51部目
「へぇ、Sを外から行かせたか。なかなか機転が利くな」
「それも対策済みのクセに……」
***
ジンジンと痛む爪先を、「騙」の波術を自分に施すことにより痛覚を騙し、青衣は例の穴へと歩を進めた。
三人が穴の中に入ってから約十五分後、Sクラスが到着した。
出入り口はすんなりと開き、連絡が途中から取れなくなったことによる説明を、ヒロトから求められていた。
『ああ、それは……』
「圏外」。そう口にしようとした時には体の方が早く動いており、青衣は後ろにいたコウマごとヒロトを外へ突き飛ばしていた。
事態に焦ったかのように閉まりゆく扉に自身の爪先を差し込む。ギリギリと圧力をかけていく扉に苦悶の表情を浮かべながら、二人に向かって最低限の指示を飛ばして──痛点が限界を迎えた。
(ちゃんと伝わったかしら……)
ゲームに巻き込まれている。
監視されている。
中からのみでは時間がかかる。
伝えるべき事項は山ほどあったのに、結局伝えられたのはあれだけ。
ゲームのくだりは分からずとも、せめて正しい解釈さえしてくれれば……。
(頼むわよ)
自分の伝え方も悪かった気もするが、状況の方がもっと悪かった。
信じて祈るしかないと割り切ってから、青衣は穴の中へ飛び降りた。
「えっ、朱音?」
「遅いよ〜」と非難がましい視線を向ける朱音に、青衣は本気で首を傾げた。
「遅い……って、どうして先に行ってないのよ」
「行きたかったよ! でも、トラが一緒に行けって……」
「あぁ、流石トラね」と、秀虎の意図を一発で理解した青衣は、拗ねる朱音をそっちのけに一人納得していた。
「それで、私達はどうすればいいのかしら?」
「左の階段」
「了解」
ゆっくりと腰を上げた朱音が、スタスタと足を進める青衣の後を追う。
最初は穴から漏れた光で足場が見えていたが、すぐに朱音の携帯ライトの出番が訪れる。
「ここって元々何の施設だったんだろうね」
「なんでもいいわよ、そんなもの」
「うっわ、機嫌わる〜」
「それより、さっきSには外から攻めてもらうように言っといたわ」
「えっホント?」
「あなたの作戦でしょ? 何驚いてるの」
自分の案がまさか青衣に採用してもらえるとは思っていなかったのか、朱音は緩む頬を抑えられない。「やった〜」と呟き、懸念材料で頭が埋め尽くされている青衣とは対照的に、ますます上機嫌になっていく一方だ。
「とにかく、中の攻略は私達でやるしかないわよ。気引き締めなさい」
「は〜い」と返事するゆるっゆるな朱音を、青衣は出来の悪い生徒を持った先生の気持ちで、頭の中の懸念材料を追加した。
「あ、光だ」
上から光が差し込む。すなわちこの階段の終点だ。
携帯のライトを消してペースを上げると、四畳ほどの小さな空間に出た。そこに扉が一つ。他は何もない。
壁に沿って、扉の両脇を二人で囲む。
目で合図をし合ってから、朱音が扉を一気に開けた。
そして、二人して固まった。
「なに……これ」
異様。この表現が一番しっくりくる。
入口の壁以外、部屋の壁は湾曲していた。そこに、等間隔に扉が七つ。七つ子の扉だが、ドアノブの色は異なっていた。
扉の間、とでも名付けようか。
とにかく、扉しかなかった。
「うん……開かない」
手始めに自分の近くにあった扉を試した朱音だが、案の定という結果に終わる。
「全部鍵かかってると見たほうが良さそうね」
「じゃ戻る?」
