62部目
「こんなもんかしらね。拘束完了よ」
青衣が結束バンドでキタンの手足を縛ると、壁際に座らせているソウミの横へ座らせる。
なお、まだ波術の相殺はしていない。
「サンキュ。つかお前、デフォで持ち歩いてんのか? それ」
秀虎が青衣の持つ結束バンドを指して尋ねる。
「まさか。学校には持ってきてないわよ」
「それって、学校以外ならデフォってことか?」
内心「怖ぇ女」と思いながら軽口を返すものの、青衣がそれに対して否定しないところを見る限り、高確率で真実なのだろう。
「朱音」と青衣が声をかけると、「ん」朱音が返事をし、キタンの意識を戻す。
ハッとしたように顔を上げたキタンは「俺は……」と呟きつつ、周囲を見渡す。そこに、よく見知った顔を見つけて、言葉に詰まったような反応をした。
「ソウミ……お前もか」
「二人揃って情けないわよね。ボスに顔向けできないわ」
開き直ったように明朗な語調で自嘲するソウミ。キタンはそれに肯定も否定もせずに顔を前に向ける。
「それで? 生け捕りにされた私達は何をすればいいのかしら?」
「随分生意気ね。自分の立場を理解しているの?」
「理解しているからこそお伺いを立てたのだけれど、何か気に喰わない点でも?」
標的がこちらに向いた瞬間に交わされる、青衣とソウミの舌戦。
絶対零度さながらの火花に肝を冷やす男子陣を余所に、朱音が「まぁまぁ落ち着いて」と青衣を宥める。
「最初に言っておくけど、私達をエサにしておびき出せるほど、ボスの地位は低くないわよ」
「最初から人質としての利用なんて考えてねーよ。お前達には情報提供元になってもらう」
秀虎の毅然とした物言いに「情報提供元な」とキタンが鼻で笑う。
「知らないのか? 俺達はこう見えてもボスの波術影響下だ。深入りした情報を聞き出そうものならロックがかけられる。おたくらのSが一回失敗に終わっているはずだが?」
「確かにしくってたな。俺達も確認済みだ」
Aクラス四人は捕虜二人から受波を探るものの、全くもって感じられない。あのSクラスでさえ感じ取れなかったのだ。無理もない。
だが、ボイスレコーダーの件やSから直接聞いた話から、本当は正常な状態なのにキタンが「波術影響下」とブラフを張っているようには思えなかった。仮に本当は正常だったとしても、ボスであるハクのロック機能に全幅の信頼を寄せている二人は、今でも波術影響下にあると信じて疑っていないのだろう。
「だが、せっかく幹部様が二人も揃ったのに、何も情報を引き出さないのは俺達の怠慢だ。地雷を踏む覚悟はいつでもできてる」
一発でロック機能発動条件に触れてしまうかもしれない。
しかしそのリスクを取るよりかは、手探りでも情報を聞き出していく方が益がある。
「まずは……そうだな、この部屋のシステムについて教えてもらおうか」
「そのシステムなら、そこの女子二人がオオカから聞いているはずだが?」
キタンが目線だけで朱音と青衣を指す。
「ええ。確かにあの赤い子から聞いたわ。でも、どんな法則で回っているのかまでは聞いてない。リモコンのこともあるし」
「だから、あなたの持つ三つのリモコンの説明はさっきのが全容よ。理解力が乏しいのね」
「誰が『私が持っているもの』なんて言ったかしら? 朱音が持ってるやつを指したのだけど、勘違いも甚だしいわね」
「お前ら二人は一言余計につけないと会話できないのか?」
秀虎から注意を受けるも、当人同士はお互い顔を背けただけだった。直す気はさらさらないらしい。
「朱音、そのリモコンって……」
「これ? オオカから奪ったやつだよ」
悠武に促され、朱音がポケットの中にある物を取り出す。
「青衣に預けた方がいい?」
「いや、朱音持ってなさい。私が持つとこの三つと区別つかなくなるから」
そう言って、青衣もポケットからリモコンを取り出す。
「……全部、一緒のデザインだね」
「ど〜やって区別つけてたの? それ」
「その女の話によると、この白いボタンは遠隔操作で発光するらしいわ。それで区別をつけてたとのこと」
「へ〜。あっでも、オオカがこれ持ってたときボタン赤かったかも……」
「!? それ本当? ちゃんと見たのよね?」
