22部目
翌日。
「おはよう諸君。早速だが、科学捜査班から結果が届いた」
登校した生徒は速やかに会議室へ直行し、点呼をとらされた。拐われた人達を除けば、欠席者はいなかった。今はそれだけでもいい報せだ。
全員集合を確認すると、挨拶もそこそこに副校長・梅崎が先程のように切り出す。いつも通りの貫禄ある口調だが、どこか覇気がない。
梅崎がパソコンを操作している別の教員に目で合図をすると、スクリーンに映像が映し出される。
「検査結果はこう出ているが、見てわかる通り、何も出なかった」
確かに検査結果は何かしら出ているが、紙質や字体といった、大して重要でない情報ばかり。
つまり、収穫なし、だ。
「とすると、やはりこの文が唯一の手掛かりとなる。気づいている人も多いと思うが、着目すべきは『灯台』、及び『灯台下』だ」
ここまできて、この文が比喩的表現ではないと考える人はよもやいないだろう。
裏をかいて、本当に海沿いにある「灯台」を示している可能性も、なきにしもあらずだが。
「そこで、科学捜査班や一部の人達に聞いてみたところ、この灯台はこの学校のことではないかという意見が多かった。まず、この説に異論のある人がいたら申し出てほしい」
当然だが、誰も申し出ようとはしない。
単純に灯台が学校である説に納得しただけの人もいるが、その説と同等それ以上の説得力を持つ新説が現時点で出てくるのかと問われれば、答えは限りなく否に近い。第一、大半は灯台は学校という結論を出しているはずだ。
「ないようだな。では、このまま今日の捜査方針に移ろう」
それを合図としたかのように、スクリーン目一杯に航空写真が広がる。中央には、まち針のような目印が、ある一ヶ所をピンポイントで指している。
「今この赤いマークの所が学校だ。一部の人達には、遠方にある関連施設に行ってもらうが、その他はここから半径5メートル以内にある建物の捜索を行ってもらう」
ぐるっと、写真上に赤い円が出現する。この円内が、半径5メートル内にあたる今日の捜索範囲だ。
「条件はこれだ」
二分割された左側の画面に航空写真が追いやられ、右側には「捜索する建物の条件」という題名で、探すべき建物の条件がいくつか挙げられていた。
「航空写真と条件は、各担任にプリントしたものを既に渡してある。各クラスの分担範囲も伝えた。教室にて説明を受けた後身支度を整え……そうだな、10分後に校門前に集合するように」
自分に向けられた多くの目が、時計を求めて一旦外れる。
再び自分に向けられたことを感じ取ると、梅崎は高らかに宣言した。
「よし。それでは諸君、捜査2日目といこう!」
***
「5メートルって……」
「随分と狭いな」
忠と義明が、若干腑に落ちない様子で、先程提示された捜査内容を評していた。
教室に戻った4人は、黒板前の席付近に集まって、冥奈が来るのを待っている。
用意は済ませるも何も、持ち物は手帳と例外的に許されている携帯のみ。あとは冥奈からプリントをもらうだけ。行く準備は登校してきた時点でほぼ完成されている。
「ねぇ5メートルってどれくらい?」
「そうですね……人が3人縦一列に寝そべった長さより、ちょっと長いくらい、って感じですかね」
「下手すりゃこの教室より狭いんじゃね?」
「マジ!? それ捜索する意味ある!?」
「ないことはないだろう。それで何か分かれば御の字だ」
「だとしても、もう少し足伸ばした方がいいと思うんですけどね」
広範囲の捜索は、そもそも割ける人数自体が少ないため、どうしても質が落ちてしまう。逆に質を維持しようとすると今度はその分時間がかかり、それこそ敵の思う壺でもある。
しかし、学校の半径5メートル以内、もしくは付近に、「大人数収容可能」「周りと比べて一部のみ綺麗」「地下がある」など、条件に挙がっている項目を1つ以上満たせそうな建物が存在するのかと問われれば、いいところで1つ2つがせいぜいだろう。敷地の広さもあり、東志波は街のど真ん中にあるような学校ではない。
「灯台下」の「下」とは、どこまでを指すのか。相手との認識の差異が不明な以上、まずは近場をしらみつぶしにするしか手段がないのは確かだ。でも近場すぎる。
「揃ってるね。じゃ、軽く説明するよ」
扉が開く音と共に冥奈が教室に入る。
手首のスナップをきかせ、後ろ手で適当に扉を弾くと同時に、そのまま教卓まで歩を進める。
「まずこれがプリントね。条件の方は読めば分かるとして、地図を見て」
冥奈から手渡された地図は白黒印刷されており、そこに赤い円と赤の斜線で塗られた領域とがある。
「この赤で塗られた所が、Dの捜索範囲。だから、えーっと……そう、校門側の方面を担当するってこと」
方面で表すと南側。縮尺が大きいため、地図だけだとかなりの広範囲を捜索しなければならないようにみえる。しかし航空写真ではないので、建物と位置を照らし合わせて一つ一つ確認することが出来る。
「分担しなくても早く終わると思うけど、別にしてもいいよ。そこは任せるから」
東志波生は、小学生からの実践教育の賜物なのか、全員地図が読める。瑠璃も、幼少期に経験した負の毎日の産物として、複雑でなければ迷わない程度には培われている。
