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ミラーハウス

作者: 桜瀬

『10代の心の闇』『また青少年の凶行!』

 そんな見出しで少しだけ世間を騒がせ、忘れられていった、とある小さな町で起こった殺人事件。


 容疑者の親友ということで、僕らも何度か事情聴取を受けた。だけど、本当のことなんて言えるはずがない。言ったところで信じてもらえるわけがない。


 犯人は僕らの友人だ。

――でも、だとしたら、あれは「誰」だったのだろう。


 始まりはたぶん、あのミラーハウス。


***


 きっかけは、他愛のない会話だった。

 明日から夏休み。1学期の成績や山のような課題のことは横に置き、早速遊びに行く相談で持ちきりだった。

「そういえば、あの遊園地っていつまでやってるの?」

「先月までだろ?」

 裏野ドリームランド。先月で閉園となった遊園地だ。全盛期には『地元民なら一度は訪れたことがある』とまで言われたが、いつからか怪談めいた噂がついてまわるようになり、そのせいで潰れたのだとも、いやいや実はそっち方面で客足を伸ばしていたのだとも聞いた。

「マジで?俺あそこのアクアツアー好きだったんだけど」

「嘘だろ…あんな子供だましが?」

「でもなんか不気味だったんだよな。マジで変な生き物が出るとか言われてたし」

「それがいいんだろ。未確認生物を追うロマンっていうの?」

 冒険心に溢れる新山らしい意見だった。村上と水橋はドン引きしていたが。

「木部は何か思い出とかあるか?」

「うーん、小さい頃には行ってたらしいけど、よく覚えてないや。谷崎は?」

 僕にも特にこれといって思い入れはなかった。むしろ、いつも園内全体がどことなく薄暗い雰囲気に満ちていて、あまり好きではなかった。だから廃園になると聞いた時も「まあそうだろうな」くらいしにか思わなかった。


「なあ」

 それを最初に言い出したのは誰だったか、今となっては覚えていない。

「もう一回、行ってみたいと思わないか?」


「いや、だってとっくに廃園になったって」

「だーかーらー、こっそり入るんだよ」

 廃園になりはしたが、まだ取り壊しなどは始まっていないらしかった。

 廃墟と化した、誰もいない夜の遊園地に忍び込む。想像するだけでわくわくした。高校生活最後の夏休みの思い出作りにはうってつけじゃないか。どうやら他の4人も同じ考えに至ったらしい。とんとん拍子に話は進み、5日後の夜に作戦を決行することとなった。


***


 約束の時間に遅れること10分。待ち合わせ場所である正面ゲート前には3人の姿があった。

「遅いぞ谷崎ぃ」

「部活が長引いてたんだよ。」

 絡んでくる新山をあしらいつつ周囲を見回してみたが、やはりもう一人の姿が見えない。

「水橋は?さてはビビッて逃げたか?」

「ドタキャンだよ。急にバイトが入ったってさ」

 シフトに入っていた子が急に熱が出たとかで、断れなかったらしい。

「なら仕方ないか。で、どこから入るんだ?」

 当然、すべての出入口は鉄格子のような門で閉じられている。加えて、2mはありそうなコンクリートの壁がパークの周囲をぐるりと取り囲んでおり、簡単には入れそうにない。

「と、思うだろ?」

 新山がやけに得意げな笑みを浮かべる。

「堂々と正面突破だーっ!」

 言うなり駆け出すと、勢いのまま壁に体当たり…するかに見せて、まるで壁を駆け登るように大きく跳躍して向こう側へと消えた。

「へへっ、驚いたか?」

 よく見ると、壁際に脚立が立てかけられていた。新山はそれを踏み台にして壁を飛び越えたのだ。木部、村上も後に続く。

 残念なことに僕は彼らほど運動神経がよくなかったので、飛び越えるどころか壁によじ登ることもできなかった。見兼ねた木部の差し出した左手に掴まり、引き揚げてもらった。

「悪い、助かった。」

「谷崎って意外と鈍いんだな」

「うるせ」


 恐る恐る、暗く静かな園内に足を踏み入れる。

 端的に言えば期待外れであった。何しろ廃園してまだ1か月そこそこ。暗がりに大きな鉄の塊が鎮座しているだけで、思い描いたような廃墟感には程遠い。

 『夜の遊園地』という言葉に惹かれるものはあったが、それはあくまでも遊園地として機能しているからである。今の裏野ドリームランドは廃園であり、当然アトラクションは動いていない。勝手に乗りたくても操作方法なんて誰も知らないし、電気が止められている可能性だってあった。

