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冷宝  作者: 霧宮 夢華
報告書2~稜鏡~
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60部目

新型コロナウイルスが蔓延しておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?


創作の世界は最高ですね。自粛の必要がないのですから

 「鬼はどっちだ鬼は」


 モニターを見ていた瑠璃は、椅子に座っているハクのローブに非難めいた視線を送る。


「お前の案だろうが。俺は悪くない」


 ハクは振り向かずに、瑠璃の発言をバッサリ斬った。

 確かに瑠璃はハクに対し、一勝をあげたいのならと鬼のような提案をした。しかし、まさか実行に移すとは思ってもみなかったようだ。


「てか逆に仏だと思うぜ、俺。まさしく、敵に塩を送るってやつだ」


「その塩が手に入るまでの過程が鬼だっつってんの」


「簡単に渡してたまるかよ。渡る世間は鬼ばかり、ってな」


 反論を諦めた瑠璃は、わざとらしくため息をついてから再度モニターに集中する。

 視聴者的には、朱音対キタンが熱い。まさしく今から始まろうとしているところだ。観察するような目を向ける瑠璃からは、敵・味方どちらに肩入れしているかがまるで読み取れない。


 しかし、ハクは全く違う画面を見ていたようだった。


「慎重さは美徳だが、俺ならトライ&エラーを繰り返すかな」


***


 扉の間にてお留守番中の男子二人は、床に座り込んで休息をとっていた。

 既に2戦している二人にとってこの時間は貴重だ。乾いた喉は残念ながら唾で潤すしかないが、敵が来ない空間で体を必要以上に動かさなくていいのと少し気が緩められるのはありがたい。


「なぁ悠武」


「ん? どうしたの?」


「紙とペンとか……ねぇよな」


「いや、ペンはあるけど……」


 どこに行くにあたっても、最低限持ち歩かなくてはならないものは少なからず存在する。

 まずは金。携帯。磁気定期。警察庁公認仮特別捜査官手帳にそのサイズ感に合う小さいペン。あとはハンカチとティッシュとその他諸々。

 東志波の制服ジャージのズボンのポケットも、やはりチャック式になっている。普段は開けっ放しの生徒が多いが、大きい戦闘のときには必ず閉める。落下物を気にせずに戦闘に集中するためだ。プラスの要素として、多少のスリ防止対策にもなる。


