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冷宝  作者: 霧宮 夢華
報告書2~稜鏡~
75/78

61部目

 ──次はしくらない。

 仲間にも、そして何より自分にもそう宣言した以上、どんな理由であれ撤回するのは無責任である。


 捻られた右足首を軽く回す。

 正常に動く。痛くない。だからこそ庇う必要性もない。


「……なら、俺も付き合うまでだ」


 朱音の鋭い視線をものともせずに受け止めるキタン。

 あくまでも「業務の遂行」を貫く姿勢には、感情らしい感情が伝わってこなかった。


「じゃ遠慮なくっ」


 その言葉を皮切りに、朱音は動く。


 まずは正面突破。一直線に相手の間合いを通り越して、懐にひとっ飛びで入り込む。


 いきなり目の前に現れたように見えたもののキタンに焦る様子はなく、低い位置で拳を引いた朱音の構えを冷静に見切り、その右腕が自分の鳩尾に伸びてくるタイミングを見計らって、朱音の拳に対して身を内側に捻り躱す。そして空振りに終わった朱音の右手首を掴もうとして──その手首が消える。

 瞬時の判断で朱音は一旦拳を戻し、お次はキタンの顔面狙ってもう一発放つ。若干の遠心力も上乗せされた一撃だったが、それもキタンは首の傾きだけで躱し、後ろへ少し飛び退く。

 その時の体側の捻りで朱音は足と爪先をキタンの真正面に戻すと、体勢を整える。そして間髪を入れずにまた消える。


 今度はキタンの横に移動し、脇腹へ蹴りを入れる。 

 キタンはそれに合わせるように朱音と向かい合い、またもや後ろへ少し飛び退く。

 空を切った右足をそのまま地面へ着け、その踏ん張りを推進力に変え、朱音は再度正面突破を強行。懐には入るものの、迎え撃つようにキタンも朱音の顎目掛けて拳を突き上げてきたため、顔を反らす勢いでバク転し、回避。


 一向に、朱音の攻撃が決まらない。


(やっぱり。今のでハッキリした)


 一瞬にして距離を詰められても動揺しない。

 反射的な行動が一切ない。

 そして何より、過剰な回避が全くない。


 それはつまり……。


(私達、研究し尽くされてる)


 おそらく、朱音に限らず全員の戦闘スタイルが研究されていると思って間違いないだろう。

 それも、単に「研究している」だけでなく、「研究し尽くして対策も万全」の域まで仕上げてきている。


 敵対組織から研究されることは、上位クラスともなれば日常茶飯事である。それを想定してか、「戦術解析」という授業がカリキュラムに組み込まれるほどであり、いわゆる小学校高学年から中学二年相当までの期間みっちり仕込まれる。

 自分のスタイルを分析し、相手のスタイルを解析し、自分の穴を自覚し、相手の穴を発見し、それに自分がどう対策するか、相手がどのような対策を練ってくるか、実践も含めてその技術を学ぶ。


 確かに、キタンは朱音にとって相性最悪であり、そんな朱音の戦闘スタイルは明確で分かりやすい。キタンの反応速度や動体視力も並ならぬものだ。

 しかしだからといって、弱点を突いた戦法に一方的に抑え込まれるような鍛え方はしていない。


(なら……)


