57部目
脱出ゲームにはまってました
すみません
「それで? どうするの? 二対一でも一向に構わないわ」
「それはS一人に勝って初めて言っていい台詞よ。私一人で充分」
「そう。どうでもいいけど」
先々を促す姿勢を崩さないソウミに、青衣が一歩近づく。
「ちょっと青衣! い〜じゃんせっかく二対一でいいって言ってくれてるんだから」
有利に事を運ぶためなら手段は問わない。
暗に「一緒に戦う」と言っている朱音に対し、青衣は深いため息をつく。
「あのね、少しは仕事させなさい。私だけ何もしてないのよ?」
「でもっ……」
「手出し無用。いいわね」
釘を刺され、朱音は渋々黙る。
青衣は本格的に部屋の中に足を踏み入れ、ソウミと対峙する。
青衣が中、朱音が外、その立ち位置を確認したソウミは、首から何かを外し、青衣の方へと放った。
青衣が両手でキャッチすると、「閉めて」とソウミに言われる。手の中にあったのは、橙色の鍵だった。
「あの扉を閉めて、鍵をかけたらそれを扉の下に置いて」
「なぜそんなことを命令されなきゃいけないの?」
「手出し無用なら問題ないわよね? 徹底しましょう」
いくら対戦者本人が「手出し無用」と言っても、外野が守ってくれるとは限らない。
朱音という不確定要素を排除するために、ソウミは密室を作るように命じた。これで、誰からの邪魔も入らない。
相手の意図が読めた青衣は、不本意でありながらも了承し、従った。
その際に朱音と二言三言交わし、扉を閉め、音を立てて鍵をかけた。
「今の音、聞いたわね?」
「ええ。しっかり聞こえたわ」
「なら次は、あっちの部屋を元に戻して。リモコン、持っているんでしょ?」
「……なんのために?」
「あの子、馬鹿力だから、このままにしてると蹴破ってくるかもしれないわよ? 徹底しましょう」
自分の念押しをそっくりそのまま返され、ソウミはリモコンを取り出し、言われた通りに操作する。これで、本格的に外界から隔絶された。
「戻れなくなる可能性とか考えなかったの?」
「あなたを倒せばリモコンも手に入る。操作方法は知っているわ」
「そう」
ソウミが言葉を切り、静寂が流れる。
動き出したのは──二人ほぼ同時だった。
***
二人は、息を切らしていた。
息を切らして、床に腰を下ろし、足を伸ばしていた。
「トラ、何があって、こうなったの?」
「元からだ。こっちが聞きてぇよ」
階段からの団員ラッシュ対応に追われ、悠武に至っては到着直後から加勢を強いられる始末。今の今まで秀虎が一人で対処していたとすると、不憫でならない。
「にしても悪ぃな、わがまま聞いてくれて」
「ううん、全然」
団員の対応は体術のみでいきたいとの秀虎の提案に対し、悠武は快く了承してくれた。そこからは、悠武は右、秀虎は左の階段というように、役割分担をして片付けた。
部屋には団員達が転がっているが、もうそもそもの人数が少なかったのか、あの扉の向こうのもう一つの部屋に比べたら幾分隙間がある。少なくとも、人二人は座れるくらいには。
「そうだ、なぁ、ここに来る途中でさ、幹部の女子とすれ違わなかったか?」
「えっ……誰ともすれ違ってないけど、会ったの?」
「ああ、一人な」
思い出されるのは、ひたすら無邪気で子供っぽい女子。
小学校低学年で成長が止まったのではないかと思わせる行動と言動は、Aクラスが誇るお子ちゃま・朱音とはまた別種。能天気さとマイペースさも加わって、なんとまぁ扱いにくい。
「んで、悠武はなんでここまで来たんだ?」
「ああ、そうだったね。トラ、鍵って持ってる?」
疲れと雑談で本来の目的を忘れかけていた悠武は、秀虎の一言で素早く切り替えた。
「これだろ?」と秀虎がポケットをまさぐってから片手に出して物を見せると、悠武は「そうそれ」と嬉々として明るく頷く。
