63部目
一人エキサイトしている朱音に「何言ってんのコイツ」というような視線を送る男子二人に対し、朱音の指摘で何かに気づいた青衣が「あっ……」小さく声を漏らした。
「そうね……確かにおかしいわ!」
「青衣、どういうことだ?」
朱音だけならともかく、青衣まで違和感を指摘する発言をしているとなると、途端に無視できなくなる。
秀虎の求めに「トラと悠武は知らないと思うけど」と前置きしてから、目線を朱音から赤いボタンに移した。
「あの扉の向こうは……部屋だった」
青衣の衝撃発言に即座に「本当か?」と聞き返す秀虎に対し、「ええ」と肯定する。
「間違いないわ。そこで、朱音が幹部の一人と交戦していたもの」
朱音が遠くからウンウンと首を激しく縦に振っている。
正位置の状態で部屋に入った場合、金のドアノブの扉の位置は、正位置状態での赤いドアノブの扉の場所に移る。そんなことなどつゆ知らずだったときの朱音と青衣は、元の場所に戻ろうとして金のドアノブの扉を開き、オオカと接触したのだ。
つまり、正位置状態では赤いドアノブの扉の向こうは、本来ならばオオカと戦った部屋と繋がっているはずである。
「多分だけど、あの時トラと悠武と一緒に見たのは別の部屋だったんだ。だからいなかったんだよ!」
オオカとの戦闘を終え、青衣と悠武の三人で調査したときは、既に赤いボタンが出現していた。
つまり、その時に既にオオカと交戦していた部屋との繋がりは切れていたということになる。朱音の言う別部屋説に信憑性が増す。
「さて、聞きたいことが増えたわね」
青衣が秀虎と共に幹部二人に向き直る。
しかし二人は、「知ってたか?」「いえ、初耳よ」というやり取りを交わしている。顔を向かい合わせ、まるで今初めてその仕組みを目の当たりにしたと言わんばかりの表情で。
「お前にも話がきてないってことは、シロクかタイクだな」
「もしくはボスの独断ね」
「なぁ、俺らにも分かるように説明してくんねぇかなぁ」
「管轄外だ。この部屋の仕組みとボタンの存在は聞かされていたが、それ以外のことは俺達は関知していない。今初めて知った」
「そもそも、部屋だった場所がボタンに変化しているという発言自体疑わしいけれど、私達以外の人なら何か知っているかもしれないわね」
「なるほど、それがタイクかもしれないってことか」
秀虎は腕を組み、タイクを捕獲しておけなかったあの時の戦況を思い浮かべながら理解を示した。
「あとは……誰か他に聞きたいことあるか?」
「ん〜、今パッとは今思いつかない、かな」
「そうね。私も」
秀虎は青衣と目配せを交わすと、「悠武、あとは青衣と裏をとってくれ」と言い、片手でポンと悠武の肩を叩いた。
それから秀虎は朱音を呼び寄せ、リモコン検証の時に聞き出していたことを共有する。悠武にこれを行わなかったのは、青衣と共に行っている自白検証で嫌でも聞くことになるからだ。
「……ってなことだったけど、どこまで理解できた?」
「いい加減殴るよ?」
朱音の知能レベルに合わせた気遣いが裏目に出たらしい。
「シートと沢山の窓、でしょ? ん? ……窓……まど? ……ああっ!」
朱音がいきなり大声を出すものだから、ビクりとした反応と共に「なんだよ……」と聞き返し気持ちを落ち着かせる。
「窓だよ窓! 私さっきの部屋で窓見つけたんだ!!」
「お前それをどーして早く言わない!!」
「まぁその様子じゃ、どーせ今の今まで忘れてたんだろ」と呆れたように付け加えると「しょーがないじゃん!」と反論される。だが、しょうがないで済ませられる問題ではない。
「でねでね、その窓に檻の中に入れられているみんなが映ってたの!」
「みんなって……誘拐された他クラスの奴らか!?」
朱音がコクコクと首を縦に振ったあと、「あっ、でもね」と続ける。
「急いで窓開けたんだけど別に外にそんなものなかったし、その後も映んなかったんだよね。私、幻見てたのかなぁ?」
「いや、多分それにも何か仕掛けがあるはずだ。その映ってたやつの真偽は置いといて、幻じゃないことは確かだな。おそらく映像か何かだ」
「ホント!? よかった〜頭おかしくなったんじゃないかとか思ったよ〜」
いやいつもおかしいから、という台詞が浮かんだが今回は呑み込んだ。
ソウミは「無数の窓」と言っていた。窓の数だけ相応の部屋があるのか、はたまたフェイクが含まれているのか、という考えに至ったが、尋問のときはシートの内側に入る方法に気を取られその情報を聞き出し漏らした。
しかし、こちら側の居場所を外部に示すことが出来る、今のところ唯一の窓を朱音が知っている。これを利用しない手はない。
良案が思い浮かばないまま「朱音」と呼び、秀虎は思いつきを口にした。
「ちょっと、その窓から叫んでこい」
……………………。
「トラ、とうとうバカになった?」