 三度目の正面突破。

 キタンは「またか。同じ手を」と今にも呆れの呟きが出そうな瞳で、冷静に構える。


 朱音が懐に入り込む。拳をひく。繰り出したのをキタンが避ける。

 ──首に一発、強い衝撃が走る。


「ぅあっ!!」


 キタンの身体が軽く仰け反り、足が前へとふらつく。

 初めて、朱音がキタンに攻撃を決めたのだ。


 これを機と見た朱音は、さらに追撃を畳み掛ける。

 相手の腹を突き上げ、中空で背中に踵を落とし、着地の瞬間に足を払い、その身体を膝で蹴り上げる。


 無論、首への一発ごときでキタンが大きな隙を作ることはなく、即座に体勢を立て直し、朱音の動きに反応していた。

 しかし、朱音の攻撃を回避すると同時に朱音の攻撃を受けている。それが連続で起こっているのだ。


 目の前の朱音の攻撃は確実に回避できている。キタンにはそれを回避できるだけの能力も備わっている。

 なのに攻撃が、それも目の前の攻撃の対象部位でないところに入っている。どんな原理かは分からないが、それを分析させてくれる時間など、朱音は作ってくれない。


 再度打ち上げられるキタンの身体。朱音はそれを追うようにしてアッパーを繰り出す。

 ボロボロ寸前の制御を掻き集め、最後の抵抗でキタンは頭を後に反らして回避。しかしその時には、キタンの両目の位置に朱音の右手が覆うようにして置かれていた。


渦呑うずのみ


 何かに強く引き込まれるように、意識が脳から吸い出され遠のく。

 着地を決めた朱音とは対照的に、背中から床に強く打ち付けられるキタン。衝撃で、軽くバウンドしてから仰向けで動かなくなる。


(やったか?)


 手応えはあったものの、最後の最後まで気は抜けない。

 振り返ってキタンを注視し、警戒を続ける。


 キタンから受波を感じた。自分の術が相手に対し十全に効果を発揮している証拠だ。

 その確認をもって初めて、朱音は床に座り込み、荒い息をさらに荒くさせた。


(ダメだ……少し休まないと、ムリ……)


 仰向けに寝転がり、明るい天井を腕で隠す。


 朱音は、普段の戦闘以上に体に負荷をかけ、体力を消耗していた。

 というのも、朱音がキタンに対してとった戦法が、とんでもなく動きの多いものだった。


 いつもの自分のスピードでの単発攻撃は通じない。そう悟った朱音は、まず避けられるであろう最初の攻撃は捨てていた。しかしただ捨てるだけでなく、攻撃をするという残像を速度の緩急と足捌きという体術だけで見せていた。

 相手がその残像に食いついた瞬間に、二撃目を別場所に打ち込む。それも、まだ残像にまだ囚われている一瞬で。


 この戦法は、いずれ現れるであろう自分のスピードが通じない相手に対し、それでも自分のスタイルを貫くために編み出されたものだ。

 とはいうものの根本の原動力はとても単純で、「今の速さが速くないならもっと速く動けばいい」という、頭脳労働が苦手な、なんとも朱音らしいものだった。


 だからこそ、コスパがとても悪い出来上がりとなってはいるが、本人は満足しているみたいであり、使用実績も悪くないため、もう誰も口出ししない。


 ただそれでも、滅多に出さない奥の手の1つではある。

 朱音がこの戦法のリスクを理解しているからではない。大抵の相手は朱音の通常戦法が通じてしまうからだ。


(このあと、どうしよう……)


 チラッとキタンの方を見る。

 大丈夫。まだいる。


(早く……拘束しないと)


 それでも、まだ立てない。立てる気がしない。

 全身から床に頑丈な根を張っているようで、簡単に引き抜けない。ブチッと断ち切るだけの気力が回復できていない。


(みんな、待ってるからね)


