気持ちは分かる。

 俺達はここまで、かなり長い話を聞かされてきた。

 だからまだ話を聞かなければならないと思えば、それだけで疲れてきてしまうのだろう。


「あともうちょっとだけですよ」

「もうちょっとって、どのくらいなんですか……?」

「そうですね……」


 先生は少しだけ思考を整理してから、あとどんな話が残っているかを教えてくれる。


「聖女盟約の説明と、それを説明する為の簡単な事前説明と、それと、この学園の理念。そのくらいです。それが終わったら、校庭での体力テストに移りますから、それまであともう少しだけ頑張って下さい」

「はーい……」


 ……どうやらとりあえず、あとはその3点について説明したら終わりならしい。

 先生はミリアちゃんとそんな話をした後。俺の方にも向き直ってから、少しだけ話をしてくる。


「メルルさんも。一度に沢山の情報が入ってきて大変でしょうけれど、あと少しなので頑張ってくださいね」

「……はい」


 確かに、色んな情報が一気に入ってきて大変だ。

 けれど、俺が今日から生きていく事になるこの世界を知る事は、凄く重要な事でもあると思う。

 だから俺は、改めて少しだけ気合を入れ直す事にする。そしてこれからの話を聞く体勢を整えてから、テレザ先輩とエビラ先輩が戻ってくるのを待ったのだった。



---



 それから、少し待った後。


「遅いですね……」


 ミリアちゃんが、ぼんやりとそんな事を呟く。

 ……確かに、トイレにしてはちょっとだけ、戻ってくるのが遅い気がする。

 俺がそんな事を思っている中。ユラちゃんが、またボソっと小さく呟く。


「テレザ先輩。たぶん、外で泣いてるんだと思うよ」

「え……、そうなの……?」


 俺が、ユラちゃんの発言にびっくりしていると。


「テレザさん、少し打たれ弱い所がありますからね……」


 先生も、その言葉へと同意を寄せる。

 ……よく知らないが、テレザ先輩は外で泣いている可能性が高いらしい。

 確かにテレザ先輩は、何となく、傷つきやすそうな性格をしている気がする。だから先ほどのユラちゃんとの口論で、思ったよりショックを受けてしまったのかもしれない。


「なんか……大変なんですね……」


 初めて会った時から、少しだけ思っていたが……。

 正直、テレザ先輩にはなんだか、少しだけ親近感みたいなものが持てる気がする。

 高1の年齢の人が、小5の年齢の子に、口論で泣かされた。そんな話を聞いて、普通の人ならびっくりしたり、先輩として大丈夫なのか心配になったりするのかもしれない。

 ……でも俺は、なんかそういう気持ちが分かる気がする。


 普通の人は、自分よりずっと年下の子に泣かされたりしない。

 それは、なんとなく自然と、年下の子を自分の下に見ているような部分があるからだ。

 「自分の方がずっと年上なのだから、こんな年下の子の言う事なんて間に受けなくていい」。そんな事を普通の人は思うから、6歳も下の子に何を言われてもあんまりショックを受けないと思う。

