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10話 罪と祝福

 聖女学園の教室の中。

 最初の授業を受ける前に、俺は改めて自己紹介をする事になった。

 そして自己紹介を終えた後。俺はその場の全員から、暖かな拍手を贈って貰えていた。

 これから俺は、この学園に入学する。そんな自覚が改めて湧いてきて、俺は胸が一杯になっていたのだった。



 そして、少しだけ経った後。

 やがて拍手が鳴り止んで、俺の気持ちも少しだけ落ち着いてきた。


「それでは、このまま授業にしますね」


 一旦静かになった教室の中。先生が俺達へと、そんな事を告げる。

 ……この後のスケジュールも、事前に朝食の席で聞かされている。

 ここからは、この世界の知識が全然ない俺の為にも、歴史の授業をして貰える事になっているらしい。

 とりあえず、ここで教えて貰える事は大事そうだから、しっかり聞いておく事にしよう。

 俺がそんな事を思っている中。先生が、再び俺へと話しかけてくる。


「メルルさん。とりあえず持ってきた机と椅子は、スズネさんの席の隣にひっつけておきますね」

「スズネさんの隣に、ですか……?」

「はい。メルルさんは急な転入だったので、まだ教科書などが用意出来ていないんですよ。ですのでスズネさんに、教科書を見せて貰ったりしておいて下さい」


 どうやら俺には、まだ教科書などが用意されていないらしい。

 まあ、それはそうなのだろう。ここに来る事になったのは、本当に急な事だったからな……。


「分かりました……」

「スズネさんも、メルルさんに教科書見せてあげて下さいね」

「はい、先生」


 俺達とそんなやりとりをした後。先生は机と椅子を持って、ズズネさんの席の傍へと移動する。

 そして、スズネさんの席の隣の、教卓と向かい合っている側から見て右の位置に、それを降ろす。

 俺は、席が設置されるを見守った後。そのまま、先生に指定されたその場所の席へと座るのだった。


「メルルさんー」


 俺が隣に座った後。スズネさんは、何故かニコニコと嬉しそうにする。


「なんか、嬉しそうですね……」

「メルルさんと勉強出来るんだから、嬉しいですよー」


 何故それがそんなに嬉しいのかは、よく分からない。

 けれどスズネさんは、俺に対して楽しそうに微笑んでくれる。

 ……俺も、この人の隣になれてよかったと思う。

 緊張してしまうから言葉には出さないが、俺も心の中で、ひっそりとそんな事を思っていたのだった。



 そうして、俺が席に着いた後。

 スズネさんは、自分の机の中をゴソゴソとまさぐって、その中から一冊の本を取り出した。 

 その本の表紙。そこには異世界の文字で、本のタイトルが書かれてあった。

 もし、俺が何の補正もなかったのなら、そこに何が書かれてあるのかは分からなかったのだろう。しかし俺は、何故か完璧に、そこに書かれてある文字の意味が理解出来た。

 ……これもたぶん、あの神様(仮)から貰った自動翻訳能力とやらのおかげなのだと思う。

 そこには、『歴史1』と書かれてあった。

 どうやらこれから、この本を使って勉強をするらしい。

 俺は、軽く教室の中を見渡してみる。すると他のみんなも、机から『歴史1』の本を取り出していた。


「えー。それでは、歴史の授業を始めます。……今回はメルルさんの事情が特別なので、何時も以上にしっかりとやっておきますね」


 先生は、教卓の後ろに回った後。俺達へと向かって授業の開始を告げる。


「……そういえば。俺の為の授業なのに、スズネさん達も歴史の授業を受けるんですか?」


 少しだけ気になったので、俺は小声で、隣にいるスズネさんへとそんな事を尋ねてみる。

 するとスズネさんは、ニコニコとしたままで、小声で解説をしてくれる。


「はい。この学園には伝統があってですね、新入生が来た際に、必ず全員で歴史の授業を受けるんですよ。そうする事によって、この学園が存在する事の意義などを、改めて全員で確認しておくんです」

