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冷宝  作者: 霧宮 夢華
報告書2~稜鏡~
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54部目

 電気が点いている今、階段を駆け下りる青衣の姿がよく見える。

 その光景を捉えると同時に他の情報も目に入り、青衣の方へと近づきながら、悠武は周囲を見渡す。


 広さはおそらく、この建物の床面積と同じと見積もっていいだろう。

 白よりの灰色をしたコンクリートが床と壁と天井の組成である、無機質な空間だ。

 その中央に、上へと繋がる長い階段。見上げると階段が宙に浮いているような設計がされており、改めて手すり無しの恐怖を再認識させられる。場所によっては、落ちたらひとたまりもない。

 観光気分で建物見物など、心にゆとりがある時しかできない。そう、コトウを倒し終えた今がまさに。


 階段を下りきった青衣は、倒れているコトウを一瞥すると、「勝ったのね」と自分の把握状況を伝える。


「お疲れ様」


「ありがとう。でね、これからここの調査をしようと思うんだけど……」


「分かった。私も手伝うわ」


「えっ……でも、朱音は?」


「因縁の相手と戦闘中。ほっといて大丈夫よ」


 いくら朱音といえど、戦闘中は目の前の相手に全身全霊だ。その間は余計なことをしている暇などないし、放浪癖も発動しない。負の信頼である。


「けどそこまで時間はないから、早く終わらせて朱音と合流するわよ」


「──そんなことしなくても、もうここには何もないわ」


 自分のでも味方のでもない、女の声がする。

 咄嗟に二人が振り返ると、いつの間にコトウの側に、小柄で華奢な女子が立っていた。

 気配すら感じさせずに。


「……誰?」

コトウ(これ)の同僚」


 怪訝な顔をして聞く悠武に、床で眠りこけているコトウを指差して簡潔に答える。

 涼やかな無表情には、二人に対する無関心が表れている。


「何しに来たの?」


「コトウの回収よ。もう戦闘不能でしょ?」


「回収してからどうするつもり?」


「知らないわ。そこからはボスの仕事よ」


 青衣の質問攻めに、あくまでも「回収」という業務に徹する姿勢を崩さない。

 否、本当にそれしかする気がないのだろう。


「なら、なおさら行かせられないわね。持ち駒の復活に繋がりかねないわ」


「どっちにしろあなた達と戦う気はないから、私は退散するわ」


「させると思う?」


 青衣の飛ばすプレッシャーを、意にも介さず受け流す。

 そして疲れたようにため息をつき、無関心の瞳が青衣を真っ直ぐ捉える。


「ボスに、あなたと私は似ているって言われたわ。性格とか、口調とか」


 唐突に脈絡のないことを語りだす相手に、青衣は沈黙で応対する。聞く耳は持つが、困惑せず、過剰に身構えず。


「だから、ボスにこう報告するわ。『確かに。けど、心外だわ』って」


 細い片腕がコトウの首根っこが一気に釣り上げたのを最後に、明かりが落ちる。

 悠武が最初にこの地に降り立ったときの暗闇が再来するが、ライトをつける間もなく、部屋の明かりが戻った。


 ──幹部二人の姿も、消えていた。


「あの時と、同じ……」


 悠武が指しているのは、最初の瑠璃の消え方。

 消失マジックでも見せられているような演出に二度も遭い、未だにトリックの片鱗も掴めない。


 暗に、「ボスの所へ戻る」と言っていた言葉の数々。つまり、このカラクリを解けば教祖・ハクへの直行便になる可能性が極めて高い。見つけ次第、利用しない手はない。


「ねぇ、青衣」


「ん?」


「さっきのあれ、信じる? 『ここには何もない』ってやつ」


 青衣は、うんざりしたようにため息をつく。

 悠武にでも、自分にでもない。堂々と嘘をつかれたことに対して、だ。


「最後にあんなの見せられて? 信じるわけないでしょ」


***


 「せいやっ!!」

「ハァッ!!」


 脚と脚が、骨にまで響き渡るほどの衝撃をもって交差する。

 軋む痛みを押し込めて力押ししようとするが、ドローを悟り両者飛び退く。パワーはほぼ互角だ。


 女の意地。

 因縁の相手を前にしている構図で、これ以上に相応しい表題はない。


「へぇ……釣り合うようになったじゃないかい」


「てってー的に鍛えたからね。元々無いわけじゃないし」


 オオカの見下した物言いに、朱音も憎まれ口を返す。

 時間稼ぎのためわざとだったにせよ、あの時オオカにパワーで負けていたことは純然たる事実だ。時間は少なかったものの、それでもオオカと張り合えるぐらいには仕上がっていた。