 そしてそれは、別に悪い事でもない。

 そういう精神は、人が当たり前に持っているものだし、自分の心を守ったりする為に大切なものだとも思う。

 ……けれど、俺みたいな人間にはそれがないのだ。

 自己肯定感が低い。……と、一言で言えばそうなるのかもしれない。

 だから、普通の人がショックを受けないような事で、過剰にショックを受けてしまうのだと思う。


「テレザさん、物腰自体はしっかりしているんですけれどね……」


 先生が、ドアの外を眺めながらそんな事を呟く。

 お嬢様然としていて、一見俺とは全然違うような人間に見えるテレザ先輩。

 けれど俺は、この学園の中で一番親近感みたいなものを持てる人が誰かと聞かれれば、それはテレザ先輩であるような気がしていた。



 そして、それから更に少し経った後。


「お待たせー、みんなー」

「申し訳……ありませんでしたわ……」


 エビラ先輩とテレザ先輩が、教室へと戻ってきた。

 俺は、テレザ先輩の目元を見つめてみる。すると確かに、赤く腫れているように見えた。

 ……どうやらマジで、ユラちゃんの言葉に泣かされていたらしい。

 失礼かもしれないが……。なんていうか、安心出来る人だと思う……。


「……テレザさん、大丈夫ですか?」

「ええ……。もう、大丈夫ですわ……」


 まだ少しだけ声を震わせつつ。それでもテレザ先輩は、健気に、お嬢様然とした態度を取り続ける。

 なんというか、凄い人だと思う……。


「それでは、授業を再開しますね」


 2人が席に着いた後。

 先生は再び、俺達へと授業の再開を告げる。

 そして、一旦挟まれる事となったその休憩の時間は終わって、また歴史の授業の時間が続いていくのだった。



---



「これから、聖女盟約というものについての説明をしたいんですけれど……。

 その前に、前提として知っておいて貰わなければならない事が、あと2つだけあります。

 ですので先に、その2つを簡単に説明しておきますね」


 先生は、そんな前置きを話した後。

 まずはその、聖女盟約の説明の為の前提、……とやらについての話を始めてくれる。


「まず、熱死病についての現状です。

 熱死病は、先ほども話した通り、未だに発症原因も治療法も判明していない病です。

 そして、熱死病は不知の病です。自然回復した事例はまだ発見されておりません。ですから熱死病が発症した方は、必ず死に至る事となります。

 この病気について唯一分かっている事……。それは、とりあえず心身ともに健康に過ごしていたら、普通の病のように熱死病にもかかりにくい……という事くらいです」


 先生が最初に話した事。

 それは、熱死病についての補足だった。

 ……どうやら熱死病とは、未だに物凄く大変な病気ならしい。

 何故発症するかも分からないのに、発症したら死ぬまで治らない。それは、信じられないくらい恐ろしいものだと思う。


「熱死病は、そんな大変な病気な訳ですけれど……。

 それでも、今ではもう、この病気にかかって死んでしまう人は昔と比べたら多くはありません。

 健康にさえしていたらかからない。そう言われるようになったくらいには、熱死病の驚異は少ないものになりました。

 ……その理由は、淘汰されたからです。

 熱死病が確認されるようになってから、もう126年の年月が経過しています。ですからもう、熱死病に耐性が無かった人は、既に殆どみんな死んでしまったんです」


 恐ろしい話だが……、とりあえず、良かったとも思う。

 熱死病による驚異。それはとりあえず、もう昔ほどは残っていないらしい。


「とは言っても、熱死病は相変わらず存在します。

 ですから、それで命を落としてしまうような人は、現代でもそれなりに沢山います。

 特に、健康で文化的な生活が遅れない貧民層。その人達にとっては、熱死病の驚異は未だにとても大きなものです。

 熱死病の存在。それは未だに、この世界最大と言ってもいいくらいの、大きな社会問題なんですよ。

 ……まあ、聖女である私達だけは、この病気にかからないんですけどね。何故か、必ず」


 熱死病による死者。

 それはかなり少なくなったが、まだ全くいなくなった訳でもないらしい。