「へー……」


 どうやら他のみんなにとっても、この授業は意味がある事ならしい……。

 スズネさんとそんなやりとりをしている中。その間に先生は、教卓から本を取り出して、それをパラパラとめくっていく。

 それはたぶん、教科書なのだと思う。けれどの本は何故か、表紙にタイトルが書いておらず、その代わり点の羅列みたいなものが付いてあった。

 ……とりあえず、あれもスズネさんに聞いてみよう。


「……あれってもしかして、点字なんですか?」

「はい。ソラール先生は目が見えませんから、全部の教科書を点字化して、それを使っているんですよ」

「なるほど……」


 どうやらこの世界にも、点字の概念は存在しているらしい。

 俺達がそんなやりとりを終えた能お。先生も準備を終えて、いよいよ歴史の授業を始めてくれる。

 ……ここからの話は、しっかりと頭に入れておいた方がいいだろう。

 そんな事を思いつつ。俺は少しだけ気を入れ直して、目の前の話に集中するのだった。



---



「……今から、何万年も昔の事です。

 人の歴史が始まるよりもずっと昔。この世界には、何もなかったと言われています。

 水も、空気も、光も、闇も、夏も、冬も、空も、地面も。今よりもずっと昔には、まだ何もなかったんですね」


 ……宇宙が始まる前とか、そんな感じの話だろうか?

 ビックバンが起こる前は無だけがあった。みたいな。


「そしてそこに、天界からの使者として、聖ルリス様が現れました。

 聖ルリス様は、世界の母なる存在です。ですから聖ルリス様は、この世界が愛や祝福で満ち溢れるように、少しずつ世界を形作っていきました」


 ……ビックバンがどうとか、そういう科学的な話ではなかったらしい。

 まあ、そりゃそうか……。今まで見てきた感じ、この世界はそこまで文明が進んでそうには見えなかったしな。


「聖ルリス様は、まず光を生み出し、また同時に闇を生み出しました。それによってこの世界は―――――――」


 聖ルリス様が、空と地面を生み出した。聖ルリス様が、水と空気を生み出した。聖ルリス様が、海と陸を生み出した。

 ……そんな話を、先生はただ淡々と続けていった。

 それは、かなり長い話だった。だから俺は、要点だけをかいつまみつつ、その話を頭の中で整理していく事にした。


 ……要するにだ。

 今からずっとずっと昔、この世界には何もなかった。けれど何もないのは寂しいので、なんか天国的な所から、なんか天国の代表的な存在として、聖ルリス様という女神様が現れて下さった。そして聖ルリス様は、昼とか夜とか、空とか地面とか、水とか空気とか、そんなものを全部、色々な思いを込めながら、片っ端から作っていった。……という感じの話ならしい。


「――――――それをよしとしなかった聖ルリス様は、海にも生命を作る事を思い付き……」

「あの……。先生、ちょっとだけいいですか……?」


 一つだけ、どうしても気になる事があった。

 だから俺は、話を遮って、それを質問させて貰う事にした。


「……何でしょうか? メルルさん」

「その、聖ルリス様がこの世界にいると信じられてる理由って、昔の人がそう言ってたからなんですよね……?」

「はい、そうですけれど」

「だったら、今先生が話している事も、昔の人がそう言ってたって事なんですか?」

「はい。古来よりずっと、教会などを通じて伝わってきた話ならしいですよ」

「……そうですか」


 その言葉を聞いて、俺は一番重要だと思われる部分を理解する。

 ……つまり、要するにだ。

 この話は、考古学に基づくちゃんとした話とかでは別になくて、ただの宗教の創世記的な話ならしい。

 この世界は、進化論とか、遺伝的配列がどうのこうのとか、そういう科学的な事がまだ検証出来ない段階にいる。だからその代わりとして、母なる存在がどうのこうのみたいな話を、そのまま歴史の授業の内容として教えているのだろう。

