10部目
週が明け月曜日。
どうでもいい情報だが、本日から瑠璃の放課後特訓は体術から波術中心になるという。
金曜日に義明に呼ばれたのも、スケジュール確認と調整のためだった。結論を簡単に説明すると、単波生成から始めて、徐々に流派ごとの技を習得していくという流れだ。
ここまで瑠璃の特訓内容を本気で考えてくれている義明の面倒見の良さもさながら、面倒がらずに付き合ってくれるクラスメイトも、付き合いが良すぎるというか人が良すぎるというか。どちらにしろ、瑠璃にとってはありがたさと申し訳なさが募るばかりだった。
(最近の私は恵まれすぎだ)
無神論者でも「バチが当たらなければ」と思ってしまう。無能前提で入学した編入生に対し、こんなにも好待遇をしてくれるクラスがこの世のどこにあろうか。
そんな思いを胸に、瑠璃はいつも通りに扉を開けた。
(えっ)
目を疑った。同時に、その場に立ち尽くしてしまった。
扉の音に一瞬遅れて瑠璃の方を見るクラスメイト。惑いと不安が入り混じった顔をしていた。
その時間差の産んだ一瞬が、瑠璃には長く感じられた。
「るーりーー!!」
智佳が勢いよく瑠璃に飛びつく。なお、瑠璃の頭はこの状況を処理しきれていない。
「よかった……瑠璃来た……。ねぇ今日ホントに学校あるよね?」
当たり前のことなのに縋るように確認してくる智佳。瑠璃がぎこちなく頷くと少し安堵の表情が見えたが、まだ惑いと不安の色が強い。
現在の出席者。
瑠璃、智佳、義明、忠。以上。
「皆さん休み……ですか?」
「みたいだが、俺達にまだ連絡がきていない」
義明の口ぶりからするに、誰かが休むときにはクラスメイトの誰かに連絡を入れるらしい。それがないということなのだろうか。
そう瑠璃が推測していると、一つの机にスマートフォンが3台乗っていた。ポケットに入れていると授業中危ないからという理由で、普段は学校に持ち込んでいないのに。
「ああ、一旦家に帰って持ってきた。さっき俺達でみんなに連絡入れたから、その返信待ち」
瑠璃の視線に気づいた忠が説明してくれる。
「誰かしら気付くと思ったが、こうも既読がつかないとは……」
「丁度瑠璃への連絡方法話し合ってたんだ。瑠璃ケータイ持ってないから」
「噂をすれば、だったけどな」
苦笑混じりの忠の軽口に、瑠璃も申し訳なさそうに苦笑で返す。
そう。瑠璃は携帯を持っていない。
携帯のない古き時代を思えば、テレビ・パソコンより重要度が下がるのも頷ける。支給品として用意してくれるわけがない。
だからといって、購入するのはもっと不可能な話だ。仮にモノが手に入ったとしても、毎月の生活費ギリギリの支給金額で通信費が払えるわけがない。
結論。卒業し自立するまで、瑠璃は自分の携帯を持てない。
「でも、本当にどうしちゃったんでしょう……?」
答えを求めない問いを投げかけ、瑠璃は空いている席を見やる。
3人に連絡していないだけで、さすがに学校には連絡を入れているだろうと瑠璃は踏んでいた。確かに、この半数欠席の光景を目の当たりにすれば、少しの戸惑いとクラスメイトへの心配ぐらいは芽生えるだろう。でも、だからといって悲観するようなことでもなく、授業始めに担任である冥奈がこの現象の理由を説明してくれるに違いない。
だが、誰一人としてすぐに返信をよこさないのには違和感がある。特に、礼羅なんて即レスしてきそうなものだ。教室にいる3人がいつ揃ったかは不明だが、今いない人達に連絡しようとなってからチャイムまで十分な時間があったはずだ。その間、誰も携帯を開かなかったから気付かなかったと仮定すると……。
(集団遅刻?)
──何のために?