 そして、そんな熱死病の現状についての説明が終わった後……。


「それから次に。2つ目の前提として、神の愛の家、……というものの話をしておきますね」


 先生はまた、新しい単語を出してくれる。

 そしてそのまま、それについての解説をしてくれる。


「神の愛の家とはですね。熱死病が出現した翌年から、教会主導の下によって作られた施設です。

 熱死病が発症してしまい、死ぬしかないけれど、死ぬ前の介護を受けられるような裕福さがない人。……そんな人間が、この世界には大勢溢れています。

 ですのでせめて。そんな貧しい終末患者が安らかに眠れるようにと、最低限の寝床と介護を目的として、その施設は作られたんです。

 神の愛の家という施設。それは、熱死病による患者と、この世界には貧しい人がいるという現実がが無くならない限り、今でもこの世界に存在し続けているんですよ」


 その話を、俺は頭の中で要約する。

 要するに。神の愛の家とは、貧しい終末患者を看取る為の施設ならしい。

 ……これも、何か聞くだけで悲しいような話だと思う。


「熱死病の現状と、神の愛の家の存在。この2つで、前提の説明は終わりです。

 ……それでは次に、聖女盟約というものについての説明をさせて貰いますね」


 先生はそんな事を告げた後。

 区切りのいい所まで話したので、一旦少しだけ息を付く。

 そして、少しだけ息を整え終えた後。また淡々と、その話の続きを始めるのだった。



---



「まず、聖女盟約とは、先ほどの話に出てきた通りのものです。

 魔女狩り戦争の果てに、魔女側と人間側が、お互いの手打ちの為に結んだ条件。

 ……その内容が、聖女盟約というものなんですね」


 その辺りの話は、さっきも聞いたことだ。

 この世界には色々な事があって、そしてその果てに、聖女盟約というものが出来る事となったらしい。


「私達は、聖女です。ですから当然、この聖女盟約というものに従わなければなりません。

 この授業も言うならば、この聖女盟約を説明する為にやっていたと言っても過言ではありません。

 ……ですから、この話はしっかりと聞いておいて下さいね」

「……はい」


 聖女盟約。

 この世界で、聖女が守らなければならないルール。

 それは大事な事ならしいので、俺はしっかりとその話を聞いていく事にする。


「まあ、とは言っても、ここで聖女盟約の詳細を事細かに話す訳でもありません。

 聖女盟約の内容は、複雑な上にややこしくて、細かい所まで言及すればとても説明が長くなってしまうからです。

 ですからとりあえず。簡単に概要を噛み砕いたものだけを、ここでは説明させて貰う事にします。メルルさんも、今はそれだけ覚えておいてくれたら十分ですからねー」

「……えっと、はい」


 正直、難しい話をされるのではないかと少しだけ身構えていたが……。

 どうやらちゃんと、分かりやすいように噛み砕きながら解説をして貰えるらしい。

 まあ正直、いきなり色んな話をされても、全部を一度で覚えられる気はしない。だから、その気遣いはありがたいと思う……。

 そんな事を思いつつ。俺は引き続き、先生の話の続き聞いていく。


「聖女盟約の内容。それは、大まかに分けて8つのものがあります。

 そしてそれらは基本的に、人間側が聖女側に道徳を要求してきていて、聖女側がそれに対して自由を要求している。という感じのプロセスを辿っています。

 ……と言っても、それだけではよく分からないと思います。

 ですから具体的に、まずはその8つの内容について、1つずつ順番に説明していきますね」


「まず1つ目の内容。それは、社会的規律の厳守です。

 聖女は危険な存在です。ですから、他人に害を与えたり、法律などを犯してしまった場合、普通の人間よりもかなり厳しい処罰を受ける事が定められています。

 ……これは、人間側の為のルールですね」


「そし2つ目の内容。それは、聖女の人権の保障です。

 聖女は神聖な存在、……という事になっています。ですから、他人から害を与えられたり、正当な育児などを受けられなかった場合。その損害を与えた相手もまた、通常よりもかなり厳しい処罰を受ける事になります。