 ……だったらこの辺りの話は、あんまり真面目に受け取らないでもいいと思う。

 この世界では、そういう考え方がされている。たぶん、そんな感じにだけ受け止めておけばいいのだろう。


「続けていいですか?」

「はい、大丈夫です……」

「それでは、続けますね。そうして聖ルリス様は、海に魚を作りました。なのでこの世界の海には、魚達が暮らしてるのです。また、そうして生み出された魚達の一部には――――――――」


 先生は引き続き、そんな話を続けていく。

 俺はそんな話を、話半分で聞き続けていく……。


「――――――――よって。この世界に存在するありとあらゆるものは、聖ルリス様の恩恵を受けているのです。

 それは当然、人間も例外ではありません。人は生まれた時から、誰でも、聖ルリス様の祝福をその身に受けているのですよ。

 ……と、ルリス教では言われています」


 しばらく経った後。先生は一旦、そんな風に話を区切っていた。

 ……どうやらとりあえず、聖ルリス様の創世記の話は、これで一旦一段落したらしい。

 正直、いまいち真面目に聞く気にならない話だったと思う……。

 俺は現代っ子だから、科学というものを既に信じきってしまっているし……。

 そんな事を一人で思っている中。先生は一呼吸を置いてから、また話の続きを始めるのだった。



「そうして聖ルリス様が作り終えた世界は、とても美しいものだったと言われています。

 そこにあるもの達は皆、愛と祝福だけに満ちており、誰も争い合う事もなく、ただ安らかな時間だけを享受し続けていました」


 先生の話の内容。それは、要約するとこんな感じだろう。

 優しい聖ルリス様が作った世界は、小競り合い一つ起きないような綺麗な世界でした。……と。

 ……うーん。流石にこれは、嘘過ぎないだろうか?

 生きていて誰とも諍いを起こさないなんて、普通に考えて有り得ない。それにそもそも、この世界にも弱肉強食的な摂理くらいはあるんじゃないだろうか……?

 俺がそんな事を思っている中。先生がまた、その話の続きをする。


「……しかし、その平和は永遠には続きませんでした。

 世界の創世に疲れ、聖ルリス様が一度ひとたびの眠りに着いたその時。天界とは真逆に位置する世界、魔界から、使者が現れたのです。

 その使者の名前は、悪神フェムト。その悪神は、全ての罪を生み出す為に、私たちの世界へとやってきました。

 そして、悪神フェムトはまず、そこにある綺麗な花達へと触れていきました――――――――」


 ……そして先生の話は、その魔界からの使者とかいう人の話へとスライドしていった。


「――――――――そうして動物達は、別の動物を食べなければ生きていられなくなってしまいました。更に悪神フェムトは、動物達に罪を与え続け――――――――」


 ……その話を要約すると、こんな感じだろう。

 聖ルリス様が作った世界は、完璧だった。しかし完璧過ぎたせいで、魔界の悪魔的な人達から顰蹙を買ってしまった。なので、魔界の代表として悪神フェムトさんっていう人が、この世界に悲しみとか苦しみとかを作っていった。そうしてこの世界は、全部その悪神のせいで、滅茶苦茶になってしまいました。……と。

 

「――――――――聖ルリス様が、長い眠りから目を覚ました時。そこにはもう、以前までの美しい楽園の姿はありませんでした。動物達は命の奪い合いをしており、人々はお互いを妬み憎しみ合うようになっており、そして、更に――――――――」


 ……聖ルリス様が、色んな事にびっくりしていく様子。そんなものが、教科書を読む先生の口から紡がれていく。

 俺はそんな話を聞きながら、教科書にも目を通してみる。するとそこには、聖ルリス様がこの世界の醜さにひたすらドン引きしている様子などが、ただ長々と書き連ねられてあった。


「――――――――しかし、その動物達は何もかもが変わってしまった訳ではありませんでした。獅子は肉を貪りつつも、以前と変わらない様子で、自らの子供に対しては自愛の心に満ちており――――――――」


