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冷宝  作者: 霧宮 夢華
報告書1~編入生~
8/78

7部目

 「おはようごさいます」


 瑠璃は、いつも通りの時間に登校した。

 昨日のことは昨日のうちに綺麗さっぱり水に流れ、瑠璃もいつも通りの調子だった。


 教室の引き戸を開けると、室内には悌二以外誰もいない。しかも、悌二は少し焦っているみたいだった。


「あっ、スズちゃんおはよう。じゃなかった。急いで! すぐ第一体育館集合だよ」


「えっ、今日何があるんですか?」


「あ~、え~っと、とにかく、説明している時間はないんだ。早く早く」


 急かされた瑠璃は、悌二と一緒に走って体育館に向かった。


 悌二は、クラスメイトのほぼ全員に独自のニックネームを持ち、例えば瑠璃なら「スズちゃん」と呼ばれている。

 唯一、仁だけはどうにもならなかったみたいだが。


 体育館に着くと整列状態が出来上がっており、仁が「遅い。何してたんだよ」と窘めた。


「瑠璃は仕方ないにしても、なんで悌二が遅れんの?」


「そんなに怒らないでよれーちゃん。目覚ましの電池が切れてて鳴らなかったんだ」


 「それはお気の毒に」と言って信乃が上品に笑うと、「笑い事じゃないよ~」と、悌二が困り顔で言い返した。


 「それで結局今日は何の日なのか」を瑠璃は聞こうとしたが、口を開きかけたと同時に副校長である梅崎から号令がかかったので、やむなく噤んだ。仕方ないので、昨日のことを思い返す。

 今日のことについて、昨日は何も説明がなかったどころか、むしろ「明日も通常です」みたいなことを先生は言っていた。


(私、間違ってないよね?)


 不安が押し寄せる。独り取り残されたときの、右も左も分からないような、強いられたような錯誤感。

 そんな瑠璃とは対照に、淀みなく、何事もなく、梅崎は壇上で話をしていた。


(そういえば、ここから壇上を見るのは初めてだなぁ)


 改めて周りを見回すと、四方八方、無駄にスペース余りすぎなのがよく分かる。


「それでは、これより警察庁長官のお話に移りたいと思います」


 いきなりのことだった。他のことにうつつを抜かしていた瑠璃は、今の言葉に耳を疑った。


(ケイサツチョウチョウカン? 何かの間違い?)


「一同、敬礼」


 号令がかかると、全員、敬礼と思われるポーズをした。

 右肘を曲げ、右手を拳にし、手の甲を自分と反対側に向ける。自分の右肩と同じ位置にきている右手を覆うようにして、左手の掌を置く。両脇を締め、足は肩幅に開く。


 こんな敬礼見たことないなと思いつつ、瑠璃は周りの人の真似をした。


 するとすぐに、制服に身を包んだ男の人が、舞台袖から出てきた。


「崩していいよ。えーっと、毎回言ってるから飽きられているだろうけど、その敬礼は『自分の右に出る者はいない』という意味を込めた、君達専用のだからね。ダサいとかカッコ悪いとか思ってても、心込めてやってね」


 紛れもなく、警察庁長官だった。


 今の言葉は笑いながら言ったものだが、その顔がなんとも好感がもてる。例えるなら、おじいちゃんが孫に向けるような、暖かく、ホッとするような笑顔。

 もっと威厳やらプライドまみれなのかと思いきや、意外とフレンドリーに見えた。そこそこ歳はいっていそうだが、背筋はシャンとしていて、いい意味で誇りと風格が漂ってくる。


「君達ももう高校生か。いや~大きくなったね。成長が頼もしいよ」


 見た目だけかと思っていたら、発言までもまるで皆のおじいちゃんだった。おじいちゃん……ではなく、長官は咳ばらいをすると、真剣な顔になった。


「さて、本題に入ろう。今年の全体課題は、とある盗賊団の逮捕だ」


 手元に資料が配られた。三枚の紙が本のようにホチキスの芯で留められていて、横書きで文字がビッシリ並んでいる。


「団名『稜鏡』。聞いたことはあると思う。ここ最近出てきた義賊ぶった盗人集団だ。お宝の持ち主からは必ず汚職だの詐欺だのの犯罪が暴かれる。綿密な計画性と敵ながら天晴れな機動力で、厄介なことに幹部どころか下っ端すら捕まらない。おまけに最近は予告状まで出すという舐められ具合だ。我々警察も尽力・応戦はしているんだが……」