つまり、ただでさえも狭い場所を4人で範囲を分割すれば、最速で捜査を終えられる。
「んじゃそろそろ時間だから、みんな、校門向かって」
***
移動中に軽く話し合い、男子同士・女子同士のペアで行うことにした。
人数が多すぎても少なすぎても質が落ちる。2人くらいが丁度いいとの結果だ。
校門には続々と人が集まり、時間的にもそろそろ出発の合図がかかるくらいだ。
生徒を拐われたことによってやたら神経質になっているのか、校門前でも担任による点呼がなされた。副校長の命により、この事件が解決するまでは、一段落ごとに逐一点呼をすることが各担任に課されているらしい。
現存人数の一番多いBクラスの点呼の終盤で、梅崎が姿を現した。
わざわざ出てきて何をするかというと、生徒に向けて出発の号令をかけるだけ。点呼の結果を報告されるという仕事も、ないわけではないが。
生徒がクラスごとに整列している。梅崎は自分の左腕にはめている腕時計を見ながら、右手にあるマイクを口元に近づける。
「午前10時をもって、捜索開始時刻とする。総員、行動開始!」
生徒が一斉に回れ右をしたと思ったら、次の瞬間には校門を出て、蜘蛛の子のように散った。
上位クラスは校門の左右へと広がっていったが、Dの担当は校門から見て正面付近の範囲。非常事態が起こった時、実践経験の少ないクラスからすぐに回収できるようにとの配慮だ。
瑠璃と智佳は、正面でも右寄りの範囲の捜索にあたっていた。
「こんな建物ないよ〜」
智佳が地図とプリントとにらめっこしながら、早速やる気の失せた発言をする。
「あるかもしれないじゃないですか」
「絶対ないよ! 小1のときここらへん歩いたもん!」
「小1ですか……」
自信満々に言い切る智佳に気圧されながら、瑠璃は否定も肯定もできない曖昧な返事しか返せなかった。
「でも、探すだけ探しましょうよ」
「え〜、でも〜」
「金子君にサボってたって説教されたいですか?」
「やるやる! それだけは絶対ヤダ!!」
なんと単純なのだろう。
「とりあえず、手前から行きますかね」
その後も、「おかしいなぁ……」と思いながら、瑠璃が主導権を握って捜索が進められた。
捜索は何事もなく軽快に進められたが、同時に条件に当てはまる建物もなかった。
「へ〜、こんな所にあるんですね」
「そうだよ! でね……」
ゆえに、捜索終了から学校に戻るまでの間、瑠璃はすっかり観光気分になっていた。智佳も、小1時代の記憶を引っ張り出して案内してくれている。
「いや〜、ありがとうございます」
「ううん、全然!」
散策を終えた2人は学校に戻ると、まず冥奈に点呼がてら報告を済ませる。放送がかかるまで教室で待機との指示をもらい、その足で誰もいない自分達のクラスへと向かった。
「いっちば〜ん!!」
扉を思い切り開き、元気よく飛び込んでいく姿はまさに小学生。
そんな子供じみた行動に瑠璃は楽しそうな苦笑をもらし、しかし智佳の発言が引っかかって教室を見渡す。
「まだ帰ってきてないんですね」
範囲も建物数も自分達と同じくらいのはずなのに、義明と忠が帰って来ていない。
優秀なあの2人なら、これくらいの捜査はすぐに片付けられると瑠璃は踏んでいた。嫌な予感が的中しなければいいが。
「こっちなんてお散歩して帰ってきたのにね」
「それを大きな声で言わないでください!」
「……なるほど。散歩していたのか、お前らは」
聞き馴染みしかない男子の声が、扉の方から聞こえた。
声の主は、怒りのオーラが出ているのに、向けられる目は完全にその熱を殺しきっている。
「遅かったですね。どうしたんですか?」
「まあな。最近改装された場所があって、まだこれに反映されてないみたいだったから、書き込んでたら遅くなった」
忠は至っていつも通りに接してくれた。
だが、それを許さない人物が一人……。
「話を反らすな鈴川。要するに、お前らはサボってたんだな?」
「帰りって言ったじゃん!! ねぇちょっと聞いて。捜査は真面目にやったし、瑠璃はまだここら辺のこと知らないんだよ? 案内した方が絶対いいじゃん!」
「そうなのか?」
「はい。色々と教えてもらいました」
「……ならいいが」
ひとまず納得したのか、はたまた自分の早とちりを恥じたのか、義明は口調を濁してそっぽを向いてしまった。
「んで、お前らの所どうだった?」
「ハズレでした。そっちは?」
「俺らもだ」
しばらくは口をきいてくれそうにない義明と、そんな義明を再び論破できたと勘違いして上機嫌の智佳を放っておき、瑠璃と忠は手短に結果を報告し合う。
「でもな、ここに新しくラーメン屋ができてたんだけど、そこがメッチャウマそうで」
「いいですね! どんな感じのでした?」
そして雑談に走る。
ピーンポーンパーンポーン
『結果が出揃った。全員、直ちに会議室に集合せよ。繰り返す……』
教室の天井から降ってきた、紛れもない梅崎の声。
引き締まった4人の顔は、一捜査官としての自覚を兼ね備えていた。
「いくぞ」
忠の掛け声を受け、全員、教室に背を向けた。