「お前にだけは言われたくねーよ!!」
本気で心配してくれているトーンも相まって、余計に癇に障る。
「だって何を!? てかなんで叫ぶの!?」
「外のSにこのこと報せるためだろーが!!」
「他に何かなかったの!? このバカトラ!」
「それならお前他に案あるのかよ!?」
「てかもうどこの部屋にあったのか分かんないよ!!」
「探せばいいだろ!!」
「「うるさい」」
ヒートアップした口論に対し、青衣と悠武から注意を受けてしまう始末。
いたたまれなくなった朱音は肩をすぼめて小さくなり、秀虎はウッと詰まらせた喉から「とにかく」と切り出す。
「さっきの部屋ってのは、お前があのキタンって奴を連れて帰ってきたときの部屋だろ。特徴は俺も覚えてるから」
「でも、まだ開いてないドアの部屋かもしれないし、同じ構造の部屋もあるかもしれないじゃん」
「そんときはそんときだ。違ってたら戻ってくればいいだけだ」
「また敵襲受けるかもしんないのに、簡単に言ってくれるよね」
「はぁ」と声混じりのため息をついたあとに、「りょーかい」と従わないことを諦めた口調でなげやりに了承した。
「ただし、部屋見つけるの手伝ってよね」
「分かったから、それぐらいやるって」
「オッケー! じゃあ早速……どれから開ける?」
「ん〜、あん時確か、黄色のやつ開けたらその部屋だったよな? もう一回黄色の開けてみれば?」
秀虎に言われるがまま、朱音は黄色のドアノブの扉に手をかけた。
果たして望み通りの構造の部屋は案外あっさり見つかり、開けた瞬間に正解を引き当てたことが分かった。
部屋、その奥に階段。間違いない。
「じゃ、行ってくるね」
「待て。その前にリモコン置いていけ」
「あぁ、そっか」と、差し出された秀虎の手に朱音は自分が持っているリモコンを置く。
「伝える内容は三つ。シート内側に入るためのボタンを探すこと、俺達の位置、それからハクに繋がる窓が存在することだ。分かったな」
「オッケー! 任せて!」
力強く微笑むとクルッと秀虎に背を向け、一直線に部屋を突っ切っていった。
それを見届けると秀虎は扉を閉める。伝達能力にやや不安があるが、窓の存在を直に見たのは朱音だけなので、部屋の真偽の判断も含めて任せるしかない。
「そっちはどうだ?」
「えっと……ごめん……やっちゃった」
悠武が秀虎に背を向けたままポツリと謝る。青衣もやや俯き加減で固まっている。
「それは……まさか……?」
「裏は全部取れたけど、最後追加でした質問で、条件に触れちゃったみたいだわ」
見ると、キタンもソウミも頭を垂れて、事切れたように動かない。
よく回る口はどこいったというほど、静かになった。
「干渉相殺もしようとしたけど……うん、無理だった」
「Sクラスで無理だったんだからそれはいい。で、どんな質問したんだ?」
悠武と青衣は顔を見合わせると、自然に役割を引き受けた青衣が口を開いた。
「覚えてる? 最初に入ったあの大広間であの子が消えたの」
「あの子って……鈴川か?」
「ええそう。あの消失トリックを聞き出そうとしたのよ。そしたらこうなったわ」
「実は、僕と青衣は、そこにいるソウミが同じことをやってたのを目の前で見たんだ。だから、何か知ってるかと思って……」
「でもまぁ、ロックがかかったってことは、ハクに直接繋がる情報の可能性が高いわね」
「そりゃ簡単に教えてくれるわけねーな」
揃って意識を失っている二人を見下ろす。
そこからヒシヒシと伝わってくる受波は複雑怪奇で、今の自分達の実力では相殺不可であることを思い知らされると同時に、ハクの実力の高さに若干の畏怖を覚える。
えげつないプレッシャーに静かにツバを呑むも、それを振り払うように秀虎は「それより」と切り出す。
「一旦状況整理しようぜ。せっかく全員合流できたし、この先もどうなるか分かったもんじゃないから」
「賛成」と短く返事する青衣に対し、「えっ、でも今朱音……」と全員揃っていないことを悠武が指摘すると、「アイツは事後報告でいい」と秀虎に押し切られてしまった。
床に腰を下ろし、三人が輪になる形で向かい合う。
「よし、まずは……そうだな、全員が持ってる鍵を見せてほしい。ちなみに俺はこれだ」
秀虎がポケットから取り出したのは、タイクから奪った黄色の鍵。
「私はこれよ」
青衣がポケットから取り出したのは、ソウミから奪った橙の鍵と藍色の鍵。
「僕はこれ」
悠武がポケットから取り出したのは、キタンから奪った青色の鍵。
「全部で4つか」
「5つよ。朱音も赤い鍵を持ってるわ」
朱音が持っているものは、オオカから奪ったもの。
「ということは、残り2つか」
「緑と紫、だね」
「そうだな。紫持ってそうなヤツは心当たりがあるからいいとして……」
「えっ? なにそれ? トラ、取り逃がしたの?」
聞き捨てならない情報に、青衣が食いつく。
