8部目
「鈴川、今日放課後空いてるか?」
そう切り出してきたのは義明。
朝一番。「おはよう」の挨拶もなしに本題に入るあたり義明らしい。人として少しダメな部分はあるが。
瑠璃が教室に入ってくるのを見るや否や、真っ直ぐに瑠璃に向かっていった。
「なになに? ヨッシーデート?」
「馬鹿は黙れ」
智佳の冷やかしを一蹴するも、クラスメイトからの好奇の視線は止まない。
珍しいからだ。義明が放課後の、それも女子一人の予定を聞くなど。
唐突な問いにキョトンとしていた瑠璃は、変わらずキョトンとしたまま「はい、空いてますけど……」とありのままを答えた。
「なら丁度いい」
義明は満足そうに口角を上げた。
「少し付き合え」
***
放課後限定だが、先生がいなくとも生徒だけで勝手に使える施設がある。
授業終わりに、冥奈にその施設の使用を申し出る。許可が下りると職員室前まで連れて行かれ、入り口で鍵を受け取ると、目的の施設へと足を運ぶ。
「で、鈴川はいいとして」
義明は、不機嫌だった。そしてちょっとだけ怒っていた。
「なんでお前達までついてくるんだ?」
瑠璃の後ろには、同じく放課後暇を持て余していたクラスメイトがずらり。
「だぁって、面白そうだったんだもーん。ねぇ」
智佳の言い分に賛同の嵐。当初瑠璃と二人だけを予定していた義明の計画は、見事に狂わされた。
見せつけるように溜め息をつくものの、ついてこられることを強く拒むことはなかった。変な言い方をすれば、拒んでもついてくることが目に見えていたからだ。
鍵を開け、扉を開く。
広がるのは無駄と断言できる程ただ広いだけの空間、体育館だ。
お決まり同然に中央まで足を進め、自然に歩みを止める。
「で? ヨッシー。俺達をここに連れて来た理由は?」
「だからお前達を連れて来た覚えはない」
「私は聞いてもいいですよね?」
「……ああ」
手を腰に当て高圧的に聞く仁と、遠慮しがちにお伺いを立てる瑠璃。本来ならばその態度は逆であるが、なぜかその構図の方がしっくりくる。
義明が、ジャージのポケットから四つ折りにされた一枚の紙を瑠璃に渡す。「広げてみろ」と目で合図され、瑠璃はそっと折り目を解いた。
「これは……!」
瑠璃が瞠目し、思わず声を上げる。
紙の内側を一目見ようと、他のメンバーも上から下から紙を覗き込む。
そこには、おそらく義明が一人で考案したであろう、瑠璃専用のトレーニングメニューが書かれていた。
「何これ!? この三大流派を網羅しようみたいなメニュー」
「いいとこ取りって言ってほしいな」
礼羅の非難めいた言い方も納得の内容だった。
なぜなら、波術でも体術でも、瑠璃が習得すべき紙に書かれた技に流派の一貫性が全くないからだ。
「テストが終わり、全体課題のお告げも受けた。いつクラス課題が舞い込んできてもおかしくない。どっちにしろ、次の実戦までには最低限これぐらい出来てくれなくては使いものにならない。なら、より効率よく強くなってくれた方が、お互いに得だろ?」
腕を組み、企むような薄笑い浮かべる義明。
「それに、実験体なら一つの流派に縛られる必要もない。より適したものだけを詰め込める」
そう言われて、再度紙に目を移す。
攻撃系は舞波流・防御系は凪留流・その他の技は源極流となっており、若干源極流贔屓が否めない感があるが、それでもバランスの良い組み合わせとなっている。
「ヨッシー……」
紙の内容と先程の義明を鑑みて、忠がからかうような苦笑いを浮かべる。
「やってることが変態科学者だぞ、これ」
「は!?」
まさか忠からそんな発言が出ると思ってなかったのか、反論しようにも意表を突かれて慌てふためくのが先だった。
「大丈夫よ、きっとそういうお年頃なだけだから」
「もぉー、ヨッシーったら厨二病なんだからぁ」
「誰が厨二病だ」
その隙にすかさず、孝子とオネェ口調の悌二がのってくる。
瑠璃に用意されたトレーニングメニューが思いやりと優しさだと分かっていても、からかわずにはいられない。それが、義明のいじり方であり、義明に対する周囲の見解である。
当の本人は「とにかく」と話しの対象を瑠璃に戻す。
「体術は早めにマスターしてもらう。波術は未熟でも、敵の体力を削ってくれれば俺達も後のフォローがしやすい」
波術は体力依存であることが証明されている。体力が削がれれば削がれる程、相手からの波術の影響を受けやすくなりかつ自分が打つ波術の威力も落ちる。回復に伴い逆も然り。
それ以上に多くの要素も絡んでくるが、つまり基本戦術としては、体術で相手の体力を削ってから波術で仕留める。どの学校もいずれの三大流派もこのプロセスを基盤として戦術を組み立てているため、体術と波術の関係は切っても切り離せないものとなっている。
「よって今もそうだが、これからは放課後毎日特訓だ。勿論、俺も付き合う。覚悟はいいな?」
挑発的な言葉を舌に乗せ、いたずらに試すような視線を瑠璃によこす義明。
無論、瑠璃の答えは一つだけだった。
「はい。ご指導よろしくお願いします。金子君」
同学年に対し、深々と頭を下げる瑠璃。瑠璃にとってもありがたい提案だった。
確かに学校での授業は密であるとは聞いているが、瑠璃のいない9年間の内容を習得したという前提で進められる。つまり、どこかで基礎を習うことが瑠璃にとっても必須事項だった。
授業だけでは問題あり。だからこそ。
「上手くできないときは遠慮なく聞いて。と言っても、凪留しか分からないけどね」
品良く瑠璃の肩に手を置く信乃に便乗して、「じゃあじゃあ、舞波だったら私だね!!」とはしゃぐ声が聞こえた。
智佳に似ている気もする。しかし智佳よりもっと声のテンションが高く、第一、智佳の一人称は「私」ではなく「あたし」。
声の主を探すと、瑠璃の見知らぬ人物が、平然と、最初からそこにいたかのように輪に馴染んでいた。
童顔で小柄、染めてないブラウンの髪はショートのツインで、子供っぽさがより際立つ。身長は、瑠璃より少し高いくらいだが、一般的に「小さい」の部類に入る。
そして何よりも目を奪われたのは、鮮やかな朱色に挟まれた、自信に満ち溢れたように輝く「銀」のクラスカラー。
「ヤッホー!! Dのみんな久しぶり!! 元気にしてた?」