38部目
──殺人鬼・冷
本名不明、性別不明、現推定年齢15歳。
十年前、東京都にある素新公園にて、当時5歳だった和泉 清史君を殺害。その後、清史君の実家のマンションにて、清史君の両親の記憶を波術で一部改竄。そのため、両親から重要な証言は得られず、干渉相殺も難航を極めている。
死因は波術によるものだが、どの流派・どの単波の波形にも一致しないことから、現在も解析が続けられている。警察や研究者の間では「死の波術」と呼ばれている。
死亡推定時刻は昼頃とされているが、遺体の発見が遅れたため明確な日時は不明。5月の終わりから6月の始めとされている。遺体の発見は、その約1ヶ月後の7月9日。素新公園に来たホームレスの男性によって偶然発見された。
「冷」の呼び名は、死体遺棄や証拠隠滅などの非道な行いから、冷酷・冷徹・冷淡といった言葉を総称したもの。殺害当時、冷も清史君と同年齢と推定されているが、警察はこれらの状況証拠から意図的な犯行とみて、現在も行方を追っている。
書式データの内容を掻い摘むと、こんなところだ。
本当に映像に映っていた後ろ姿の幼い子供がやったのかと疑問になるほど、その振る舞いは殺人者そのものだった。仮に時効が成立したとしても、あるいは当時の責任能力の低さから免罪になっても、野放しにしておくのにはあまりにも危険すぎる存在だ。
瑠璃は、信じられない気持ちでいっぱいいっばいだった。それほどまでに、目を疑いたくなることが書かれていたからだ。
「これが……全容」
「まぁ、全容ってほど分かっていないけどね。今あるデータの全てよ」
言葉の続かない瑠璃に、孝子は補足を加えていく。
「さっきの映像は、公園にあった監視カメラのもの。かなり昔の機種だったって聞いてるわ。二人は、おそらくだけど、バトルごっことかそんなことをしてたんじゃないかっていうのが、警察の見解よ」
「カメラの死角を把握してたような動きだったでしょ? そこから、計画的な犯行なんじゃないかって説もあるの。でも、だとしたら清史君を揺り起こそうとした説明がつかないんだよね」
信乃の追加情報を聞いても、瑠璃はそもそも人の話が聞こえているのかの判断すらつかないといった様子だ。
無動。しかし目だけは動いていて、再度文章を追っている。自分の世界に入り込んだ、とはまた違った雰囲気だった。
「それに冷のことだけど、この子、相当強いわよ」
「えっ?」
瑠璃が、初めて反応らしい反応を返した。
体全体で孝子の方を振り返り、「なぜ?」という顔をしている。冷の強さに関しては、どのデータも一切触れていない。
「未知の波形っていうのもあるんだけど、瑠璃、絶対消波って知ってる?」
「えっと、あれですよね。死関連の内容を含む波術はその部分だけ相殺されるっていう」
「そうそう、それそれ」
人間の身体とは、それこそよく出来ている。
例えば、「自分はもう死んでいる」という内容の騙の波術であれば、完全相殺されるまで仮死状態が維持される。もっと極端な例を挙げると、「死ね」という令の波術であればそれは実行されず、同様に「ナイフで自分を刺せ」であれば、自分を刺すが致命傷は避け、「水中にずっといろ」であれば、ずっといるが息継ぎによる浮上は絶対にする。
他人による証拠の残らない意図的な殺害を回避するため、生体が施した最後の砦。それが、絶対消波だ。
「本来なら、『死因:波術』は絶対にあり得ないことなの。でも、冷はこの歳で絶対消波をあっさりと破ってる」
信乃の言う通り、冷この歳で波術による死因を作り上げ、かつ大の大人の記憶を完璧に改竄していた。
ここだけを切り取れば確かに説得力があるが、しかし……だからといって……。
「外部犯の線は……」
「ないわね」
きっぱりと孝子が否定する。
そう。あたかも冷が全ての犯行を行ったように語られているが、清史君の件と両親の件とで別人が関与している可能性だってある。というより、冷の年齢を鑑みればそっちの方が十分高い。
仮に冷が清史君を計画的に殺害したとして、その幼い頭で清史君の両親のことまで頭が回るだろうか。回ったとしても、「じゃあ記憶を変えちゃばいい」という思考に至るのだろうか。
死因にしてもそうだ。外部から手は加えられる。
「指紋じゃないから個人は特定できないけど、清史君のとご両親からの受波で、その……特徴? っていうのかな。とにかくそれが一致したの。どの流派のものでもなかったから、同一犯と見て間違いないわ」
外部犯、及び共犯の線まで見事に潰されていた。
どの流派にも当てはまらない特徴と波形。それの一致は、同一人物であることの証明に他ならない。筆跡鑑定と同じ理屈だ。
そして状況的に犯行が可能なのは──冷、ただ一人。
「そんな子が今、私達と同じくらいの歳、なんだよね……」
「そう考えると、恐ろしいわよね……。瑠璃もそう……って」
今度こそ瑠璃は、自分の世界に入り込んでしまった。
パソコン画面には例の動画。先程は焦点が別世界にも合っていたが、今は食い入るように目を凝らしている。
目に焼き付けなければ。そんな思いに駆られていた。
学校に来ればいつでも見られる。幾重ものパスワードだって、誰かに聞けば教えてくれる。
それでも、今、今見ておきたかった。
脳内で完全再現ができるようになるまで、この映像で知らないことはないと言い切れるまで、もっと深いところまで考察できるようになるまで。
(追いつく。取り戻す!!)
