52部目
「会議で希望してた通りの対戦相手を最初に当てる?」
椅子にどっかりと座って、デスクトップで分割されている複数のモニターを監視しているハクに投げかける。
現在、Aの三人と当たっている幹部三人は、それぞれどうしても戦っておきたい相手がいると会議で言っていた。
役割分担を決めるときに、真っ先に主張して譲らなかった。特にオオカとコトウがやたら執着していたが、瑠璃的には、タイクが秀虎と当たりたいと望んでいたことに意外性を感じた。もっと後の方、変な言い方をすると中ボスあたりの配置に異論なく就くものだと思っていたからだ。
「どうせ戦うなら万全に近い状態の方がいいだろ? お預けが我慢できるようなタイプでもない」
確かに、わざわざ指名しているのに、相手が弱りきった状態で現れたら萎えるのだろう。それをラッキーと受け止められるのは、暖グループである赤光・橙光以外の理性的な人々だけだ。
「それに、自分以外の人に先に倒される心配もない」
確実性と士気のためにも最初にぶつけた。これが、ハクが出した結論である。
「にしてもいいね。後出しジャンケン制度」
「上の特権だ。使わずしてどうする?」
Aクラスの動きを見てから、置きたい場所に幹部を置く。圧倒的なアドバンテージだ。
「で、俺的には今フリーの青衣って奴にどうしてもぶつけたい奴がいる」
「誰?」
モニターの青衣は、現在扉の間で何やら考え事をしている。
室内を、ゆっくりとしたペースだがウロウロ歩き回り、扉一つ一つの前で立ち止まってはまた顔を下げるの繰り返しだ。
「似た者同士、ってやつだ」
***
「つまり、お前を倒してその鍵奪えばいいんだな?」
ルールを一通り聞いた秀虎が、タイクに最終確認を飛ばす。
「その通り。もし倒し損ねたら、全力で奪い返しに行くしね」
柔和な笑みを浮かべたまま、手を後ろに組んだタイクが答える。
「どこの鍵だ?」
「う〜ん、それを言ったらゲームにならないからなぁ。自分で見つけてよ」
「なるほどな。教えてほしきゃ力づくで聞き出せと」
「おぉ怖い。心配しなくても探せばあるし、最初みたいに分かりにくいものでもないから」
情報搾取は不可能。タイクはのらりくらりと躱してくる。
「あっ、でも嘘つきとか言われたらイヤだから補足しておくと、確かに僕は君達の仲間奪還に必要な鍵だとは言ったけど、それは扉の向こうに仲間がいるってことと同じじゃないからね」
タイクの持つ鍵がどこかの扉の鍵であるというくだりは聞いていた。
ただ、鍵穴の合致した扉の先のことは一切聞いていなかった。同級生が隠されている部屋に繋がっていると思い込むのが普通だろう。だがそうではないらしい。
「とことん、時間稼ぎをしたいみたいだな」
「やだなぁ、ゲームを楽しんでもらいたいだけだよ」
「けど、俺達にはそんなものに付き合う時間は──ない」
初動で相手の懐に入り込んだ秀虎は、腰を落としてタイクのみぞおちに一発拳をかます。
不意打ちが功を奏し、ドスッと重い音を立ててからタイクを壁際へと吹き飛ばす。そのまま壁際で追い詰める算段だったが、受け身をとったタイクは壁を両手と片足で突き飛ばし、推進力に変えて真っ向から秀虎に突っ込む。
拳が交り合い、腕が交じり合い、脚が交じり合い、一撃一撃が鉄球を投げ当てられたかのような重量をもつ体術の応酬が続く。
「へぇ……やるね」
「デブは大体スピード遅いからな」
「君も似たようなものでしょ?」
「うるせぇ。俺の場合はマッチョだっ……!!」
タイクからの強烈な肘突きを右腕で受け止めるも、場所が悪かったのか痛みがそこを起点に左右に走り、腕を払いのけると同時に距離をとる。
「……っ」
ジンジンと主張する疼きを意識の外へ追いやり、秀虎は体制を整える。
(コイツ……っ)
──似ている。