「それだけアタイのこと意識してくれたのかい? 嬉しいねぇ」


「思ってもないくせに。こっちはずーーーっとムカついてたんだから!」


「おっ、奇遇だねぇ。……アタイもさ!!」


 踏み込むオオカに朱音も真っ向から迎え撃つ。


 両者、自分の右拳を相手の顔面目掛けて放つ。二人共、相手の顔に痣を作る気満々の一撃だ。

 先に手が伸び切ったのは朱音。しかし、狙いが見え透いているそれはいとも簡単に避けられてしまった。

 が、朱音はオオカの拳を避けると同時に、踊るオオカの髪の一房を素早く逆手に掴み、腕を振り払うと同時に髪を引き千切らんとする勢いで、オオカを後頭部から地面に叩きつけようとする。

 束となった鋭い痛みを伴って引っ張られるオオカだったが、朱音が手を離した瞬間に足の踏ん張りをきかせ、転倒を防ぐと共にバランスを立て直した。

 そこへ朱音が間髪を入れずに追撃を仕掛ける。オオカも即座に対応し、手技足技入り乱れる攻防戦が繰り広げられる。込める力には、いかに相手を醜くさせるかという怨念が宿っているようだ。


「チッ、チビのくせに鬱陶しい」


「アンタだって! そのデカパイ邪魔!!」


「ハッ、僻みかい? 哀れだねぇ」


 分かりやすく蔑むオオカに、朱音も分かりやすく苛ついた表情を見せる。

 そこからは神業のごとし。朱音は自分の右側面から、身を小さくしてオオカの胸下に入り込むと──。


「割れろ」


 朱音のものとは思えないほどドスの効いた声で呟くと、右足の外側面でオオカの胸を思いっ切り蹴り上げた。

 速さも相まった予想外の攻撃は、ノーガードのオオカに最大限の威力を十全に伝えた。背中が海老反りになり、受け身もままならずにオオカは床と衝突する。


「肉体の武器が通じるのはこの世でバカトラだけなんだからね!」


 起き上がろうとするオオカに人差し指を突きつけ、張本人が聞いたら本気でシバかれそうな偏見を朱音は口にする。


「……アンタごときに使うかバーカ」


 ふらつきをおして、オオカは立ち上がる。強気な姿勢は崩れていない。


「もう無理するの止めたら? 力、入ってないよ?」


「ここでやめちゃ女が廃る、ってね。余計なお世話だよ」


「あ、そ。んじゃ次は何してほしい? 身長短縮? ウエスト消失?」


「アンタのケツかっ裂いてやんよ!!」

「じゃこっちはもっと腫れ上がらせてあげる!!」


 再び、正面衝突。

 オオカが朱音のみぞおち目掛けて拳を放つが、それが届く前に朱音は跳躍。視界から消える。

 朱音はオオカの左側に身を寄せると、その横っ面に膝を喰い込ませようとする。直前で気配に気づいたオオカは咄嗟に屈んで回避すると、一気に伸び上がって朱音の足の付け根へ頭突き。上手くいけば急所へもダメージを与えられるその攻撃を、朱音はオオカの頭の位置を正確に捉え、そこに自分の太腿を落とした。


 地に足つけたオオカがバランス面では圧倒的に有利であり、どう足掻いても、朱音はオオカの頭を叩き落とせない。

 だからこそ、太腿がオオカの頭に乗った瞬間に、朱音はもう一方の浮いている足でオオカを蹴り上げた。それはもう、素人目では同時に見える早業で。


 朱音は尻もちついただけで済んだが、身体のどこかしらの部位に直撃したオオカは後ろへ吹っ飛ばされた。


「っつぁ……」


 尻をさすりながら立ち上がる朱音は、オオカの様子を注視する。

 足を朱音の方へ向け、仰向けの状態のままピクリとも動かない。


「早く起き上がりなよ。変な演技とかいらないから」


 そう声をかけるも、オオカは指一つすら動かさない。もし演技しているのなら、反応してしまった時点でアウトだが。

 足音を消して慎重にオオカに近づく。目を閉じ、顔を横に向け、伸び切っているように見える。


「えっ、死ん……だ?」


 目線を急いで胸にやる。大丈夫。動いていた。


「じゃあ……気絶?」


 風呂の温度を確かめるときの要領で、朱音はオオカの腹をつま先で押し、すぐ放す。これを2回くらい。足蹴にするあたり、容赦ない。


「えっと……ラッキー?」


 結論。打ちどころが悪く、気絶。

 どこを蹴ったのか、無我夢中だった朱音も記憶がない。しかし、脚力の強いオオカが踏ん張りきれなかった威力だったということではある。


 念には念を入れて「眠」の単波のみを施し、受波を確認してから鍵を奪う。


「なんか……呆気ない」


 自分の顔の目の前で赤い鍵をぶら下げ、朱音は一人ぽそっと呟いた。

朱音おばかちゃんの第一印象ふぁーすといんぷれっしょん・その12


(これから……これから成長期だもん!!)


fin.

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