 ……これは、聖女側の為のルールです」


「この、1つ目の内容と、2つ目の内容。

 それは、聖女の扱いそのものに対する、基本的な思想の基盤にもなっています」


 その話を、俺はまた頭の中で要約する。

 要するに。聖女は悪い事をしてはいけない代わりに、人より手厚く人権が保障されるらしい。

 ……これはまあ、聖女盟約の成立過程とかを考えたら、普通に妥当な条件だと思う。


「それから3つ目。それは、監視される義務です。

 ルリス教の教会は、聖女を監視しておく為に、監査委員会という組織を設立しています。そして聖女は、この監査委員会の監査を拒まずに受けなければなりません。

 勿論、最低限のプライバシーくらいは保障されますが……。必要以上に拒んだり、わざと監査委員会の目を欺いたりなどをすれば、それは処罰の対象となります」


「次に4つ目。それは、群れる事の禁止です。

 聖女は個人でも、驚異的な力を持っています。そしてそれが集団になれば、その力は更に驚異的なものとなります。

 ……魔女狩り戦争も、聖女が夜宴会という集まりを組む事で、あそこまで手の付けられないような事になりましたからね。

 ですので聖女は、聖女同士で不用意に親しくする事を禁じられています。

 もう少し具体的に言えば、月日を開けずに何度も会ったり、同じ場所に寝泊りしたり、そういう事が禁じられています」


「……この2つの条件が、かなりしんどいんですよねぇ」


 監査される義務。群れる事の禁止。

 それはどちらも、凄く重い条件な気がする。

 自分の行動をずっと監視されているなんて辛いだろうし、仲間の聖女同士で普通に会ったりする事が出来ないのも相当辛いだろう。

 ……俺も聖女として生きている以上は、それを受けなければならないのか。


「……?」


 あれ……?

 でもその割には、なんか俺達は普通に、毎日会ったり同じ場所で寝泊りしたりしてるような……。

 そんな事を、俺が一人で疑問に思っている中。先生はそのまま、淡々と説明を続けてくれる。


「次に5つ目。先ほど話した3つ目と4つ目の条件は、学生の聖女だけは例外となります。

 聖女が、聖女学園にいる間。その間だけは、監査委員会からの監視を受けなくていいですし、みんなで同じ場所で寝泊りしてもいいですし、毎日好きなだけ仲良くしてもいいんですね。


「これは、表向きには、そうしないと学園が成立しないからという理由になっています。

 しかし、その真の理由は、学生の間くらい自由に遊ばせて欲しいという理由なんです。

 聖女が7年かけて、魔女狩り戦争をして勝ち取ったものの一つ。それが、私達が今こうして、何も考えずにのんびり学園生活を過ごせている時間なんですね」


 ……どうやら、さっきの俺の疑問はそれが答えならしい。

 学園にいる間だけは、監視される義務だとか、そういう重い条件が課されない。

 というか逆に言えば、学園を卒業した後は、俺にもその重い条件が課されるようになるという事ならしい……。

 そう考えたら、やっぱりあの2つのルールはとても重いものだと思う。

 監視される義務と、群れる事の禁止、か……。


「次に6つ目。スティア同士になった聖女もまた、4つ目の条件から例外として外される事になります。

 スティアとなった聖女とだけは、学園を卒業した後も、ずっと毎日一緒に暮らしていいんですね」


 ……また急に、知らない単語が出てきた。

 俺はとりあえず、その言葉の意味を先生へと質問してみる。


「えっと、先生……」

「はい、何でしょうか?」

「スティアって、何ですか……?」

「……そう言えば、それの説明をまだしていませんでしたね」


 先生は、一旦少しだけ息を付く。

 そして、今までの話を一旦中断してから、そのスティアというものについての説明をしてくれる。


「スティアとは、結婚した聖女同士の事です。

 結婚した聖女同士は、聖女盟約によって、スティアという特別な関係だと認められる事になっているんです。

 そしてそのスティアになった相手とだけは、学園を卒業した後も、一緒に同棲したりする事が許されるんですよ」

「はぁ……」


 ……えっと。

 ……あれ?

 聖女同士で、結婚……?