 この世界は、悪神フェムトによって、取り返しがつかないほ程に毒されてしまった。

 けれど、この世界のベースを作ったのは聖ルリス様であったので、人々は暖かさや優しさも、決して忘れている事はなかった。

 聖ルリス様は、その事に感激し、やはりこの世界の事を愛おしいと思うようになってくれました。

 ……みたいな感じの話が、教科書の中と、先生の口から紡がれ続けていった。


「聖ルリス様は、もう地上に戻る事は出来ません。この罪に満ち溢れた世界は、聖ルリス様には耐えられないものだからです。

 しかし、それでも聖ルリル様は、天の世界から、この世界をずっと見守り続けてくれています。

 ……そうしてこの世界は、私たちが今いる、喜びと悲しみの世界になったのです。

 ……と、ここに書かれてますね」


 先生は、そんな風にその話を締めくくっていた。

 ……聖ルリス様の創世物語は、それで全部だったらしい。 

 俺はその話を、頭の中で要約していく。

 要するに、この世界に喜びがあるのは全部聖ルリス様のおかげで、この世界に悲しみがあるのは全部悪神フェムトのせい、みたいな感じの話だったらしい。たぶん。


「そうして人々は、そんな聖ルリス様の教えを守り続ける為に、ルリス教という宗教を作りました。その教えは今でも、私達の中に、大切に受け継がれているらしいです」


 うん……。

 物凄い今更だけど、やっぱりこれは全部、ルリス教の教えとやらの話だったらしい。


「あの、先生……」

「何ですか? メルルさん」

「その、聖ルリス様の教えって、この世界のどれくらいの人が守っているんですか……?」


 さっきのは、ただの宗教の話だ。

 だったら、その内容自体よりも、それを信仰している人がどのくらいいるのかという事の方が大事だろう。

 俺の質問に対して、先生は授業の一環として答えてくれる。


「この世界に住む、殆ど全ての人が守っていますよ」

「殆ど全て、とは……?」

「言葉通りの意味です。……もう少し具体的に言えば、全人類の99パーセント以上、といった所ですかね」

「……マジですか」


 思ったよりも、凄まじい浸透率だ……。

 どうやらこの世界では、世界中のほぼ全ての人達が、さっきのその聖ルリス様の教えとやらを信仰しているらしい。

 世界中の人に信じられてるとか、凄いなルリス教……。


「もっともごく稀に、その教えの存在自体に意を唱える人もいます。……そういう人は、法典によって処される事になっています」

「処されるって……?」

「……処刑される、という事です」

「……はぁ」


 しかも怖いな、ルリス教……。

 どうやらこの世界で、ルリス教以外の考えというものは許されていないらしい。

 たぶん俺も、その聖ルリス様の教えとやらに正面から意を唱えたら、物凄く生き辛い事になってしまうのだろう。

 ……この世界では、進化論とかをドヤ顔でひけらかさないようにしておこう。


「ですので、聖ルリス様によって作られたこの世界は、その名をルリシオンと呼ばれています。ルリシオンは、罪と祝福に満ち溢れた世界なのです」

 

 ここでやっと、一番重要そうな情報があった。

 この世界の名前。それは、ルリシオンと言うらしい。

 ……これだけは、ちゃんと覚えておく事にしよう。


「ふー……」


 先生は、そこで一旦一呼吸を置く。

 そして、少しだけ休憩した後。再び話の続きを始める。


「……これで、神話時代の話は終わりです。ですのでここからは、歴史書などから伝わっている、人類自身の歴史の話になります。」


 ……どうやらここからやっと、もう少し科学的な感じの話になるらしい。

 俺は、さっきよりは少しだけ真剣に、その話の続きを聞いていく事にする。


「まず人々は、自らの力で世界を開拓していく事になりました。そんな中で、人々は文明や文化などを獲得していく事となります。まず、確認されている中で最も古い文明だと言われているものは――――――――」


