2部目
編入二日目。朝、瑠璃は制服で、学校への道のりを歩いていた。
この学校の制服は、摩擦や衝撃に強く、軽くて動きやすくて着心地も良く、なおかつ通気性抜群の特注品。その専門店に行かないと手に入らないのも当然のことと思える。
黒地基調。肩から袖まで一直線に入っている白いラインは、Dクラスであることを示すクラスカラー。それを挟むようにして両側に入っている二本のラインは、主張しすぎない明るい水色。クラスカラーと同じでなければ、好きな色を入れられる。
下半身部分のデザインもよく、「ダサい」という言葉とは対極の関係にある、誇らしい制服だ。
学校に着くと、昨日の記憶を頼りに自分のクラスを見つける。二階だった。クラス教室は1つしかなかった。
深呼吸をしてから、前方にある引き戸を開けた瞬間だった。
パーン
明らかにクラッカーだと分かる音がした。教室がなぜかパーティー仕様になっている。
折り紙で作られた輪を鎖状に繋いだものが、そこらじゅうに飾られていた。
瑠璃はというと、何が起こっているか分からず、そこに突っ立っていた。
「さっ、中に入って」
先生と思われる人に促されるがままに、瑠璃はおずおずと教室に入り、静かに戸を閉めた。
前にあるホワイトボードには、「祝!編入生歓迎」とカラフルにでかでかと書かれている。
「今日は対面日って言って、同じクラスの仲間を知る機会なの。ほら、ウチって昇格・降格があるし、仲間のこと知らないと連携とかとれないから」
もっと「競争競争」で、殺伐としているのかと瑠璃は思っていたが、今のでそのイメージが一瞬で払拭された。
見た感じ、皆とても仲が良さそうで、和やかな雰囲気。
「でも、ウチのクラスだけは初等部から誰も昇格しないから、ずっとこのメンバーなんだよね」
先生と思われる人は、少し困ったようにクスッと笑う。
しかしその笑みに嘲笑という要素はなく、むしろこのクラスの生徒達を大事にしているのだと分かるものだった。
「あっ、自己紹介まだだったね。私は藤 冥奈。ずっとこのクラスを担任してます」
ハキハキとし、柔らかい印象を受ける。若い女の先生で、長身で華奢。小柄で可愛い顔をしている。
「よろしくお願いします」
瑠璃は頭を下げた。
「先生と雑談してないで、こっち来てよ!」
いきなり腕を捕まれ、引っ張られた。
体勢が前のめりになり、足が自然とその方向にいった。気付けば、教室の真ん中に用意されていたお菓子の前に。
「一緒に食べよ!」
「あっ、抜け駆けズルいよ」
「あの……、お二人は?」
二人の女子が、瑠璃の両側にいた。
「あたし、火宮 智佳。智佳でいいよ」
「うちは地野 礼羅。瑠璃、でいい? うちのことも礼羅でいいから」
智佳は、先程瑠璃の腕を引っ張った子だ。
明るくハツラツとした子で、とても気さく。髪はショートヘアだが、ボーイッシュな感じは受けない。
ジャージに入ったラインは原色の赤。
一方、礼羅はセミロング丈のサッパリとした女の子という印象。この子もまた気さくで、智佳と仲が良いことが伝わってくる。
ラインは抑えめのパッションピンク。
「ねね、ここに来る前はどこにいたの? なんでこの学校に入れたの?」
「そんな質問攻めしたらかわいそうでしょうが」
「そうだぞ。鈴川困ってんじゃん」
また別のところから男子の声がした。見ると、またもや二人いた。
「俺は水谷 仁。よろしくな」
「僕は鳴海 悌二」
仁はがたいが良く、全体的に男らしい。青ラインのジャージが本当によく似合っている。
対照的に悌二は、一言で言うと「カワイイ系男子」。声が高く、幼顔で小柄。黄色のライン。
仁が皆のお兄さん的存在なら、悌二は弟という感じになる。
「みんな集まって、なにしてるの?」
フワッとした女子の声がした。内側から滲み出る品の良さを持ち合わせた、女の子らしい女の子という子が優雅な足取りで来る。
ラインは淡いシャンパンゴールド。
「こんにちは瑠璃さん。私は佐土原 信乃。仲良くしてね」
「あと他に三人いるんだけどねっ、……って、大丈夫?」
「えっと、先程話しかけてくれたのが佐土原さんで、今話しているのが智佳さんで、あの方が鳴海君で……」
「あっ、僕のことは悌二でいいよ」
「じゃあ、私も信乃で」
こと人名記憶において、超人的な記憶力など当然瑠璃は持ち合わせていない。
短時間でここまで畳み掛けられては、瑠璃の脳内がキャパオーバーになるのも仕方がない。
「覚えられない」ではない。「追いつかない」のだ。
「そんないっぺんに紹介されても、そいつが混乱するだけだろ」
まさに、救いの声だった。
ガラッと教室の扉が開く音がした。見ると男子二人と女子一人が廊下に立っており、そのままごく自然な足取りで教室に入った。
先程の男子の声は、そこから出たものとみて間違いない。
「ヨッシー遅い!」
「今し方完成したんだ。文句言うな」
ヨッシーと、智佳にニックネームで呼ばれた男子が、瑠璃に一冊の冊子を手渡す。
「名前はこれを見ておいおい覚えていけばいい。今無理に全員分を覚える必要はない」
少し高圧的な態度だが、悪い人ではなさそうだった。
深緑のライン、そして唯一の眼鏡。「理系オタク」という言葉が一番しっくりくるような外見をしている。
「あなたは?」
「それに書いてある」
即答にして素っ気ない返事。冊子を開くと、そこにはD全員分の顔写真と名前・流派などのプロフィールが簡素に書かれている。
先程の人は、金子 義明というようだ。
「こう見えても優しいのよ。これを提案したの、ヨッシーなんだから」
「余計なことを言うな」
「まぁこんな奴だけどいい奴だから。ちなみに、私はこれね」
いつの間にか、ページが違うところになっていた。
天羽 孝子。薄紫のライン。
決して大人ぶってるわけではないのに、大人びた雰囲気をまとっている。サラサラロングの黒髪が、それをより一層際立たせている。
「最後は俺か。柏木 忠、よろしく!!」
ラインは黄緑。一言で表せば、爽やかな好青年。
手を差し出されたので反射的に握り返すと、忠は満足そうに笑った。
「あ~あ、私が紹介する必要、なかったね」
冥奈は、ふぅと溜息をついた。
「明日からはこんなこと滅多にできないから、今日は楽しんでね、鈴川さん。なんたってあなたの歓迎会なんだから」
「はい。ありがとうございます」
「けど、羽目は外さないこと。みんなもいい? 家に帰るまでが歓迎会です。分かったね?」
よく聞くフレーズに、全員の顔が綻ぶ。
(恵まれたなぁ)
何でも最初が肝心だと思っている瑠璃は、この事実に胸を撫で下ろしていた。
このクラスは、全体的に明るく気さくで個性的。しかしちゃんと調和がとれている。こんないい人達の集まり、探してもなかなか見つからない。
最初は、9年間の繋がりが強すぎて自分だけ……と思っていた瑠璃も、積極的に自分に話しかけてくれるクラスメイトを見て、身内だけでなく、外からも受け入れる姿勢が自然とできているのだなということを実感した。
その日、瑠璃は充実した一日を送った。
クラスの人達とも少しだけ仲良くなり、歓迎会は大成功だったと言えよう。