「それを使う場所があるんだ。案内するよ」
立ち上がった悠武に「来て」と催促され、秀虎も立ち上がって後を追う。
戦闘からの一時の解放感からか、秀虎の足取りは軽かった。
「今そこに朱音と青衣がいてね、四人揃って調査しようってことになってるんだ」
「調査……ってことは、何か出たのか?」
「ボタン」
「ボタン?」
「うん。壁に埋め込まれたボタンが出てきた」
「いやちょっと待て。それとこの鍵とどういう関係が?」
「えっと……ごめん。説明端折りすぎたね」
それから悠武は、扉の間のこと、鍵との関連性、自動回転システムなど、今分かっている限りの情報を伝えた。
「あと、青衣がSを外から行かせたみたいなんだけど……会ってないよね?」
「会ってたら一緒に行動してるって」
秀虎の至極当然な行動予測に「だよね」と返し、二人は階段を駆け上がる。
既に射し込む光は視界の範囲内。「あそこ」と悠武が指差してからは、二人のスピードが更に上がった。
「ここだよ」と言って悠武が扉を開けると、何度見ても異様という感覚を植え付ける光景が、目の前に広がった。
「悠武! トラ!」
扉の音に反応し振り返った朱音は、晴れた顔をしたもののイマイチ明るくなりきれていない表情をこちらに寄越した。
「あれ? 朱音、だけ?」
悠武の指摘に、朱音の表情が曇る。
「青衣が幹部と交戦中」
「えっ!?」
「しかもこっちからの操作じゃその部屋に行けない!!」
「えっ、ちょっと待って、どういうこと?」
急展開な情報を投げられ混乱する悠武に、朱音は先程あったことを説明する。部屋の逆回転、開いた橙のドアノブの扉、繋がった部屋に現れた女子幹部。
「なぁ、ソイツ、『シイト』って奴じゃなかっか?」
「シイト? いや、『ソウミ』って言ってた。ほら、あの時聞いた録音の」
バトルドームでの一悶着後に聞いた、尋問記録のことである。
思い当たる節がすぐ見つかったのか、「ああ」と感嘆符を上げる。ただ、秀虎だけは浮かない顔をしていた。
「で、そのシイトって人がどうしたの?」
「一回会ったんだけどすぐ逃げて。どこに逃げたんだ……?」
悠武の疑問には答えるものの、最後の方は誰にも問いかけない独り言と化していた。
幹部と遭遇しないと鍵がもらえないこの状況で、逃してしまったのは痛手である。顔と名前が一致している以上、他の幹部よりは探しやすいが。
「まぁいいや。よし、青衣の方はもう任せるしかねぇから、俺達はできる限りでこの部屋調べるぞ」
「うん、了解」
「トラ、間違ってボタン押さないでよね」
「お前じゃねーんだから!!」
そう指示を出して、お決まりの軽口を叩き合ってからモチベーションを上げる。
朱音と悠武はそれぞれに行動を開始しようとしているものの……。
「……俺、何すればいい?」
「えっ、指示出しといてそれ?」
「ダッサ」
立ち尽くす秀虎に、振り返った二人が棘を刺す。
ついいつもの感じでやってしまったが、よくよく考えれば、秀虎は扉の間とこれが初対面なのだ。何をすべきかを一番分かっていない。
「朱音、今って、こっちが部屋でそっちがボタン、で合ってる?」
「えっと……悠武達が入ってきたから……う、うん。そうだね。多分」
「顔と発言が合ってねーよ」
困惑を隠そうと取り繕った顔で悠武の発言を肯定するも、すぐさま秀虎に見破られる。
結論、朱音に頭脳労働をさせてはいけない。分かりきっていたことだが。
「……まいいや。とりあえず、俺達が入ってきたから扉の配置が変わってるよな?」
「そうだね。さっき回転の振動も、確認したよ」
「ボタン……が気になるけど、悪ぃ悠武。その扉開けてくれねぇか?」
丁度金のドアノブの近くにいた悠武が扉を開いて見せる。