あまりにもあっさりとした極論に、青衣は頷くのを躊躇う。
戻るのはいいが、その後のビジョンが全く描けない。朱音同伴での行動を絶対条件とするときに、まず秀虎につくか悠武につくかでその後の展開が大きく変わる。仮に朱音と青衣別々の行動をとったとしても、先に行った二人にそれぞれが合流できるのかどうかも怪しい。連絡も取り合えない以上、計画通りの行動を狂わせるのはよろしくない。
かといって、動かないのもよろしくない。
「青衣に従うよ? 別にこのドア全部調べてからでもいいし」
あくまで司令塔は青衣。
人任せのような言動だが、朱音は自分の置かれた立場を正しく捉えていた。「戻る」と言われれば反対する理由もなく、「突破する」と言われれば全力を尽くすだけ。だが、重要な判断を下す決定権は持ち合わせていない。
毎度お約束のように先走る朱音だが、弁えるべき場面は弁えていた。
「……そうね、私の思い込みかもしれないわよね」
考えがまとまった青衣が顔を上げると、「全部調べるわよ」と結論を告げる。
「私はこっち半分をやるから、朱音はそっちお願い」
「了解!」
朱音は右側、青衣は左側から、順に調べていくというスタイルだ。
「もし開くドアがあっても開けないで。そのドアは一緒に開けるわよ」
「はいよ!」
力任せに突っ走らないためにも、青衣は先に忠告をしておく。
「あっ」となってからでは遅いのだ。
ドアノブを慎重に回し、少しだけ前に押す。その後、引いてみる。
どちらをやっても開きそうになければ、ダメ押しで次は力を込めて再確認。そして次の扉へ。
「終わったよ」
「どう? 開きそうなやつはあった?」
「ううん。こっちはなかった。」
朱音よりも慎重に事を進めていた青衣は、自分が調べるべき最後の扉に手を伸ばす。
慎重にドアノブを回し……。
「うん、開かないわ」
「全部ハズレか〜」
「まぁ、しょうがないわよね。さ、戻るわよ」
明らさまにがっくりしている朱音に、切り替えの早い青衣が次なる判断を下す。
朱音に言われた時に頷けばよかった、などと時間のロスを後悔しつつ、それでもこの部屋の存在は重要な情報だと思い直す。
鍵がなければあの扉は開けられないが、これはゲームだ。鍵は必ずどこかで見つかる。
「戻った後はどうすんの?」
「そこが問題なのよね。一緒に行動するか分かれるか」
「三一か二二かってことだよね」
「でも分かれ道の選択を間違えたら合流できなくて全員離れ離れになるわ。連絡もとれないのにそれは危険よ」
「確かに。あ〜早くS窓ブチ破って来ないかなぁ〜」
「まぁいいわ。戻りがてら考えましょう」
青衣は最初の扉に手を掛けて、特に警戒することなく開いた。
──まさか、そんなことが起こっているとは思わずに。
「随分と遅いんじゃないのかい? 待ちくたびれたよ」
別部屋。
行きに上がってきた階段は姿を消し、目の前には何もない、わりと広めの空間が広がっていた。
そこに同い年くらいの少女が一人。赤メッシュを入れたロングの黒髪に抜群のプロポーション。余裕そうに笑う顔と胸の前で組まれた腕からはどこか威厳が漂い、二人を見下す視線には愉悦が感じ取れる。
「どう……して」
一番動揺していたのは、意外にも青衣だった。
あり得ないことが起こったのだ。少し目を離した隙に、部屋の向こう側が変わっているなど、誰が考えようか。
──目を離した隙に?