「あれ? シイトってヤツの話しなかったっけ?」
「今初めて聞いたわよ!」
青衣の強い物言いに「ええっ……」と分かりやすく動揺する秀虎を見て、「トラも大分、記憶があやふやだね」と悠武が薄い声で困ったように笑う。
「いやまぁ最初から話すとな、タイクに勝ったあと突然団員の奴らが襲いかかってきて、それを操ってたのがそのシイトって女だった。数で押し切られて、ソイツら対応している間に逃げられた」
「僕も後から合流したけど、本当に凄い数だった」
「悪ぃとは思っているが、アレはムリ」
思い出されるのは、物量戦のお手本のような光景。
迫りくるは操り人形と化した人という人。倒しても倒しても終わりが見えず、前進も後退もさせてもらえない。秀虎でなければ、はたまた悠武が加勢に来てくれなければ、只々押し潰されていただろう。
「マジな話、心折れそうだった」
「そこまで……なら、仕方ないわね。それで? なんでその子が持ってるって思ったの?」
「敢えて理由を言うなら……服、だな」
言いづらそうに秀虎が口にすると、「あぁ……服、ね」と青衣も秀虎に同調する。
今まで倒してきた敵幹部が着ているチャイナ服の色と、その幹部が持っていた鍵の色にあからさまな関連性があるのはもはや否定しようもない事実なのだが、あまりにも直接的すぎて名探偵気取りで根拠を指摘するにも、なぜだか羞恥心が勝ったのだ。
「とにかく、これで5つのドアが開けられるってこと、だよね?」
話を元の路線に戻した悠武に「ん、あぁそうだな」と秀虎が返事をする。
「その内、今開いてるのは赤と黄と青、だよな?」
「ええ。オレンジも開いてたけど、その女と勝負するときに閉めるように言われたから、また開け直しね」
「藍色はノータッチだな。よし、ほんじゃその2つを開けるとこから始めるか」
「いや、ちょっと待って」
早速行動に移そうとしていた矢先に、悠武に止められる。
「僕、さっきからずっと考えていたんだけど、もし青衣の持ってるリモコンが、朱音が持ってたリモコンと作用が同じだったら、発色してたボタンの色を特定できるんじゃないかな?」
「──!?」
意表をつかれたように驚く二人に「例えばだけど」と悠武は続ける。
「まず、僕が一旦あの金のドアから外に出る。あの二人の言い方だと、多分部屋を出るだけだったら回転しないと思うんだ。で、トラと青衣は中でリモコンを操作する。一つのリモコンにつき2回押してほしいんだ」
「とすると、1回目でリモコンのボタンが発色してたのと同じ色のドアが悠武の前にきて、2回目で元に戻るってことか」
「理屈は分かったけどリスキーよ。元に戻る保証もないし、第一、悠武の前にきたドアがまだ開かないものだったらどうするのよ?」
「トラが持ってる朱音のリモコンがあればいつでも元に戻せるし、もしその扉が開かなくても、強くノックすれば中にいる人に伝わるってことが、さっきの青衣のことで分かったから、大丈夫だよ」
***
「ネタバラシしてあげれば?」
Aクラスの話し合いを画面越しに聞いていた瑠璃が、リモコントリックの降参を促す。
悠武の言っていたことは全て正解であり、証明方法も最もリスクのない方法を提案していた。
「甘いな。世の中なんでもトライアンドエラーを繰り返してこそだ。苦労は若い内にしとかないとな」
「いや、明らかにしなくてもいい苦労だよね?」
「それに考えてみろ。今ボタンを発光させたところで、アイツらどうせ検証するぜ?」
「それはそうだと思うけど、発光させてあげれば少なくとも記憶違いとか取り違えは起こさないでしょ?」
同種同型のリモコン。バカではないあの三人なら、当然メモなり何なりで区別をつける工夫はするはずである。仮に自分がそのような状況に置かれたら、絶対にそうする。
しかし、人間勘違いやど忘れなど、些細なミスをしでかす生き物である。その原因がもし記憶にあるのであれば、記憶事項を減らしてくれた方がありがたいものである。
「この歳で記憶力がとか、哀しいねぇ」
「殴っていい?」
人を小馬鹿にしたような言い方に、瑠璃が真顔で拳を用意しようとする。
そんな瑠璃の反応にも、ハクはフッと息を漏らして笑うだけだった。ローブで顔を覆い隠し、表情を見せないまま。
「でも、そうだな。それで躓かれても見ててつまらないから、証明し終えた暁に発光させてやるよ」
瑠璃はうんと頷くと「そうしてあげな」と後押しする。
画面には、扉の間でリモコンを操作しながら話し合いをしている秀虎と青衣の姿が大きく映っている。青衣の手元にはペンとメモ帳が見て取れた。検証の真っ最中だ。
「にしても……、叫ばなかったな」
「うん……ちょっと期待してたんだけどね」
朱音ちゃんの第一印象・その21
(叫ばなきゃダメかなぁ……。近所迷惑で通報されたらどうしよう……(一応警察機関の人間なんだけどなぁ……))
fin.