戦闘のスタイルが自分とそっくり。影を相手取っていると言っても過言ではないくらいだが、コピーされているのかと言われればそれは違う。
試行錯誤を重ねた結果、自分に合ったものが細かいところもたまたま被った。タイクの淀みない動きが、それを証明していた。
「思った通りだ。やっぱり僕と一緒」
「一緒にされたくねーけど……今回ばかりはその通りだな」
「実はね、あそこで君を見たときから、なんとなく気になってたんだよね。ワガママ言ってよかった」
なんとなく、認めたくなくて秀虎は黙った。
シンパシーを感じてしまったのは、なにもタイクだけではない。オーラが、匂いが、秀虎に馴染みのあるものとして五感を刺激していた。ぶつかったらどうなるのだろうと、一種の昂ぶりさえあった。
それがまさか、あちらのワガママで初戦であたるとは。
「ただ一つ大きく違う点を挙げると……君、舞波でしょ?」
「……それが?」
どうせ素性は調べ上げられているので、秀虎は間接的に肯定する。
秀虎の所属は舞波流。攻撃力と機動力に重きを置いた流派である。
「僕……源極なんだよね」
「えっ──」
驚く暇も束の間。
タイクは秀虎の間合いに飛び込み、身体を旋回させて回し蹴りを繰り出す。その穿った爪先を顔をわずかに後ろに反らすことで回避すると、秀虎は反動で二歩ほどさがる。
「でもっ……お前……」
「源極を強要されてきたけど、ずっと舞波に憧れてた。家族にも内緒で、独学で練習してたんだ」
間合いに入り込んでは攻撃の手を止めないタイクに、秀虎は避ける躱すの防戦一方。
「兄弟がいたんだけど、僕だけ落第の印を押されてね。それでも源極を練習しなきゃいけない毎日は、とても辛かったよ」
先程からの数々の体術は、全て舞波流の技。相手に攻撃の隙を与えずガンガン攻めていくスタイルは、まさしく舞波流の象徴そのもの。
「君を……羨ましく思うよ」
脇腹への拳の一閃。真正面から打たれるそれは、掠っただけでも押さえてやっと動けるレベルの致命傷を与えるほどの密度だ。
しかし、秀虎はここにきてやっと、タイクの攻撃を受け止める。パシッと掌に重い音が響かせると、空いてる手で素早くタイクの横っ面を殴り飛ばした。
「……やっぱりな」
秀虎は低く呟くと、頬を押さえて立ち上がろうとするタイクを見据える。
「確かにお前、源極には向いてねーな」
「だから言ったじゃん。それは自分が一番良く分かってるよ」
「だな。でも……舞波にも向いてねーよ」
「なんだって?」
タイクの顔つきが険しくなる。
秀虎は、別に挑発しているつもりはさらさらなかった。タイクの表情の意味は、純粋な疑問と、是が非でも問い質さねばという使命感だった。
「ま、いきなり言われても納得できねぇだろうから教えてやるよ。でついでにお前にも勝つ」
***
「オラオラオラァッ!!」
「くっ……」
コトウから放たれる速撃の数々を、悠武は一つずつ丁寧に捌いていく。慎重で、それでいて確実で、まるで悠武の性格がまま反映されているかのようだ。
「っはあ!」
タイミングを見計らって、カウンターに出た悠武がコトウを撥ね返す。バランスを崩したコトウだが、宙返りで着地し持ち直す。
「どうしたどうした!? あん時俺に勝ったのはマグレか!?」
上機嫌で挑発をしてくるコトウに、悠武は少し顎を引く。
強くなっている。あの時より。
最初に戦ったときは、それこそ朱音達の様子を窺いながら勝てたのだ。つまりコトウという対戦者は、悠武にとって余裕で勝てる相手であった。
だが今回はどうだ。悠武がやや劣勢にあるではないか。なにより、この前よりスピードが上がっている。
「こちとらお前との再戦を待ち望んでいたのに、拍子抜けってヤツだ! まぁ、ぶちのめしやすくなったけどな!」
コトウは跳躍すると悠武に襲いかかり、再び例の速撃の雨を降らす。
捌く悠武は技量的な問題はないものの、どうしても攻撃が与えられない。
(でも……なんでだろう?)