「下手に触って派手に電飾が光っても困るしな」

 それもそうだ。

 しかし、このままでは帰れない。来られなかった水橋のためにも、土産話のひとつも欲しいところである。

「何かないかな」

「お、あれなんていいんじゃないか?」

 村上の懐中電灯が、ある建物を照らした。

「ミラーハウスか…」

 確かに、あれなら電気がつかなくてもそこそこ遊べそうだ。

「おもしろそうじゃん」

「決まりだな」

 幸い鍵などは掛かっていないようだ。

「ちょっと待て」

 無警戒にぞろぞろと入ろうとした僕らを、新山が制止した。

「全員で中に入って、もし何かあったらどうするんだよ」

「何かって…なんだよ?」

 聞き返しながら、この遊園地のミラーハウスにまつわる、ある噂が脳裏をよぎっていた。

 曰く、「ミラーハウスから出てきた者が、まるで中身だけ入れ替えられたように人格が変わっていた」

 …蒸し暑い真夏の夜だというのに、思わず鳥肌が立った。が、新山が気にしていたのはそんなオカルトめいた話ではなかった。

「もし警備員が来たらすぐ逃げられるように、外を見張る奴が必要だろ?」

「そ、それもそうか」

 珍しく冷静に力説する新山に、その場にいた全員が同意した。 

 もっとも、この場に水橋がいれば言っただろう。

「いくら見張りを立たせたところで、中は迷路なんだからすぐには逃げられないだろ」と。


***


 公正なジャンケンの結果、木部と村上が先に入り、僕と新山が見張りをすることになった。

「じゃあ、ちょっと行ってくるわー」

「おう、ビビッて大声で叫んだりするなよー」

 隙間から中を覗き見ようとしてみたが、すべてを塗りつぶす黒のような暗闇に遮られ、何も見えなかった。


「にしても、懐中電灯だけで挑むミラーハウスかぁ」

「逆に超簡単だったりしてなー」

「それはないだろー…って、え?村上?」

 さっきミラーハウスに入ったばかりのはずの村上が、一人で立っていた。

 入ってすぐにはぐれてしまい、迷っているうちに入口に戻ってきたのだという。

「バッカだなー」

 新山が大笑いしながら村上の肩をバシバシと叩いた。

「どうする?もう一回入って追いかけてみるか?」

 笑いながらふと外を見ると、通路の向こうに小さな光が動いているのが見えた。

 あれは誰かの懐中電灯の光だ。ここにいる僕たち以外の、誰か。

(こっちにくる…!!)

「そこにいるのは誰だっ!?」

 黒い人影が懐中電灯をこちらに向けた。慌てて建物の影に身を隠すが、なおも足音は近づいてくる。

 外に置いたままになっている脚立のことを思い出した。勝手に入ったことがバレたのかもしれない。

「やばい!逃げるぞ!」

 新山が急かす。確かに今なら建物の死角へ回りこんでうまく逃げられるかもしれない。だけど。

「木部はどうするんだよ!!」

「中にいれば見つからないだろ!後で連絡すればいい!」

「仲間を見捨てるのか?」

 後で、なんて待ってられない。走りながらスマホを取り出す。コール音が5回、6回。7回、8回。いくら待っても木部は出てくれない。焦る僕に気づいた村上が声を荒げる。

「馬鹿!通話だと話し声で中にいるってバレるだろ!」

「あ!」

 電話を切り、振り返りもせずにただ走る。一刻も早く外に出て、木部に状況を伝えなければ。

 入るときはあれほど苦労した壁を無我夢中で乗り越える。人間、追い込まれると普段できないこともできるらしい。火事場の馬鹿力というやつだ。

「全員ここで解散したほうがいい。」

 後ろを警戒しながら村上が提案した。さっきの警備員らしき人影は壁を越えては来なかった。しかし、増援が来ないとも限らない。同じ方向に逃げるよりは散開して少しでも攪乱したいのだろう。

