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冷宝  作者: 霧宮 夢華
報告書1~編入生~
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6部目

 空気が凍てつく。時だけが密かに流れる。


 瑠璃の抱えていた事情は、あまりにも重すぎた。


 幼くして、家から強制的な勘当をくらった。

 極限状態を経験した。

 サバイバルをやってのけた。


 ──5歳から、ずっと。


「ひどいことをする親がいるもんだね」


 礼羅がボソッと毒突く。


「瑠璃の何が気に入らなかったんだか」


「こういうことを聞くのもなんだけど……その……瑠璃はお父さんお母さんのことを恨んだりしてないの?」

「恨んでません」


 孝子の疑問に瑠璃は即答で返した。


「もし私のことで揉めていたのであれば、最後の最後まで私を守ろうとしてくれたためだと、信じています」

「ホントに?」


 すぐさま反応したのは、瑠璃の横にいた智佳だった。

 その素早い反応に呼応するように、瑠璃は首を智佳の方に向けた。


「本当に、瑠璃は恨んでない?」


 念を押すように聞いてくる智佳を不思議に思いながら、疑る視線に「はい」と確信をもって答えた。


「なら、解決だねっ」


 智佳は瑠璃の両肩にポンと手を置き、瑠璃を真っ直ぐ見つめた。


「入っちゃえば同じだよ。一緒に強くなろう!」


 ………………?


「お前、何言ってんの?」


 誰一人として、智佳の意図が理解できなかったのは、先程の仁の発言から容易に想像できよう。頭にハテナマークが浮かんでいたはずだ。

 そんな周囲の反応が逆に理解できずに、智佳は「へ?」と間抜けな声を出していた。


「だってさ、サバイバル生活は今もうしてないじゃん。勘当されてもお父さんお母さん恨んでないなら瑠璃が復讐にはしることもないじゃん。あとは、瑠璃が弱いまんま入ったってことをどうにかすれば、ほら、全部解決!!」


 自慢げに語る智佳に「ああ~」と感嘆の声を漏らすも……。


「やはりお前は馬鹿だったな」

「バカなのは知ってたけど、ここまでバカだったか……」

「ちーちゃん、さすがにそれはないよ……」


「もー、みんなバカバカ言い過ぎ!!」

「いや実際バカだろ!! 話聞いてた!?」


 義明・礼羅・悌二に頭を抱えられたり呆れられたり、最終的に仁に反論返しされ「仁にだけは言われたくないね」「お前よりは賢いから」と口喧嘩が始まる始末。そこに3人も加わり、4対1で智佳責め。

 しかもあろうことか、智佳理論に呆気に取られる担任と副校長の前で。


「でも、智佳の言う通りかもね」


 智佳とは逆隣にいた孝子が、瑠璃だけに聞こえる大きさでコソッと呟いた。


「事情が事情だし、分かったようなこと言えないけど……これから三年間、一緒に頑張りましょう」


「分からないことがあったら何でも聞いてね」


 その横にいた信乃も、孝子越しに顔を覗かせた。


(無償の温もりなんて、いつぶりだろう……)


 受け入れてくれない、と思い込んでいた。


 瑠璃の裏入学は、実力一本で入学を掴み取った東志波生全員の努力を踏みにじる行為である。

 勿論、無理矢理頼み込んでだとか金を積んでだとかをしていない以上、全くもって瑠璃に非はない。安定した生活と引き換えであれば、誰だって飛びつく話だろう。


 しかし、「事情」という強い武装があるにせよ、基本は許されざることに変わりはない。


 入学資格を満たしていない者が、居ていい場所ではない。

 東志波は、そういう学校であらねばならない。


 最高峰レベルの選抜、9年間の密で周到な実技教育、そして実践経験。

 新参者、ましてや使い物にすらならないのが加わったところで、足手まとい認定されて総すかんくらうのは目に見えている。


 だが、実状はどうだ。

 少なくともDメンバーは、自分達の足を引っ張りかねない瑠璃に対し負の感情を一言もぶつけず、そんな空気すら微塵も醸し出していない。


 瑠璃の事情に耳を傾け、瑠璃の話したままを受け止め、気さえ遣ってくれた。


 先生がその場に2人もいるから?


 違う。


 先生の目を気にする連中なら、今なお「教育」という名の智佳リンチは続行していない。


 要はあの時、瑠璃がクラスメイトの一員になった瞬間から、D8人は瑠璃を「新たな仲間」としてとっくに迎え入れていた。


「ありがとう……ございます」


 少し震えの混じった声で、花が綻ぶような笑顔で、瑠璃はお礼を言った。


 この瞬間に、温かみがあることに。

 この温かみの懐かしさを、思い出させてくれたことに。


 この温かみが、仮初めでも続いてくれそうなことに。


「瑠璃さん、大丈夫?」

「……泣きそうです」


 ──この胸を押し潰す、罪悪感に。


「あ~もー、お前らいい加減ケンカやめろって」


 喧嘩のうるささに耐えかねたのか、忠がようやく仲裁に入った。


「敵わんな」

「そうですね」


 同世代だからこそ生み出せる軟らかさ。

 途中から大人二人は口出しすることも忘れ、温かい目で生徒達を見守っていた。


「諸君、聞いてくれ」


 梅崎が手を叩くと水を打ったようにピタッと私語を止め、全員が梅崎の方を向いた。


「このことは他言無用で頼む。無論、他クラスや家族にもだ。いいな」


 「はい」と凛とした返事が、館内にこだまする。


「私からは以上だ。今日は、テストだけだったな。なら、解散」


 副校長直々に解散宣言がなされ、直後に「鈴川君」と梅崎に呼び止められた。


「重ね重ね、申し訳なかった。上層部へは上手くやっておく。君の生活もかかっているしな」


「はい。よろしくお願いします」


 安寧な日常生活確保のためにも、上層部への上手い対応は心の底からの梅崎への願いだった。

 とはいえ、「無理を承知での約束」と最初に言い出したのはクリーンでホワイティーな上層部なので、お咎めなしとなる確率が極めて高いが。


 すると、次に近づいたのは冥奈。


「Cは嫉妬深くてBは選民的」


 冥奈の言っていることが分からなくて、瑠璃は首を傾げた。


「全員が全員じゃないよ。でも、クラスの毛色がそんな感じでね。あの子達は、合同授業なんかでそれを目の当たりにしてきたの。だからこそ、自分達はって気持ちが強いんだと思う」


 「自慢のいい子達だよ」と、本心から誇らしげに冥奈は語った。


 体育館を背に去り行く、自由奔放で子供じみているが、受け入れることの強さを知っている、クラスメイトの姿。

 その背中に、「いつか……」と幻想を思い描いてしまう自分自身を、瑠璃は許せなかった。

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