 それは明らかに、一つだけおかしい点があると思った。

 だから俺は、浮かんできたその矛盾点を、ただそのまま先生へと尋ねた。


「えっと……。聖女って、必ず女の人しかいないんですよね……?」

「はい、そうですけれど」

「それなのに、えっと……、え……、結婚するんですか……?」

「……何かおかしいですか?」


 いや、ちょっと待って。


「女の人同士で結婚しても、その……、子供とか、作れないですよね……?」

「はい、作れませんね……」

「それなのに、結婚するんですか……?」

「……どうしたんですか、メルルさん?」


 先生は、俺の事を不思議そうに見ていた。

 こいつ何言ってんだ? って感じの、そんな目だった。

 俺は、教室を見渡してみる。すると、他のみんなも普通に、こいつ何言ってんだ? みたいな目で俺を見ていた。

 そんな視線の中。俺は改めて、ある事実を思い出していた。

 ここが、地球とは違う、異世界という場所である事を……。


 ああ……。

 どうやら、この世界では、同性婚というものが認められているらしい……。


「話、続けていいですか?」

「あ、はい、ど、どうぞ……」


 いやまあ、異世界だし、そういう事もあるのかもしれない……。

 俺はかなり困惑しながらも、その困惑を隠しておく事にする。

 まず、それがこの世界の常識なら、俺がそれに驚いているという事を悟られるのはまずい。

 知らないのはいい。でも常識が違うという反応をしてしまえば、それは記憶喪失では説明する事ができなくなってしまう。

 それから、話を脱線される必要もない。

 今俺は、先生から凄く大切な話を聞いている。だから今は、その関係ない事で話を脱線させるよりかは、ちゃんと目の前の情報だけに集中した方がいいだろう。


 気にしない……

 とりあえず、気にしない……。

 俺は、かなり困惑しながらも、今はその事について考えておくのはやめる事にした。

 女の子同士で結婚する事の是非ではなく、聖女盟約の詳細の話について、俺は意識を戻すのだった。


「それでは、続けますね」


 先生はただ、淡々とさっきの話の続きを始めてくれる。

 あまり気にしてないみたいでよかった……。

 そんな事を思いつつ。俺もとりあえず、今はその話だけを聞き続けていくのだった。



「7つ目は、進路の義務です。

 聖女は自らの進むべき進路を、聖女盟約によって決められています。

 具体的に説明しますとですね。10歳から16歳までの期間をこの聖女学園で過ごし、聖女学園を卒業した後は、神の愛の家に仕える。……という事が決められています。

 ですからみなさんも、既に学園を卒業した後の進路が決まっているんです。

 この学園を卒業した後は、神の愛の家という場所に就職して、そこで働く事になるんですよ」


 目の前の話に思考を戻してから、考える。

 学園を卒業した後、就職する先が決められている。……これは普通に、かなり重要な事だと思う。

 なので俺は、その事についてもうちょっとだけ深く、質問させて貰う事にする。


「えっと……。それって、絶対なんですか?」

「はい、そうです。縁…聖女は魔女ではなく、天界からの使者である。それを一番手っ取り早く世界に示す方法が、神の愛の家で働く事なんですよ。

 熱死病は、悪魔の病気だとも言われています。ですから、その患者に尽くす事は、自身が悪魔の遣いではないという事を証明する事にも繋がるんですね。

 ですからこれも、他の部分と同じように、ちゃんと守らなければならない部分なんです」

「はぁ……」


 どうやらそれも、もう既に決まっている事ならしい。

 聖女になった俺に、職業選択の自由とかはない訳だ……。


「あと、これは今は関係のない話ですけれど……。

 この学園では1学期に1度のペースで、職業体験として、近場の神の愛の家へと赴く事になっています。

 ですのでメルルさんも、学園行事の一環として、神の愛の家にも何度か赴く事になります。

 その場所の具体的なイメージなどは、その時に分かると思いますよ」


 この学園、職業体験なんてものもあるらしい。

 だから俺は、その神の愛の家とやらにも、その内何度か赴く事になるらしい。 

 とりあえず、そんな事も頭の片隅に入れておきつつ……。俺は引き続き、先生の話を聞き続けていく。