自分が、自分だけが知らなかった、空白の年月に起きた出来事を。その知識を。
──東志波が追い求めんとする、真実を。
迷いなく、狼狽えなく、決意し実行に移している最中だった。
突然、画面が真っ暗になった。
「えっ? なに?」
「フリーズ?」
「バグった?」
どうやらそれは瑠璃だけではないらしく、自分と対角線上にいる他クラスの人達までもざわついていることから、このパソコン室全体で起きている現象のようだ。
……嫌な予感しかしない。
「あっ、戻った」
誰かが言った。確かに、画面に光は戻った。
こちらからの操作は一切受け付けてくれなかったが。
画面には動画が流れている。右上に「LIVE」の文字がある。
画面右側に、檻のようなものが見える。その中に、真ん中の仕切り板を境に、男子二人と女子二人がいる。男子部屋も女子部屋も、一人が寝ていて一人が座っているという状況だ。
「これ、ウチらの牢屋じゃない?」
「あっ、確かに」
「えっ、でも、なんで?」
紛れもなく、東志波専用の刑務所の光景だった。瑠璃以外の東志波生は絶対に一回は行っているため、内部を見ただけで分かる人の方が多い。
つまりこの動画は、東志波専用刑務所の監視カメラ映像である。しかも右上の文字を信じるならば、これはリアルタイムだ。
では、映っている人達は一体誰なのか。
すると、一人の警察官がその檻に近づいた。
檻に向かって鍵を差し込む。檻の扉を開ける。音声はないが、檻の中にいる四人に「ついてこい」とそんな感じの指示を出していた。座っている一人が寝ている一人を抱え、足早に監視カメラ内から消えた。なお、檻は開けっ放し。
『校内生徒に告ぐ!!』
スピーカーからいきなり発せられた大音量に、大半の生徒の心臓が一瞬止まる。
梅崎の声だった。アナウンス前の前置きもない上に、怒鳴るに近い言い方だった。相当な緊急事態だ。
『全員、大至急第一体育館に集合。3分以内に来るように』
ブツッと、らしくもなく放送が乱暴に切れる。
早口な唐突すぎる召集命令に、最初はスピーカーをぼんやりと眺めて全てを止めていたが、それも束の間で、立ち直りの早い生徒から我先にとパソコン室の出口に集中した。
タタタタタタッと複数の生徒が階段を駆け下りる音がこだまする。
訳は分からないが察しはつく。そんな曖昧な認識で、生徒達はひたすら足を動かしていた。
***
「まずは謝らせてほしい。全て我々の落ち度だ」
生徒を目の前に深々と頭を下げている男性は、東志波専用刑務所の所長だ。
若くしてその地位に就いたのであろうその人は、しかし重圧をものともしない毅然とした態度を備えていた。もしかすると東志波の卒業生なのかもしれない。
体育館には、全校生徒が八割強揃っていた。というのも、海外遠征中のSは勿論のこと、郊外調査で遠出している生徒は、当然3分以内で学校に戻ってこられるわけがない。それでも、校外近郊付近で調査を行っていた生徒は、「不可能そうならいい」と言われたのにも関わらず、連絡を受けてから調査を早々に切り上げて戻ってくれた。多少遅刻した人達もいたが、それに対して一々目敏く怒るほど、梅崎は理不尽な人間ではない。
「この中であの映像を見た人がどれくらいいるか分からないけど、我が刑務所はたった二人の侵入者によって、稜鏡幹部及び稜鏡団員全員が脱獄してしまった」
映像を見ていない寝耳に水状態の校外組と、映像を見てある程度予見していた校内組とで、驚きに温度差があるのは仕方がないことだ。
しかし、だとしてもこの事態は最悪だ。最悪すぎる。
東志波が苦労してやっと捕まえた、四人の明確な意志を持った犯罪者と、数百人の操られた犯罪者。そんな危険集団が世に放たれたのだ。
また一からやり直し、どころの騒ぎではない。次のねぐらも不明なうえに、もう人をおちょくったようなヒントもない。にも関わらず、幹部が全員集合してしまう。次に何をやらかすか分かったものではない。
「諸君が集合する間にその他の映像も見せてもらったが、侵入者二人は警察に扮していた。しかも、看守の相手をしていたのはたった一人で、もう一人は手引きと誘導しかしていなかった」
東志波関連の施設。言わずもがな、精鋭が集まっているに決まっている。
それも犯罪者管理を任されている施設だ。当然毎日が危険と隣り合わせであり、だからこそ試験には試験に試験を重ねている。
そんな狭き関門を潜り抜けてきた人達が、たった一人にあっさり蹂躙された。
稜鏡の幹部に、捕まえた四人以上の手練がいたのか、はたまた教祖か。
どちらにせよ一団員がなせる芸当ではないが、重要なのはそこではない。
──同世代に、とんでもない化物がいる。
「というわけで諸君、予定変更だ!」
背筋が伸びる緊張感が空気を伝う。
決して喜ばしいことではない──むしろ不謹慎なことだ──が、使命感の燃え滾っている暇を持て余していた生徒が、活き活きと、抑えきれないほど突き上げてくるものを溢していた。
そうそう、これが欲しかった。
「今いる中でBクラスの者は全員、彼と刑務所へ向かってくれ。C・Dクラスはパソコン室にて映像の解析」
「償いにはならないかもしれないけど、情報なら惜しみなく提供する。何でも言って」
「課すことは一つ。有益な手掛かりを得ることだ。総員、行動開始!!」
合図と共に一斉に後ろを向いた生徒達は、各々が向かうべき目的地へ軽やかな足取りで駆け出した。




