21部目
学校にて外出組の点呼が終了すると、一同は2階の会議室に召集され、情報の共有が行われた。
Dクラスからは、代表して義明が礼羅の掴んだ情報を余すことなく伝えていた。ついでに瑠璃も、波術影響下にあったときのことなんかを喋らされた。要約すると「正気に戻ったら知らない建物内にいた」の一言に尽きてしまうのだが。
「灯台下暗し」のことは梅崎の口から直々に語られ、現物は科学捜査班に回したとのこと。「まぁ、何も出ないとは思うが」と、最後に悔しさを一言乗せて。
何はともあれ無事に学校に戻ってこられた瑠璃は、クラスメイトと一緒に自分達の教室で寛いでいた……のではなく、各々自分の席付近で謎解きに頭を悩ませていた。
「『身近な状況はかえって気づきにくい』、か」
スマホに入っている辞書機能で例のことわざを調べた義明。かなり気になっているのか、先程からずっと難しい顔をして、自分の世界に没頭している。壁に背を預けスマホとにらめっこといった姿勢だ。
「なぁ、本当にそれしか書かれてなかったのか?」
「はい……朱音さんも確認済みです」
「朱音さんか……あんまあてになんねぇなぁ……」
後半に若干失礼な呟きをもらし、ヒントをこれ以上得られなかった忠も、首を一度捻ってから深く黙り込む。
椅子の背もたれを窓際に向け、ほの暗くなりつつある空をバックに、足を組み前のめりの姿勢だ。
「身近……身近……身近で気づかないって……」
教室の端を行ったり来たりと落ち着きのない智佳。口に出しながら考えているようだが、自分の言葉を耳にして、周りにも聞こえる勢いで「ハッ」と息を呑み立ち止まる。
「スパイ!?」
「少し黙れ」
あり得ない話ではないが、義明からのガン飛ばしに気圧され、智佳は不満を顔に出しつつも反論を喉の奥へとしまい込む。
場はもう何度目かになるかも分からない沈黙に支配され、ときどき誰かの独り言が聞こえては別段誰も反応しないの繰り返しだった。
足を軽く伸ばし、背もたれのてっぺんにだけ背をのせ、天井らへんで視線を固定させている瑠璃。姿勢だけで見れば一番何も考えていない印象を与えるが、頭を巡っているのは、自分が──自分だけが知っている、両手に広げた紙の感触。
何の変哲もない、メモ用紙だった。
「特徴は?」と聞かれても挙げられる特徴の全くない、裏表真っ白なメモ用紙。手触りも普通。
文字は、明朝体で印字されたあの5文字のみ。それ以外で不自然な箇所はなかった。仮に米粒大の文字や特殊ライトで浮き上がる文字が書かれてあったとしても、そんなこと一目では判断不可。科学捜査班からの結果待ちだ。
(ないと思うけど)
半分直感で、瑠璃はそう考えていた。
相手は、自分の部下を波術影響下においてまで、組織の内情を隠そうとする連中だ。糸口となるものを自ら差し出すようなことはすまい。誰が書いて誰が置いていったか、その指紋すら出てこないだろう。
(ん? だとしたらおかしくない?)
──そもそも、紙置いてく必要あった?
糸口を掴ませたくないのなら、何も置かなければいい。立つ鳥跡を濁さずではないが、自分達が不利になる置き土産をする意図が、全くと言っていいほど想像がつかない。
(条件相殺……なわけないか)
正相殺の遠隔操作版である条件相殺。受者がある一定の条件を満たすと自動的に波術が相殺されるという仕組みで、波者の打つ波術に相殺条件が仕込まれていることが前提だ。
今回の波術は、装置から打ち出された狂いのない均一な波。もし、その波に相殺条件が仕込まれていたとしたら……。
(あの紙を見せて全員が戻ってくれたら、どれだけ楽か)
居場所を突き止めてからの行動がぐんと楽になる。拐われた東志波生全員が、その場で即戦力になってくれるのだ。
(そんな大ポカやらかすか?)
絶対ない、と強い否定が続けて出てくる。緩く首を横に振るという、行動のおまけ付で。
(となると……えっ? ん? あれっ?)
いきなり、頭が冴えたような感覚に陥る。ぼやっとしていた視界も、急に輪郭をハッキリとさせる。
閃光のように過ぎったのは、希望的観測から導き出された矛盾点と失態。
(なんで私は、正気に戻れた?)