 それからはダラダラと話が続き、瑠璃も含めてだれてきている人がちらほら見え始める。足もかなり限界まできているのか、片足に交互に体重をのせて立っている人もいた。


「……というわけだ。期待している。いい報告を待ってるよ、もう一つの方も含めてね」


「一同、再敬礼」


 梅崎の合図と共に敬礼すると同時に、長官は舞台袖へと去っていく。その直後、解散の合図が出され、皆各自のペースで体育館を後にした。

 瑠璃も、狐につままれた感が拭えないまま人の流れに従う。後方で「おぉ、帰ってきたか」と大仰に喜ぶ梅崎の声が聞こえたが、気にせず教室に戻った。


***


「あー、長かったー」


 教室に戻るなり、忠が背伸びをしながら叫んだ。


「なー、今回いつもより長くなかった?」


「そうだな。いつもより言い訳が多かったな」


 仁と義明の会話に、皆賛同の意を示した。

 事の概要より、警察側の力不足を取り繕う言い訳が大半を占めていた。会話の内容から察するに「いつも」のことらしいが。


「結局、今日って何の日だったんですか?」


 瑠璃は、ちょうど近くにいた信乃に聞いた。


「休日と被らない限り、毎年この日は長官さんが来ることになってるの。それでね、警察が取り扱いにくいような事件を担当するの」


「えと……ですから、なぜ長官がわざわざいらっしゃるんですか? 警察の事件を扱うって、どういうことですか?」


 素で思ったことを、ありのまま口にしたら、全員が「えっ!?」というような顔をした。


「鈴川、お前、本当に何も知らずに入ったのか?」

「はい。昨日お話しした通りで……」


 保護され、頼まれ、何より安定した生活が手に入るって聞いたから入った。


 義明の質問に申し訳なさそうに答える瑠璃に、一同は「だとしてもよく入ろうと思ったな」という視線を投げかける。

 すると、 呑気に「授業始めるよ~」と言いながら、冥奈が教室に入ってきた。様子に気づくなり不思議に思った冥奈に、孝子が今までのことを説明した。


「なるほど。私と鈴川さんは後から行くから、みんなは第三体育館に行ってて。そこで二時間連続授業だから」


 「はいっ」という返事と同時に、全員教室を出る。

 瑠璃は冥奈に、一階の隅に存在する保健室へ連れていかれた。


「校内一影が薄いって有名なの。なんとなく分からない?」


 一体育館一保健室のこの学校において、教室内の保健室はあまり使われない。


 中に入って、保健室の壁に寄り掛かっている何とも言い表しようのない特大サイズの額縁を、冥奈はこれを見てと言わんばかりに指す。そこには、「警察庁公認特別捜査官育成学校」と大々的に書かれており、額縁のサイズピッタリの証書が飾られていた。


「あまり使われないから、ここに置かせてもらってるの。あっても邪魔でしょ?」


 確かに邪魔なサイズだが、そのような大切なものを「邪魔」と一括りにし、いくら使わないとはいえ保健室を倉庫同然に扱うのはどうかと思い、瑠璃は反応に困った。


「ここはね、『警察の側近』って別称があってね、警察庁と密に連携してて、基本は『クラス課題』って形で、実践やテストも全部警察庁の事件を流してもらってるの。勿論、クラスごとに扱えるものを選別してもらっているけど。それで、今日のは『全体課題』っていって、クラス関係なく、この学校全体として解決する課題のこと」


「それって、解決するのにどれくらいかかるんですか?」


「課題によってまちまち。一年かけてやっとのもあれば、三ヶ月で解決できるものもある。早く終わった場合は次のを持ってきてくれるけど、一年で解決できなかったものは次年度にも持ち越されて、それと並行して新しいのをやっていくの」


 この学校の意義や今まで抱いていた疑問が、一気に解決した気がした。


「あの、Dって具体的に何をすればいいんですか?」


「そうね、基本的に実働部隊は上位クラスだから、情報収集かな。金曜日の放課後は二階のパソコン室が開放されているから、そこでね」


 最後に「じゃ授業に戻ろうか」と付け加え、二人は体育館へと向かった。


(あれっ、そういえば……)


 ふと、瑠璃は先程の長官の言葉を思い出した。


 ──『いい報告を待ってるよ、もう一つの方も含めてね』


(もう一つ……って言ってたけど、まだ解決してない課題が?)


 そのような考えが頭を過ぎったが、遠くから自分の名前が呼ばれているのが聞こえたので、すぐに消えてしまった。

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