「朱音! あなた、いつこのドア閉めた?」
「えっ……ああっ!!」
記憶を手繰り寄せた朱音は、その相違に気づき声を上げる。
「閉めてないよ! 開けっぱにしといたはずだもん!」
逃げ道の確保は基本中の基本。
東志波入学時から耳にタコができるほど聞かされてきたフレーズだ。それこそ小さい頃、この教訓を忘れて痛い目を見たことも一度や二度ではない。
現場慣れしているAクラス。だからこそ、例え朱音でもこんな初歩的なミスは冒さない。
「それならムダだねぇ。誰かが押さえてない限り、自動的に閉まるようになってるもんで」
全ての扉を調べている間に勝手に閉まった。
今更悔やんでも遅いが、こんなことになるのなら、扉の調査は一人で行うべきだった。
「ならっ、最初と部屋が変わっているのは……」
しかしやはりその疑問は消えない。
冷静さを保とうとしている青衣も、語調に乱れが生じる。
またその様子が面白いのか少女は意地悪く笑い、組んでいた腕を解いて右手に持っている黒い物をちらつかせる。
「見るかい?」
その黒い物体はリモコン。押すと、あろうことか先程入ってきた扉が徐々に通り過ぎていき、壁を映し出した後にまた別の扉が現れたではないか。
これには言葉が出ない。処理が追いついていかず、まだ軽くパニック状態である。
「あの部屋は、入ってドアが閉まると部屋自体が回転する仕組みになっていてねぇ。まぁ、アタイは手動で動かせるけど」
道理で、扉が勝手に閉まる仕組みになっていたわけだ。
閉まらないと部屋の回転システムが起動せず、ましてや開けたまま起動すれば仕組みがバレてしまう。
「そして、そのドアはもう別のドアだから鍵がかかっている」
朱音が即座に扉に飛びつき、確かめる。
開かない。やられた。閉じ込められた。
「生憎、あの部屋のドアは両方鍵穴式でねぇ。開けるにはアタイ達幹部から鍵を奪わなきゃならないのさ」
少女は自分の首に下げている物を持ち上げ、顔の前で垂らす。
今ある扉のドアノブの色と同じ、赤い鍵が。
「つまり、あなたを倒せばこの部屋から出られるってことね」
「理解が早いじゃないかい。そういうことさ」
「だってよ朱音……朱音?」
横を見る。先程まで隣にいた朱音が、一瞬にして消えていた。
と認識したときには、朱音は既に少女の後ろに立っていた。
「何っ!?」
「青衣、パス!!」
少女の頭の上から、黒い物体が投げられる。リモコンだ。
重量あるものが豪速で投げられたことによる反動はあったものの、訳がわからないまま反射的に青衣は見事にキャッチする。
「ちょっと朱音!! どういうつもり!?」
「ここはもう行き止まりだから、青衣は行って!」
そう言いつつ、朱音はリモコンを取り返そうとする少女をくい止める。
一体何を、と思ったのも束の間。とても静かだが耳をすませば聞こえなくもない機械音を耳にし、青衣は気付いた。
──部屋の扉が、逆方向に回転していく、と。
「……っ、任せたわよ!」
鍵のかかっていない扉が現れた瞬間に、朱音の意図を汲んだ青衣は一つ前の部屋に戻る。
扉が閉まると再度回転システムが作動し、赤いドアノブの扉が現れた。
「っはあ!!」
朱音の蹴りが相手の脇腹目掛けて入る。しかし相手は避けるタイミングで朱音から距離を大きく取った。
「よくも……よくもやってくれたねぇ……」
少女は、遭遇した時の余裕ある表情を消し、今や朱音にガン飛ばしていた。
「仲間を安全な場所に移しただけだし。悪い?」
「ハッ、やっぱり気に入らないよ、アンタ」
「お互い様。てか最初から狙い私でしょ?」
「まぁね。仕返しできる日をどんだけ楽しみにしていたか」
「ムリムリ。あん時本気出してなかったけど負けたじゃん」
「本気出しても力が無いのは変わんないだろ?」
女同士の舌戦の応酬。
お互いがお互いの痛い所を突き、無言で睨み合う。自然体ではいるものの、一触即発の均衡はいつ崩れてもおかしくない。
「そういえば名前は? 私だけ一方的に知られてるのって気持ち悪い」
「そうだね。さすがに名乗っておくよ」
あっさり了承すると、少女は臨戦態勢をとった。
「赤光リーダー・オオカ。あん時の礼、たっぷりさせてもらうよ!」
朱音ちゃんの第一印象・その9
扉が変わる場面にて
(うぉぉぉぉ……! すっげ〜〜!!)
fin.