 そこからの先生の話は、先ほどまでとは違い、かなり具体的な感じの内容だった。

 成立した大国の話。人類の文明の歩みの話。そんな中で起こる戦争の話。そんなものが、先生の口から語られていく。

 ……やっぱり神話の話じゃなかったら、内容が一気に生々しくなると思う。


「そうして、その時に出来た国の名前は――――――――」


 先生は、沢山の事を話してくれる。

 だから俺は引き続き、そんな話を頭の中で要約していく……。



 まず、どうやらこの世界には、大陸が一つしかないらしい。

 見つかっていないだけなのかもしれないが……。とにかく、確認されている大陸はたった一つだけならしい。

 そして、その大陸の大きさは、広く見積もっても北アメリカ大陸くらいの大きさしかないらしい。

 ……大陸が一つしかなくて、おまけにその大陸自体も、地球全体と比べると決してそこまでは大きくはない。

 そんな理由によって、この世界は全体的にこじんまりとしていて、地球と比べたら文化とかにもあまり多様性のようなものはないらしい。

 先ほどの、宗教がルリス教しかないという話。

 それもたぶん、この世界があまり広くないという、そんな地理的条件が関係しているのではないだろうかと思う。


 

 それから、その大陸の形も特徴的だった。

 この世界に一つしかない大陸。それは、南北に長い形をしていて、中央に大きな川が流れていて、だから数字の8みたいな形になっているらしい。

 そして、聖女学園のある位置は、その大陸の真ん中付近ならしい。

 ……俺が今いるこの場所は、ちょうどこの世界の中央辺りという訳だ。


 

 それと後、もう一つ驚きだった事がある。

 この世界の総人口。それは現在、ちょうど1億人くらいだと言われているらしい。

 ……地球の世界と比べたら、かなり少ない数だと思う。

 その人口から逆産すると、200万人に1人しかいない聖女は、世界中合わせても50人くらいしかいないという事になる。

 それだけ少ないのなら、この学園に6人しか生徒がいないというのも、確かに納得出来るような事だった。



「そうして、今から1230年前。現在使われている年号である、ルリス暦が制定されました。

 ルリス暦1年。まずその王は、隣国に対して大規模な戦争を仕掛け――――――――」


 その後も先生は、色々な事を説明してくれた。

 ルリス暦1年に、この国がこんな事をしました。ルリス暦10年に、あの国がこんな発明をしました。ルリス暦100年に、こんな自然災害がありました。……そんな感じの事を、ただ淡々と話し続けてくれた。

 しかし、俺は……。


「あの、スズネさん……」

「どうしましたか? メルルさん」

「正直、一度に覚えられる気が全然しないんですけれど……」


 話が難しくなってきたせいだろうか……。

 先生の話している事の内容が、殆ど全く、頭の中に入ってこなくなってきた。


「別に、一度の授業で何もかも覚える必要はないと思いますよ。そんな事が出来たら、学園なんで必要ないですしね。まだまだ時間はありますから、少しずつ覚えていきましょう」


 スズネさんが、俺に対してそんなフォローを入れてくれる。


「そう……ですね……」


 ……確かにまあ、一度で全部の事を覚える必要はないのだろう。

 だから俺は、その歴史の話を、そこからは少しだけ気を抜いて聞いておく事にした。

 そこからの内容は、正直あまり頭の中に入ってこなかった。けれどまあ、最低限の事さえ分かっていればいいだろうから、今はそれでよしとしておくのだった。



---



 そして、1時間くらい話が続いた後。


「――――――――そうして人々は、争いあったりしつつも、聖ルリス様に頂いた平和をそれなりに享受し続けていたのでした」


 先生が一旦、そんな風に話をまとめあげた。

 

