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冷宝  作者: 霧宮 夢華
報告書2~稜鏡~
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56部目

 最初から、毒気を抜かれた気分になる。

 何か今、変な言葉が聞こえたような……。


「と、トラトラ?」


「みんなのことは知ってるよ〜。チュンちゃんに、たっちゃんに、ムームーに、トラトラ!」


 ……最早、誰が誰のことを指しているのか。

 自分のだけは分かる。「トラ」とつくのは自分しかいないのだから。


「トラトラ、この中だったら一番強いんでしょ〜? シィ、ちゃんと調べたよ〜」


 まるで、小さい子が「だから褒めて!」とねだっている物言いに、ペースを掴み損ねる。挑発といった悪意が感じられない分、非常にやりにくい。


「……ああ、大体それで合ってる」


「ほんと〜? やったぁ〜!」


「それで、俺からも一つ聞きたいんだが、お前が持ってる鍵を寄越してくれないか?」

「うんいいよ〜」


 断られること前提で、まずは平和的な交渉を持ちかける。が、予想に反して返ってきたのは、了承の意の即答だった。


「あ〜、ん〜、でもそうすると後できょ〜そさまに怒られちゃうよね〜。倒して来いって言われているし……。シィ、怒られるのはやだなぁ……」


 「う〜ん」と腕を組み、真剣になって何かを考えている。無防備なことこの上ない。

 「でもめんどくさいのもやだなぁ……」と、ブツブツ言いながら悩んでいる。コイツは本当に幹部なのか。


「おわっと!!」


 突然、シイトが若干オーバーリアクションげに驚く。


「ちょっとトラトラ〜、不意打ちはダメだよ〜」


 むくれた顔で拗ねたように注意する様子に、秀虎は苦い顔を返す。


 実力行使作戦、失敗。

 シイトが悩んでいる内に、秀虎は波術を打った。相殺されてしまったが、遅れて気づいたついでに相殺できるほど単純な波術は打っていない。

 見せかけだけで本当は隙がないのか、はたまた波術の扱いに長けているか。どちらだとしても厄介だ。


「も〜、シィ怒ったもんね。やっぱりこれはあ〜げない。トラトラが悪いんだからね〜」


「あっ、おい、待て、クソッ」


 「みんな、あとよろしくね! ベ〜だ」と最後に舌を出して言い捨て、シイトは部屋から出ていってしまう。

 追えればよかったものだが、シイトが今まで階段で待機させていた団員達が動き出し、再び秀虎に襲いかかった。


***


 「えっ……」


「これって……」


「……ボタン?」


 黒い壁に埋め込まれた赤い丸。これみよがしに「押してください」と主張する配色。

 ボタン以外の何に見えるだろうか。随分と大きいが。


「……押さない方が、いいよね?」


「そ、うね。……見なかったことにしましょう」


「でもさ〜、これ以外ないんなら押してもよくない? 先に進まないよ〜」


「それも一理あるけど……」


 慎重派の青衣・悠武と行動派の朱音。ただ、朱音の言っていることもあながち間違ってはいないため、青衣は悩みに悩む。


「じゃあさ、朱音はこのボタン押したらどうなると思う?」


「えっと……壁が開いて奥に進める、とか?」


 一応、この後の展開を予想しないでものを言っているわけではなかったようだ。

 悠武の質問にまともな答えが返ってきたのをみても、「先に進まない」と言っていた朱音の言動とは矛盾していない。悠武も素直に「なるほどね」と納得する。


「選択肢は二つよ。押してその後の変化を調べるか、押さずにトラの援護に行くか。どっちにしろ、誰かしらはこの部屋に残ることになるわ」


「今んところ、この部屋が一番安全だもんね」


「トラ迎えに行ってから、みんなで検証する方が確実? 変なことして、合流できない方がマズい、よね?」


「そうね……多分、最終的には押すことになるだろうし……」


「んじゃ悠武の案採用ってことで。誰がトラ迎えに行く?」


「僕が行くよ。反対側の階段だよね?」


「ええ。気をつけて」


 方針が一致し、悠武が部屋を出る。

 部屋には朱音と青衣が残される。青衣は壁に背を預けて腕を組み、朱音は体育座りでウズウズしている。


「朱音、勝手に押すのは無しよ」


 今すぐにでもボタンを押したい衝動に駆られているのを見抜かれ、「分かってるよ〜」と反論しつつも、その様子はお預けをくらっている小さな子供のようだった。


「これはただの勘だけど、この感じだったらトラも幹部の誰かと当たっていてもおかしくないと思わない?」


「うん? あ〜確かに。てことは、トラも鍵を持ち帰ってくれるかもしれないよね」