「でも」

 僕は残してきた木部のことが気になっていた。肩で息をしながら言葉を探すが、うまく考えをまとめられなかった。結局、言われるがまま自宅を目指して走り出した。

「あとでメールする!」

 遠ざかっていく背中に向って叫んだ。二人は手を上げて答え、そのまま夜闇に消えていった。


 自宅までの距離が一番近いのは僕だ。だからおそらく一番最初に自宅に辿り着いたのは僕だっただろう。

 慌ただしくドアを開けて自室へ駆け込み、乱暴に鍵をかける。誰にも追いかけられていないことはわかっていたけれど、不良などとは縁遠い極めて平凡な日々を過ごしてきた小市民な僕は、もし警察に捕まったらどうしようという不安でいっぱいだったのだ。

「そうだ、木部に連絡しなきゃ」

 グループチャットに書き込もうとするが、息切れと恐怖で指が震えて上手く文字が打てない。

【見つかった!逃げろ木部!】

 たったそれだけの短文をどうにか入力し、祈るような思いで送信ボタンを押す。

 ほどなくして新しい書き込みがあった。

 新山と村上だった。

【大丈夫だったかー?】

【ビックリしたー!!】

 どうやら二人とも無事に帰れたようだ。それぞれの状況を聞いてみたが、やはり追手は無かったようだ。あの暗がりで顔が判別できたとは思えないし、あとは木部がどうにか逃げ切ってくれればいいのだが。