 手帳──警察庁公認仮特別捜査官手帳──はただの身分証だけではなく、ちゃんとしたメモ帳機能も備わっている。つまり、白紙のページがたくさん設けられているのだ。

 証言を記録したり、捜査中の出来事を整理したりと使い方は人それぞれだが、そのようなものを小1から常に持たされているB2クラス以上の実働部隊となると……。


「ごめん。空いてるページ、ない」


「いや、いい。俺もそうだし」


 分かりきっていたやりとりだったのか、悠武に悪びれる様子もあまり見受けられなければ、秀虎も悠武の謝罪を軽く受け流しているにすぎない。

 悠武の手帳も秀虎の手帳も、小1からの事件のことがビッシリと書かれている。真面目に捜査に取り組んでいた証だ。


「また、青衣に怒られちゃうね。『なんでサブのメモ帳持ってこないの』って」


「だな。バトるだけでいいと思ったから持ってこなかったのに……」


 荷物を極力減らしたい男子二人とは違い、優等生青衣は手帳のページが尽きかけた頃から常にメモ帳も持ち歩いている。メモ魔なのか、現在3冊目なのだそう。


「つか青衣遅くね? 何やってんのアイツ」


 つい先程までダラダラっとした口調で話していた秀虎だが、急に輪郭を帯びた明瞭な口調に変わる。「うん。確かに遅い……かも」と、悠武も困惑を浮かべる始末だ。


「でも、案外手こずってたりして。ヒロトとコウマに怪我負わせた子でしょ?」

「いや、あれ事故らしい」

「事故?」


 首を傾げる悠武に、「まぁ、事故っていうかなんていうか……」と秀虎は前置きをする。


「ヒロトが俺達に指示出してる間に、コウマは一人で仕留め終えてたみたいで」


 「本人曰く、瞬殺だと」との付け足しに、「あ〜、まぁ、コウマだもんね」と悠武が苦笑を漏らす。


「でもさ、それならヒロトまで怪我してるの、おかしくない?」


「ヒロトがコウマと合流してからすぐ後に……暴発? ってアイツらは言ってたけど、相手がいきなり二人に突っかかってきたらしい」


「えっ? それって……」


「コウマの完璧な波術影響下にあって、だ。完全な不意打ちだよな」


「それで?」


「避けきれずに、特に強化もしてない放送室のガラスにドーン。破片とかで腕に傷作ったんだと」


「なるほどね。暴発かぁ……」


「おそらく波術が引き金だから、分かってれば気絶で済ませてたってコウマが言ってた」


「波術が引き金で発動する別の波術……条件発動の深層ってこと?」


「コウマが読み取れなかったんならそうだな。ボイスレコーダーのときといい、稜鏡ここのボスは相当ヤバい」


 秀虎の値踏みに、悠武も静かに生唾を飲む。

 ハクの波術の技量は、東志波Sクラスの二人をも上回る。Sクラス二人を最高峰としていた身としては、その事実を受け入れはしても持て余すばかり。対処の仕様も全く思い浮かばなければ、S・A6人合わせてそれを上回れるかどうかの想像もつかない。

 願わくば非戦闘員の技術バカであればまだ勝機はあるかもしれないが、世の中そんなに甘くはないだろう。


「ってわけで話を戻すと、コウマで瞬殺できた相手を青衣が秒殺できないわけがねぇってこと。いや〜、おっせぇなぁ〜」


 手を頭の後ろに組んで、秀虎は仰向けに寝転がる。ついでに足も組む。


「様子、見に行く? あっ、でもどの扉か分からないんだ」


「えっと、今開く扉は……赤とオレンジと黄色か」


「そういえば、オレンジだけ調べてなかった気がする」


「んじゃ、いっちょ調べるか」


 起き上がろうとする秀虎に「いいよ、僕がやるから」と制止し、悠武が橙のドアノブの前に立つ。

 ドアノブを慎重に回し、少しだけ前に押す。その後、引いてみる。


「あれ?」


 どちらをやっても開きそうになければ、ダメ押しで次は力を込めて再確認。


「開かない……」

「は?」


 秀虎が、顔だけ悠武と扉の方へ向ける。


「でも、朱音、オレンジ開いたって、言ってたよね?」


「俺も聞いた。間違いない」


「なら……」


 前提として、朱音がしょうもない嘘をつく奴ではないというのがある。つまり、橙のドアノブの扉が開いたという事象が起きたということは紛れもなく事実であると、二人は信じて疑っていない。

 とすれば、橙のドアノブの扉が開かなくなったのには何かしら理由がある、という発想に至る。自分達は橙色の鍵を持っていないので、自分達ではない誰かが鍵をかけたということになる。その鍵をかけたのが他ならぬ青衣であることなど、二人は現時点において知る由もないが。