「そして、これが8つ目。聖女盟約の最後の内容です。

 先ほどの7つ目の部分は、肖聖女として認められた聖女のみ、無効となります。

 ……と言っても、メルルさんはまず、肖聖女とは何かが分からないと思います。

 ですのでまずは、肖聖女とは何かという、そこからについて説明させて貰いますね」

「あ、はい……」


 肖聖女。朝食の時にも、テレザ先輩が少しだけ話していたやつだ。

 あれは一体何だったのか……。俺は先生から、そんな説明を聞かせて貰う事にする。


「肖聖女とはですね。簡単に言えば、人間に無害であると認められた聖女。……というような感じのものです。

 私達聖女は、監査委員会の方々に、人柄や道徳心などを査定され続けます。

 そしてその結果。監査委員会の方々によって、無害な人格をしていると十分に認められる事があります。

 そうなった場合のみ……。その聖女は監査委員会によって、肖聖女というものであると認めらるんです」


 その話も、俺は頭の中で要約する。

 肖聖女というもの。それは要するに、立派な聖女というような感じのものであるらしい。


「肖聖女として認められた場合のみ。その聖女は、神の愛の家での労働を免除される事になります。

 もう無害であると認められたので、どこで何をしていてもいい事になるんですね。

 そして、逆に言えばです。肖聖女として認められない限りは、その人はその一生を全て、神の愛の家に捧げなければならないという事となります」


「……この制度が、聖女盟約最大の肝だと言えるでしょうね。

 この項目があるからこそ。私達聖女は、社会に認めて貰う為に頑張らなければなりません。

 そしてこの項目があるからこそ。私達聖女は、社会から開放されて自由になるという事を、夢見る事も出来るんです」


 要するにだ。

 肖聖女というものは、道徳を強制しながら自由を保障する為の制度、みたいな感じのものでもあるらしい。


「例えば先生は、こうして今、この学園で教師をしています。

 それはもう既に、先生が肖聖女であると認められていて、神の愛の家で働く義務を免除されているからなんですね」

「へー……」


 目の前の先生は、その肖聖女というものの一人だと既に認められているらしい。

 先生はそんな事を、俺達へと説明し終えた後……。


「……これで、聖女盟約の大まかな概要は全部です。

 みなさん、長い話でしたが、お疲れ様でした」


 そんな事を話して、そして一息を付いていた。

 ……どうやらこれで、この話は一段落ならしい。


「あー。長かったです……」


 ミリアちゃんが、ぐでーっと机に突っ伏す。

 俺も、話が終わった事に対して気を抜いてから、説明された事を改めて頭の中で要約していく。



 聖女盟約の8つの項目。

 ルールの厳守。人権の保障。監視の強制。群れる事の禁止。学園は例外。スティアも例外。進路の義務。肖聖女は自由。

 まとめると、だいたいそんな所だろう……。

 俺はそんな話を、手に持っている教科書を眺めたりしながら、ぼーっと頭の中で反芻していたのだった。



----



 そんな話が終わった後。

 先生が教科書をトントンとして、教卓の中へと仕舞おうとした所で。


「先生。学園の理念の事、説明してないよ」


 ユラちゃんが、先生へとそんな事を話す。


「あ……。すいません。そういえば失念していました……」


 先生はその言葉を聞いて、はっと申し訳なさそうにする。

 そして教科書を閉じたまま、俺達へと向かってもう少しだけ話を続ける。


「すいません、メルルさん。あと簡単な話がもう1つだけあります。これは長くないですから、あとはこれだけ、頭の中に入れておいて下さいね」

「えっと……、はい」


 そんな前置きを告げられた後。

 先生は、その忘れていたあと1つとやらの話を、そのまま話す。


「えっとですね……。この聖女学園には、理念があるんです。

 それは、一言で簡単にまとめると、肖聖女を目指しましょうという理念です。

 ……聖女は、社会的に見て危険な存在だと思われています。

 ですからこの学園で、道徳や礼節などを兼ね備えた、立派な人間になるように教育される訳なんですね」


 礼節や道徳などを兼ね備えた、立派な人間。か……。