「……ふー」


 そしてそのまま、先生はパタンと教科書を閉じてしまった。


「……どうしたんですか?」


 思いっきり途中の所でいきなり切り上げられて、少しだけ困惑する。

 先生はまったりとしながら、疑問を浮かべている俺へと話してくれる。


「ここから先の話が、本題なんです。今までの話は、ここから先の話をする為の、前提の説明のようなものですから」

「……そうなんですか?」

「はい。……ですのでまあ、実はぶっちゃけ、今までの話はそんなに重要ではなかったりします」

「はぁ……」


 どうやら今までの話は、そこまで重要な事ではなかったらしい。

 ……そして、今これからする話こそが、本当に重要な事であるらしい。

 先生はそんな事を話した後、まったりとしたまま俺達へと告げる。


「ですので、その話をする前に一旦、ここで10分程休み時間を挟みましょう。ずっと話を聞いてるだけでは、疲れるでしょうしね」


 ……どうやら、授業は一旦ここで中断ならしい。

 そして今から、休み時間というものに入るらしかった。


「メルルさん、疲れたんじゃないですか……? ずっと集中して話を聞いていましたから……」


 スズネさんが隣から、普通にそんな事を尋ねてくる。

 ……どうやらとりあえず、もう普通に喋っていいらしい。


「正直、結構疲れました……」


 俺は気を緩めてから、そんな事を呟く。

 正直、長い話を聞いて少し疲れてたから、ここで一旦休憩に入ってくれるのはありがたいと思う。

 ……この後の話が重要な部分なみたいだし、ここで一旦、しっかり気を休めておこう。

 そんな事を思いつつ、俺は気分をリラックスさせる。

 そうしてリラックスをしている途中。左側の少しだけ離れた場所から、俺は声をかけられた。


「メルルさん。本当にここまで、何も覚えていなかったんですのね……」


 声をかけてきた相手。それは、2つ隣の席にいるテレザ先輩だった。


「はい、まあ……」


 初めて来た世界のなのだから、何も知らなくてもしょうがない。

 ……最初に記憶喪失って設定にしておいて、本当によかったと思う。

 ぼんやりとそんな事を思っている中。今度は、更にその隣にいるエビラ先輩から声をかけられる。


「って事はメルルちゃん、魔女の事とかも知らないんだよね……」

「魔女……?」


 また、初めて聞く単語が出てきた。

 語感からして、魔法を使える女の人、みたいな意味でいいんだろうか? ……いやでも、この世界でそれは、聖女と呼ばれているんだっけ?

 そんな事を一人で考えている中。教卓の椅子に座ってのんびりとしている先生が、そのやりとりに混ざってくる。


「メルルさん。その話をちょうど、この次にしていくんですよ。……今までの歴史の話は、その魔女というものを説明する為にやっていたんです」

「そうなんですか……」


 どうあらその魔女というもは、この後で説明して貰えるらしい。

 ……そしてそれは何か、凄く重要な事でもあるらしい。


「せっかく忘れられているのなら、知らない方がいい事なのかもしれませんけれどね……」

「けれど、教えない訳にはいかないでしょう。……気持ちは分かりますけれどね」


 先生とスズネさんが、何やら重苦しそうに、そんな話をする。


「そうですよね……。けれど……それでも少しだけ……、このまま何も知らずに済めたらと、そう思っていまします……」


 スズネさんは、悲しそうにそんな事を呟く。

 その時のスズネさんは、何故か、泣き出してしまいそうなくらい悲しそうな表情をしていた。

 ……? ひょっとして、何か、悲しいような話なのだろうか……?

