4部目
体育館入口から、梅崎が闊歩して瑠璃の近くへ向かってくる。
「梅……副校長先生、この子は一体……」
少なからず動揺を隠せない冥奈が、担任としての責務から真っ先に梅崎にすがる。
梅崎はそんな冥奈に目を伏して、真っ直ぐ瑠璃の目の前に立った。
「すまない」
そして、唐突に瑠璃に頭を下げた。
「っ! 謝らないでください」
誰一人として事態を把握できていない中、瑠璃だけはその意味を正しく理解し、すぐさま反応をみせた。
「いや、これは私の失態だ。謝罪させてくれ」
「やめてください。元々、無理を承知での約束だったはずです」
なおも頭を下げ続ける梅崎に、瑠璃は頭を上げさせようと必死だった。
「結果が先かバレるのが先か、どっちにしろ時間の問題は避けられませんでしたよ」
「それに」と、瑠璃はそこで言葉を止めた。
なかなか次の句を告げない瑠璃の様子に、梅崎は窺うようにゆっくりと頭を上げる。
そして、瑠璃の顔が向く先を追った。
状況に取り残された九人の、驚きに満ちた、そして説明を求めているかのような淡い視線を、やんわりとその身に受けた。
──ただ見つめられているだけようにも見えた。
──誤魔化したり、梅崎が鶴の一声をあげたりしてしまえば、あっさりと引き下がってくれそうだった。
それぐらい、脆かった。
「これ以上は隠し通せませんよ」
瑠璃の声が穏やかなものに変わった。人はそれを「諦め」と呼ぶ。
「……そうだな」
罪悪感を抱えながら、最終的に梅崎は折れることを選んだ。
それは同時に、隠しきれなかったことを隠すという覚悟を決め、同じものを瑠璃に背負わせるということと同義だった。
「聞いてくれ」
梅崎は、やっと瑠璃以外の人達と向き合えた。
置いてきぼりをくらっていた九人も、いつも通りの副校長の声に自然と背筋を整えた。
「まずは、この事態を招いたことについて謝罪しよう。すまなかった」
梅崎は再度、しかし今度は対象を変えて頭を下げた。
「いえっ、でもどうして?」
「上層部との密約だった」
冥奈が呈した疑問の答えに全員が瞠目した。
確かに東志波は警察組織の管轄下にあるが、実際に学校経営諸々実務面を取り仕切っているのは警察以外の人間が大半。
管轄下だが専門外なので、東志波のことは基本的には運営組織に任せきり。しかし管轄組織が警察なだけあって、案件の最終チェックは警察が行う。
つまり、採用されて学校側に流れてくる案件は、ほとんどがクリーンでホワイティーなものばかり。
だから、今までブラックボックスを抱えるようなことなど一度もなかった。
「鈴川君は……言わば実験体なんだ」
──実験体。
あまり聞き慣れないその響きに、衝撃が空気を伝った。
「あー、詳しく説明すると「先生」
梅崎の言葉を遮ったのは、他でもない、瑠璃だった。
「ここからは自分で言います」
バシッと言い切る、有無を言わさぬ強い口調。
自分のことを人に説明させてはいけない。そこには、瑠璃の目上の人に対する礼節と義が滲み出ていた。
「……話、聞いてくれるな?」
「勿論です」
即答したのは冥奈。また生徒の方も、首を縦に振ったり顎を引いたりして、肯定の意を示していた。
「立ち話もあれだから、座りましょうか」
冥奈の提案を合図に、各々が各々のペースで床に腰を下ろす。
先生二人が座ったのを確認してから、瑠璃も最後に腰を下ろした。
全員、緊迫した様子で瑠璃の言葉を待っていた。
「最初に、皆さんに謝らなければなりません」
静かに発されたのは、ただの前置きだった。
「私は皆さんみたいに実力ではなく、裏入学で入りました」
一旦軽く目を瞑り、一呼吸置く。
そこから、ほぼ無感情な声で語りだした。
言葉の一つ一つに気を配り、事実をそのまま述べるように。
「では、これから経緯についてお話します」