扉の向こうは、運良く秀虎が所望していたボタンだった。「確かに……ボタンだな」という感想と共に、秀虎はそのボタンをマジマジと見つめる。
「となると、そっちが部屋ってことになるよな?」
「見たい?」
「一応」
次に行動を起こしたのは朱音で、金のドアノブの扉の隣、赤いドアノブに手をかける。
「ここが……えっ」
秀虎と悠武の目に映ったのは、何の変哲もない部屋。
照明は暖色系、扉以外は四方を木目調の壁で囲まれ、床板も木辺。体育館の一部を切り取ったような部屋だ。
それをあろうことか、朱音は信じられないものを目にしているような表情をしている。
部屋の中には、それこそ何もない。床と、壁と、天井と、照明と、扉しか。
──そう、それしか。
「朱音、どうしたの?」
「…………てる」
「えっ?」
「私がここで倒したオオカって幹部が消えてる!!」
その言葉を聞いた男子二人の行動は早かった。
二人で部屋に入り、くまなく探す。朱音は、呆然としているものの、しっかりと扉を押さえていた。
「朱音、この部屋で戦ったんだよね?」
「そう。今トラがいるところからもーちょい右あたりで伸びてた」
秀虎がその場所に立つと、「そう、まさしくそこ!」と朱音が指を差して大袈裟に肯定する。
「入り口はそこしかねぇんだよな?」
「のはず。私もこの部屋調べたもん!」
密室における消失劇。
どうせここなら回収出来まいと高を括っていた朱音が、盛大に後悔を滲ませる。荷物になってでも自分の手元に置いておくべきだった、と。
「……ごめん。私のミスだ」
「まぁ、こればっかりはしゃあねぇな」
二人は早々に捜索を切り上げる。これ以上探しても見つからないと判断したのもあるが、探すのに手間取るほど、朱音に罪悪感を植え付けてしまうと思ったのが一番の理由だ。
「時間とらせてホントにごめん。……黄色、開けよ」
「気にするな。全部この建物が悪い」
そう責任転嫁するものの朱音は沈み込んだまま。
三人は黄色のドアノブの扉に移動し、鍵を開け、警戒しつつ扉を開けた。
案の定、ボタンである。
形や大きさは最初の赤いボタンと同じだが、色は黄色である。なんとも捻りがない。
「確認だけど、赤いボタンは押してねぇんだよな?」
「うん」
「オッケ、次行こう。朱音、回して」
「はーい……」
朱音がリモコンのスイッチを押すと、微弱な振動を伝えつつ、部屋が回りだす。リモコンは、先程青衣から預かったものだ。
回転後の変化について、秀虎は悠武から説明を受けていた。角度にしてたった四十五度ほどの回転だが、片や部屋片やボタンとなるのだ、黄のドアノブの扉の向こう側にも、何かしらのものはあるはず。
部屋の回転が収まると、再び黄のドアノブに手をかける。合図として一瞬だけ溜めてからすぐさま開くと──空間が広がっていた。
部屋である。
しかし、今までの部屋と異なる点が。
「あれ、階段、だよね?」
向かい側の突き当り、そう、上り階段が設置されていたのだ。
「……どうする?」
一見だけでは、部屋に特殊な仕掛けはないと判断される。
何もない部屋に、階段のみ。逆に不気味である。
「……行くよ、私」
秀虎の問いかけにそう答えたのは、朱音だった。
「リモコンは預けるから。……次はしくらない」
「……分かった。行ってこい」
「自分以外を行かせるな」と暗に圧力をかける朱音に、秀虎が折れたように背を押す。
「ただし、何かあったらすぐ戻って来い。勝手に先々へ行くな。いいな?」
秀虎の忠告が聞き入れられたのか、そもそも耳に入ったのかは定かではないが、朱音は何も答えずに真っ直ぐと階段へと歩を進めた。
朱音ちゃんの第一印象・その15
青「あの子、馬鹿力だから、このままにしてると蹴破ってくるかもしれないわよ?」
朱(何か今、青衣にトラと一緒にされたような……)
fin.