 俺がそんな事を思っている中。……その会話の流れとは、全然違うテンションで、誰かの独り言が聞こえてきた。


「はぁー。久しぶりに歴史の授業受けましたけれど、私やっぱり、長い話を聞くのは苦手です……」


 俺は、その独り言が聞こえた方向を振り向く。

 するとそこには、机にぐでーっと突っ伏しているミリアちゃんがいた。

 スズネさんがそれを見て、先ほどまでの暗い表情を引っ込めてから、少しだけクスクスと楽しそうに笑う。


「ミリアさん、相変わらず長い話を聞くのは苦手なんですね」

「うう……。みなさんどうして、長い話をじーっと聞くのに耐えられるんでしょうか……」


 そして、ミリアちゃんの隣の席にいたユラちゃんが、ぼそっと声を上げる。


「単に、忍耐力が足りないだけだと思うよ。ミリア先輩は……」

「うう……ユラがいじめます……」

「いじめてないけど……」


 そんなやりとりに、テレザ先輩も混ざってくる。


「ミリアさん。自分の問題点から逃げるのは、あまりよくないと思いますわよ……」

「あう……、正論過ぎます……」


 机に突っ伏したまま、独りでがっくしとするミリアちゃん。

 そんな様子が、どこかコミカルで、教室の中には微笑ましい笑いみたいなものが起こっていった。



 みんなの小さな笑いが収まった後。

 ミリアちゃんは元気を取り戻して、突っ伏していた顔を再び上げる。


「でもやっぱり、私はもっと、体を動かすような事の方が好きですよー」

「ミリアさんは、どしたかと言えば活発な性格をしていますからね」

「聖女にしては珍しいタイプだよね、ミリア先輩は……」


 ミリアちゃん、スズネさん、ユラちゃん。その3人が、流れるようにそんな事を話す。

 ……なんかみんな、本当に自然と、当たり前のように会話を発生させていく。

 やっぱりみんな、ずっとこの学園で過ごしている訳だし、もう既に打ち解け合ったりしているんだろうな。


「うーん。私はそもそも、普通の人は体を動かす方が好きなものだと思うんですけれど……」


 微笑ましいなぁみたいな事を思いながら、俺はみんなが喋っているのをぼんやりと眺める。

 すると……。


「……そうです。メルル先輩は、どっちの方が好きですか?」

「え、お、俺……?」


 ミリアちゃんは唐突に、俺を会話の輪の中に入れてきた。


「え、えーっと……」


 目の前の、微笑ましい女の子同士の会話。

 それに自分が混ざるというイメージを、あまり持つ事が出来ない。

 だから急に話を振られた事に対して、びっくりして、心の中で戸惑ってしまう。

 ……しかし、言葉を返さない訳にはいかないだろう。

 なので俺は、なんとか流れに従いつつ、自分の思う事を話す。


「……俺は、どっちかって言えば、じっとしている方が好き、……かな」


 頑張って、そう言葉を紡ぎ終えたら。


「えー! 嘘ですよそんなのー」

「なるほど、メルルちゃんはユラちゃん派と」

「私派か……」


 ミリアちゃんと、エビラ先輩と、ユラちゃんが、それぞれごく普通にそんな反応をしてくれた。

 そしてそのまま、その会話の流れは続いていく。


「だったらメルル先輩も、外にいるより家にいる方が好きなタイプなんですか?」

「えっと……。う、うん、まぁ……」

「でしたら、それもユラさんと同じなんですね。ユラさんも、外にいるのはあまり好きなタイプではないみたいですから……」

「そ、そうなの……?」

「うん。私、外って凄く苦手だから……」

「へー……」


 ミリアちゃん、スズネさん、ユラちゃん、そして俺。その4人で、流れるようにそんなやりとりが発生する。

 そして、そんな俺達の様子を見ながら、エビラ先輩とテレザ先輩が微笑ましそうに呟く。


「メルルちゃん、なんとか頑張ってるみたいだねー」

「そうですわね……」


 えっと……。頑張れてるんだろうか、これ……?

 コミニュケーションの経験が少なすぎて、自分ではよく分からない。


「メルル先輩って、さっきからかなり緊張してるよね。それって、他人が苦手だからだったりするの?」

「え、えっと……。まあ、そ、そうだけど……」

「そうなんですか……」

「メルル先輩、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよー」

「え、えっと……、あ……りがと……」


 ユラちゃん、スズネさん、ミリアちゃん。3人が本当に、当たり前のように話しかけてきてくれる。

 だから俺は、そんな教室の中で、みんなとなんとかコミニュケーションを成立させる。

 自分のような人間、こんなに可愛い女の子達と話している。

 そんな不思議な状況の中。聖女学園の教室の中での、その休み時間は続いていく。



 ……魔女とは、一体何なのか。

 どうして先ほど、スズネさんはあんなに悲しそうな表情を見せたのか。

 それは、まだよく分からない。


 けれど、とりあえず今は、目の前のみんなと仲良くするだけで手一杯だった。

 そして、自分がみんなの輪に混ぜて貰えているという事実に、心の中も一杯一杯だった。

 だから、休憩時間が終わるまでの間……。俺はその教室の中で、みんなと他愛ない雑談をしながら、ただ穏やかな感じの時間だけを過ごし続けていったのだった。

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