「悠武が当たったようなお間抜けさんでなければね。とすると……」

「ドアが二個開く」


 単純明快な結果を、朱音が青衣から引き取る。

 実際に二つ開くことは確定しているのだが、秀虎の結果を彼女達は知る由もない。


「で、検証の個数も増えると。あ〜も〜ヤダ〜」


 大の字に寝転がる朱音に「駄々こねないの」と青衣は冷たく窘める。

 それから顎に手を当て、青衣は今後の方針を練ることにした。


 まず、秀虎が鍵を持ち帰る。この仮定は前提条件としよう。

 検証は二パターン。部屋を回す前と回した後にそれぞれ扉を開けなくてはならない。リモコンは青衣の手にあるため、その点に関しては自由自在だ。不便はないが、強いて言うなら回転速度が早められればもっと最高だ。

 朱音が開けた扉のパターンを辿るならば、どちらかは部屋に繋がっており、どちらかはボタンが現れる。部屋であれば入って調べるのみだが、ボタンが出てくるとなると、二種のボタンとの兼ね合いも考えなくてはならない。当然、扉の先がそれら以外のパターンも存在する。

 幹部を倒さなければ鍵は手に入らないのだが、新しい入り口すら見当たらない。つまり、鍵の奪取以前に、幹部と遭遇する方法を編み出さなければならない。


 外から行かせたSクラスの様子も不明。

 問題は山積みだ。


「青衣、青衣!!」


「今度は何?」


 またいつもの構ってグセが出たのだろうと青衣は踏んでいた。実際いつもそうであり、扱いも、話半分のぞんざいくらいで丁度いい。

 しかし、次の朱音の一言で表情が一変する。


「この部屋……動いてる」


「えっ!?」


 リモコンは一切いじっていない。

 扉の間の回転システムは、この部屋に人が入ったら作動するものであり、出ていく分には感知されない。


 青衣は神経を研ぎ澄ませる。リモコンに触っていないが、もしかしたら何かの弾みで押されてしまったのかもしれないと思って。

 しかし、その可能性は即座に打ち消された。


 逆回転。

 青衣のリモコンから成される回転と逆側に、部屋が回っているのだ。


「青衣! リモコン押して!」


「……ダメよ。回転途中で操作は出来ないみたい。何回もやったわ」


 やがて、止まる。

 すると、カチャッと鍵の開く音がして、さらにノック音が二回も聞こえた。


「……誘われてる?」


「そのようね」


 それきり音はしないが、確かにどこかの扉が開いた。


「どこら辺?」

「そこら辺り」


 朱音が指差すのは、赤・橙・黄のドアノブの扉がある場所付近。

 赤はもう開いているから除外。となると、橙か黄の二択だ。


「行く?」


「……いいわ。乗りましょう」


 リモコンの操作も受け付けないところからも、もう行くしかないように誘導されている。

 朱音も立ち上がり、青衣の近くに寄る。


 順番的に、赤の隣を確かめる。

 青衣が橙のドアノブをゆっくり回して少し引く。突っかかる感じはない。

 二人は顔を見合わせてから頷き合い、息を整えてから扉を引いた。


「あなたは……!」


「コトウのお馬鹿さんが渡し忘れたみたいだから、届けに来たわ」


 扉の向こうにある部屋にいる人物を見て、反応したのは青衣だ。

 首から下げた橙の鍵を顔の前に持ち上げ、軽く揺らしていた。


「青衣、誰?」


「さっき話した、悠武の対戦相手を回収した別幹部よ」


 表情を険しくする青衣をよそに、その人物は鍵を服の内側にしまい込む。


「ボスから言い渡された筋書きはこうよ。私に勝てば、鍵が二つ手に入る」


「わざわざそちらから来てくれるなんて、どういうつもり?」


「ボスの命令。以上よ」


「あら、自分の意思がないのね」


「学校の命令で動いているあなたも同類よ? 墓穴掘ったわね」


「犯罪者と一緒にしないでくれる?」


 冷え切った舌戦に、部屋の温度が下がっていく錯覚を覚える。

 突然、その空気を「ああ!」という声が切り裂く。場違いに明るい、朱音の声だ。


「思い出した! どっかで聞いたことあると思ったら、Sにコテンパンにされた子じゃない?」


 悪気なく、自分が思い出したことを溌剌と説明する朱音の言葉に、幹部は一瞬だけムッとなった。


「えっと、確か名前は……」

「ソウミ」


 名前を言おうとしていた朱音より早く、幹部が名乗り出た。


藍光らんこうリーダー・ソウミ。Sクラスには随分お世話になったわ」

朱音おばかちゃんの第一印象ふぁーすといんぷれっしょん・その14


舌戦・青衣vsソウミ

(ヒョ〜、メッチャ恐っ!)


fin.

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