【でもさ、いい思い出になったんじゃね】

【高校最後の夏休みのちょっとした武勇伝、的な?】

【誰にも言えないけどな】

 二人はまったく懲りていないらしい。かくいう僕も、見つかってから逃げている間に感じていたスリルを嫌いではないと思い始めていた。

 少し遅れてようやく木部からも返信があった。

【やっと帰ってこられた。】

 ホッとしたら何だか気が抜けてしまい、その日はそのまますぐに眠ってしまった。


***


 違和感に気づいたのは、それからしばらく経ってからのことだった。


 夏休みの課題を片付けるため、俺たちは木部の家に集まっていた。互いにバイトや部活でなかなかスケジュールが合わず、顔を合わせるのは数日ぶりのことだった。

「新山、お前今日はえらく静かだな?」

 真っ先に指摘したのは水橋だった。そういえば、いつも馬鹿ばかりやって騒がしい新山が今日はずいぶんとおとなしい。

「フッ、気づいたか。気づかれてしまったか。」

 くくく、と芝居がかった低い声で笑いながらおもむろに立ち上がる新山。 

「そうさ、俺はお前の知る新山ではない!」

「なん…だと…?」

「あの夜、ミラーハウスで入れ替わったのだっ!!」


「……いや、新山は入らなかっただろ」

 思わず普通にツッコんだ。

「馬鹿っ!」

 しーっと人差し指を口に当てて僕に合図を送るが、時すでに遅し。水橋が呆れ果てたという顔をしていた。

 すまない、わざとじゃないんだ。

「ああもう…ぐだぐだじゃねーか」

 目論見の外れた新山がオーバーリアクション気味にテーブルに突っ伏してみせたが、それ以上コントに付き合ってくれる者はいないようだった。

「くだらねぇことしてないで、さっさと課題片付けようぜ」

「あ、悪い。ちょっとトイレ借りる」

 のろのろと立ち上がった村上に、数学の公式とにらめっこしていた木部がペンを持ったまま右手で「あっち」とジェスチャーで答える。

「了解ー」

 部屋を出る村上と入れ替わるように、木部の母親が冷たい麦茶とお菓子を運んできた。

「すみません、お邪魔してます」

 軽く会釈をする。

「いえいえ、お勉強頑張ってね」

 少し神経質そうだが、優しそうな細身の美人だった。THE オカンといった風貌のうちの母親とは大違いである。

「いいなー、美人だし優しそうだし」

「そうでもないぞ?」

 謙遜か照れ隠しか、木部がぶっきらぼうに呟いた。心なしか、コップをテーブルに置く木部母の手が震えていたようだった。


 戻ってきた村上は怪訝な顔をしていた。

「なあ木部、さっき部屋を出た時さ、お前の母ちゃんが廊下ですげー怖い顔してたんだけど」

「ん、ちょっと騒ぎすぎたかもな」

「マジかー。後で謝ったほうがいいかなぁ」

「一番騒いでたのは新山だけどな」

 困惑している村上。火が消えたように大人しくなる新山。黙々と課題に取り組む木部。考え込んでいる水橋。そして、わずかに震えていた木部母の細い手首。

――何かが引っかかっていた。

 だけど、それに気づいてしまったら、何もかも壊れてしまうような気がした。


***


 どうにか課題をひと段落させ、夕方には解散することになった。木部母も玄関先まで見送りに来てくれた。

「うるさくしてすみませんでしたっ!」

「すみませんでした!」

 村上、水橋に続き、一応僕もお詫びを述べる。それを見て慌てて新山も頭を下げる。

「いいのよ、男子高校生なんだから、元気が一番でしょう?またいらっしゃい」

 意外な返答に4人で目を見合わせる。村上の見間違い、それとも考えすぎだったのか。ともかく怒ってないのなら別に問題はない。優しく微笑む目元は木部によく似ていた。親子なんだから当然と言えば当然か。

 しばらく木部宅前で雑談をした後、僕だけが帰り道が逆方向だったのでそのまま3人とも別れた。しばらく歩いて角を曲がったところで、背後から不意に腕を引っ張られた。

「!?」

 驚いて振り返ると、そこにいたのはさっき見送りをして家に戻ったはずの木部母だった。忘れ物を届けに追いかけてきたのかと思ったが、それにしては目の血走り方が尋常ではなかった。ただならぬ雰囲気に圧され、言葉が出ない。

「ねぇ、あの子を裏野ドリームランドに連れて行ったって、本当なの?」

 思わず固まった。廃園になった遊園地に忍び込むなんて、完全な不法侵入だ。バレたら怒られるに決まっている。警察沙汰なんてことになったら取り返しがつかない。なんとか誤魔化さなくてはと目を逸らした瞬間、両腕を強く掴まれた。

「答えて!答えなさい!!」

――嘘を吐いたら殺される。そう思うほどの気迫だった。

「まさか…ミラーハウス…入ったの?どうなの!?」

 あまりの剣幕にたじろぎつつ、頷いて答える。と、僕を掴んでいた指先から力が抜けた。見る見るうちに木部母は青ざめ、悲鳴のような叫び声をあげた。

「やっぱり…おかしいと思ったのよ!!何で!?どうしてっ…!せっかく、せっかく上手くいってたのに!!」

 頭を掻きむしりながら意味のわからないことを叫び続ける。半狂乱になった女を見たのは初めてだった。怖くなって、逃げるようにその場を後にした。追ってくる気配はない。もはや彼女の視界に僕は映っていないのだろう。


***


 その夜、事件は起こった。


 木部は、殺した。

――美人で優しそうだったあの人を。

――狂ったように泣き叫んでいたあの女を。


 そして、木部自身を。


***


 口裏を合わせたわけではないが、事情聴取された者は皆「知らない」「わからない」と答えたようだ。事件の動機になりそうなものは何もなかったが、現場の状況に外部犯を示す不審な点もなかったため、警察は反抗期の少年が突発的に起こした犯行として片づけたらしい。

 僕らの生活は何も変わらなかった。

 いや、木部がいなくなったことは大きな変化だ。だけど、誰もそれを口にはしない。

 まるで、木部なんて存在しなかったかのように誰もがふるまっていた。


 それからさらに時は過ぎて。


 暑さとともに世間からも事件の記憶も薄れていったあったある日のこと。

 言った言わないとか、そんな些細な行き違いで新山と揉めてしまい、彼に非を認めさせる為にチャットのログを遡っていた僕の手が、ある一文で止まった。


【やっと帰ってこられた。】


 それはあの日の木部からの、今となっては最後の書き込みだった。

 何故だろう、その一文を見た瞬間から体の震えが止まらない。パンドラの箱が開くように、見ないふりをしてきたものが心の奥から溢れ出す。


――「小さい頃には行ってたらしいけど、よく覚えてないや。」

――ミラーハウスの噂。

――入れ替わり。

――木部母の「せっかく上手くいっていたのに」という言葉の意味。


――あの夜、ミラーハウスに入ったのは/出てきたのは、いったい誰だった?


 知らない/それ以上、詮索してはいけない。

 わからない/それ以上、考えてはいけない。


 胸の内に浮かんだものを、書き込みごと「削除」する。


 だって。 

 気づいてしまったら、きっと何もかも壊れてしまう。

 それに、真実がどうであれ、木部はもういないのだから。



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