例の紙が相殺条件でないとすると、瑠璃の受けていた波術が相殺されたことに対する説明がつかない。
薄明かりのあの場所で、装置のようなものは発見されなかった。つまり、瑠璃の波術の相殺は装置によるものでもない。
(まさか……)
自分の両肩に、何かが乗った。自分の両肩が、何かに掴まれた。
思いっきり、揺さぶられた。
「る〜り〜、い〜き〜て〜る〜?」
「あぅあぅ」と間抜けな声が漏れ、頭が前後に激しく振られる。
「何するんですか」
「よかった、気づいた!」
「さっきから何回も呼んでたのに、反応なかったからさ」
聞くと、3人がかりで瑠璃に声をかけたのに一向に気づく気配がなかったから、実力行使に出たのだと。いつの間にか3人が、自分の周りに集まっていたのも、そのためだった。
「すみません。クセで……」
「直せ。その癖は困る」
実戦の多い東志波生にとって、気配はおろか周囲への注意を怠ることは、味方との連携を壊す要因でもあり、敵への隙でもある。
瑠璃の癖は、危険と共に学ぶ者としてまさに持ち合わせてはならないものだった。気づかなかったがゆえに自分の身も守れなかったなど、あんまりすぎる。
言い方は高飛車だが義明の言っていることは正しく、それでいて心配の裏返しだ。
だから瑠璃も、「すみません」と義明の忠告を素直に聞き入れられた。直せるかどうかは別として。
「で? 随分と考え込んでたようだが、何か思いついたか?」
「いえ」と瑠璃は首を横に振る。
「メッセージの意味は全く……」
「だよな」と落胆気味に忠が同意する。
「ですが、せめて『灯台』の場所さえ分かれば、とは思います」
「俺はこの学校だと踏んでいるのだが?」
「しかないですよね……」
ここまでは大半の人が辿り着く答えであろう。
問題は、「灯台」がこの東志波だとしたときの、「灯台下」とは。
あの紙が拐われた人達の居場所を指し示す物と断定できたわけではないが、手がかりがこれしかない以上は今あるもので推理を展開していくしかない。
(いや、絶対予告状的なやつ)
盗賊団時代から、嫌味なほどの自信を反映していた紙切れをそこここに出していた。今回の宛先が、東志波だっただけ。
メッセージの指し示す内容が分かれば、拐われた人達を取り戻せる。瑠璃は確信すらしていた。
(学校から直接行ってるはずだから、誰も携帯持ってない、か)
こういうとき、運良く校則違反をしてくれる奴がいてくれれば、と願ってしまう。非常事態に限ってのみ、ファインプレー扱いされるあれだ。
そうしてくれれば、誰かの携帯のGPS機能を追って、居場所が一発で特定できるのに。
──GPS?
「あっ、そういえば、GPSってどこに仕込んだんですか?」
唐突に思い出したかのように、瑠璃は全く違う話題を振った。
空気が読めていない感じもするが、気になってしまったものは仕方ない。
「? 回収されたんじゃ「あぁーーーーー!!」
義明の言葉を遮るかのように智佳が大声を上げる。
「うるさ「瑠璃!! ちょっと来て!!」
義明が全ての苛立ちをぶつける前に、智佳は瑠璃の手をとって馬鹿力よろしく並に教室の外に連れ出す。瑠璃は引きずられるように前のめりで走り、足音が消えた教室には男子2人のみが残された。
「……そういや、鈴川にGPSつけるのも智佳がやってたな」
「『あたしがやる〜!』って先生の許可も待たずに、あの馬鹿は」
うんざりしたように、義明は智佳への評価を吐き捨てる。
思い返されるのは、関係者の制止に聞く耳を持たずに、「眠」の波術の影響下にあった瑠璃を廊下へ連れ出す智佳の行動。無駄に一人だけ、テンションが高かった。
「……ヨッシーものまね下手だな」
「うるさい」
裏声を出して智佳の真似をしたレア度の高い義明を、忠は当然いじることを忘れない。
すると、徐々に大きくなってくる女子2人の会話が、廊下から聞こえてくる。
「ほら、隠すにしてもさ、下着の中とか靴の中とか定番でしょ?」
「確かにそうですよね。よく思いつきましたね」
教室の扉を開けて入ってきた2人はというと、智佳は自慢げ、瑠璃は関心しきった様子だった。
「GPSはとれたのか?」
「ちゃんとあるよ? ほら!」
智佳はGPSを3本指でつまみ、腕を伸ばして義明に見せつける。本当に、なぜか見ているこちらまでもいらつかせそうなほどのドヤ顔だ。
「結局教えてもらえなかったけど、どこに仕込んだんだ?」
「それは……ねぇ?」
ニヤッとしながら意味ありげな視線を瑠璃によこす智佳。その視線を追って忠も瑠璃を見るが、瑠璃は楽しそうに小さく笑うだけ。
これ以上追求しても教えてくれそうにないことを悟り、忠は諦めて女子2人から視線を外す。義明も、不服そうながら毒気を抜かれたため息をついた。
「いるね。ちょっといい? 私、鈴川さんからGPSって回収したっけ?」
「今智佳さんが持ってます」
「ちゃんと外しました〜」
智佳が、教室を覗きに来た冥奈にGPSを提出する。外傷がないかを一通りチェックすると、一つ頷いて「これでオッケーだね」と自分に確認をした。
「明日の予定だけど、登校したらすぐ会議室に来てとのこと。その後の予定はその時に伝えるから」
「これだけだよね」と、冥奈は他に連絡事項がないか記憶を巡らせる。しかし思い当たらなかったのか、また一つ頷いて、上に向いていた目線をすぐに自分達の生徒に戻す。
「じゃあ、今日はもう解散で。気をつけて」
こうして、長い1日が終わりを告げた。
このお話を見つけ出した方は、どのような検索したのだろうか?
とても気になる今日この頃です。