 目立つほどの荒さが収まった息づかいのまま、朱音はお腹に力を入れ起き上がる。

 キタンに近づくと「バク」の単波を先程の術の上から重ねがけし、拘束力を強化。首根っこを掴み、ズルズルと引き摺りながら部屋を後にした。


***


 「えっと、とりあえず、今青衣はそのドアの向こうにいるってこと、だよね?」


「そうなるな」


 敵からの誘導という可能性もあるが、にしてはノックの仕方に焦りが感じられる。ここまで敵が計算できたら、アカデミー賞ものの演技力だ。


 今の今までノータッチだった青いドアノブの扉。当然、その扉を開ける術など持っていない。

 勿論、すんなり向こう側の部屋から出てこられない以上、それは青衣も同じことだ。


「でも、少なくとも敵は倒せたってことだよね? 青衣が悠長に敵に背を向けるはずないから」


「それだけでも幸いってか。とすると、青衣は敵と一緒にいて、こっちにそいつを連れ込もうとしているわけだ」


「だけど、ドアが開かないから、足止めされているってことだね」


 永遠に合流できないのは不味いが、状況を整理し推測するだけの余裕はある。

 青衣もそれが分かっているからなのか、もう扉を叩いていない。催促はしていませんという意味だろう。


「どうする? トラ」


「せめて会話だけでもできたらなぁ……」


 打開策がない状態に考えあぐねていたその時、目の前の青いドアノブの扉でないところから音がした。


「戻ったよ〜、ついでにコイツも連れてきた〜」


 男子一人を引き摺って少しヘトヘトの朱音が、黄色のドアノブの扉を開けて帰還してきた。

 力を振り絞って動かないキタンを床に滑らせるようにして投げ、自分も扉の間に入ろうとして……。


「朱音、待て! そのドア押さえろ!!」


「えっ、えっ?」

「早く!!」


 その剣幕に訳も分からず秀虎の言うことに反応し、閉まりかけていた隙間に身を入れ黄色のドアノブの扉を全開にしたまま押さえる。


「ちょ、どういうこと?」


「お前が入ってきたらまた部屋が回るかもしれないだろ? ちょっと今はそれしたくねぇんだよ」


「んとね、今青衣がこのドアの向こうにいるはずなんだけど、これを開ける方法がなくて……」


「えっ? それ、青だよね? オレンジじゃなくて?」


「どうやら、お前が知らない間に状況が変わってたらしい」


 ますます顔をしかめる朱音だが、男子二人は見て見ぬふりをして取り合わなかった。

 余裕はあるが時間は惜しい。その惜しい時間を朱音の納得のために割くのはもっと惜しい。


「ところで、倒したのってコイツ?」


 そこらへんに転がっていたキタンを秀虎が指差すと、「うん、そうだけど」と朱音が返す。


「鍵」


 秀虎が朱音に向かって掌を差し出す。

 秀虎の行動が一瞬理解できなかった朱音だが……。


「あ、鍵」


「悠武」

「うん……分かった」

「私も」

「お前はそっから動くな」


 鍵をこちらに投げるように求めたものの、幹部が持つ鍵の存在などすっかり頭から抜け落ちていた朱音は、キタンの身体検査など当然していない。

 朱音のリアクションでそのことに一発で勘づいた二人は、呆れながらも本来朱音が行う作業を引き継いだ。


「あったよ」


 案の定、キタンのポケットからは青色の鍵が出てきた。

 悠武が手に持って見せた物を見て、「まぁ、服の色から大体想像ついてたけどな」と秀虎がこぼす。それから、悠武は青衣が閉じ込められているであろう扉を解錠した。


「青衣!!」


 青衣の姿を見た瞬間、悠武の顔がパッと明るくなる。


「やっと出られた。助かったわ」


 やや疲れ気味の顔でお礼を言う青衣。その右手には……。


「!? キタン……」


 手足を結束バンドで拘束され、扉の間に転がっている仲間の醜態に悔しさとやるせなさを滲ませたソウミがいた。


「捕獲、成功したんだね」


「当然よ。それに、その様子だともう一人も捕獲できたみたいね」


「うん。朱音のお手柄だよ」


 ソウミを引き摺りながら青衣が扉の間へ入ると、青いドアノブの扉が勝手に閉まった。


「おう青衣。お疲れさん」


「ホントよ。変なことに労力使ったわ」


「そりゃドンマイ」


 青衣の反応に秀虎が苦笑をもらすと、顔の向きを変え「朱音、もういいぞ」と黄色のドアノブの扉をずっと押さえていた朱音に解放の指示を出す。

 朱音が背中の押さえを外すと、黄色のドアノブの扉も自動的に閉まり、部屋が回転するときの微弱な振動を床越しに伝えた。


 約一時間半ぶりに、四天王が合流した形となった。

朱音おばかちゃんの第一印象ふぁーすといんぷれっしょん・その19


(重っ!! 男子ってこんなに重いの!?)


fin.

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