「いや、でもうろ覚えっていうか……」
朱音の大事な証言に食いついたのは青衣。
人間誰でもよくある勝手な記憶改竄が起きている可能性もあるが、もしこれが本当なら……。
「裏付けはとれたかしら?」
「生憎、曖昧な記憶を確証に結びつけることなんてしないわ」
「ストップ。で、話が反れたけどまずは二点。この部屋の回転の法則性と朱音の持つリモコンの作用だな」
「それを素直に話すと思っているのか?」
無機質な言い方でごく当たり前のことを口にしているキタンに対して、ソウミは目線を床に移して何かを考えていた。
「いや、話してもいいんじゃない?」
逡巡の後にソウミは、キタンと真逆のことを言い出した。
それにはキタンだけでなく、敵である東志波の四人も驚いていた。
「……どういうことだ?」
「強がったところで自白させられるのがオチよ。気づいてないわけないわよね?」
ソウミが暗に示したのは、青衣と悠武の様子。
二人共、自白用の波術を練成し終え、いつでも発動できるようにしている。
「それに、これしきの情報を提供したところで揺らぐボスじゃないわ。私達がこうなっている以上、そのことを想定した作戦に切り替わるだけよ」
少し押し黙り、「それもそうだな」と納得したキタン。揃ってハクへの信頼が厚いことが伝わってくる。
キタンから得られた了承に頷き一つを返すと、「いいわ、聞かれたことは正直に話す。後からその波術を使っても構わないわ」とソウミは宣言した。
「……裏がありそうで釈然としないわね」
「同意見だ。けど、こっちの方がありがたい」
波術を使った自白とそうでない自白の大きな違い。それは「うっかり」という現象が起こるか起こらないかだ。
うっかり口を滑らせて、余計な情報の片鱗まで喋ってしまった。これは、質問に対して機械的な答えしか出てこない波術の自白では起こり得ないことだ。
小声で交わされるやり取りの中に秀虎の意図を読み取り、青衣は「まぁ、そうかもね」と後押しした。
「まずは、この部屋のシステムね。大まかなところはオオカから聞いた通りよ。この部屋に誰かが入って扉が閉まると、この部屋自体が回転する。正確には、金のドアノブの扉を背にしたときに時計回りで扉一個分ずれるわ。その法則は、ボスからの操作とかリモコン操作以外で変わることがない」
「つまり、外部から力が働かないと扉が二個以上ズレることもなければ、あの時みたいな逆回転もしないってことだね」
「そうね。そこの女と違って、理解が早くて助かるわ」
柔らかな口調で朱音を褒めて、青衣を貶す。
ソウミは、とりあえず青衣が貶せればなんでもよかった。
「次に、そこのあなたが持ってるリモコンだけど、オオカが持っていたってことは、そうね……」
「おそらく、あの赤いドアノブの扉との相互作用だな」
ソウミの言葉をキタンが引き取るも、理解の追いつかなかった悠武が「相互作用?」と声を上げる。
「一回押すと、金のドアノブの扉を呼び寄せる。もう一度押すと、発光したボタンの色と同じドアノブの扉を呼び寄せる。これの繰り返し。起点は、ボタンの発光色と同じドアノブの扉の、正位置状態において対応する部屋だ」
「正位置状態は、あなた達が最初にこの部屋に入ってから、部屋が回る前の状態のことよ」
つまり、金のドアノブの扉が下り階段に繋がった小部屋に対応している状態指す。
「じゃあ、この部屋で使った場合はどうなるの?」
青衣が「だからあの時……」と一人何かを思い出している間に、悠武が最もな質問を投げかける。
「この部屋に初めて来るときに通った小部屋があったでしょう? あの部屋が起点となるわ。作用は一緒よ」
「じゃあソイツがあれば、一旦リセットもできるってわけだ。悠武、ナイス」
思った以上に大きな収穫に、秀虎は仲間に称賛の言葉を送る。
要するに、分からなくなったときは朱音の持つリモコンを適回押せば、扉の間は最初に入ってきたときの配置になる。扉の間での作業において何回でもやり直しがきくわけだ。
「じゃあさ、せっかくなら試してみない? コレだったら自白させなくても、ウソかホントか分かるじゃん」
「……たまにはまともなこと言うな」