 どうやらこの学園には、なんか、そんな高尚な感じの理念があったりしたらしい。

 頭の中で、そんな事を理解している中。先生がそんな俺に向かって、名指しで話しかけてくる。


「メルルさん。この校舎に入る前に、火柱が見えましたよね? そして、あれがこの学園の校章だという、そんな話もしたと思います」

「えっと、はい……」

「それも、そういう理由から来ているんです」 


 校舎に入る前に少しだけ見た、火柱を象った校章。

 それの意味についても、先生は話してくれる。


「魔女狩りの時代。魔女は柱に括りつけられて、火で焼かれて処刑される事が決まっていました。

 ですが今は、私達はもう聖女として認められているので、それは関係のない話です。

 ですからこの紋章は、聖女の無実が証明された事を表している……と、表向きには言われています。

 そして、本当の名目はですね……。

 お前達が魔女に戻るんだったら、またこの火柱に焼かれる事になるぞという、そんな脅しのようなものが込められているんです」


 聖女学園の校章である、火柱の紋章。

 それには実は、そんな厳格で、残酷とも取れるようなメッセージが込められていたらしい……。

 この学園……。もしかしたら、実は相当怖い所なんじゃないだろうか……。

 俺が、そんな事を不安に思い始めた中。先生が、砕けたような様子でのんびりと話す。


「……という話もありますが、それは人間に向けた建前というやつです」

「……建前……ですか……?」

「はい。本当のこの学園の理念は、教科書などには書かれていない所にあります。

 それはですね……。真面目に勉強しているというのを建前にして、子供の間くらい、学園に集まって聖女同士で楽しく過ごししましょう! という事なんですよ」

「……はぁ」


 先生は俺へと、ただ明るい感じの様子で話す。


「ぶっちゃけですね。私達聖女は、人間の世界からかなり疎まれています。

 外に出れば迫害はされますし、監査委員会の方々とかに常に監視もされています。

 ですからですめて、ここにいる間くらいはそれをぱーっと忘れてしまおう。……ここは、そんな学園なんです。

 社会から隔離されたこの場所で、悲しい現実に立ち向かっていく為にも、幸せな思い出を沢山作っておきましょう。……ここは、そんな学園なんですよ」


 そんな事を楽しそうに話した後。

 先生はそのまま、それに更に言葉を加える。


「それに、その制服に付いている火柱のマーク。

 それも、見ようによっては、夜の闇を照らしてくれる、ただの暖かなマークにも見えると思います。

 ……そんな風にも見えるから。この学園には、この紋章が校章として採用されてるのだと思いますよ」


 そして、それだけを話し終えた後……。

 先生は今度こそ、教科書を教卓の中へと仕舞い込みつつ。


「ですから、この悲しい話はここで一旦終わりです。スズネさんと合流して、次は体力テストを受けに行きましょう」


 そのまま笑顔で、その話をまとめていたのだった。



---



 先生が言っている事の、言葉の意味。

 それは俺にも、少しだけなら分かる気がする。

 この世界の聖女とは、どうやらとても、大変な境遇を背負って生きているものならしい。

 ……それはきっと、悲しい事が沢山あるような、そんなものなのだと思う。

 そしてそんな人にこそ、安らぎや癒しというものは、必要になってくるものなのだ。


 少なくとも、日本にいた頃の俺はそうだった。

 日本にいた頃の俺は、毎日がとてもしんどかった。そして、だからこそ俺は、癒されるようなものが何よりも好きだった。

 先生が、さっき話した事の意味。

 それは要するに、そういう事なのではないだろうかと思う。


「それでは、移動しますね」


 話が終わった事によって、先生は教室を移動して行く。


「えっと……、はい」


 なので俺も、みんなと一緒にそれに着いて行く事にする。



 とりあえずこれで、長い歴史の話は終わった。

 だからここからはまた、学園でのみんなとの時間を過ごしていく事になる。

 そんな事に、改めて期待や不安を抱きつつ……。俺は再び、その教室の外へと出て行ったのだった。

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