 ──ドンドンッ


 音がした。二人は急いで耳を澄ませる。

 少しくぐもってはいるものの、何かに拳を乱暴に叩きつけたような、強く鈍い音だ。


「どっからだ?」


 今度こそ上体を起こした秀虎が、音のする方へと足を向ける。

 音は一定間隔を保って繰り返されており、途切れることがなかった。


「ここか?」


 自分の耳を信じ、一番音が強いと思われる扉の前に立つ。

 まだ鳴っている音に対し、秀虎も力強く扉を叩き返す。


 ドンドンッ


 一旦、音が止む。静寂に包まれる。

 しかしそれも束の間で、先程よりも強い力で、お次はドンドンドンッとリズムを変えてきた。

 その扉をよくよく見ると、振動で微かに震えていた。


「悠武、そのオレンジの扉の謎はまた後だ」


「……うん。そうみたいだね」


「どうりで、青衣がいつまで経っても帰ってこないワケだ」


 秀虎の側に悠武が駆け寄る。

 「それ」を見て、悠武は納得したと同時に歯痒い思いを感じた。


「アイツ、部屋から出らんねぇんだ」


 二人の前にある扉のドアノブは……まだ開いていない青色のものだった。


***


 動いたのは同時だった。


 朱音は本来の持ち味であるスピードで勝負に出るが、キタンもまたそれを最小限の動きのみで対処し、機を見て反撃を仕掛ける。

 パッと見は朱音が押しているという構図だが、相手に大きな一撃を与えられる場所に攻撃が入っていない。キタンの反応速度が、朱音と張っている証拠だ。


 キタンが振り回し戦法に乗ってこないタイプであることは、直感的に分かっていた。小学生の時なんかは、よく人を見誤って痛い目を見た。

 だからこそ朱音は、長所であるスピードを伸ばしつつ、スタミナ面をかなり強化している。早い動きは、その分体力の消耗も早い。

 しかし連戦ではないものの、キタンが今のペースを保ったままでは、長期戦に持ち込まれたときに確実に朱音の方が不利になる。


「っあー、もうっ!」


 攻撃が当たらないもどかしさに耐えきれなくなった朱音は、連撃の手を止めキタンから大きく距離をとる。

 キタンはそれを追うことなく、朱音のことを眺めていた。


「追って反撃してこないんだ。随分余裕だね」


「硬直状態になれば、しびれを切らしてお前の方から動いてくる。違うか?」


「……アタリ」


 図星に悔しさを含ませた声が、朱音の残像から聞こえたような気がした。

 というのも、全てを言い終える前にはもう、朱音はキタンの頭上背後をとっていた。


「定石」


 背骨直撃の朱音の蹴りは紛うことなく速撃で、移動してからタメなしで放った一閃だ。

 しかしキタンは朱音の足を後ろを見ずに掴み、朱音が驚きで動きが止まった隙に手首のスナップをきかせて捻った。


「あ゛っ」


 辛うじて受け身はとれたものの、崩れたバランスと痛みが同時に襲いかかり、朱音から苦痛の声が漏れた。

 離されてもなおジンジンとくる疼きに、相当強い力で掴まれたことを認識する。あの一瞬で。的確に。


「次の動作が分かれば止めるのは簡単だ。全ての動きを追う必要はない」


 受け身と同時に距離をとった朱音は、跪いたままただ口を引き結んでキタンを睨む。


 とことん相性の悪い相手だ。直線的な動きが多い朱音のスタイルは、手の内を研究され尽くされていれば、次の攻撃の予測が難しくない。さらにそこに、優れた動体視力と反射神経が加わっているのならなおさら。

 挑発に乗らず、熱くもならず。そのような相手と相見えたことがないこともないが……。


(そーゆーの全部青衣とかに任せてきちゃったからなぁ……)


 基本四ピースで動くため、適材適所を言い訳に押し付けたことは否定しない。

 しかし今回は一対一。頼れる味方も、自分が代わりに引き受ける別の敵もいない。


(きっとツケが回ってきたんだ)


 まるで「そうだよ」と肯定せんばかりに、右足首の痛みが叱咤を飛ばす。全くもってひいてくれない。

 とはいえ、その痛みを引きずってでは戦闘が成り立たない。相手決しても弱くない。


 仕方なく「ヘン」の波術で自分の痛覚を騙し、両足をしっかり地につけて立ち上がった。


「……まだやるのか?」


「当然でしょ」


 チラッと、階段へ続く出口を見る。

 本当は今すぐにでも仲間と合流したい。全速力を出せば、キタンを抜いて戦線離脱することも不可能ではない。


 ──『何かあったらすぐ戻って来い』


 秀虎の言葉が脳裏を過る。もしかしたら、そうするのが本来は正解であり、そうすべきなのかもしれない。


 しかし──それでもここに踏みとどまるのは──。


「次はしくらないって、約束してきたからね」

朱音おばかちゃんの第一印象ふぁーすといんぷれっしょん・その18


(いや、でも、私も青衣やトラから押し付けられることあるし……あの二人にもツケがくればいいのに)


fin.

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