「ちょっ、どんだけ私のことバカにしてんの!?」
「はいはい、いいから押しなさい。判断基準はあの金のやつでいいわね?」
「分かった。僕が確認するよ」
悠武が金のドアノブの扉の前に立ったのを視認し、朱音がリモコンのスイッチを押す。
振動が終わり、仲間の合図を受けて悠武が扉を開く。秀虎の言う通り、扉の向こうには下り階段に繋がった小部屋があり、部屋がリセットされた。
「これが、正位置なんだね」
最終確認と言わんばかりに悠武が念を押すと、「ええ」とソウミが頷いた。
悠武が扉を閉める。回転は起こらなかった。
「もう一回やる? 次は、あの赤いやつを開けたときにさっきの部屋に繋がっていたら、オッケーってことだよね?」
「そうなるけど……いや、悠武、朱音と二人で検証を続けてくれ。俺達はこっちやるから」
「了解」と短く返事をすると、悠武は朱音を呼び寄せる。
朱音も異を唱えることなく、秀虎の指示に従った。
「さてと次は……青衣、何か聞きたいことあるか?」
「そうね……そういえば、さっきあなた、外装の仕掛けについて教えてもいいって言ってたわよね。知ってること全部話しなさい」
ソウミは青衣の姿を無表情で数秒目視すると、見せびらかすようにわざとらしくため息をつく。
「まず、外周を覆うシートの内側に入れないでしょうね」
「……どういう意味よ」
「そのままよ。まずこの建物の高さを鑑みると、シートを飛び越えるのは無理ね。仮に内側に入れたとしても、建物の壁面には無数の窓があるわ。ボスの部屋に繋がる窓もあるけど、運良く引き当てられるかしらね」
「正攻法で内側に入る方法はあるのか?」
「ええ勿論。ボタンを押せば入口が現れる仕組みになっているけど、そのボタンと入口をどこに設定したかは知らないわ」
「は? どうして知らないことがあるのよ?」
「管轄外。『情報は分散させて持たせる』というのがボスの方針よ」
これを聞いて、二人はぐっと押し黙るしかなかった。
なかなかやり手である。情報を分散させておけば、自白させられても全てを話さずに済む。さらには情報提供元としての価値も下がる。
おそらく、キタンも何かしらの重要な情報を持っているはずだ。だが、まだこちらがキタンの持つ情報を欲するまでに至っていないということなのだろう。
「確認終わったよ〜。ウソは言ってなかったみたい」
悠武と共にリモコンの検証に当たっていた朱音が、ゆったりと歩いて秀虎と青衣に近づく。その少し後ろを悠武もついてくる。
「よし。で、今はどうなってる?」
「正位置だよ」
「ん? 正位置だよね? ちょっと待って」
そう言うと、朱音は回れ右をして走り出した。
朱音の行動に「なんだアイツ」と呟く秀虎と一緒に首をかしげるも、すぐに「そっちは?」と悠武は聞き返す。
「外装の仕掛けってヤツを聞いてた。どうりでSクラスと合流できない「あーーーーーーーっ!!」
わけだよ、と秀虎が言おうとしたのを、朱音の叫び声が遮る。
当の朱音は駆け足で勢いよく幹部二人の所へ向かってきた。
「あれ! どういうこと!?」
なにやら興奮気味である。
右腕を後ろにピンと伸ばし、何かを指差してはいるものの……。
「……赤いドアノブの扉」
「よね?」
義務的に答えるキタンと、答え合わせをするように同意を求めるソウミ。
朱音の剣幕が剣幕だっただけに、二人共肩透かしを喰らった顔になっている。
「ちがーーう!!」
またもや叫ぶと赤いドアノブの扉へと一直線。その扉を思いっきり開けた。
「こ・れ!」
朱音はまた、訴えるように何かを指差してはいるものの……。
「……赤いボタン」
「よね?」
「だからぁ!!」
「ちょっと、煩いわよ」と青衣が窘めるように冷や水を浴びせるも、朱音の熱は収まらない。
「違うよ! てか青衣も変だと思わないの!?」
ピンポイントで指名され、完全にとばっちりを受けたと感じた青衣は、「何がよ」とため息混じりにあしらった。
「だって考えてみてよ! もしその二人の言ってることが全部本当なら、これおかしいよ!!」
朱音ちゃんの第一印象・その20
(結束バンドって、100均で売ってるかなぁ……)
fin.




