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冷宝  作者: 霧宮 夢華
報告書1~編入生~
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1部目

 ──波術──


 それは、一言で言うなれば、「脳を直接刺激し、認識を操作する」術。


 未知数な部分が多く未だ解明が進められている最中だが、特殊な訓練をせずともちょっとしたコツを身体に教え込むだけで、ものの数分で文字通り、誰でも体得できるということが証明されている。

 さらに自転車の乗り方と同じく、何年経っても使用方法を忘れることがない。


 つまり、このような大仰な冠を被ってはいるが、波術を護身術程度に使えるのはもはや当たり前になった。


 学校で必須科目になり、専門塾もあり、受験にも取り入られるほどにまで世間に浸透している。

 中でも、波術の扱いがとてつもなく上手い人は「波術士」と呼ばれる。


 「警立志波実戦東京校けいりつしなみじっせんとうきょうこう」通称「東志波ひがししなみ」。


 日本の警察機関が建てた唯一の学校にして、小・中・高一貫校の十二年間かけて波術の実戦を学ぶ超エリート校。


 十二年に一回しかない波術のみの難関試験を突破した、ほんの一握りの者だけが入学の資格を得られる。

 詳しい中の様子はあまり分かっていないが、ここの卒業生は世間でよく知られている超一流の波術士が多い。そうでなくとも、警察の特殊機関への就職が確定とまで言われている。


 ──そんな所に、今、一人の少女が編入する。


 夜。彼女がこの地に着いたのは、本当に今さっき。

 住宅街から少し離れた場所にポツンと建っている、二階建ての一軒家。彼女の新しい家。


 そう、彼女は引っ越して来たのだ。


 日常生活に必要不可欠と思えるものは家の中に全て揃っており、すでに片付けもされていた。

 椅子に座ると新居の空気を軽く吸い込み、吐き出しながら周囲を見渡す。電気はついていないものの、月明かりだけで十分明るい。


(今日は色々疲れたなぁ)


 二階に上がると、そのままベッドに倒れ込んだ。


***


 「なるほど。君がその編入生か」


 次の日、彼女は校長室のソファーで、一人の男性と向かい合わせに座っていた。


「書類でのやりとりはしていたが、顔を合わせるのは初めてだな。副校長の梅崎うめざきだ。校長が長期不在のため、私が代役を任されている。どうぞよろしく」


「よろしくお願いします」


 頭を下げつつ、彼女はふと思う。

 校長がいない学校なんて前代未聞。少なくとも彼女は、知識としてそんな学校は知らない。

 事情は計り知れないにせよ、校長の分まで仕事をこなさなくてはいけない梅崎に、純粋に尊敬の意を抱いた。


 梅崎は見た目若々しく、白髪交じりの髪がよく似合っている。体つきも年相応とは思えないほど引き締まっており、上品なスーツが活き活きとしているように見える。落ち着いていて重苦しい印象は受けないが、威厳もしっかり兼ね備えており、「この方が校長です」と何も知らない状況で紹介されたら、そうだよなと納得してしまうくらいだ。


「これから体育館で始業式だ。君は舞台袖にいて、私の合図があったら出てきてくれ」


 「分かりました」と彼女は短く返事をした。


 梅崎について行き、裏口と思われる通路から体育館に向かう。

 ステージの舞台袖越しに様子を窺うと、 無駄にだだっ広い空間の中に、チマッと生徒達がクラスごとに集合している。本当に少人数。


 何やら楽しそうに喋っていたが、舞台袖から梅崎が出るのを見ると、シンと静まり返った。


「諸君、進級テストご苦労だった。今諸君は、昨日渡した通知に書かれていたクラスごとに並んでいると思う。昇格した者、はたまた降格した者もいるだろう。さて、これから諸君は高校生になるが、それに伴い定期テストが実践形式となる。各個人の功績ごとに成績がつけられるということだ。足の引っ張り合いはせず、高みを目指し、更なる成長を期待している」


 体育館脇にいた教師の一人が号令をかけ、全員の頭が一斉に下がる。舞台袖にいた彼女も、同様に頭を下げていた。


「立っているのも辛いと思うが、あと少しの我慢だ」


 梅崎は先程の熱弁とは打って変わって、柔らかい口調で言った。


「編入生を紹介する。ここへ」


 「編入生」……聞き慣れない言葉だったらしく、体育館全体がざわついた。

 それもそのはず、編入生を受け入れたのは彼女が初めてだからだ。


 そもそもこの学校は、一度入ったら外部から人を受け入れない。


 しかし、彼女の場合は特別な事情があった。


 この学校の制服であるジャージを着た彼女は、舞台袖から出て公然に姿を現した。

 肩より少し下のストレートの黒髪を、ハーフアップにして一つに結んでいる。体型は、標準に比べて全体的にやや細身。キツくもなく柔らかくもなく、凜とはしているがしすぎていない、そんなような印象を受ける顔立ち。肌は普通より少し白く、身長は低め。


「この学校に編入することになりました。鈴川すずかわ 瑠璃るりです。よろしくお願いします」


 簡単な自己紹介を済まし、深く一礼。


「彼女には、Dクラス最下位として入ってもらう。これでこの学校の総数は、体育館にいる諸君と遠征中のS・Aクラス、合わせて六十一人。互いに助け合い、切磋琢磨していくように。以上で始業式は終了だ。クラスごとに解散」


 最下位スタート、当然のことだなと瑠璃は思った。

 変なところからのスタートで下手に目をつけられるよりいいし、何しろ瑠璃にとって好都合なことには違いがなかった。


 始業式が終わり、瑠璃は玄関まで案内してくれる梅崎の後ろをついて行った。


「座学はあるにせよ、ウチは実践授業が中心。教科書やノートなどは基本不必要。君にとっていい学校生活になることを期待している。では、また明日」


 どちらかといえば、希望や期待といった正の感情より、不安・心配といった負の感情が大半を占めていた。

 編入条件・編入理由・編入目的……瑠璃には、隠さなければならないことが大量にあった。少なくとも重荷となるくらいには。


 ──しかし、その全てを飲み込んで瑠璃はこの学校に編入した。


 ──飲み込んだ以上、弱音を吐くどころか、弱さを顔に出すことも許されない。


 そう、自分に鞭を入れた。

 だから瑠璃は、礼儀を尽くした自然体で言ってのけた。


「はい。ありがとうごさいました」

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