目の前の相手に集中しながらも、悠武は変な取っ掛かりを覚えていた。
違和感──そう括ってしまえば、確かにそこらのジャンルの感覚なのだが、もっと細分化するのであれば「既視感」であった。
だからこそ、悠武の体はまるで染み付いた動きをこなすが如くであり、そこに戦略的思考はなぜか伴っていなかった。自動操縦されていると言っても過言ではない。
(で、このタイミングで)
カウンター。とついでにお腹を蹴り飛ばす。
しかしコトウはカウンターを躱し、回避が間に合わないお腹は両腕をクロスして庇うことにより、ダメージを軽減。見切られていた。
「ハッ! だんだんお前の動きが分かってきたぜ。というか、さっきから同じのばっかだもんな!」
「……っ、君の動きだって、大差ないよ」
「あっれ〜? それに押されてる奴がそれ言っちゃう〜??」
いちいち神経を逆撫でしてくる挑発だが、事実なので悠武は反論を控えた。
「ヘヘッ、これぞ俺の真骨頂! スピードバトル!! 速すぎて手も足も出ないだろ〜、な、なぁ!!」
そう、対コトウ戦において一番厄介なのがそのスピード。身軽と小柄を掛け合わせたらここまですばしっこいのができてしまったと、そんな塩梅だ。迷惑なことこの上ない。
「ほんじゃ、まだまだいくぜ!!」
飛びかかる。獲物を仕留めんとする獣のように。
炸裂する。手が、足が、交互に、一遍に。
対する悠武はたった二本の腕と身のこなしのみで、受け止め、いなし、流し、弾く。
攻撃を受けても痛くない角度、同時に自分の身も守れる角度、次の動きの妨げにならない角度。分かる。知ってる。覚えてる。
(なんで……なんで僕は……)
この疑問さえ解決すれば、コトウを倒すための糸口が掴める。
だって……身体がそう主張しているのだから。
なぜ分かるのか、なぜ知っているのか。
なぜ、覚えているのか。
「ほらほら、悔しかったら反撃してみろ〜」
──反撃は無理。前もそうだった。
「まっ、ついていくので精々だろうな、ご苦労さん」
──でもついてはいけてる。前もそうだった。
「お前が追い詰められるのも時間の問題ってやつだな!」
──最終的に追い詰められたのは相手。確かそうだった。
──いつだ?
(いつのことを、僕は重ねて……)
「なんたって俺は……」
──『だってわたしは……』
上から、下から、重量のある速撃が二撃。
悠武は両腕でほぼ同時に受けきる。
「世界一最速の男!!」
──『せかいでいちばんはやいもん!!』
頭が急速に冴える。霧が一瞬で払われる。
悠武は両腕に受けていたものを払い除けると、自ら後ろに下がってコトウと距離を開ける。
「そっか……だから……」
身体に、自分の意思が戻ってくる。なんと軽く、なんと晴れやかなのだろう。
正体が判明してしまえばこっちのもの。もう、戦闘以外で悩まされることはない。
「おっ、とーとー怖気づいて逃げたか? おーい」
「確かに、君のスピードバトルは脅威だよ」
静かに語りだす悠武の声は、とても澄んでいた。
「なになに? それは敗北宣言ってやつぅ?」
「ううん、違うよ。だからね、攻略法を見つけたんだ」
強がりやハッタリにしては、あまりにも真っ直ぐで落ち着きすぎていた。
「スピードバトルが得意なのは、君だけじゃないよ」
朱音ちゃんの第一印象・その10
扉の間調査中
朱「ぶぅわぁ〜っくしゅっぶるっうるっぅえ〜」
青「ちょっと! 変なクシャミするんじゃないわよ!!」
朱「あ、ん、ゴメン。(誰!? 私のウワサしてるの……)」
fin.