ふと浮かんでしまったバカバカしい結論を掻き消そうとすると、無情にもチャイムが鳴ってしまった。
と同時に、廊下から人一人分の靴音が聞こえてくる。
「えっ?」
教室に入るや否や、目を見開き、声を漏らした冥奈。
その反応の示すところは……。
「休み? 誰か、何か聞いてない?」
「今返信待ちみたいです」
「本当なら取り上げるところだけどね」
こんな時でも、教師として学則を守らせようとする冥奈。
だが9年間も変わらないこのクラスのメンバーを見ていれば、仮に毎日学校に携帯を持ち込んだとしても、教師の前でいじるなんてことをする不用意な生徒はいないことぐらい理解できている。そこまで危機管理能力のない奴は、そもそもこの学校でやっていけない。
冥奈は携帯が置かれている机に近づき、「連絡、まだきてない?」と問う。
「ぜ〜んぜん」
「俺達もメッセージ送ったんですけど、読んでもくれてなくて……」
「先生にも連絡入ってなかったんですか?」
「うん。電話一回も鳴らなかった」
智佳・忠・義明の順に答え、最後に冥奈が学校にも連絡がきていないことを明かした。
「今流行ってる病気なんてないし……サボり?」
「悌二ならともかく、孝子や信乃まで〜?」
「だよね。でもそうじゃないとしたら親御さんから連絡くるはずだし……」
瑠璃のように一人暮らしならいざしらず、時間になっても家に留まる我が子を、干渉せずに放っておく親がいるだろうか?
確かに、自分が学校に行く前に親が仕事に行ってしまうという可能性もなくはない。子供と一緒に寝坊している可能性もなくはない。家族全員病に倒れ電話どころじゃないという可能性だって、なくはない。
ただ、その現象が5組同時に起こり得る確率はいかほどのものなのか。
これを「偶然」だと言い切ってしまっていいのだろうか。
「どっちにしろ授業はやんなきゃいけないけど、心配だから携帯は──」
ピーンポーンパーンポーン
教室内のに設置されたスピーカーの音が、冥奈の言葉を遮った。全員の顔が一斉にスピーカーへと向けられる。
『全クラス担任に告ぐ。出欠状況確認次第、至急職員室へと向かうように。繰り返す。全クラス担任は……』
副校長である梅崎の背筋の伸びるような凛々しい声が、全校放送で響き渡る。それを差し引いても、口調がかなり強め。
「ちょっと行ってくる。みんなは引き続き返信を待ってて」
軽く指示を出し、冥奈は足早に教室を出ていってしまった。
「緊急事態……ですよね?」
「だろうな。教員召集なんて今まで数えるほどしかない」
「こりゃ授業なくなる可能性が高いな」
「なくなるって……」
なくなって、どうなるのか。
その先の展開が瑠璃は読めなかった。
「休校にでもなるんですか?」
「いや。捜査だな」
「捜査!?」
瑠璃の疑問を簡潔に解消してくれたのは忠。
「多分ね、何か緊急案件が入ったんだと思う。前もそうだったから」
「情報収集や聞き込みが主だが、やることは先生が詳しく説明してくれる。それに従えばいい」
「なるほど……」
初陣だった前案件が情報提示済みだっただけに、足も使って自分達で一から情報収集を行うという本格さに瑠璃は感嘆した。「警察の側近」の二つ名も伊達じゃない。
(でも……)
瑠璃には引っかかるところがあった。
梅崎のあの強い口調。動揺を隠しているように聞こえた。
過去にあった教員召集のことなど全く分からないが、事件慣れしている東志波──それも副校長──が緊急案件ぐらいで動揺するだろうか。
しかも案件を流してくるのは、警察機関のチェックを受けたクリーンな上層部から。急を要する案件であっても、多少焦りはするが動揺はしない。むしろ梅崎を動揺させる案件など流してくる訳がない。
(考え過ぎ?)
実のところ、梅崎が本当に動揺しているのかどうかも定かではない。
全て瑠璃の杞憂だとしたら……。
「みんなっ」
その時、冥奈が教室に駆け込んできた。
「今すぐ会議室に集合」
「「「えっ!?」」」
瑠璃だけ「会議室」なる部屋が分からずに反応が遅れたが、血相を変えている冥奈の様子から、ただ事ではないことが察せられた。
「下位クラスの半分以上が欠席。Cに至っては全滅。これから学校全体で原因究明に乗り出します」
下位クラス半分以上欠席。Cクラス全滅。
どう考えても、クラスメイト5人の無断欠席は偶然ではない。
机の上にある3台のスマートフォンは、依然受信の気配を見せなかった。




